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「あ?ニュースって前あんたが見て騒いでたあれ?この国で垂れ流してるやつでしょ?」
小さな声で頼んだヒロミの方へゆっくりと顔を向けながら、セデイはそう応じた。ヒロミは2~3度頷いた。その様子を確認することもなくセデイは続けた。
「まーその辺の子に頼めば映してくれんじゃない?しかしよく見るねーあんな退屈なの」
彼女はそう言ってクトゥアの命で実験室内で動いているヴォイミと、自らが引き連れてきた数体のヴォイミらを見回した。ヒロミ自身も決して面白くて見ているわけではない。ただ音声と文字表記のある映像は、心韻がメインのこの国においては最も分かりやすい情報源だ。そして今となっては王城やユーフとの戦闘の状況を教えてくれるのはヒロミにとってはこのメディアしかない。確か前回ニュースを見たのは手術前日の夜だったはずだ。あれから既に2日が経過している。状況の変化のペースから想像するに、また新たな問題が生まれていてもおかしくはない。
「なんか厄介そうなこと言ってた気がすんなーそう言えば」
セデイはそんな不吉なことを言いながら、自らが使用するヴォイミの1体を呼び寄せた。
「どうする?あんた試してみる?」
セデイはヒロミを見てそう尋ねた。心韻で、自らヴォイミに命令をしてみろ、ということだろうか?ヒロミは苦しそうな表情のままセデイを見返し、ゆっくりと首を横に振った。
「命令の基本は聞いてるよね」
「『識別』……とかですか……」
「そうそう」
セデイは答えた。
「まーあたしのは皆フリーだから」
ヒロミも多少はクトゥアからレクチャーを受けていた。ヴォイミやヴォイアクーは単純な単語の組み合わせでネーリアとの情報のやり取りを行っている。基本となるワードが含まれた構文であれば、多少口語的な表現になっても意思疎通が可能だ。
「識別」は多くの場合最初の命令となる。ヴォイミから、自らの名前と、どのような命令を受け動いているか、どのような権限のある者ならば命令が可能か、の答えを得るために使用するものだ。特別な任務で動く軍用機などの場合はこの命令は無効となる。そうした場合は「認証」など、自らが命令できる立場であるかどうかを伝えるための別の命令を使用する。名前と、フリーの立場であるとの返答が得られた場合は、誰の命令でも受け付ける状態であることを示す。この場合は設定された優先度や使用料などの条件に従い、順番に命令を実行させることができる。あとは名前を呼び、行動を指示することで彼らを操ることが可能となる仕組みだ。
複数のアームやツールを所持するヴォイミの場合は、基本的に複数の命令を並行して実行することができる。心韻のやり取り自体もその一つと言える。映像を映し出すくらいであれば、大抵の場合は他の命令の優先度を考慮することなく指示することができるはずだ。――理屈はそうだろう、そういったところまではヒロミも理解できていた。だが、それ以上の具体的なことは何も知らされていない。意図しない返答があった場合にはどう対処すればいいのか。そして何よりも、現状ではいまだにひっきりなしに頭の中を謎の障害物が轟音で通過し続けている。自分だけに向けられた心韻の強烈さは先程セデイから送られたものでよく分かった。馴染みのないヴォイミからの言語が自らに投げかけられた際、果たしてその意味を正しく咀嚼することなどできるのだろうか。ヒロミには到底できそうに思えなかった。
――咀嚼……?
