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「私のことを、心配して、んふ、どうするんです、んふふ!」
ヒロミの言葉を受けて、クトゥアはそう返した。
「まぁ、そうですね、悪くて、火刑でしょうね、んふふ、笑える」
「やっぱりそうなりますか……」
ヒロミは沈んだ声色で応じた。
「ただ、まぁね、ヒロミさん、あなたの、えぇ、あなたのことですよ、はい。私のことなんか、いいんです。失敗する可能性、低いとは言いましたけど、ね。ご自身のこと、もっと、心配してください、えぇ。命に関わる危険性も、ないわけではないですし、何より、その後の生活も、一変するはずです。私は、もちろん実験、興味ありますし、協力してほしいですけど、初めてのケースで、心配や、不安あるのは、当然ですから、はい。ヒロミさんの、決定を、私は尊重します。その判断のためには、私の立場とかは、考えなくても、いいですから」
ヒロミは黙って聞いていた。
「何なら、通信官にも、伝言を、頼みましょう、はい。ここの通信官から、宇宙港まで送れるかは、分かりませんが、無理なら、王城を経由して、きちんと、地球の許可をもらうのも、いいと思いますね、えぇ」
クトゥアはそう助言もした。確かに、むしろ心配すべきは自身のことの方なのだろう。しかしヒロミには意外なほど迷いがないのだ。だからこそもっと考えるべきという自覚を促すために、クトゥアからは様々な思考訓練のお題が振られたのかもしれない。そして当然ながら、執行する側のクトゥアも、相応の大きなリスクを負っている。この都市の設計を任されるほどの彼女の才能が失われたりしようものなら、ヒロミにその責任を問う声が向けられてもおかしくはないだろう。ヒロミもそれは本意ではない。
「えー、まぁ、その方が、失敗したとき、私の罪が軽くなるかも、ということ、あるかもですね、んふふ!無断でやるよりも、んふふ、んふ!冗談ですよ!えぇ。この国での、手術に必要な手続きは、正式に、きちんとしますから!はい」
「ふふ、有難うございます。地球からの返事はどのみちずっと先になってしまうでしょう。私は私の行動に責任を負います。今の私がこのままどれだけ考えても、出す答えは変わらないと思います」
ヒロミははっきりとそう告げた。こうなってしまうとヒロミの意志はなかなか揺るがない。そのことはヒロミ自身も十分に自覚していた。
「んふ、分かりました」
クトゥアは笑顔で答えた。
「では、ヒロミさんと、地球人に関する調査を、させてください」
「はい」
ヒロミは快く応じ、持ち込んだ荷物の中から、ノート型の情報端末を取り出した。そこには必要なときに発信、共有できる地球と地球人に関する様々なデータが多言語で保存されている。クトゥアはヒロミへのヒアリングも挟みつつ、新たにヴォイミを呼び共にそれらデータの分析を始めた。同時に、ヒロミ自身に関する調査も進められた。視力や聴力の測定から、血液や排泄物の検査、身体の断層撮影なども行われた。ヒロミはその際、広報用の映像をどこかに映しておいてほしいと頼んだ。クトゥアからは1ポイントだと告げられ、ヒロミは苦笑して承諾した。調査にあたっているヴォイミのうち1体が未使用のアームを伸ばしてモニターを展開させ、そこに映像が映された。ヒロミは時折映像を視界に入れつつ検査を受けた。
「そう言えば、ポイントを頂けるというお話でしたけど、何ポイントくらいになるんでしょう」
血圧測定らしき検査を受けながらヒロミは尋ねた。クトゥアはヴォイミから送られてくる大量のデータを食い入るように見つめながらキーボードを叩いていたが、手を止めて振り向いた。
「前払いでまず2000ポイント、を予定しています、いかがでしょうか!」
「あ、はい、有難うございます」
能力の高いヴォイミを雇えば1日30ポイントは必要……という話をヒロミは思い出した。どのような形態で作業することになるかは分からないが、最低でも数十日間は問題なく生活できる額になるだろう。
「成功、失敗の際には、そのときに応じて、更にお支払いする、と。具体的な数字は、後ほど書面を、作成しますので!んふ、んふふ」
「分かりました」
クトゥアの提案をヒロミは了承した。何より現在の借金が清算できるのが気分的には大きい。一通り検査は終わったようだ。ヒロミは与えられた検査着のようなローブを締め直して立ち上がり、クトゥアの近くへと向かった。
