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「んん、おぉ、そ、それは、つまり、んふ、興味がおありと、言うことですか?んふ」
通信室の一方の椅子に座ったままのヒロミに対し、クトゥアはやや興奮気味に尋ねた。
「……はい」
「おぉ!で、では!どうしましょうね、はい、どうしましょう!んふ、んふふふふ!」
クトゥアは急に大きめの白衣を上下にバタバタとさせながら続けた。こうしたところはさすがに親族と言えるだろう。キュイオの動きにそっくりだ。そもそもは諦めのつかないヒロミに向けての提案の一つのつもりだったはずだ。だがこれではむしろ彼女自身が本来の目的を見失っているように見える。ヒロミもようやく気持ちの整理がつきつつあった。席を立とうとしたとき、いくつか展開されていたモニターの一つに広報用映像のものがあることに気付いた。その内容は最新のものに更新されたばかりだった。
映像はユーフ侵攻のものだ。ヒロミは見入った。音声は出力されていなかったが、字幕から概要は理解できた。継続して攻撃を展開しているにも関わらず、黒い植物のような物体は依然として各地の海岸線を覆い尽くす勢いで増殖を続けている。そしてその充満するモヤの中から、とうとう飛行する虫型の生物が発見されたということだ。まだ小型のトンボくらいの大きさに見える。攻撃性の有無や生態は明らかになっていないが、これが最終段階ではないことは間違いないだろう。植物のような定着性生物を足がかりに、新たにより高度な移動能力を有する生物による侵攻を本格化させるための前段階だという見方が妥当、と述べられた。
ニュースが一巡するのを見届けて、ヒロミは立ち上がった。
「で、では、長居してしまってすみません!有難うございました。行きましょう、クトゥアさん」
ヒロミは通信官に頭を下げつつ、クトゥアを先導するかたちで通信室を出ようとした。クトゥアの顔には自然と笑みが溢れてきているという様子だった。
「いやー、これは、んふ、すごいことに、んふふ、なりそうですよ!はい、んふふふ!笑える、笑える。まだこの国、いや、この星でも――」
クトゥアはつぶやくようにそう言いながら、扉の前まで来ると急に何かに気付いたように振り返った。
「あ、あの、くれぐれも、今のことは、内密に、お願いいたしますね、んふ」
通信官の2人は顔をわずかに後ろに向ける程度で、小さく頷いて見せた。ヒロミもその様子を視認しつつ部屋を出た。その返答はネーリアにとって模範的なものであろう。クトゥアの提案はかなり特殊な内容のはずだ。成功すればおそらく歴史的な研究例となる。そんな会話に対しどのように反応するかすらも、悟られるのを避けるべきという判断なのだろう。通信官という立場であれば当然かもしれない。クトゥアはまだ「いやー、いやー」と同様の独り言を続けていた。新たな研究内容にすっかり心を奪われているようだった。
「クトゥアさん」
ヒロミは呼び止めるように話しかけた。
「先程のニュース、見ました。移動する小型の個体が新たに発生しているようです。侵攻は進んでます、やはりしばらくはここでの研究成果が重要になるということでしょうか」
クトゥアは歩みを緩めた。
「んー、んー、そもそも、ね、今も、私のしていることは、データの有用性を、進言するくらい、なんです、はい。結構ね、専門的な解析まで、ヴォイミたちに任せているところで、えぇ。このまま放っておいても、んふ、本当は、問題ないくらいなんです、んふふ」
そこで彼女は足を止めた。
「お話、長くなりそうですね、んふ。一旦、私の部屋に、戻りましょうか」
「分かりました」
ヒロミはそう返事をした。もとより道の分からないヒロミには案内してもらうよりほかない。
「――ですので、ね」
道中でも会話は続けられていた。
「この状態が続くのなら、ヒロミさんにしてもらうこと、実は、あまり、ヴォイミと、変わらなくなるわけです、はい。それは、宜しくないでしょう、えぇ。ですので、私が期待しているのは、植物たちの、次の世代、とかですね。今回の戦争、いつまで続くのかは、分かりませんけど、ヒロミさんの持ち込まれた植物も、限り、ありますから、ね」
「はい」
「兵器化の方法までは、私は詳しく知りません、えぇ。今は、王城の施設で、実験してるみたいですけど、こちらでやることに、なるかもしれません。ユーフに対抗するのに、どんな物質が、どれくらい必要か、もし、消費量が多かったら、製造できなくなり、我々は負けます」
「はい……」
「有効性が分かれば、安定した供給が、求められるでしょう、はい。そのときは、このネーリの地で、世代交代していけるかどうかは、重要になると、思います」
「はい、私も、試してみたいことはたくさんあります。あの巨大化した植物以外にも、緑化に役立つ種や、食用に適したものも、きっとあると思うんです」
