8-3
滑走路のように張り出した場所の先端部分に、明らかに旅客用ではないであろう、ずんぐりとした形状の小型の輸送機と思しきヴォイアクーが止まっている。この後ヒロミがそれに乗り込み、出発することで、この仰々しいセレモニーは終わりを迎えるのだろう。この王城を離れるのはヒロミ一人だ。この星に到着して以来、ずっと世話をしてくれていたフェイミともここでお別れとなる。先程までは荷物の積み込みを手伝っているように見えた彼女は、今は既に手を止め、ヒロミの到着をじっと待っていた。
ヒロミは穏やかに微笑みながらゆっくりと近づいた。
「フェイミさん……」
フェイミもわずかに微笑んでいるように見えた。
「ヒロミ様、お待ちしておりました」
そう言って軽く頭を下げた。
「直接お迎えにあがれず申し訳ありません。色々と立て込んでおりまして、私が先にこちらで準備を進めておりました」
「い、いえ、かまいません!」
そう話す二人の脇で、機体がモーターを駆動し始めた。それはヴォイアースなどの高音、低音共に迫力をもって空気を震わせるような響きではなく、バリバリ、バタバタといった出力の大きくないエンジン音を思わせる軽めの音だ。自然とヒロミの声の音量は上がった。
「もう、すぐに出発なんですね!?」
ヒロミは悲しそうに言った。
「はい、きちんとご挨拶できなくて申し訳ありません。ただ、ヒロミ様の研究に関しては我々ネーリアからの要望も日々高まっているという状況です。詳しいことはぜひクスンに行ってからお聞きください」
「あ、は、はい!」
「決して懲罰的にお二人を引き離す、というような、そんな意図ではありませんので」
「そんな……、分かりました!あの……」
ヒロミは当惑しつつも笑みを浮かべ答えた。
「そして、数多くの危険な目に遭わせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした!」
フェイミはヒロミの言葉を遮るような勢いで続けた。
「そ、そんなこと!!私の方こそ、何度も、何度も、迷惑かけて!!本当にごめんなさい!何から何まで助けていただいたのに、私、何もできなくって」
ヒロミは大声で言った。
「いいえ!私も本来でしたらもっと出来ることもあったと、この国のもっと別の面をたくさん知っていただくこともできたのではないかと、後悔ばかりしております」
「そんな、……ううん!ううん!」
ヒロミは首を大きく横に振りながら目に涙を浮かべフェイミに近づき、固く抱擁した。
「フェイミさん!本当に、ありがとう!!」
「ヒロミ様も、どうかご無事で!研究の……進展を、心よりお祈りしております!」
フェイミも涙ぐんでいるようだった。
乗務員らしきネーリアが、機内より乗車を促す声をかけた。ヒロミは横目で了承しつつフェイミに向けて言った。
「また、会えますよね!?」
「……はい、どんなかたちであれ、必ずお会いできると信じております」
フェイミはやや言葉を選ぶように、力強く答えた。ヒロミはフェイミの手を握り尚も言葉をかけた。
「忙しいときに、無茶なお願いまでしちゃって……!」
「いえ、かまいません、お約束については責任もって対応いたします」
「ありがとうございます!じゃ、またいつか、……きっと!!」
ヒロミは機体の乗降口へ向かいながら、名残惜しそうに手を解いた。
「はい!」
フェイミも笑顔で応じた。
ヒロミはネーリアの誘導で小走りに機内へと乗り込んだ。このヴォイアクーは軍用機のような無骨な作りからして降下艇のことを連想させる。乗り心地にはまったく期待できそうになかった。通常は軽い武装や戦闘用ヴォイミ、もしくは人員などをまとめて運ぶものだろう。今回はヒロミの部屋に持ち込まれていた小型の荷物、そして研究棟にあらかじめ運び込まれていた多くの器具や試料類のうち、状態がよく使用可能なものをこちらに積み込んだかたちとなる。機体の後部にそれらを乗せ、ヒロミはその一画をかろうじて仕切って作られた空間、地球で言えば輸送ヘリのキャビン部のシートのような、むき出しの内壁に取り外し可能な簡易的な椅子が設けられただけの座席へと案内された。ヒロミはすぐに窓から外へと視線を向けた。複数の整備兵らと共に、フェイミがローブを手で押さえながら見上げている。ヒロミは機内から大きく手を振った。機体は既に離陸準備が出来ており、モーター音に加え高らかな羽音も鳴り始めた。羽から発せられる青白いスケイルヴェールが風に乗り後方に流れていくのが見える。そしてその先、滑走路部分の脇に並ぶ第二操士団のエレイシュネイらは、既に立ち上がり、先頭のルルア機を除き皆槍のような武器を右腕、中肢で抱えるように持ち、左中肢を添えて直立の姿勢を取っている。ルルアの機体のみ、何かを射出する銃器を持っているように見えた。
「離陸します」
操縦席とキャビン部分の間辺りで立っている先ほど案内したネーリアがそう告げた。機体はガタガタと揺れながら、ゆっくりと浮上し、窓の外に大量のスケイルヴェールが飛び散った。
