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山腹を掘り出して作られたであろう屋外の円形劇場は、ひどく古風なものに思えた。ヒロミも歴史上の建築物でしか見たことはない。つまりは、過去の記憶、ということなのだろうか――?
ステージ上のイベントは何か政治的な決起集会のようなものだ。壇上の演説者の呼びかけに対し、集まった者たちからはしきりにそうだ!そうだ!と声が上がっている。
ヒロミは――いやこの夢の主体は――、そのイベントにはまるで興味のない様子で、座席の裏側、何か資材のようなものが雑多に置かれているスペースに手を伸ばした。覆っている布をめくると、積まれた木材の隙間にミールワームのような芋虫状の生物が密集してうごめいているのが見える。ネーリに赴くにあたってはヒロミも虫や昆虫食に対する耐性をつける努力はしていた。だがあまり身近に感じることがなかっただけに、この生々しい光景には悪寒が走った。群れるそれらに向け、この夢の主は躊躇なく手を突っ込み、一握りつまみ上げた。
(食べるつもりなの――!?)
ヒロミは顔をそむけたくなったが、虫のかたまりは平然と口へ運ばれた。ヒロミ自身それらが食せる味であることは知っている。だが、生食特有の青臭さと、何より口の中を動き回る感触やそれらをバリバリと噛み潰し内容物が飛び出る感覚が、不意の体験としては凶悪だった。いや、それでも人体が損壊していく夢に比べれば遥かにマシなのかもしれない。この夢の主体にとってはつまみ食い気分でしかなさそうだ。
「ちょっと△△、聞いてんの!?」
この△△の部分はまた、聞いている最中にかき消され、聞き覚えのない言語に上書きされているような音声だった。ヒロミのことを呼んでいるのだろう。隣の席に座っている、ネーリでは一般的なタイプのローブを纏った女性によるものだ。その顔を見ようとするとなぜかぼやけてしまう、ここでもまた不思議な処理がされているような映像だった。彼女は食事中のヒロミの肩を掴み強引に自分の方へ向けた。
「う、うん――」
口の中にはまだ噛み切れない虫の頭部や殻が残っている。
「あんたも□□の民として来てるんだから!」
「う、うん、いや、でも――」
□□の部分は国か集落の名前だろう。夢の主とは同郷の者だと思われる。この映像、この場面を覚えておけば、人名や地名が聞き取れなくても後から特定できるかもしれない。ヒロミはそんなことを考えた。
舞台上のこの集団を率いるリーダーと思しき女性は、身長が高く体つきもたくましい。拳を振り上げて演説を続け、フードは被らず、ぼさぼさに荒れた長い髪を気に留めることもなく振り乱している。少なくともネーリに来て以降ヒロミは見たことがないタイプの女性だ。
観衆の盛り上がりは頂点に達しようとしていた。地響きのような声が沸き立ちヒロミたちのいる最上段の席も包んだ。そこでリーダーの女性は叫んだ。
「私はこの後政治犯として投獄されることが決定している!だが!ここで我々の改革の歩みを止めるわけにはいかない!!諸君らの一層の蜂起を促すためにも!そして!当局の手によってこの改革が、私の誓いが汚されることを阻止するためにも、私はこの場で自らの命を絶つことで、この集会を締めくくることにしたい!」
(――はぁ!?)
ヒロミは思わず声が出そうになった。壇上の女性はそう言い切ると用意していた容器を持ち上げオイルのような液体をローブの中へ一気に流し込み、火を放った。客席からは耳をつんざくような悲鳴が上がった。舞台に駆け上がり阻止しようとする者もいた。だが10名ほどの幹部らしき者らが体を張って止めている。リーダーの女性はもだえながらもローブを被ると、その口を紐で閉じた。焼死を確実なものにするための処置だろう。全身が火だるまになり、のたうち回るさまをヒロミたちはただ見守るしかなかった。顔を覆い泣き叫ぶ者、頭を抱え崩れ落ちる者など、場内は一気に騒然となった。
「○○様!!」
「あなたがいなかったら一体誰がこの運動を率いるのか!」
観衆からの声に、壇上の幹部の一人が叫んだ。
「我々が、我々の一人ひとりが、責任をもってこの改革を断行するのだ!!」
「そんなことができるものか!!」
舞台に詰め寄る者たちからは罵倒が飛んだ。しばし、舞台の周辺では揉み合いが起きた。
夢の主は、明らかに距離を置いて見ていた。隣の者は目に涙を浮かべ、なんとか、なんとかしなきゃ……、などとつぶやいている。ヒロミには理解が出来ないでいた。この世界ではありふれているのかもしれないが、死をもってアピールするという手法も到底受け入れ難い。
そしてそもそもこの夢は誰のものなのか。過去の記憶なのか、未来の映像なのか――。これまでのパターンから察すれば、この移植手術に関連しているヒロミか、提供者のネーリアの記憶によるものだろう。何か知っておくべき重要な情報だったようにも思える。だが今回は提供者が知っているというふうでもない。それは直感的にも共有できた。何を伝えたいのかも明確には分からない。これから起こること、なのだろうか?文化水準的には遠い昔の映像のようにしか思えない。虫を食していることからも、ネーリの出来事であることは間違いないだろう。では、誰の……。他に関連しているとすれば、この手術台、容器は蛹室の仕組みを用いている、ということだ。つまり、元々蛹をその体に備えていたどこかの女王の記憶――、ということだろうか?