ヒロミは眉をひそめ、自らの思考を繰り返した。咀嚼……する必要があるということだろうか……?心韻は地球人にとっては体感したことのない新たな感覚だ。根本から捉え方、受け止め方を変える必要があるのかもしれない。たとえ手術直後で過敏になっているとはいえ、この状態はおかし過ぎるとヒロミは感じていた。例えば……ブロック状の心韻が通過しているのではない、通過させない、という選択を自らしなければいけない、ということなのではないか。必要な情報は受け取り、理解しようとする。そうでない場合は、「必要でない、という受け取り方」をしなければいけないのではないのか……。
「まーまー、一時的なもんだと思うからね、徐々に慣れてくるとは思うけどさ」
ヒロミがそんな閃きにとらわれているうちに、セデイはヴォイミに映像を映し出すよう指示を出していた。試す必要がある。自らこの状況に慣れていく必要がある。ヒロミはそう思いながら、ヴォイミのアームから展開された半透明のモニターに浮かぶ映像に目を向けた。
ニュースは黒煙に包まれた街の映像から始まった。北西部の沿岸都市ケウェがほぼ壊滅状態にある、ということだ。ヒロミは目を丸くした。ユーフの勢力は急激に拡大し、新たな拠点を築きつつある。街は数日前に完全に黒い霧に飲まれた。住民は避難を試みたが、スケイルヴェールを用いた移動が出来ず、謎の病気を発症する者も増えたため、数百人規模の死傷者が既に出ている見込みだということだ。もう一つのニュースはそれへの対抗策は既にとられている、という内容だ。だが第一操士団は現在そのほとんどが稼働できる状態になく、第二操士団が主な指揮をとっているということだった。映像は最後に再生槽で修復中のヴォイアースを映し出した。シーロトワミだ。
ヒロミは今にも叫びそうな勢いで、目をむいてセデイを見つめた。
「……な、何?」
ゴーグルで覆われた顔からは正確な表情は分からないが、彼女の物腰は明らかに何か嫌な予感がしているというふうだった。前例があるためだろう。
ヒロミは一度うつむき、呼吸を整えた後、もう一度セデイの方を向き直して言った。
「すぐに……、すぐに、心韻が使いたいです……!!」
「……いやいや、まーそうだろうけどさ」
ヒロミは再びうつむくと、拳を握りしめた。
「……通信室の……場所は分かりますか?」
「あ?ここの?一応知ってるけど、繋げっての?」
ヒロミは無言で頷いた。
「この時間なら……、ちょうど、話せると思うんです……」
「あ?今から?あんたも行くっての?行けんの?」
セデイは怪訝そうに尋ねた。
ヒロミは両腕に力を込めて腰を上げると、ベッドから足を下ろした。全身の感覚は既に戻っている。移植を施した部分はまだ熱を帯びたように疼くが、あとはこの激しい頭痛にさえ耐えれば移動は可能だろう。ヒロミは検査着を纏い、ゆっくりと立ち上がった。
「行けます……」
手で頭を押さえながらヒロミはそう答えた。
セデイは弄んでいた謎の武器を収め、右手を顎に添え、左手は腰に当て、時折クトゥアの方を見ながら「うーん」と考え込んでいた。
「まーあんたを見るように言われてるからね、ヴォイミに言伝を頼んでおけばいいか」
そう言ってヒロミに顔を向けた。
「じゃ付き添うよ」
「有り難うございます!」
ヒロミは礼を言った。1体のヴォイミがヒロミの横に進み出て足を伸ばし、ちょうど本体部分へヒロミが手を回せるような高さに変形した。ヒロミはそのサポートを受けつつ、静かに歩みを進めた。セデイは再びよく分からない武器のようなものを両手で振り回しながら先導した。ヒロミには既にこの地下深い場所にあるであろう実験室からどんな道筋で地上部まで戻ったらいいのかが分かっていなかった。そこからさらに施設上部にある通信室へ向かうのは、独力では至難の業であることを理解していた。それだけに、道を知る彼女の存在はとても心強く感じられた。
話がしたい相手は決まっている。なぜならヒロミが王城で居場所を知っているのは一人しかいないからだ。
「お前なーーーーー!お前なーーーーーー!……お前なーーーーーーーーーーっっ!!」
薄暗い通信室に気の強そうなネーリアの声が3度響いた。