ヒロミは機体の窓にめいっぱい体を寄せ、なんとか後方の景色を視界に入れた。ルルア機が後肢のかかとを揃え、気をつけの姿勢を取ると、他の11機も一糸乱れぬ連携で同様の姿勢となり、武装を高く掲げた。同時に、武器の先端と4枚の巨大な羽から大量の鮮やかなスケイルヴェールが放出された。ルルア機は手に持った銃器から光球を打ち上げた。これは模擬戦の時にも発射されたスケイルヴェールの花火のようなものだ。大きく空中で破裂し、一面に虹のような粉末が降り注いだ。ヒロミの視界は涙でかすんだ。自分のような者を、ここまで美しく、盛大に送り出してくれた。ただ感謝するより他なかった。ヒロミは徐々に離れていく港に向け、一層大きく手を振った。発着場に立つフェイミも軽く手を挙げているように見えた。
機体は速度を上げていった。巨大な壁面でしかなかった王城が徐々にその全体像を現していった。これまでは天候のせいもあり日中にその外観を意識したことはほぼなかった。巨大な建造物の集合体が、山のように連なりそそり立っている。その様子は改めて異様で雄大に思えた。ルルア機の放ったスケイルヴェールが小さな星屑のようになり消えゆくのを見届け、ヒロミは席に着いた。
先程のネーリアの女性――兵士だろうか。全身を覆う着衣だが、ローブとは違い手や足先をやや絞り気味にしており、動きやすそうな格好に見える。模擬戦の際にも連絡通路上で複数見かけた、映像配信の手配などをしていた者たちと同じタイプであろう――は、相変わらずヒロミの斜め前辺りの、操縦席との仕切りの境界辺りに起立していた。この機体の乗り心地は思ったよりも悪くはなかったが、振動が直接伝わり決して快適とは言えない。立場的にヒロミの警護、もしくは監視をする役割なのであろう。移動の間中、このまま立ち続けるつもりだろうか。であればかなりの体力を消耗するだろう。
「あの……」
ヒロミは声をかけた。
「到着まではどのくらいかかるんでしょうか」
「途中2度の給油を挟み、夕刻には到着の見込みです」
兵士の女性が答えた。ルルアの言っていた話に近そうだ。この機体も高速での移動が出来るのだろう。しかしそれでも半日はかかるということだ。
「座ってください、席も空いていますし……」
ヒロミは対面のスペースを指差した。女性は最初は拒否していたが、ヒロミが特に何もしないこと、見られているようで落ち着かないことなどを告げると、渋々操縦席に確認をとりに行き、席に着くことになった。長時間の移動だ。話し相手になってもらうしかないだろう。
彼女はクスンに駐留する兵士のようだ。クスンはまさに研究のために設計された都市で、王城とはかなり雰囲気が異なるということだった。活動、構成するネーリアの数は最小限に抑えられ、ヴォイミが行えることであればなるべく彼らに任せるという、生活スタイルからして実験的な試みが行われているらしい。
だが、会話はそれ以上特に弾まなかった。
彼女もクスンにある基地内で生活することがほとんどで、研究が行われている区画に出入りしているわけではないということだ。ヒロミもスマーリ王城以外のネーリの都市を見聞きしているわけではない。聞くべき話題を見出すことがそもそも困難だった。彼女の返事も単発で素っ気ない。つくづく、時に冗談を織り交ぜながら、察しもよく、見識も話題も豊富なフェイミの存在が貴重だったことを思い知った。結果的に、ただぼんやりと窓の外の景色を眺める時間がほとんどとなった。最初の給油は王城の工業エリアのような、渓谷をくり抜いて作られた場で行われた。そこを離れると王城周辺で見られたようなテーブル状の台地も姿を消し、ただただ砂漠が広がるのみの光景が延々と続くことになった。
ヒロミはルルアやフェイミとの会話を思い出していた。ヒロミの立場も随分と変わってしまった。最初は研究の成果について、フェイミに言われ手柄にしたがるネーリアの存在を警戒していたりしなかったか――?今はどうなっているのか。研究を進めることに関しては一定の関心が寄せられているようだ。それは地球との交渉の結果、というだけでもないのだろう。何らかの必要に迫られて、ということのように見える。依然としてヒロミを呪いとして忌み嫌う者も多いはずだ。どう接するべきか、判断に困っている勢力が大半という印象だ。そんな中、ルルア率いる第二操士団は全員がヒロミ支持に回ってくれた。これはヒロミにとっては有り難いが、彼女らにとっても相当にリスクが大きいことだろう。もしもヒロミの研究に期待される成果が伴わなかったとしたら、それは王城の9割が敵に回ることを意味する。だが逆に成果が得られたとするならば、彼女たちの功績は大きく評価されることになるだろう。ヒロミも支持してくれたルルアたちの信頼には是が非でも応えたい。何よりも、危険を顧みずヒロミへの感情を貫いてくれたトワへの思いに、一刻も早く応えられるようになりたい――。ヒロミはそんなことを考えているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
「ヒロミ様、間もなく到着です」
対面に座っていた兵士の女性が、そうヒロミに声をかけ、ヒロミは目を覚ました。眼下には夕日に照らされた、色彩豊かな景色が広がっていた。




