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「――地球の植物が、ですか」
うんうん、と笑顔で大きく頷くクトゥアに対し、ヒロミは自らも確認するように言った。
ヒロミ自身も当然心当たりがないわけではなかった。地球から持ち込んだ植物とその周囲でこれまでに起きた現象はヒロミにとっても十分に特殊で異常なことだ。ネーリアの目にも奇異に映ったのは間違いない。結果ヒロミが"ユスの呪い"というそしりを受けることにも繋がった。ヒロミとしてもより研究を深めるべきだと考えている。ただこれまではことごとくその機会が訪れず、こうしてそのまま王城を離れることにもなってしまった。地球の植物の爆発的な成長速度と肥大化、それに伴う効果にもし何らかの有益なことがあるのならば、有り難いことだろう。だが、これまでそのメリットだけを見てきたわけでもないこともまた確かだ。
「ね、ね!笑えますよね。そして、実はね、もう、実験、始めちゃってるんです!んふふ!」
「え……」
またか、という印象だった。そう、キュイオも、あらかじめ6区に運んでいた試料を用いてネーリの植物とのかけ合わせを試みたりしていた。こうした点でのネーリアの警戒心のなさ、意識の低さも、先程の病気に対する感覚などと共通するのかもしれない。何かあっても何とかなる、そういう感じだろうか。しかしやっていることは無茶苦茶だ。取り返しのつかない事態になったらどうするつもりなのか――。
「ま、待ってください。危険です」
「え、えぇ、まぁ、えぇ」
クトゥアもどこか承知している、というふうだった。
「確かに、生長速度が速かったり、人体や精神への、…こう、何か働きを活性化させるような効果はあると思います。けれど、それにはデメリットもあると思うんです。急な負荷を与えたことへの反動、というか。最初、私の部屋に集まってきた虫たちは大量のスケイルヴェールを放ってすぐに死んでいってしまったんです」
ヒロミはクトゥアの勢いを制するように語った。
「えぇ、えぇ、まぁ、ね。ある程度、聞いてはいたんですけど、ね」
クトゥアはそう言って、室内で作業を続けるヴォイミらを見回しながら続けた。
「その、急に育って、急に衰退する、っていう、ね、その要素すらも、利用できないか、と。そういうところまで、研究は進んでいて、ですね。ある程度、有効な要素の、同定と抽出までは進んでいるんですよ、ね、んふふ」
「そんなところまで……!?」
ヒロミは驚いて、改めてヴォイミらに視線を移した。
「んふ、まぁ、ここでは準備とかしか、してないですけど、ね。後で案内します、別室に、ね、んふふ」
「は、はい、ぜひ」
ヒロミの知らないところで、思ったよりも研究は進んでいたのかもしれない。
「たまたま、植物に触れた操士の症状に、違いがあった、とかで、ね」
「!……それって、もしかして……?」
クトゥアの話にヒロミは反応した。
「あぁ、いえ、多分ね、ヒロミさんの、知らない操士、ね。6区のね、事件の後、植物を運び出すときとかに、接触があったみたいで、ね」
「そうですか……」
ヒロミは気持ちを鎮めた。
「んふふ、そこから急にね、研究の方向性、変わったみたいね、笑えるけど。どのみち王城では危険ってことで、やめさせたい意向は、あったみたいですけど、ね」
クトゥアの話を聞き、ヒロミはかつてのトワとの会話の内容を思い出した。
「……そういえば、少し聞いたことがあります。ユーフの研究をしている施設は、どこも彼らの襲撃の対象になる、と。ここならば大丈夫、ということでしょうか」
「んー、んー……」
クトゥアは急に首を細かく左右に振り腕を上下させ、どこか落ち着かないという様子を見せた。何か心当たりがあることなのか、もしかすると口に出すのもはばかられるような話題なのかもしれない。
「ごめんなさい、あまり話しちゃいけないことでしたか……?」
ヒロミは尋ねた。
「い、いえ、いえ、まぁ、ね、そこは100%なんです。科学者としては、根拠のないこと、認めたくないですけど、ね。ユーフの研究施設は、歴史的にも、確実に狙われて、なくなってますから、ね。それにはやはり、何か関係がある、と。そういうことみたい、ですね」
