8-11
「んー、えぇと、んー、そうですね、ヒロミさん、まず、こういうのはどうでしょうね」
話を切り出したヒロミに対し、クトゥアは時折視線をそらすように扉の方を見ながら提案した。
「ヒロミさん、目を覚ましたらね、また、荷物と器具を、ここへヴォイミに運んでもらうように、するつもりでしたから、はい。そうしたらひとまず、研究のお手伝いをしてもらって、ある程度、ね、ポイントたまったら、通信官に言ってみる、という、ね」
「……えぇ、荷物については分かりました」
ヒロミは答えた。視線は強くクトゥアの方に向けられていた。
「ただポイントは、研究に対しての報酬がいつになるかは分からないと、そういう話でしたよね?今、私はもうマイナスになってるわけですから、これがたまるまで待つのは現実的とは思えません。勿論仕事は責任もってやらせてもらいます。ただせめて、情報は、今、欲しいんです。そのために必要なポイントの分は、必ず仕事をして返しますから!」
「あぁ、んー、んー」
クトゥアはどこか歯切れが悪い様子だった。
「お願いします!この施設にも通信官の方、いるんですよね」
「え、えぇ、まぁ、はい。常時2名は、いますね。えぇと、彼女たちね、例えば国境とか、宇宙港とか、そういう、監視とか、防衛用のヴォイミたちとも、常に通信、してるのでね、はい。交代のタイミングとかでないと、難しいかもですね、はい」
「それはいつですか?」
ヒロミは食い下がるように尋ねた。
「んー、んー」
クトゥアはガジェットが仕込まれた眼鏡をカシャカシャと動かし、何らかの情報を得ているというふうだった。
「ひとまず、では、今から行ってみましょうかね、えぇ」
「え、はい!有難うございます!」
「えぇと、臨時の通信依頼は、1件15ポイントです、はい」
「は、はい……!必ず払います!」
ヒロミは立ち上がった。
通信官らのいる通信室は、施設のかなり上階に位置しているようだ。クトゥアは引き連れていたヴォイミらを先に研究室へと戻すと、ヒロミを案内するため階段ではなくリフトを用いて移動することにした。障害物や妨害電波などを気にする必要のない心韻を使ったやり取りにおいて、特に高い場所であることの必要性はないだろう。現に王城では下層エリアの通信部屋の例を見ている。単に割り振りの問題なのだろう。既にヒロミはまったく道順を把握できておらず、独力では2度と訪れることが出来ない場所になりそうなことを悟った。道中、クトゥアは話を始めた。
「んー、えぇと、実はですね、トワ様と通信するのは、禁止だと、ね、王城からは、言われてるんですね、はい」
「……、えぇ、そんなことだろうと思いました」
ヒロミは落ち着いて返事をした。
「ただ私も彼女の居場所が常に分かるわけではありません。今回は別の方とお話がしたいんです」
「えぇ、えぇ、分かります」
ヒロミは真剣な表情のまま続けた。
「もしかして……、あの広報用の映像も、私の視界に入らないようにという指示があったりしたんでしょうか」
「いえ、いえ、それはないですね、はい、んふふ。かえって、手間ですからね、はい。単純に、元々設置してなかった、だけですね、えぇ。大体、皆、出歩かないですから、はい。モニターの初期設定は、ここでも、あの映像になってますから、ね、んふふ」
「そうですか……。私も、あの映像を見られるようにはできないでしょうか……」
「んー、そうですね、――」
ヒロミの問いかけに対し、その後もクトゥアは眼鏡をいじりながら、いくつかのプランを説明した。モニター単体を設置するのは高価なこと、映像を映し出す装置を持ったサポート用ヴォイミを雇うのが安くてよいだろうということ、そしてあらかじめ特定の時間に表示するように指示を与えておけば心韻が使えなくても視聴可能なこと、などだ。会話を続けているうちに、2人は通信室へと到着した。
「お前なーーーー!」
薄暗い通信室に並ぶモニターの中でも大型の1枚に映し出されたのは、緑色の鋭い瞳をもつ小柄なネーリアの女性だった。室内は王城下層で見たあの隠れ家とは異なり、整然と記録用や再生用と思われる機材が机に組み込まれるかたちで設置されている。卓上には複数の半透明のモニターが投影され、各所の様子を映し出していた。それらモニターに向かって椅子が2脚、一方にはヒロミが、もう一方には仕事を続ける通信官が着席していた。ヒロミの背後にはその様子を見守るもう一人の通信官とクトゥアの姿があった。
「あの、セイニさん、急なことで迷惑かけてごめんなさい!ヒロミです」
「ホントだよ!知ってるよ、お前の名前くらいは!」
ヒロミが通信を繋ぐよう頼んだのは労働局のセイニだった。理由は明白だ。居場所が分かるのは彼女しかいないからだ。
「休憩時間だってのに、何だよ。お前クスンで研究することになったんじゃないのかよ」
「……こちらの話もした方がいいですか?」
「いや!いいよ!要件だけ言え!手短に!」
彼女はいつにもまして荒れていた。心韻が通信の基本であるせいか、静かな通信室内には彼女の声だけがことさらに際立って大きく響いていた。
「いつも助けていただいて、本当に有難うございます」
「いいってそういうのは!!」
「あ、あの、トワとは連絡をとられてますか?」
「いや、とってない。とってても言わねーよ」
セイニは憮然として答えた。
