7-11
飛来した通信用ヴォイミは極めて小型のものだった。形状的にはヒロミの部屋を巡回していた給水用のものなどと同じく、この星で一般的に見られる球状で薄い羽の生えたものだ。だが大きさは数十分の一ほどで、羽も薄く透けて見える。遠目にはその存在に気付くことすら難しいように見えた。そこには日常的に周辺を飛行していても邪魔にならぬよう、また駆動音もほぼ聞こえないことから、隠密性を高めるという意図もあるように思われた。ヒロミが意識していないだけでこうしたヴォイミは王城内にも無数に飛び回っているのだろう。
そして役割として重要なのは、通信者の間を中継することで互いの居場所が分からなくても心韻のやり取りを可能にする、ということだ。研究棟での爆破事件の際、アトゥリという研究員がヴォイミを使ってメッセージを届けに来たのにも同様の目的があったはずだ。今はそれがセイニの手元にあることで、その先に繋がっている者には既にこの場が知れたことになる。ヴォイミはセイニの肩口辺りをふわふわと浮遊していた。
「声を出力するぞ。こっちの音も拾う。私も同席するように言われたので一応いることにする」
セイニはそう言ってヴォイミの方に顔を向け何か指示をしたようだ。
「はい……」
ヒロミは了承した。
「ヒロミ……?そこにいるんだな?」
「うん!」
トワのやや弱々しい声が聞こえ、ヒロミは力強く答えた。
「無事でよかった……。あまり……危険なことはするな」
「うん、セイニさんが助けてくれたから平気!トワも、"彼女たち"も無事でよかった!」
「あぁ……」
トワの返答はどことなく覇気がないように感じられた。
「何か、あったの?」
「……私なりに、色々探ってみたんだ……。セイニにも何度も繋いでもらってすまない」
「いえ、かまいません」
セイニは落ち着いて答えた。
「直接……話をした方がいいだろう。状況を説明し、分からせるにはそれが一番早い」
トワはどこか思いつめたように切り出した。
「――何のこと?」
ヒロミの問いに対しても、トワからはすぐに返事がなかった。
「ヒロミ……」
「何?」
トワは言葉に詰まっているようだった。
「……研究棟で言ったこと、覚えてる?」
そしてわずかに甘えた感じの声色が混ざり始めた。
「ずっとここで研究を続けたい、って」
「勿論!トワともずっと一緒にいたい!」
ヒロミの返答にセイニが口を横に開き怪訝な顔を向けた。ヒロミは慌てて口を押さえた。声が大きい、ということだろう。
「うん……。夕刻くらいだから、ちょうどいいな。ヒロミ、中央区画に行こう」
「……え?」
「セイニ、案内を頼めるか?」
戸惑うヒロミに対し、トワはそう続けた。セイニははっきりため息をつき、応じた。
「トワ様、私はトワ様のおっしゃることでしたら従いますが、正直危険だと思います。まったくおすすめしません」
トーンは多少違うが、やはり彼女のキャラクターは誰に対しても本質では変わらないようだ。嫌だ、という主張がはっきり見て取れた。
「このままでは状況は変わらないんだ。頼む……」
「……え、中央区画だったら労働局へ行くときにも通ったし、私大体分かりますよ」
両者の会話にヒロミが口を挟んだ。
「いや、下層から同じルートで戻るのも危険だ。セイニに別の道を教わった方がいい」
「……はい、分かりました。一応お連れしますけど、抜け道を通った服装のまま中央区画へ行くのはすごく嫌です」
「じゃぁね、ヒロミ、また後で連絡する」
トワはセイニの発言には応じずそう告げた。
「え、あ、うん……」
ヒロミが返事をしたところで会話は終わったようだ。通信用ヴォイミはセイニの側を離れて浮上していった。
「あ~あ……、また引っ越さないと駄目か……!」
セイニは不満そうに腰に手を当て、周囲の機材を一通り見回して嘆いた。
「まぁいい。とりあえず出るか」
そうして入り口とも窓側とも別の方向の壁に向かい、機材に足をかけつつ上り始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか……?」
セイニはヒロミの問いに目線だけをちらりと向けて答えた。
「さーね、トワ様なりに考えがあるんだろうけど」
「……さっき、危険って……」
「あぁ、身体的な危険は多分ないだろう。主に立場的にってことだ。この時間はあそこに近づくのも嫌なんだけどな……。どういう場所かは分かるか?」
