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「――ルマワ文化技術省長官殿、この度はこのような急な連絡を差し上げることになってしまった非礼をお詫び申し上げる。私は地球の国際宇宙開発局長、アラン・ブラウンだ」
映像の中で、局長はステーション内の応接室の一画と思われる場所で、ソファーに腰を下ろし話し始めた。画面端の椅子に座っているのは通訳を務める初老の女性、言語学者のマリア・ペローニ博士だ。ヒロミも幾度か希望者を集めて通信での講義をお願いしたことがある。最初こそ5~6人規模の授業だったそれも、最終的にはヒロミ一人になっていたことを思い出した。今回はこの映像のためにわざわざステーションまで呼び寄せたのだろう。彼女はやや遅れて、丁寧に局長の言葉を翻訳して伝えた。今のヒロミが聞いても十分に通じる正しい言い回しを用いている。地球にいながらよくネーリの言語を習得できたものだと改めてヒロミは感心した。
ただそのペースはいささかのんびり過ぎた。特に口語のスピードにすっかり慣れたヒロミの耳には、まるで子供に読み聞かせるような語り口のようにも思えた。側で聞いているネイティブのセイニにとっては尚更だろう。
「遅いな、訳せないのか」
セイニは画面を見たままそう言った。おそらくヒロミに対しての要求だろう。
「――本来ならこうした場では双方の認める通訳を立てるのが筋であろう。だが今回は事態が急を要する特殊な状況であること、そして私直属の部下に関することでもあることから、こうした簡易的、一方的なメッセージになってしまうことをご容赦願いたい」
局長は原稿を読むような仕草も見せず、特段緊張しているというふうでもなく、実直に画面の先の相手に向け思いのままを伝えているように見受けられた。普段は飄々としてとらえどころのない人物のような印象もあったが、ヒロミとは直接の交流はほぼないながらも、新しいことに対する興味の示し方、非常事態への対処の仕方など、随所に精力的で迅速な行動が目立ち、周囲からの信頼は厚い人物のように思えた。翻訳を待ち、彼は続けた。
「そしてこの度の学術交流においては、当初から情報伝達の上で様々な齟齬がありながら進行するかたちとなってしまったこと、改めてお詫び申し上げたい。最終的にこうして受け入れていただけたことに関しては、長官をはじめ貴国の――」
「――前置きというか、挨拶が続いてますね。セイニさんは内容については知らないんですか?」
「宇宙港の通信官から誰に宛てたものかを聞いたくらいだな、心韻で」
セイニは答えた。
「博士の……、私と一緒に来たオースティン博士のことは知ってますか?」
「そんなこと言ってるのか?」
「いえ。ただ、博士は地球への帰途で急死したんです。そのことが地球で話題になり、私の身も案じているんだと思います……」
「……へ~え、で、何だって?」
「まだ挨拶です」
その様子からこうした話や交渉事が苦手ではないであろうブラウン局長をしても、話の進め方はややまわりくどく思われた。計画が実行にいたるまでの前提条件を一つ一つ確認し、人員の選定や規模の縮小などネーリ側の要求の大部分を飲んでいること、にもかかわらず当初見込んだ成果は何一つ得られていないこと、そして参加者の安全面はまったく保証されておらず、地球にとっては貴重なオースティン博士という人材が失われたこと、などが続けられた。ヒロミはじっと見つめていた。
「――これは、学術交流を中止しよう、ということなんですね……」
ヒロミは静かにそうつぶやいた。無理もないだろう。地球人にとっては博士の視覚映像と、その死が知り得るネーリについての情報の全てなのだ。早急な対応が迫られていたはずだ。
「けれど、今はもう……」
「そうだな。ユーフの警戒レベルが上がって宇宙港まで上がることすらできない」
セイニが口を挟んだ。
「ですね……」
「それで、あんたの世話をしてる人が、どう対応するか動いてるってことだ」
ヒロミは合点がいった。フェイミが今朝慌ててやって来たこと、そしてヒロミの立場を良くするため、と言ったのはそういうことだったのだ。今回はスマーリ国の側も正式に返事をし、何らかの対処をするために動くということなのだろう。そんな中ユーフは地球の植物そっくりの姿で現れ、ヒロミはトワと関係を持った――。これらがいい方向に作用するはずはない。フェイミの怒りも無理はないように思えた。そして、だとするとすぐにヒロミを処刑する、という展開にもならないのではないか。改めて部屋から逃げ出すなどという行為は、当然ながら更にフェイミに迷惑をかけることになってしまった――
「普通なら私も帰れ、で終わりだけどな」
黙り込んだヒロミに対してセイニが言った。
「こんなことに関わるなんてまっぴらなんだよ。ただ、トワ様も絡んでるからな……」
セイニが面倒くさそうにしていること、そしてヒロミに腹を立てているのもまた納得できた。異星人や他の星との間のやり取りになど進んで首を突っ込みたくはないだろう。かと言ってトワとの繋がりは重要で、無視できないことのようだ。
