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9-2

 「んー、そうですね」

クトゥアは若干言葉に詰まり、続けた。


 「地球の方も、夢は、見ますか?睡眠中に、です」

「はい」

ヒロミは答えた。

「再生や治療の途中には、ですね、大抵のネーリアは、長い長い夢を、見ると、言われています、はい」

クトゥアはそう話した。ヒロミは黙って頷きながら聞いていた。

「というのも、ですね、普段の夢とは違って、目覚めると、まぁ、ほとんど覚えていないわけなんです、その内容を。普段の夢も、まぁ、なかなか覚えてないですけどね、んふ。その仕組みについては、詳しくは、分かっていないんですけど、まぁ、そういうわけで『言われている』としか、言えないわけですね、はい。


 問題は、ですね、失敗する場合のほとんどが、その内容に原因があると、言われていることです、えぇ。目覚められなくて、昏睡状態に陥ってしまう、最悪の場合、そのまま生命活動も途絶えてしまう、と。まぁ、そうですね、覚えていないわけですから、たくさんのケースから、そう判断するしかない、ということなんですけど」

「――どういったケースなんでしょう……」

ヒロミは尋ねた。

「んー、ひどく重く、大きな悩みを、抱えていた場合、とかですね、えぇ。世代交代をしたくない、とか、代替わりすること自体に大きな不安がある、みたいな立場の人に、失敗することが多いようです。あとは、そう、今の世代にどうしても手放したくない何かがある、とかでしょうかね、はい。逆に、全く別の何者かに生まれ変わりたい、みたいなことも、無理なわけです。まぁ、そういう人はそもそも、世代交代しようとは、思わないかもですけどね、んふふ」

「そうですか……」

ヒロミはそう返事をし、何かを思い出そうとしていた。

「私だったら、ですね、研究の途中で結果も見ていない状態なら、気になって、失敗しちゃうかもですね、んふ、んふふ!笑える」

すぐに思い当たったのはクスンへ出発する際にルルアが言った言葉だ。トワの態度に対し「ネーリアとしてはよくない感情」というようなことを言ったはずだ。そして聖蛹を訪れる道中でフェイミが語ったこともある。ネーリアの生活環を維持するにあたり「個体としての生への執着」は捨てるべきだ、とそんなふうな主旨だったはずだ。強すぎる人やものへの感情は、再生の妨げになる、ということかもしれない。


 「ま、まぁ、今回は世代交代、というわけでは、ないですから!もっと気楽に、考えてもらえれば、問題ないと思いますね、はい。長くても、1日くらいあれば、終わるでしょうから、んふふ」

初めての実験対象だというのに、さすがの楽観ぶりだとヒロミは感じた。

「クトゥアさんも、夢の内容は覚えていないんですか?」

「んー、そうですね、はい、んー、残念ながら」

クトゥアは答えた。

「まぁ、でも、傾向としては、何となく、お伝えすること、できます、はい。要は、ネガティブな考えにとらわれすぎなければいい、と、そういうことでしょうね、はい!」

「分かりました……」

クトゥアであれば問題なさそうだ、ヒロミは返事をしながらそう考えた。だがそういうことなのだろう。世代交代や再生治療においては、それを受け入れる側としての覚悟が、心身共に備わっていなければならない、とそんな認識ではないかとヒロミは想像した。では自分の場合はどうなのか――、ヒロミは思案した。


 「あとはですね、真面目に考えすぎないこと、でしょうかね、んふふ!一面的なものの見方、とか、そういうことにこだわらない、というのも必要かもです、はい」

「はぁ……」

ヒロミは曖昧に返した。

「そうですね、例が、必要でしょうかね」

クトゥアは話し出した。


 「例えば、ヒロミさん、あなたは、本当に地球人でしょうか?」

「え?は、はい、間違いありません」

ヒロミは応じた。

「んふ、んふふ。そういうことです、はい。そういうところへ、疑問を投げかけるような、夢を見るかもしれないと、そういうことなんです、んふ」

「な、なるほど……」

「では、それを、どう証明しますか?あなたが、地球人であることを」

「体のつくりが……、違います。それはすぐにでも見せられます」

ヒロミは戸惑いながらもはっきりと答えた。

「んふふ、んふ、笑える。はい、そうですね。手術の際にじっくり見せてもらいます、んふ!」

「は、はい……」


 「えぇ、では、あなたは、地球からの、通信を、何度か受けていますね?」

「はい」

「それが本物であることは、証明、できますか?」

「え……」

ヒロミは返答に窮した。

「どういうことですか……?」

「んー、どこかの、誰かが、それっぽく作った、偽物の映像だったら、どうするか、ということです」

クトゥアは変わらぬ調子で続けた。

「ふっ……、そんな、あり得ませんよ」

「想像してみてください」

「何のためにです?」

「想像、してみましょう、どんなことが、考えられますか?」

ヒロミは軽く吹き出しながら答えた。

「そんな……、私を、ふふっ、そんなことで欺いたって、何のメリットもないでしょう?」

「どうでしょう、んふ。例えばですよ、地球という星、もうなかったら、どうします?」

「え??」

「多分、有名な、物語で、ありますよね、んふ。移動している間に、時が経ち、着いた星が、実は未来の、故郷の星だったり、とか、そういうパターンです」

「な、なんかごっちゃになってません?」

ヒロミは戸惑いながらも続けた。

「えーと……、ここが地球ってことはあり得ません。太陽も月も、磁場も天候も、何もかも違いすぎます。で、地球がもし既になかったとしたら……ですよね、私には地球が存在していると思わせて、映像を送る、と?私にどうさせたいんでしょう」