ヒロミは言った。
「用地はたくさん、ありますからね、はい。ただ」
「はい……」
そしてクトゥアの言葉にヒロミも力なく応じた。
「人一人で出来ることには、限りがあるわけです、ね。特に、この地では」
「はい」
「少し、真面目な話を、しすぎてしまいましたかね!んふふ、んふ、笑える。ですので!はい、この提案が、打開できる場面、思ったよりも、多いのかもしれないと、私は思うんです!んふふ!」
「はい!私も、ずっと、ずっと思ってました」
ヒロミが力強く返事をしたところで、2人はヒロミがこの施設で最初に訪れた第一研究室へと辿り着いた。
室内では相変わらず複数のヴォイミたちが作業を続けていた。ヒロミはクトゥアと対面するかたちで椅子に腰を下ろした。
「なので、私は、思います、はい。ヒロミさんが、研究を進めるには、ヒロミさんの指示で動かせる、複数のヴォイミとの連携が、必須だと」
「はい」
「ですね。んふふ、んふ、完全に、利害の一致じゃないですか!んふふ、笑える。表向きは、十分ですね、はい、んふふ!」
「は、はい、でも、本当のことです!」
「んふ、んふ、勿論です、はい」
クトゥアは嬉しそうに眼鏡をカシャカシャと動かしながら言った。
「ただ、いくつか、クリアしておかなくてはいけない問題も、あります、えぇ。ヒロミさん、いつ実行に移しますか?」
「できることならすぐにでも!」
「私もです!んふ!んふふ!」
そこで2人は笑い合った。
「問題は、大きく、2つあります、はい」
興が乗っているのだろう、クトゥアこれまでになく饒舌に話を進めた。
「一つは設備の問題ですね、えぇ。蛹室の仕組みを、利用すると言いましたが、本当に何でも、放り込めばいいというわけでは、ね、決してないです、はい。正確には、『作れるものしか作れない』という感じです。
んー、ネーリアの体でしたら、どういう順番で、体が作られるか、発生、に関係しますかね、そこを知らないと、えぇと、”蛹室が”、知らないと、産めない、と、そういうことです、はい」
「……はい」
ヒロミは曖昧な返事をした。
「ヴォイミでしたらね、4足のものや、6本、8本足のも、いますし、アームがたくさん、使えるのも、いますよね、えぇ。それぞれ、内部の構造や、ベースとなった生物の、たどってきた道筋、違ったりするわけです。そこへ、何か機能を加えるとしたら、どの段階で、どのように、加えるのか、えぇ、その作りで、本当に扱うことができるのか、とか、邪魔にならないのか、というところの、設計図を描けないと、作れない、ということです。えぇ、羽を取り付けたとして、動かすための、筋肉とか、神経、とか、ですね、分からないと、飛べる個体は、生み出せませんよ、と、はい。大型のヴォイアクーやヴォイアースも、骨格はですね、そうやって、作ってるんです」
「……なんとなく、分かりました。料理のレシピのような感じ、ということでしょうか」
「んー、そう!まさに、そんな感じです!えぇ、はい!私、料理一度も、作ったことないですけど!んふふ!んふ!」
ヒロミは笑顔を見せた。
「ヴォイミとかヴォイアースの場合は、機械の部分、多いので、完全に動けるようになるまで、何度も何度も、調整しないといけません、はい。けれど、生身の体は、ある程度、自己修復、できます。被験者の力で、より完成に近づきやすくなると、そういう感じですね、んふ。ネーリアなら失敗しにくい、というのも、そういう原因、あるわけです、はい」
「そうなんですね」
「なので、ね、我々には、地球人の、データほとんどないわけです、はい。そこはぜひ、協力していただきたいなと、思ってます、はい」
「勿論です!可能な限り協力させてください!」
ヒロミはそう言い切った。
「ありがとうございます、んふふ、んふ」
「私、トワが最初に私に向けて発した心韻、ぼんやりと聞くことできた気がするんです。周りの空気が震えるような、不思議な感覚でした。だから、もしかしたら、体の作り的には親和性が高いのかもしれません」
「んふ、んふふ、それは、頼もしいですね、んふ!なのでね、研究者の持つ、実験用蛹室は、その研究者の、経験とか知識そのものと、言ってもいいかと思うんです、はい。その点では、私は特殊な経験も、たくさん積んでますから、んふ。ある程度の、自信もあります、はい。そこは、安心してください、んふ、んふふ」
「はい」
ヒロミは微笑んでそう返した。
「ただ、失敗するケースも、あります、えぇ」
クトゥアは切り出した。
「――私も、聖蛹を見学に行ったとき、蛹の一つが変色して取り除かれる様子を見たことがあります。血のようなものが吹き出して……、ああいったことでしょうか」
ヒロミは尋ねた。
「それは、どちらかと言うと、物理的な、生物的な、母体側の原因、が大きいでしょうかね、えぇ。問題は、むしろ精神的、情緒的な問題、ということです、はい」
「?」
ヒロミは首を傾げた。




