8-2
そして今朝、実際にヒロミの部屋に迎えにやって来たのは、フェイミではなく今両脇にいる2人のネーリアだった。
フェイミは先に移動用のヴォイアクーに向かい準備をしているということだ。今この滑走路のような平面の先端部でヴォイミらと共に作業をしているのがおそらく彼女なのだろう。彼女が、言ったことと違うことをするのは珍しい。違う者が来るのならばそう断りがある、いやあったはずだ。そんなことを思ってしまうのは考えすぎだろうか――
昨夜も部屋の中には数体のヴォイミが常駐していた。入り口、窓にも見張りとして警備用のヴォイミらが多数配備されていた。今朝は迎えの者が現れた瞬間から片付けが再開され、ヒロミはわずかな手荷物すら持つことなく、出発を促された。一連の状況には寂しさを感じずにはいられなかった。だがどれもこれも仕方のないことなのだろう。警備が厳重になったのもこれまでヒロミが何度も勝手な行動をとってきた結果だ。そう考えるよりほかないだろう。部屋を出る際、ヒロミは一度だけ室内を見回した。そこにはもはや生活していたときの面影は一切なく、感傷が入り込む余地すらもないように感じられた。
向かう先は港だと伝えられた。ヒロミは当然王城に最初に到着した際の格納庫のような場所を想像していた。それが、実際案内されたのはこの場所だ。
雨季は終わっていた。この星にやって来て以来、空は常にぶ厚い雲に覆われ晴れ間が見られることは少ない印象があった。今は何一つ遮るもののない見事な青空が広がっている。ここ最近のじめっとした空気も一掃されていた。喪失感が支配するヒロミの心情とはあまりにも対照的に思えた。屋根のない場所まで進み出ると、ヒロミは眩しさに目を細めた。
両隣の女性は典型的なこの国の従者のスタイルを貫いている。表情がまったく読み取れないレベルで深くローブを被り、発言は用件のみ、無駄なおしゃべりは一切しないタイプだ。何度かここでいいのかと尋ねたが、ただ「お進みください」と言うばかりだった。仕方なくヒロミは一歩ずつ歩み出た。
目の前ではうやうやしく一人のネーリアが頭を下げ、じっと待機している。そう、第二操士団の面々はローブ状の服ではなくマントのような白い外衣を羽織るのみだ。顔を伏していてもその髪型、髪色ははっきり見えている。彼女はルルアだ。おそらくは第二操士団でトップの位にあり、代表する立場としてここにいるということなのだろう。この構図では自分に対してひざまずいているようにしか見えない。だが、なぜだ――?
ルルアまであと数歩というところまでヒロミは進み、立ち止まった。彼女も顔を上げない。ようやく左隣のネーリアがヒロミに声をかけた。
「ヒロミ様、よろしければ、あの者に姿勢を戻すようお申し付けください」
「……わ、私が!?え、えぇ勿論です……」
(やっぱり対象は自分なんだ)
ヒロミはそう思いながら困惑気味にルルアに近寄った。
「ルルアさん、頭を上げてください……!」
「はっ」
眼下の彼女はそう返事をし、続けた。
「ヒロミ様、本日は第二操士団所属の私ルルアが、スマーリ国を代表して案内役を務めさせていただきます」
そう述べると顔を上げ、いつものいたずらっぽい上目遣いの笑顔を見せた。ヒロミはようやく少し安心できた。
だが大げさすぎる。国を代表?とは一体どういうことなのか……。ヒロミの疑問は止まなかった。ひとまずはここを歩いて進むということならばまだ時間がかかりそうだ。彼女がきっと道中で話してくれるのだろう。ルルアはゆっくりと立ち上がりヒロミの右手に回ると、
「参りましょう」
と声をかけた。
ヒロミとルルアはここまで案内してきた2人のネーリアを後に、滑走路のように広がるこの発着場を、左右に並ぶ12体のエレイシュネイが見守る中、進んで行った。ルルアは正装で、ヴォイアースらも式典用に整えた武装を持っているように見える。それに比べヒロミの服装は到着したときから変わらない完全な作業着だ。こんな場に立つことなど想像もしていなかった。明らかに場違いのように感じていた。
ルルアは小柄ながら堂々とした姿勢で、ヒロミの半歩後につくように歩いている。表情はネーリアには珍しく笑顔だ。
「ルルアさん……?どういうことなの?これ」
状況の飲み込めないヒロミは腰も引き気味に、やむを得ず先を進むかたちで歩きながら、小声で聞いた。
「ヒロミ様、あなたは英雄ですから」