 「ヒロミさんは、地球に帰りたいですか?」

「今は……、そのつもりはありませんが」

「何らかの、理由が、あるんですよね?」

「え、えぇ」

「それが、そう仕向けられたものだったら、どうでしょうか?ということです」

「……え?」

「その結果、この場に、いる、と。そういうことだったら、どうしますか?」

「……!ど、どういう……」

ヒロミは困惑した。


 「じゃ、じゃあここまでの出来事は、私が移植手術を受けるために、受けたくなるように、仕組まれたことだったとでも!?馬鹿げてます!」

ヒロミはつい大声を上げた。

「んふ、んふふ、例えば、の話です、んふ!そういう思考訓練が、必要かもしれない、ということです」

クトゥアは冷静に応じた。

「夢の中では、夢、という自覚、ないですよね、えぇ。現実なんです。そんな中で、変わらぬ意志を持ち続けられるか、問われるかも、しれないわけです。手術は、後戻り、できませんから、えぇ」

「そんな……」

そんなことは考えたことがない、とヒロミは言いかけた。ここまではクトゥアの誘いに食いつくかたちで話が進んできた。少し落ち着いて考える時間が必要なのかもしれない、ヒロミはそう思わされた。


 「試すようなこと、言ってしまって、すみません」

「い、いえ……」

「あとはですね、ユーフについての、考え方、とかも、ですね」

ぼんやりと考えがまとまらずにいたヒロミだったが、そう続けるクトゥアの話に改めて耳を傾けた。

「こんなこと、王城では、危険思想に、なるかもですけどね、んふ、私たちは、長い間、正体不明の彼らと、戦っているわけです」

「はい」

「そこには善悪、とか、ないかもですけど、もしかしたら、ですよ?我々が外の宇宙に、広がっていくのを、食い止めている存在、と考えることも、できるかもしれません」

「ユーフが、ですか?」

「はい」


 「技術的には、可能で、実際こうして外から訪れてくれる生命体も、ある中で、私たちは、頑なに進出しないです、出来ないとも言えますね、えぇ。必ず、ユーフの攻撃を受けて、それがずっと続いている、なぜか、と。仮に他の星に、進出したら、外の世界を滅ぼしてしまう存在になる、とか、そんなこともあるかもしれないです、んふ」

「そんな……」

「私たちにとっては、そういう思考訓練は、必要かもしれないです、えぇ。一緒に来られたオスの方も、帰る途中で、亡くなってますよね?」

「は、はい。けど……、彼は地球人ですし……」

ヒロミは軽く咎めるように言った。

「えぇ、えぇ、分かります。これも、仮定の話で、すごく失礼ですけど、えぇ、今後の何か、大きな流れの中で、もしかしたら、あの出来事が必然だったと、思えるときが来るかもしれません。そういったことが、波のように、押し寄せてきて、問いかけてくるのが、夢の、イメージです、はい。何が出来て、何をすべきか、と。流されてしまうのか、踏みとどまるのか、立ち向かっていくのか、とか、どれが正解かは、分かりません。備えておいて、いざその場に立ったときに、慌てないようにしてもらえれば、と、はい、そういう感じです」

「……わ、分かりました、有難うございます」

ヒロミはそう返した。抽象的な話題も多いように感じたが、置かれた状況で何ができるのか、そのことで自分がどのような影響を与えるのかを考える必要があるのかもしれない。地球に戻る可能性について、ヒロミ自身は驚くほど考慮していなかった。愛着がないわけではない。ただ現状ではその途上で博士のように何らかの病を発症する可能性は十分にある。ヒロミも随分と楽天的すぎただろうか。その場合はこのネーリから出られないということではないのか。二度と地球に戻れないということではないのか……。そんな状況で、ヒロミは今、どう行動すべきなのだろうか――。そこに迷いが生じているようでは、いい結果には繋がらないということだろう。


 そして目の前にいるこのネーリアの女性、クトゥアは、容姿や動作はひどく幼く見えるが、何食わぬ顔で時折見せる鋭い洞察からは、やはり研究以外のことにはまるで無頓着だった6区のキュイオとはどこか異なる資質を持っていることを感じさせた。彼女が王城エリアではなくこの遠く離れたクスンという研究都市にいるのにも、もしかしたらその思想の広まりを恐れる何らかの勢力の影響があった、ということもあるのかもしれない。その研究の価値については誰もが認めるところだろう。


 「もし移植が失敗したら、どうなるんでしょう……」

ヒロミは尋ねた。

「んー、そうですね、癒合が完了せずに、蛹から出ることに、なりますね、えぇ。命に別状は、ないかもですが、そのままでは危険です。再手術が、必要になると思います、はい」

「あ、はい、それもそうですが、クトゥアさんの立場的には、どうなりますか?」

「え?んふ!んふふ!ヒロミさん、あなたは本当に、んふふ!面白い方です、んふふ!」

クトゥアは笑いながらそう言った。


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