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施設内の階段を下ると、通路は外周に沿った空間へと繋がった。視界は急に開け、窓越しに、このクスン一帯の雄大な景色が広がった。研究棟周辺は遠浅の湿地のようになっており、沈みかけた夕日を受け水面が眩しく輝いている。この施設自体が周囲から一段低い盆地の一画に作られていることもあり、ちょうど外界の自然環境からほどよく隔絶されているようにも思われた。ところどころに林のような樹木群も形成され、それらが浅瀬や池を分断しているようだ。穏やかで豊かな自然に囲まれているように見えた。
輝く水面はよく見ると細かく揺らめいている。それらはおそらく虫の一種のようだ。水面全体を覆っており、時折捕食者と思しき生物が撹乱することで、一斉に光の欠片が、羽の反射とスケイルヴェールの粒子として舞い上がる様子が見られた。まるで一面に広がったタンポポの綿毛が、風で吹き上げられているかのようだ。ヒロミはその光景にしばし目を奪われた。
「きれいな……場所ですね」
ヒロミはつぶやいた。
「え、あ、えぇ、そうですかねぇ、はい」
要領を得ない感じの答えがクトゥアから返ってきた。
「?……ここの、設計をされたんですよね?」
「え?」
「え……?」
二人の会話は噛み合わなかった。
「あ……、あぁあ!えぇ、はい!しましたね、えぇ。んふ、笑える。あの、外は、よく分からないですね、えぇ、この、施設の、仕組みっていうか、そういうのです、はい、んふふ」
クトゥアは急に理解したというように返事をした。
「そ、そういうことですか……。あの、虫でしょうか?ちょうど今、すごくたくさん飛び立って、きれいだなって」
ヒロミは外を指差しながら言った。
「あ、はぁ、まぁ、私、虫とか、植物とか、あんまり詳しくなくってですね、えぇ、んふふ。えぇと、多分、シロ……ハネ……ハ?バ?トウカ、いや、カガミ……?な、なんか、そんな名前ですね!ね!はい、んふふ!羽をたたむと、水面に敷き詰めたようにね、なるっていう、増えすぎですね、はい、笑える、んふふ!笑えないですけど」
クトゥアはほとんど外に目を向けることもなく、まるで興味のないというふうだった。
「で、設計というのはですね!」
そんなことより、という調子で、彼女はヒロミの方に体を向け大きい身振りを交えながら話を続けた。自然の景観に心が洗われるような気分になりかけていたヒロミだったが、そこでまた何かもやっとしたものが戻った気がした。
「ここで、何か、気付いたこと、ないですかね?んふ」
「え、あ、はい……、人を……一度も見かけていないことでしょうか」
クトゥアの問いかけにヒロミは気になっていたことを思い出した。
「そう!それです!んふふ、んふ!」
クトゥアは嬉しそうにそう応じると、先導しながら話を続けた。
「ネーリアの、ね、都市、大体、人が増えすぎるわけです、ね、はい。蛹室も足りなくなって、そういう人は、体を機械化したり、しますよね。で、やりすぎると、蛹に還っても、再生も、うまくいかなかったり、とか、そうなっちゃうわけです」
「そうなんですか……」
さらに下の階へと向かいながら、ヒロミも応じた。
「再生は、ね、まぁ、精神的な部分もあると、いうことですけどね。一番よくないのは、生への執着だ、とか、言われてるわけです、はい」
「執着……?」
「えぇ、まぁ、目的は還ること、繋げる、伝えること、なわけですので、んふ。そこで、それを拒むのは、流れを、断ち切ってしまう、とか。無理して、長引かせようとするのは、まぁ、悪影響しかない、と。そういうこと、あるみたいなんですね。
そうでなくとも、ね、ヒロミさんも、見たとおり、国内で、序列を巡る争いなんかも、常に起きたり、してますから。まぁ、長く続いた国では、仕方ないかもしれないですけど、ね。人が増えすぎてしまうこと、あまり、メリットないのでは、と。聖蛹にも、寿命がありますし。王城の、いわゆる女王も、限界が近いと、言われてますね、はい。なので、王城以外の場所での、研究施設の需要、あったわけで――」
「え!ちょ、ちょっと待ってください」
ヒロミが慌てて遮った。
「王城の聖蛹が、寿命……なんですか?」
「え、えぇ、まぁ、噂ですけど、ね、はい。再生不良の率は、ここ最近、かなり上がっています、ね。いずれは必ず来るものですし、建物自体も、まぁ、何百年も続いているものですから、ね」
確かに、トワの私室でもそのような話を聞いたかもしれない。そもそもが近親交配のような生殖行為を続けている状態で、一定の確率で障害をもって生まれるのは避けられない、と。そしてヒロミ自身、フェイミの案内で蛹室を訪れた際に、再生に失敗した蛹の様子を目にしていた。その状況が広まるのは、愉快な想像ではない。まして、いずれはトワやフェイミら、身近なネーリアたちも還るべき場所だ。
「勿論対策は、常にしてますんで、ね。いつかは、分からないですけど、はい。それ自体は、そんな、珍しくは、ないかもですね、えぇ」
深刻な表情のヒロミを見てか、クトゥアはそう付け足した。
