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翌朝、ヒロミは王城の発着場にいた。
そこはヒロミたちが最初に到着した貨物用と思われる港の一画のような、大小の機体が入り混じり密集して停泊するような場所とは大きく異なる。目の前には滑走路のように広い平面が一直線に宙に張り出して伸び、その先端部分には小型の輸送機らしき1体のヴォイアクーが止まっている。荷物の積み込みを行っている様子が見え、おそらくはヒロミが乗り込む機体ということなのだろう。
そして発着場の両脇にずらりと並ぶのは、ひざまずいた状態の真っ白いヴォイアース――第二操士団の専用機、エレイシュネイだ。頭部からは角ばった突起が伸び、同様の意匠が肩や脚部の装甲にも施されている。細身で華奢に見えるのはこの国のヴォイアースの特徴であろうが、巨大な羽のシーロトワミや小柄なアーサナディ、そして量産型と思われるやや丸みのあるボディのルクワイディなどともまた異なり、このエレイシュネイは優雅だが鋭角で攻撃的なシルエットを有しているように見えた。そんな機体が左右に6体ずつ、第二操士団の全12体がここに集結し整列していることになる。
ヒロミはローブを纏った2名のネーリアに促されるまま、その場に歩み出た。そして行く先には一人のネーリアが、ヴォイアースと同じ姿勢でひざまずいている。白いマント姿でサイドポニーのその者は、顔を伏せていても誰かは明らかだった。
振り返り仰ぎ見ると王城の外壁には観覧席のような、この場を見下ろせる場も設けられているのが見える。模擬戦の際に開始の口上が述べられた場だろうか。観閲式や観兵式のような、軍事セレモニーが行われる際に使用されるものだろう。
――なぜ、そのような舞台に自分がいるのだろうか……?
ヒロミは事態を把握できていなかった。ヒロミがこれから向かうことになる目的地については、昨日フェイミから聞かされていた。
――昨夜、中央区画の外周部分の一画で、ヒロミとトワは多くのネーリア、そしてヴォイミに囲まれていた。
「ヒロミ様には、活動の拠点を南方の研究都市クスンに移していただくことになります」
ざわめく群衆の中、フェイミははっきりした声でそう伝えた。
ヒロミは内心ほっとした。フェイミは変わらず、自分の立場をよくするために行動してくれていたのだ。トワがあまりにも悲痛な表情で訴えていたことから、最悪の決定となることを覚悟する必要があるとまで思っていた。実際には場所を変えるということで済まされた。命まで奪われるということではなかった。
「なぜだ!!」
しかしトワは怒りに体を震わせていた。ヒロミと肌を寄せ抱き合っている彼女がそう強い感情を示している以上、ヒロミだけが申し訳無さそうにただ安心しているわけにもいくまい。
フェイミはすぐには返答しなかった。おそらくは立場をわきまえて、ということだろう。用事があったのはヒロミに対してであり、操士であるトワの言動を咎めるようなことは本来彼女らはしない。派手なローブを纏った高位の者らからも、特に発言はなかった。
「――恐れながら申し上げます」
空気を察しフェイミは断りを入れて話し始めた。
「これはスマーリ国の文化技術省が下した正式な決定です。地球からの申し出に対し、現在我々にできる最良の方法を、協議を重ねた結果選択したということです。どうかご理解ください」
おそらくは温情的な措置も含まれているのだろう。ヒロミは謹んで従うしかないと感じた。
「なぜ王城を出る必要がある!」
トワはまったく引き下がらなかった。その声には空気を震わせるほどの威圧感が込められていた。
「……ユーフの侵攻が続いているだろう。王城で研究など続けるのは得策ではない」
揃って何か言いたげだった周囲のネーリアの一人がようやく口を開いた。
「呪いだからだというのか!!彼女が!!」
トワは吠えるように言った。ヒロミの腰に回した腕にも力が込められ、長い髪からはチリチリと燃えるような色のスケイルヴェールが飛び散った。言葉を返す者はおらず、ただ静かにざわめきが起こった。大丈夫だろうか……。ヒロミは不安になった。以前シーロトワミを持ち出したときには長老会に呼び出される、というようなことを言っていたはずだ。この国の権力構造を正確に把握しているわけではないが、操士含む軍事に対しての決定権は、ヒロミの認識する限り文官が握っているのだろう。トワの彼らへの反発心がかなり強いことは研究棟でもうかがい知ることができた。今はそうした日頃からの負の感情が高まり、一気に爆発しているように見える。ヒロミはちらりと周囲を見やった。この場に集まった多数の飛行型ヴォイミらの目が注がれている。この様子は即座に多くの者に共有されていることだろう。広報用の映像に使用され城中に広まるかもしれない。ヒロミに関して否定的な情報が流されるのはもはやかまわない。だが国を代表する存在の一人でもあるトワがここまで感情を顕わにし、高官らを敵に回すような態度を見せるのは危険に思えてならなかった。