「中央区画ですよね。なんとなく……、聞きました。高位の方々が大勢いる、と」
「まぁな……」
セイニは足を止め、何かを考えているふうだった。
「いっそこんなふうにコソコソ行動せずに全部明かしてしまうのもいいのかもしれんが……。いや、駄目だ、私にも生活はあるし仲間もいる」
セイニは何かを決心したようにヒロミの方を向き言った。
「やはり私は近くまでしか案内はしない、それでもいいか?」
「ええ、構いません」
ヒロミにも状況は飲み込めていなかったが、ひとまずは中央区画まで行くしかないのだろう。ヒロミはそう答え、セイニの後へ続いた。
積み上げられた機材の上には、天井部分にも隠し扉のような構造が作られていた。セイニはそれをスライドさせて開き、さらにその先に伸びる狭い通路をよじ登っていった。「抜け道」という言葉からも、ここまでの道中と同じかそれ以上に整備されてない道筋なのだろう。奥には照明器具などはなく、セイニが何らかの器具を携帯し明かりを灯しているようだ。服が汚れるのは間違いない。このままあの荘厳な空気の漂う中央区画へ向かうのは確かにためらわれた。
ヒロミはなんとか後を追いかけて進んだ。
「あの、セイニさんやもう一人の方も使っていた出入り口も危険なんでしょうか……」
ヒロミは小声で尋ねた。
「あっちは谷にすらなってない、構造体の隙間にできたわずかな中空の空間、亀裂だな。ホッパーと呼んでる小型ヴォイアクーが通るのがやっとだ。誰かとすれ違うこともできない。滑落するようなことがあればここまで辿り着けるか分からない。何かあったら本当に危険だ」
「そうだったんですね……」
「まぁこっちも危険な場所はあるが」
「え……?」
ヒロミが予想していたような往路と同じ細く曲がりくねった通路がある程度続くと、道は突如谷間の断崖に面した狭い足場へと通じた。人ひとりが通るのがやっとという幅で、手すりなどがあるわけでもない。構造体のずれによって微妙に段差が生じたに過ぎないという印象だ。
「ここもすれ違うこと出来ませんよね……」
「谷間には大抵居住スペースが面してる、落ちてもどこかに引っ掛かるから安心していい」
セイニは何食わぬ顔で足早に進んでいった。ヒロミは壁に張り付くようにしながらそっと谷間を覗き込んだ。眼下には闇が広がっているだけで住居などがありそうには見えない。下層での活動が命がけなことをヒロミは身をもって体感しつつあった。
やがて道は広がり、行き交う人の姿も増え、遂にヒロミにも馴染みのある王城の風景が視界に入るようになった。時刻は一般的なネーリアの帰宅時間が過ぎ、夜に差し掛かろうとしている頃合いだ。以前あの区画を通りかかった後、フェイミから聞いていた。中央区画は夜にはまた雰囲気が変わる、娼婦のような者たちを引き連れている高位のネーリアが集まり、植物が幻想的な光を放つ、と。このようなかたちで足を踏み入れることになるとは思ってもみなかった。
ヒロミとセイニは改めてフードを被り直し、目に見えて汚れていた服の土埃を払えるだけ払い落とし、人に紛れても不自然でない程度に身なりを整えた。天井は高くなり、巨大な柱がそれらを支える空間が続いた。徐々に中央区画へと近づいていった。
「私はこの辺でいいか……?」
セイニは歩きながら小声でそうつぶやいた。眼前のアーチをいくつか超えた先が中央部だろう。
「トワから連絡は……?」
「ないな」
通信用ヴォイミは相変わらず2人の近くを追尾していた。
「おそらくは繋がってるはずだ、呼んでみるか」
セイニの様子からはトワの反応が返ってきていないようだった。
「途切れたか……、高速で移動しているのかもしれん。まあこの区画は放射状に通路が繋がってるからな、外周部にいればどこかで会えるだろう」
「分かりました……」
ヒロミも歩みを止めず応じた。
「では、あまり中心部へは行かないようにします。有難うございます、今日は色々と……、本当に……!!」
「あ、あぁ、……一応この辺うろついてるからな」
セイニは視線を合わせず若干照れ臭そうに言った。ヒロミも立ち止まって挨拶をするようなことなく、一人中央区画へ向け進んでいった。
そこは幻想的、というよりは妖艶な空間が広がっていた。ぼんやり輝く植物たちの発する色は、今ならばはっきり分かる。それはネーリアが欲情し、興奮するときに発するスケイルヴェールの色味だ。漂う香りもまた独特だ。濃厚で甘ったるい熟れた果実のような匂いが広がっていた。匂いに関しては植物由来ではないのかもしれない。近づくにつれ、そこに集ったネーリアたちの様子も明らかになった。