「ちなみに……、クトゥアさんが所持しているポイントはどのくらいなんですか?」
「んー、んー、私は、大体3000万くらいですかね、んふふ」
「え……」
随分と桁が違った。
「まぁ、私、このシステムの、考案者でもあるので、えぇ、あまり、意味はないですね、はい。ただ勿論、規則に基づいて、算出してますし、成果が上がらなかったら、どんどんなくなっていきますので。その時は、私も、ここを出なくちゃです、んふふ」
ヒロミは再び椅子へ腰を下ろした。クトゥアはその様子に目を向けることなく、話を続けた。
「まぁ、ポイントは、プロジェクトの、規模そのものを、変えられますからね、はい。大いに、モチベーションにも、なるでしょう。多数のフロアや、実験室を、独占してる人も、いますから、えぇ。それらを、維持するだけでも、ポイントは、かかるわけです」
「実際ポイントを失って出ていく人もいるんですか……?」
ヒロミは尋ねた。
「えぇ、んー、多くはないですが、はい、いますね、えぇ」
クトゥアはそう言うと不意に手を止めた。
「ただ、ヒロミさん!安心してください!」
「?」
そしてクトゥアはヒロミの方へ体を向けると、力を込めて続けた。
「ヒロミさん、私は、ヒロミさんなら大丈夫だろうな、って思う理由、あるんです!だから、ヒロミさんは、心配しないでください」
「え、あ、はい…」
「1つは、あなたは、英雄だからです、んふふ!」
クトゥアは満足げにそう言い切ったが、ヒロミは困惑していた。
「い、いえいえ……、それは、私自身そんなこと思ってないことですから……」
「そこです!えぇ、この国では、皆、地位や栄誉を、得ることに、必死なんです、はい。名声を上げる糸口が、少しでも見えたら、普通、そこに執着します。そんなチャンス、他には、そうそうないからです。何か、要求してもいいくらいです」
クトゥアは腕を振りながらそう言った。
「あなたは、まったく執着も、要求も、しませんでした、えぇ。そのことは、多くのネーリアにとって、愚かなことと、思われるかもですが、私は、立派だと思うんです、はい!このクスンでは、そんな、この国の一般的な価値観は、通じないです。研究成果だけが、意味があります。あなたが、この地を、選んでくれたこと、本当に、嬉しく思ってます」
ヒロミは最初こそ照れくさそうに聞いていたが、ところどころ腑に落ちない部分があった。
(要求してよかったんだ……、てか選んでここに来たわけじゃないし!あと愚かだと思われてたの!?)
疑問は浮かんだが、ヒロミは「はぁ」とだけ返事をした。
「もう1つは、ヒロミさんが、地球に帰ること、全然想定してないことですね、んふふ!何かやり残したこと、あったとしても、今は特に、危険ですから、帰れる機会があったら、帰ったほうが、いいでしょう、はい。要求すれば、たとえ警戒レベルが上がって、封鎖されている状況でも、特例として、ヴォイアクー出してくれるかも、しれないですし。それを、んふ、また王城に、戻ろうとしてるなんて、んふふ!ヒロミさんはきっと、星にも、国にも、受け入れられて、周りを変えていく存在になる、と、そう思いました、はい」
「あ、有難うございます……」
ヒロミは穏やかに微笑んでそう返した。科学者の示す"理由"としては信じられないほど個人的で感情的だ。これで安心しろというのも無理がある。元々がさほど不安でなかった分、むしろ若干不安が増した感さえある。だが、彼女が本心からそう言っていることだけは十分に伝わった。そのことはヒロミの心を勇気づけ、自然と笑顔で返さざるを得なかった。
「私は興奮しています!はい。地球人のデータも、十分取れました。移植は、決して、地球人としての機能を、損ねるものにはなりませんので、えぇ。今の機能に、心韻が加わる感じに、なるはずです。なので、手術前には、今度はネーリアの情報を、ヒロミさんに知っておいてもらいます」
「分かりました」
「手続きは、すぐに、行えます、はい。後はヒロミさんの、希望次第です。明日1日、じっくり考えますか?」
「いえ、今晩だけで大丈夫です」
ヒロミはすぐに答えた。昼に起きて以降急に進んだ話だ。研究室の外にはすっかり暗くなったクスンの空が広がっていた。
「分かりました!んふ、んふふ!では、気が変わったら、いつでも、言ってくださいね!んふ。明日、準備が整ったら、呼びに行きます、んふ!」
「はい、宜しくお願いします!」
ヒロミは力強く答え、席を立った。