クトゥアは納得いかないという感じながらも説明をした。
「――つまり、ユーフ対策に有効な研究を進めた結果何かあったとしても、こちらであれば被害が少なくて済むと、そういう感じでしょうか」
ヒロミは窓の外に広がる木々を視界に入れつつそう言った。
「えぇ、まぁ、あったら困りますけど、ね、んふふ。今のところは、そうですね、はい。そこで!はい、そこでですよ!この、クスンという都市のね、話になるんですけどね、はい、スムーズ!そしてロジカル!んふ、笑える、んふふ!」
「待って――」
盛り上がりつつあったクトゥアを、ヒロミはどこか状況を飲み込めていないというふうに遮った。
「待ってください……、すみません。研究もこちらで進んでいるということでしたら、私は……、やはり今回の決定はただ私を王城から引き離すというのが一番の目的だったように思えてしまいますが……」
「え、ん、んー……」
クトゥアは今度はヒロミの方を向いたまま、珍しく何か言葉を選んでいるようだった。
「まぁ、そうかもですね、なんともですけどね、えぇ。勿論ね、いてもらえれば、助かること、ありますからね、はい。我々は、地球の植物とか、体系的に知っているわけでは、ないですから。そういった点で、何かあれば、対応をお願いできるのでは、と。そういうとこは、ありますね」
「……」
ヒロミはしばし黙った後、続けた。
「つまり、植物の研究に期待がかけられるような状況にならなければ、私はやはり処刑されていてもおかしくなかったと、そういうことですよね……」
その言葉はうつむき気味に、やや力を込めて発せられた。クトゥアは対応に困ったように慌てて言葉を続けた。
「まぁ、トワ様や、ルルア様の支持があれば、そんなに簡単に処刑が行われるなんて、ないですよ!ね。なかったら、危なかったかもですけど、ね。笑えないですけど、んふふふふ!笑えないですけど。ね、そこで、このクスンの都市について、なんですけどね――」
「――私は、分からなくなりました」
ヒロミはうなだれて、自分の感情を吐き出すように口を開いた。
「――以前、何人かのネーリアの方から言われました。自分がスマーリに来ただけでも、それは既にこのネーリという星に許され、迎え入れられたのだ、と。私も、自分に出来る限りのことはしたいと、そう思っています。しかし次から次へと予想だにしない事態が起こって、私は、その度にただ翻弄され、何も自分の力を役立てることもできず……、そうして――、皆に迷惑をかけ、ここに来ることになりました。ここでも、私に出来ることは何でもするつもりでいます。ですが、……私に何が出来るのか、ここでも、予想もできないような何かが起こり、私はそこで経験したことのないような事態の解決を求められ、そして皆をまた……、巻き込んでしまうのではないか、と……、そんなふうに――」
「ヒロミさん!!」
ヒロミの独白にクトゥアが割って入った。
「あなたは!とっくに、許されています、ね!そして、多くのことを、あなた自身も、受け入れて、学んできています、よね?多くの者に、多くのことに、もう、変化を、与えているんです。そして、これからも、勿論ここでも、私には十分、プラン、あります!んふ、今後、ありますから!あなたに、やってほしいこと、あるんです。大きな可能性を、私、感じてます!」
ヒロミは顔を上げた。
「いいですか!?」
クトゥアは大きな手振りを交え、ヒロミの顔を覗き込むように確認した。
「は、はい、すみません、急に……」
ヒロミは声をわずかに震わせて答えた。
「えぇ、そうですね!えぇ、はい。では少し歩きながら話しましょう、ね、んふ。先に、実験圃場を、見に行きましょうか、ね!」
クトゥアはそう言って立ち上がり、入り口へと向かった。
「は、はい……」
ヒロミも彼女に促されるように立ち上がり、後へ続いた。
2人は研究室を出た。静まり返った通路に、足音が響いた。
「この都市の設計はですね、私がしたんです」
クトゥアがそう語り出した。
「私が、したんです、ね!この、都市の設計、ね、ね!んふ、んふふ!」
「……あ、はい、そうなんですか」
自信ありげに繰り返すクトゥアに対し、ヒロミは曖昧な返事をすることしかできなかった。