だとすれば興味深い。長きにわたりネーリアの根底に流れる精神性、共通する思考の源流のようなものに触れられるかもしれない。しかしこの場で、一体何を汲み取ればいいというのか。燃え盛る炎の中で悶え苦しむ者、止めようとする者、それを制止する者、声を荒げる者、混乱する者、静観する者――。ヒロミの見てきた景色も決して文化的な生活ぶりとは言えなかったが、この光景はさらに原始的で本能的なものに見える。
「――ねぇ、△△!」
ヒロミが考え込んでいる間に隣の者が何かを尋ねていたようだ。ヒロミは何を答えていいか分からなかったが、思わずこんな言葉が口をついて出た。
「――こんなことをして、一体何の意味があるの?」
驚いたことに、それは夢の主も発した言葉だったようだ。
騒然としていた周囲の視線が、一瞬ヒロミの、この発言者の方に向けられた。確かにそうは思うが、しかし、この場で口にするにはさすがに勇気がありすぎる言動だろう。現に今まさに死に絶えようとしている人が、命がけのメッセージを発した張本人が、もがき苦しんでいるというのに。
「バカ!△△!なんてこと言うの!!」
隣のネーリアが急に慌て始めた。ヒロミの腕を強く掴んで周囲を見渡している。ヒロミも身の危険を感じた。ただでさえ高ぶっている集まった民衆らの攻撃的な視線が、一斉に向けられているように感じた。
「おい!何だこの女は!」
「つまみ出せ!反逆者め!!」
観衆らの声が聞こえた。ヒロミは隣席のネーリアに手を引かれ最上段の更に外、山へ向かって駆け出そうとした。だがお互い走るのが得意なタイプではないようだ。すぐに数名に取り囲まれた。
「待って!待って!」
夢の主はそう叫んでいる。立ち塞がった一人がヒロミのフードを脱がし、顔を顕わにさせた。
「この反逆者を焼き殺せ!」
そう叫んでいる。逃げようとするヒロミらを、全力でステージ側へ引きずり出そうとしていた。
「違う、こんなことに命をかけるべきではないってこと!もっと、もっと命を大事にして!!」
ヒロミは髪や腕を乱暴に掴まれた。抵抗してもすぐに包囲される。やがて足をかけられヒロミは倒れ込んだ。周囲に人が集まり、体を押さえつけ、蹴りつけている。
「待って!やめて!」
「何を言ってやがる!」
民衆は暴徒と化した。これでは手がつけられそうもない。
「こんなところで!命をかけるべきでは、ないでしょう!」
夢の主はなおも叫んだ。だが、聞き入れられる気配はない。もはや綺麗事に過ぎないだろう。
――ボンボン、ベコッ、ボンボン、ボンボン!
――あぁ、音が響いている。いや当然だ、どうやったらこの状態から生き延びられるというのだ。体の熱や痛みとは別に、夢の中で蹴りつけられ、押しつぶされそうになった痛みがはっきりと残っているように感じられる。まさに悪夢から覚めたように、呼吸も荒くなっていた。
どういうことだろう。ヒロミには意味が分からなかった。この後女王として変成したということなのだろうか?状況としてはまさに処刑される流れだ。ヒロミは完全に諦めかけていた。せめて何か手がかりの兆しでも与えられれば多少は納得もできるだろう。唯一共感できたのは、臆することなく――ただ空気を読まないだけかもしれないが――民衆の前で思ったことを口にした、ということだ。それが何らかの示唆になっているのだろうか――
そして――、呆然としながら、ヒロミは立ち上がった。
ようやく立つことができるようになったようだ。そこは、最初に見た川だった。霧は幾分か晴れている。遠くの景色が多少は見えるようになっていた。くるぶしの上くらいの高さまで水に浸かってはいるが、ヒロミは自分の足で歩き出せると感じた。体から水と共に多少の血が滴り落ちているようだが、既に痛みも熱も、これまでに比べればはるかに引いている。生きている。その実感があった。
川の下流に見えた大きな影、その正体が分かった。ヒロミのいた開発局の宇宙ステーションのものだ。ヒロミはそこへ向かい歩いている。心中に複雑な感情がこみ上げているのを感じた。懐かしさも当然ある。だが、もはや還るべき場所ではないという思いもあった。それでも向かわねばならない。そういった場であるという認識だった。
――ほどなくして視界を覆ったのは、端末のカメラモード、その画面越しの映像だ。見知った顔が十数名、笑顔で寄り添い集まっている。クロードも、そしてあの女性もいる。研修や研究を共に行ってきたチームメンバーたちだ。全員が卓上に置かれた端末を覗き込み、フレームに収まるように肩を寄せ合っている。これは未来の映像、ということだろうか?ただの妄想だろうか。ただそこには、いかなる言葉でも否定することができないほど、幸福感が満ち溢れているように思えた。温かさと優しさがあった。そのことに、この夢の主――それは間違いなくヒロミだろう――だけは、わずかに不安が拭えないでいるように感じた。
「もっと寄ってー、そうそう」
そうヒロミは明るく言った。
「ヒロミも入らなきゃ」
「いいの?」
クロードの呼びかけに、ヒロミは返した。
「勿論!」
その答えを受け、タイマーをセットするヒロミの指が映った。
「じゃ、あなたも」
「え?」
ヒロミは隣にいるであろう人物に声をかけた。その声は、長い間、ヒロミが聞きたくてたまらなかった声だ。
「さぁ!」
ヒロミは手を取るように促した。急速に、ヒロミの中から不安が消し飛ぶのが感じられた。ここには、いるのだ。彼女が――!つまりは、全てが受け入れられた世界、ということだ。もはやヒロミたちを遮る壁はない。病気も、差別も。地球人は共存できるのだ。彼女たちと。よかった!そんな世界が、ここにはあるのだ――!
タイマーが進む。地球人の輪の中へ駆け込む2つの人影が見えたところで、視界はまばゆい光に包まれた。