「そんなわけで、集落のあり方、みたいなものをですね、こう、新たにデザインしてみようと!えぇ、そうした実験を、ここで、まぁ私というか、厳密には、何世代か前の、ですけどね、他のメンバーも含めて、行うことで、この施設、都市が設計されたと、そういうわけです!んふふ、わけなんです!んふふふ!」
クトゥアは誇らしげだった。そう話す間にも、すれ違うのは作業用のヴォイミだけだった。
「で、では……それでここにはクトゥアさんしかいない、ということですか……?」
ヒロミは尋ねた。
「ふぇ!?」
「あの、ここへ来て、まだクトゥアさんしか見ていませんし」
「あぁ!んふっ!んふっ、ふふ!そんな、わけないです!笑える!んふふ!人はたくさん、います!王城ほどでは、ないですけど、ね、数百人は、はい。んふふふ!今もう、仕事、終わってる時間ですから、んふ、んふふ、笑える!」
クトゥアは笑って否定した。
「そ、そういうことでしたか……」
ヒロミにもようやく合点がいった。確かに朝に王城を出て半日近い移動をしてきたのだ。通常の勤務時間が終わっていてもおかしくはない頃合いなのだろう。
「まぁ、ほとんどが研究者ですから、皆、こもりっきりで、そもそも歩いてる人、あまり、見ないですけどね、えぇ。んふふ!確かに、んふ、笑える。昼間は、います、もう少しね、はい。んふふ!」
クトゥアは補足した。
「そういう、少数の人だけに、ね、まずここで、研究のために生活してもらって、あとのことは、出来る限りヴォイミに任せる、と、そういう設計なんです、はい」
「ああ、先程も、研究室で何体も作業していましたね」
ヒロミは応じた。
「えぇ、えぇ、但し、研究者が、ここで生活を続けるにはね、条件がありまして。研究で、成果を出さなければいけない、と」
「なるほど……」
ヒロミが相槌を打ちながら耳を傾けていると、にわかに彼女のテンションが上がった。
「そこで!そこでですよ!んふ!」
「ヴォイミを使用するにはですね、研究者の成果に応じた、報酬のポイントを、使わなければならない、と。そういうことなわけです!んふふ!」
「はぁ」
ここでようやくポイント制の話に繋がったようだ。
「ヒロミさん、先程、お荷物、運ばれましたね?ね?」
クトゥアは勢いよく振り返り、ヒロミに言った。
「え、えぇ、発着場からのものですよね」
「あれ、2ポイントです!」
「……へ?」
「最初、20ポイントだったので、今2ポイント引かれて、18ポイントです」
「え?……」
「つまり、ね、そういう感じで――」
「え、ちょっと、待ってください!え?え!?」
ヒロミは焦り、クトゥアを引き止めた。
「ど、どういうことですか?私何も聞いてないんですが……!」
「ん、そうですか、んー……」
クトゥアも一応は立ち止まった。
「まぁ、ここではそういう感じなので、ね!貨幣は一切使わないと。で、成果が出なかったら、生活、できなくなるわけです。そういうシステムなんです。んふ!笑える」
そう言ってまた歩き出した
「いやいや、笑えないです。え?」
ヒロミは慌てて追いかけた。
「20っていう数字はどこから……?そもそも1日何ポイントくらいあれば生活できるんですか?」
「んー、私は王城の人から、そう聞いただけなんですね、はい。後でカード、お渡ししますので、ね」
クトゥアは首にかけた通行証のようなカードをちらりとヒロミに見せた。それで支払いや精算を行うということなのだろう。
「1日は、そうですね、んー、最低で、15ポイントくらいは、必要ですかね、はい、んふふ」
クトゥアは答えた。
「研究するためには……、それだけじゃ足りないわけですよね……?」
「んー、そうですね、機体にも、よりますけど、ね、専門性も高くて、優秀な子を雇うには、1日、30ポイント以上は、かかりますね、えぇ」
恐る恐る尋ねたヒロミに対し、クトゥアはあっさりそう返した。
「もうオーバーしてるじゃないですか!!」
「んふ、笑える!んふふ!」
「笑えないです!え……足りない分は、どうするんですか……?」
「んー、多少でしたらね、貸しにするのも、出来ますけど、はい。人を手伝ったりして、もらう、とかは、基本ナシなんですね。それは、この都市の設計思想と、ずれてしまうので、えぇ。あくまで、研究の成果を、出す、と。そこに注力してもらうのが、条件ですね、はい」
クトゥアは説明した。
「そ、そんな……」
ヒロミはなかなか状況を飲み込めずにいた。
「せめて、もう少し増やしてもらうことって、できないんでしょうか……」
ヒロミがそうつぶやくうちに、二人は研究棟の地上部分1階に到着していた。施設自体の玄関ではなく、眼前に広がる圃場と棟内を繋ぐ出入り口として使われているであろう場所だ。床面が足場として張り出しているが、その先は沼のような湿地になっている。クトゥアはそこでアメンボのような形状のヴォイミを1体呼んだ。
「んー、そうですね、成果を提出するのも、王城の、文化技術省の担当官さんだと、思うので、その方に連絡ですかね、えぇ」
クトゥアの返答に、ヒロミは渋い顔をせざるを得なかった。
「……私、心韻使えないんです……」
「えぇ、まぁ、そうですよね、はい」
「つまり、連絡をとる場合も……」
「ポイントが必要ですかね、えぇ、んふふ!笑える!んふふ!」
「笑えないですよ!!」
ヒロミは両手で顔を覆い大きくため息をついた。