彼らは、性行為までは及んでいないものの、なまめかしい姿のネーリアたちが多数入り乱れる宴がいたるところで繰り広げられていた。食事や酒に興じる高位の者たち、彼らに寄り添い給仕する露出の多い服装のネーリアらと、それらを取り囲む豪奢な装飾の施された多数のヴォイミの姿があった。中には楽器を奏でるヴォイミと、それに合わせて歌い踊るネーリアも見られる。この場に広がる香りは彼らから発せられるスケイルヴェールのものもあるだろう。一瞥して、部外者に入り込める空気でないことは伝わった。ここは王城中央に位置する公共の場で、決して接客や飲食を供する施設ではないはずだ。その証拠にヒロミやセイニと同じく全身をローブに包んだ標準的なネーリアの装束の者も周辺を行き来している。中には大きな袋を担ぎ、何かおこぼれにあずかろうとでもしているかのようにうろついている者もいる。
にもかかわらず、ここは特殊な空間としてまるで一部のネーリアにのみ占有を許されているかのような印象を与えていた。同様の感覚は昼間にも抱いたが、今のそれは比較にならないほどの周囲との壁を感じさせる。彼らは大いに楽しんではいるが、決して馬鹿騒ぎというような様子でもなく、上流階級の社交界の付き合いとでも言えるような、優雅な遊びを満喫しているというふうだ。そしてその周囲、上空も含め連れられている多数の歩行型、飛行型のヴォイミらは、いざというときには彼らを守るため携えた武装を躊躇なく行使するあろうことが予想できた。それらが光らせる鋭い警戒の目が、決して庶民には近づけない空間であることを明確に演出していた。
ヒロミはあまり彼らに視線を向けないよう、不自然に映らぬよう、注意しつつトワの到着を待った。もしかしたら既にどこかにいるのかもしれない。まさか中央のネーリアらの輪の中にはいることはないだろう……。そんなことを考えているうちに、ヒロミが通過してきたアーチ付近がにわかにざわついているのに気付いた。大きな声も聞こえる。
「ヒロミ!!」
声は確かにそう叫んだ。トワだ。何人かでもみ合っているようにも見える。ヒロミは振り返り慌てて駆け出した。ここでか……!?この空間で、地球人の自分が来ていることを明かしてしまっていいのだろうか?
「ヒロミ!来ているか?」
しかし声は続いた。ヒロミはフードを脱ぎ、叫んだ。
「トワ!!」
ヒロミも視認できた。トワはローブを纏わず、長い髪を振り乱しながら走り寄り、その周囲を数名の黒服のネーリアが追っている。
「ヒロミ!!」
「何事だ!」
中央区画のネーリアらが宴を止め、どよめき出した。当然だ。ここはその問題にもっとも敏感な者たちが集まる場ではないのか。しかしトワの呼びかけに答えないという選択肢はない。ヒロミが駆ける周囲にはやや距離を置き、多数のヴォイミが近寄っているのを感じていた。トワは全力でヒロミのもとへ近づき、飛びつき、そうして2人は抱き合った。
トワは力の限りヒロミを抱き寄せ、猛烈な勢いで唇を重ねた。ヒロミも腕を回し、応じた。むしゃぶりつくような接吻が続き、ヒロミは肩で息をしながらも、深く舌を絡めた。
「何をしている!!!」
「異星人か!?」
「やめろ!やめさせろ!!」
ネーリアらの怒号が飛び交った。ヴォイミらが武器を突きつけ、二重三重に2人を包囲していた。
「ヒロミ、ごめん……、私止められなかった……!」
トワは涙を流しながらヒロミにそう言った。
「何!?何があったの?」
ヒロミは真剣な眼差しで尋ねた。
「私、ヒロミと離れたくない……!私たちは愛し合っている、そうでしょう?」
「うん!勿論だよ!どうしたの?」
「それを証明できれば…、変えられるかもしれないって……!」
トワは涙をこらえるように続けた。
「トワ首席操士!!離れなさい!!」
取り巻くネーリアらが口々に叫んでいた。
「けど……ダメだったの……!」
「え?」
すがるようにトワがヒロミに抱きつき、涙で顔をぐしゃぐしゃにしてながら続けた。
「私たち……もう、一緒には……」
「トワ様!ヒロミ様!おやめください!!」
そのとき別の声が響いた。周囲の人ごみをかき分け、フェイミが現れて告げた。
「ヒロミ様、あなたへの処分が決定しました」