「広報用の映像を見たんです。一瞬シーロトワミが映っていて、今トワが前線に向かうような状況なのか、すごく気になってしまって」
「それをお前が知ってどうすんだよ、……ってあぁぁいい、答えなくて!まぁもう面倒だから知ってる限りで言うよ。
聞いた話じゃお前との接触や通信の一切は禁止されてるってことだよな。で、ひどく不安定な様子だって話だよ。ユーフとの戦闘に出向いてるのは少しでも映像で自分の様子を見せたいからじゃないかって話だ。お前にな!ニュースで使われることを想定して、わざわざ率先して前線に行ってるらしい。で、戻ったら戻ったで下層の歓楽街なんかにも出入りしてるって噂がある。私が知ってるのはそれくらいだよ。どうだ、満足したか?」
セイニは一気にまくしたてた。ヒロミは画面を凝視したまま、何も言えなかった。
「お、おい、何とか言えよ……!」
「……あ、ありがとうございます……」
「じゃいいか?切るぞ、二度と呼び出すなよ!」
そこで通信は途切れた。ヒロミは無言のままだった。小刻みに体を震わせていた。その情報はヒロミが想像していたよりもはるかに刺さるものだった。
ヒロミはゆっくりとクトゥアの方を振り返った。
「……ク、クトゥアさん、私、どうすれば……!!」
ヒロミは今にも泣き崩れそうな表情で訴えた。クトゥアがその感情の重さを正確に受け止めるのは困難だろう。彼女は困惑しつつ答えた。
「えぇ、えぇ、んー、とりあえず、ここを出ましょうか、ね、はい」
ヒロミはうなだれた。自分の思った以上に、トワもヒロミのことを思って行動していたのだ。ヒロミは一瞬ではあるがそれを受け取れていた。そのことは何よりも嬉しく感じられた。だが、同時に強烈な不安にも襲われた。彼女が今前線に出向くのは危険だ。ユーフの正体や対策については不明確な部分の方が多いだろう。そのための研究をここも含めて行っているはずだ。自ら危険に身を投じるようなことはやめてほしい。そして下層の歓楽街に通うというのはどういうことだ――?ヒロミの不在を埋めるために、夜の相手を探しているとでもいうのだろうか。ヒロミは問いたかった。直接、トワと話がしたかった。その思いはさらに強く激しいものに変わっていった。どうやって自分の思いを伝えたらいい。どうしたら彼女の声を聞くことができる――
「ヒロミさん、えー、支払い、お願いしますね、そのカードね、使って、んふふ」
ヒロミは首にかけたカードを握りしめた。
「――私、どうしたらいいんですか!!」
そして泣き叫ぶように言った。
「ポイントだって、どんどん減る一方で!!研究を続けても、王城に戻れるかは分からない!!彼女と……話すこともできないなんて!!もう……!!」
「ヒロミさん、あの、ヒロミさん、えぇと、とりあえず、出ましょうね、はい、ここを」
席を奪われたかたちの通信官はローブを深くかぶる姿だったが、やや当惑した様子でクトゥアの方へ顔を向けた。ヒロミはまだ動けずにいた。
「あぁ、えぇと、前は、ね、いつになるか分からないとか、言ったかもしれませんが、ね、研究続ければ、徐々に、ポイントは、たまっていきますから、はい、んふふ」
クトゥアはなだめるように言った。
「そして、その研究で、貢献すれば、ね、戦争も終わり、えぇ、それできっと、王城にも戻れるのでは、ないでしょうかね、はい、んふふ、んふ」
その言葉には当然ヒロミの反応も予想できる。それはいつなのか、と。その答えを知っている者は勿論いない。ヒロミもこの状況を受け入れるしかないのだろう。だがそのことを自覚しているからこそ、動くことが出来ずにいるのだ。
「ま、まぁ、あとは、ね、ちょっと私の実験にも、協力してもらえれば、んふ、当面困らないくらいのポイントなら、差し上げることも、出来ますけどね、んふふ」
ヒロミは顔を伏せたまま黙って聞いていたが、やがて小声で尋ねた。
「……それは、どういうことですか?」
「え、えぇ、まぁ、これは、んふふ、完全に趣味の、話ですよ、はい。今なら、移植用の提供者、結構揃えやすい、状況ですから、はい。興味あるんです、受容器や、発音器を、他の生物に移植すること、ね、んふふ、んふ。まぁ、こんな話、リュクリに言ったら、怒られますね、はい、んふ」
ヒロミはゆっくりと顔を上げた。
クトゥアもその様子に気付いた。
「ま、まぁ、冗談みたいなものです、んふ!いつか、お話するつもりでは、いましたけど、はい」
「どういうことですか?」
ヒロミはもう一度聞いた。
「え、えぇ、まぁ、部分的な移植は、比較的、蛹室の仕組みを使えば、簡単なんですね、はい。キュイオの足なんかも、例えば根本から、他人のものと付け替えるとしても、蛹室に浸かれば、ネーリアならまず、失敗はしません、えぇ。それは、ネーリアだけじゃなくて、ですね、ヴォイミなんかも、実は、機械の部分と、生命体を、ごっちゃに、蛹室のような装置に入れることで、ね、キメラ体というか、作ってきたんです、はい。んふふ」
ヒロミは目を見開いた。
「……それを、私に……?」
「えぇ、ま、まぁ、半分冗談みたいなものですから、ね。んふふ、んふ!とりあえず、出ましょうか、ね」
クトゥアは通信官の方へもきょろきょろと視線を移しながら答えた。
ヒロミは鋭い視線でクトゥアを見つめたまま言った。
「よかった」
「え?」
「私がこの星に来た意味、ようやく分かった気がします」