「私たちは愛し合っている。それを禁じる掟などないはずだ!」
トワは続けた。下層の部屋で通信用ヴォイミを通じて言ったのはこのことだったのだろう。2人の関係を多くの者に明かし、分からせる、そのための手っ取り早い場所がここだったということだ。しかし場の空気には決してその決断が効果的に作用しているとは言い難かった。新たな移動先がどれほど離れているのかヒロミは知らない。だが二度と会えないというわけでもないのだろう。今ここで騒ぎを大きくすることでもしトワの行動が制限されるようなことになれば、それはデメリットでしかない。自分は大丈夫、きっとまた会える、そうヒロミがなだめようとしたとき、一人の高官が業を煮やしたように言葉を発した。
「操士トワ!感情に流され己の立場を忘れるようなことがあってはならない」
「……お前たちが……!」
トワは激しい憤りを抑えているようだった。
「ま、待って、トワ……」
それは言ってはいけない、ヒロミは咄嗟に小声で遮ろうとした。
「ここに集まっているお前たちに言えたことか!!!!」
トワは叫んだ。それは彼らに対するトワの怒りの原点のようなものなのだ。だが同時にそれは、日々ここに集い宴に興じる者らの立場を否定することにも繋がる。
「捉えろ!!」
「この2人を引き離せ!!」
一斉に高官たちが声を上げ、武装を構えていたヴォイミらが距離を詰めた。ヒロミは四肢の根元に近い部分をアームで掴まれ、一瞬で体の自由を奪われた。連行されるようなかたちで、その場を立ち去るよりほかなくなった。ヒロミは笑顔を作った。
「トワ、大丈夫!またきっと会えるから。愛してる!!」
「ヒロミ!!!」
そう言って抱き寄せようと手を伸ばしたトワの身体に、複数のヴォイミが折り重なるように飛びかかった。
「離せ!!離せっ!!おい!」
暴れるトワの周りをさらにネーリアらが取り囲んだ。
ヒロミは、悲しそうな視線を投げかけるフェイミの前を、おぼつかない足取りで通り過ぎた。
ヒロミが自室まで戻ったとき、フェイミは既に部屋の前に立っていた。ヴォイミらが忙しそうに動き回り、早くも荷物を運び出しているようだ。
「待って……」
入り口付近まで到着すると、ようやく包囲していたヴォイミらが拘束を解き、距離をとった。
「も、もう移動するんですか……!?」
「出発は明朝です」
落ち着いてフェイミが答えた。
「えぇ!?」
ヒロミは慌てて部屋に入った。元々物が多い部屋ではなかった。だが部屋中にはびこっていた植物も回収されつつあり、様子は一変していた。部屋を出るときにぶちまけた荷物の山も、再び一箇所に集められている。壁や天井に張り付いた根を引き剥がし、ずるずると引きずっているヴォイミをまたぐようにしながら、ヒロミは力なく部屋の中央付近まで進んだ。随分とだだっ広い部屋のように感じられる。ヒロミは寝室を見上げた。そこはまだヴォイミらの手が入っていない、部屋を出たときのままの状態だった。雲は晴れ、月明かりが注ぎ込みベッドの周りに伸び広がった植物を照らしていた。2人が体を重ねたその空間は、急に手の届かない、遠い場所のように思えた。どこかおとぎ話のような、別の世界の光景のようにも見える。まばゆい光に包まれた、夢のような空間としてヒロミの目には装飾され映った。あの場には二度と戻れない。そう感じた。
静かにフェイミが近づいてくるのが分かった。ヒロミは言葉がなかった。
「ヒロミ様の持ち込まれたお荷物以外は、すべて取り替えることになります。この場の植物や虫など含めまして調査があるということで、ご協力ください。後ほど簡易的な寝具をご用意しますので、本日はそちらでお休みください」
「分かりました……」
フェイミは余計なことは言わなかった。ヒロミには言いたいことが多くあった。彼女も同様だろう。だが何から話していいのか分からずにいた。
「それでは明日の朝、またお迎えにあがります」
「あ、あの、行くのは……、私一人……ですか?」
「はい、そうなります」
ヒロミの問いにフェイミが淡々と答えた。ヒロミは荷物の方に目を向けしばし考えた後続けた。
「フェイミさん、一つお願いがあります」