ルルア答えた。
「英雄?」
ヒロミはますます意味が分からなくなった。
「ヒロミ様、笑って笑って。この映像、ニュースでも使われるから。もっと堂々と」
ルルアは作ったうような笑顔を崩さないままそう言った。そういうことか、とヒロミは納得した。今更ながらなるべく背筋を伸ばし、落ち着いたふうを装うことにした。
「何なの?英雄って……」
ヒロミもなんとか表情を緩めルルアを覗き込むようなことなく、極力進行方向を向いたまま尋ねた。
「あなたは異星人でありながら命を張って一人のネーリアを救った。それはとても立派で、讃えられるべきことなの」
「救った……、って、――もしかしてキュイオさんのこと……?」
ヒロミはすぐに笑顔を忘れそうになりながらも、事件のことを思い出し会話を続けた。
「私あの後会えていなくって、誰からも報告を聞けてないし、気になってたんです。無事だったんですね?」
「怪我自体は足先だったのよね、そんなのネーリアならすぐよ」
「それはよかった、本当に……!」
ヒロミはようやく心からの笑顔を見せた。
「そうそう、そんな感じ」
ルルアがヒロミの表情を横目に評した。
「……けど、それでなぜあなた方第二操士団が、こんな大掛かりな、壮行式みたいなことを……?」
ヒロミは尋ねた。
「あ~、気付いちゃった?」
ルルアも調子が戻ってきた様子だった。
「……私、気になっていたのは、彼女のこともそうだけど、一緒にいたのに負傷させてしまったこと、リュクリさんには何て言おうかって……」
「う~ん、そうね、その後であなたとトワ様とのこと、広まっちゃったからね。リュクリ様だって絶対に感謝してるはず、あなたのこと。けど穏やかじゃない部分もあるんだろうな~って」
ルルアは引き続き楽しそうな様子で話を続けた。
「そう……、ですか。何か対立している感じありましたからね、第一操士団の中でもあのお二人は特に。複雑ですね……」
ヒロミはそう答えながらも思った。自分にとっては相手が無事か、無事ではないのか、そんな部分ばかりが気にかかり、心配もしていたし、安心もする。だがネーリアたちにとってはそうばかりではないのだ。置かれた立場によっては、状況に対し素直に感情を表すわけにもいかない。身分や立場が周囲に与える影響を、どうしても考慮しなくてはならないということなのだろう。
「ハハ、そんな沈むこともないって。あなたが命を落としていてもおかしくないような状況で、結果として一人の貴重な人材を救うことができたんだから、そのことは本来もっと称賛すべきこと、そう思ってる人も本当はたくさんいるの」
ルルアの答えを受け、ヒロミはしばし考えて続けた。
「……けど結果として、認めていない人の方が多いと」
「う~ん、まぁ、そうね」
「割合としては……?」
「9対1くらい、かな」
「き、厳しいですね……!」
ヒロミは苦笑した。
「そうそう、笑顔笑顔」
「笑えませんって……!」
ヒロミは答えた。
「ハハ、けどね――」
ルルアの声のトーンは急に変わった。
「私たち第二操士団は12名、全員きっちりまとめて、あなたを支持する、そう決めたの。周りを気にしてビビってる連中のことなんかどうでもいい。私たちはあなたのとった行動をスマーリ国民として称るべき、その出立をきちんと見送るべきだって、そう思ったの。そのことは分かってほしい」
「は、はい!ありがとうございます、嬉しいです――」
ヒロミは両脇に並ぶエレイシュネイらの様子を、改めてぐるりと見回した。晴天の中、純白の機体は眩しく輝いている。彼らが支持してくれるというのは、ただならぬ勇気を与えられているように感じた。
「――本当に……、けど、私も必死だっただけで、そんな、別に立派なことしようとしたわけでもないし……、その後のトワとのことでも、すごく……、皆に迷惑を……」
だがヒロミも喜んでいいものか、もっと申し訳なさそうにしているべきなのか、態度を決めきれなかった。
「トワ様だってね、別に任務に支障が出てるわけじゃない、誰かとくっついちゃいけないってルールがあるわけでもないし、まして異星人が相手だからね。だから――、きっと感情的な部分が大きいのかもね」
ルルアはそう続けた。彼女も決して性的なことへの関心が異常に強い小悪魔的な操士というだけではない。今日、この場を用意するまでにもかなりの労力、根回しが必要だったはずだ。彼女の様子からはそれをいとも簡単にやってのけ、変わらずいたずらっぽい笑顔を振りまいているように見える。初対面でヒロミが好意的な感情を抱いていなかっただけに、今こうして彼女が味方してくれるのも実に心強く、頼もしく感じられた。
「――でも、この場所にこんなに集まってしまって、ユーフとの戦闘は、大丈夫なんでしょうか……」
ヒロミは不安になって尋ねた。
「あぁ、まぁ、平気。あなたは気にしないで。私たち以外にも部隊はいくつもあるし、それに今、ちょっと対策を決めかねている部分があってね……。そこに関しては、今の私たちには詳しくは分からないんだけど、今後のあなたの研究にも重要な役割が期待されてるかもしれないの。だから……、しっかりね!」
「は、はい!」
ルルアは励ますようにそう言い、ヒロミは答えた。
「――クスンという場所のこと、ルルアさんは知っていますか?」
ヒロミはふと気になって尋ねた。
「ううん、名前くらい。砂漠を挟んで南方にある高地でしょ。ヴォイアースで飛んでも半日くらいかかるし、北方出身の私にはほとんど分かることないかな」
「そうですか……」
ヒロミはぼんやりと返事をした。
「けど、なんか意外」
トワのその言葉にヒロミは軽く首を傾げた。
「もっとなんていうか、悲しんでるかと思って。トワ様と別れることになるんだよ、そんな遠くの場所に」
「そ、それは……」
ヒロミは言葉に詰まった。
「ましてあなたは心韻も使えない異星人なわけで」
「勿論、悲しいです。……けれど、私は自分がもっと重罪に問われるんじゃないかと、焼き殺されてもおかしくないようなことをしたんじゃないかと思ってて……、まずそこで少しほっとしちゃったというのが一つと……」
そこでヒロミは少し振り返り、トワの私室があるであろう方角を見つめた。
「だから、私はきっと生きてる限りはまた会える、って思ってて。逆にトワのことがすごく心配で……。首席操士という立場で、あんなに取り乱したように、高官たちへの敵意みたいのを表に出してしまって、大丈夫なのかなって、そのことはすごく気がかりなんです」
「ふ~ん……」
ルルアの口調はどこか不服そうだった。
「それもさ、ヒロミ……様、あなたの」
「ヒロミでいいですよ」
ヒロミは言いにくそうにしているルルアを遮って笑顔で伝えた。
「ヒロミ、相手があなただからってこともあるんじゃない?」
「?」
ヒロミはルルアの意図が分からずにいた。
「あなたにはほら、いるんでしょ?地球の、婚約者が」
「そ、それは……、えぇ」
「離れてどうなったの、その人と。で、今、あなたはまたやろうとしてるんじゃないの?同じように」
「そんな!!……そんなこと……!」
ヒロミは戸惑った。
「ないって言える?だからめちゃくちゃ不安だし、トワ様もどうしても止めなきゃって思ったんでしょ」
「それは……」
ヒロミはすぐには返せなかった。ヒロミは随分と勝手に行動をし、そのことをルルアには、いや他者の目からしたらは自分が思う以上に思われているのかもしれない。そうした視点が今までの自分にまったくなかったことに、ヒロミははっとさせられた。
「な~んて、ちょっと、そんな深刻にならないでよ!まぁトワ様が選んだ相手だから大丈夫でしょ、私もあなたがそんな軽薄な人間だったら絶対に許さないから」
「は、はい……」
「けどトワ様の様子は確かにちょっと気になるかもね……、ネーリアとしては本当はあんまりよくない感情なんだ。……と、もうタイムアウトだね、ごめんね、私はここまで!」
いつしか2人は並んだエレイシュネイの先頭の機体に届く場所にまで来ていた。ルルアはその機体に乗り込む、ということだろう。彼女は立ち止まり、一礼した。
「じゃ、元気でね、ヒロミ!」
「はい、ルルアさんも!皆さんも、本当にありがとうございます!」
「あなたのために!したことなんだから!今度た~~~っぷりお礼してよね」
「え、あ、は、はい……」
ヒロミは困惑気味に応じた。
「ハハ!冗談!じゃまた!行って、ヒロミ!」
ルルアは一段と茶目っ気のある笑顔を見せると、マントを翻し待機しているエレイシュネイの脚部に足をかけ一瞬で操縦席まで駆け上がっていった。機体のモーター音が響き、巨大な羽から白いスケイルヴェールがふわっと放出された。
ヒロミはその様子を見送ると、再び前を向いた。そこにはフェイミが待ち構えていた。