「そ、そのことなんです!どんな連絡があったのか、って聞いてもいいですか?」
「あぁ……、『彼女たちは無事だ』と言ってたな、伝えてくれ、と」
「そうですか、よかった!!」
ヒロミは喜んだ。
「おいあまり大きな声を出すな!」
「す、……すみません……」
「……で、多分後で連絡が来る。私もこの場所を直接知られるのはたとえ相手がトワ様であろうと避けてたが……、通信用のヴォイミが戻ってくればあんたと直接やり取りもできるだろう」
セイニはため息をつきながらもヒロミにそう告げた。
「有難うございます!」
「本当は嫌なんだよ、トワ様だって他人の隠れ家を知るなんてリスクを抱えたくないはずだ。だが本人が望んでることだから仕方がない……」
2人がそんな話をしているうちに、いつしか局長の動画は終わっていた。途中からははっきりと聞いてはいなかったが、手続きをどうするか、そういった話が続いていたようだった。ヒロミ自身、開発局との取り決めに合意してはいるが、今回の計画において地球側とネーリとでどのようなやり取りがあったのかは把握できていない。今回局長自らが動いたとして、今後どう事態が進むのかは、結局はネーリ側、スマーリ国がどの程度地球や送られてきた地球人を重視しているかに拠るように思われた。ヒロミが希望を言える立場ではないが、ヒロミとしては研究は続けたい。スマーリに、この王城にいたい。そのことはおそらく国境が封鎖されているという現状からも適うような気はしていた。だが、実際にはどうなるか――、状況が良くないのは確かだろう。それはヒロミの起こした行動のせいでもある。
「それともう1本だ。届ける手間も省けるから見てくか。お前宛だ。私は見ないようにする」
セイニは機材をいじりながらそう告げた。
「かまいませんよ、知られて困ることもありませんから……」
ヒロミは微笑んで答えた。
映像が再生された。そこにはやや引きつった笑顔のクロードと、隣に例の女性が並んで座っていた。
「や、やぁ、ヒロミ……!」
声もやや上ずっているように思えた。
「ヒロミさんはじめまして、こんにちは。私はチームリーダーのベイリー・スチュワートよ。本来ならばあなたの上司になる者です、よろしくね」
ヒロミよりやや年上と思われるその女性が言った。声を聞くのは初めてだった。落ち着いた声色で、はっきり堂々と話すタイプだ。
「――こ、今回、僕は一つの決定をした。ここまではすごく色々なことがあったんだ。今の、この状況をどうするか。僕たちに何ができるのか。チームのメンバーとも話し合った。言い争いにもなった……、何度も。
結論なんて出るわけがないんだ。何せ何一つやり取りができない。こちらから送っているビデオレターを、ヒロミが見られているのかどうかも分からないんだからね……。開発局としては動いてくれているんだろうけど、それでは遅い……、遅すぎるんだ!」
クロードはやや声を荒げ、涙をこらえているようだった。もしかすると泣いた後ということなのかもしれない。
「だから僕は決めた。これは開発局のメンバーとしてではない。僕個人として――、ヒロミの婚約者、クロード・バルローとして、次の定期便でネーリに行く!そのための準備もしてきたんだ。誰かが直接行かないことにはもう何も解決できない。僕は君を迎えに行くと決めた。必ず救い出してみせる」
クロードはカメラに向け、熱くそう言い切った。隣の女性が続けた。
「――でね、私もそれに同行することにしたの。これは……開発局の仕事ではないとは言え経験ある上司として責任もあるし、クロード君やヒロミさんの親族の方とも話し合ってね、皆が一番納得できるかたちで話を進める必要があったの。男性一人で行くには危険という情報もあることだし。それに、この子ちょっと頼りないじゃない?フフ、ごめんなさい、今のは冗談!だから、決して諦めないで私たちの到着を待っていてほしいの、お願いね!」
そう言って、2人は一瞬視線を合わせ微笑み合った。
「じゃ、ヒロミ!どうか、無事でいてほしい。必ず、必ず助けに行くから!!」
そこで映像は終わった。ヒロミは少し安心した。無駄に怒りを掻き立てられることもなかったからだ。それはもはやかなり遠い世界の出来事に思えた。女性の存在も、特に衝撃や驚きはないものに感じられた。そもそも定期運行便は便数が極端に少ない。到着までに数ヶ月かかる。一体いつの話になるのかは見当もつかなかった。確かに弟の情報では父が怒って開発局に乗り込んだ、という話もあった記憶がある。事態を収めるための方法を模索した結果なのだろう。だがこちらに来たところで何が出来るというのか。宇宙港までたどり着いたとして、そのときにユーフの攻撃が止んでいるかも定かではない。つまり、それまでは考慮する必要もない情報ということだ。ヒロミもある意味決心がついた。
「ありがとうございます、セイニさん」
ヒロミは礼を言った。
「返事は。いいのか?ここにある機器を使えばすぐに通信官にも送れるぞ」
そうか、ここには王城へ来て以来望んでいた環境が揃っている。だが、それも今となっては必要ないものだ。皮肉のようにも思えた。
「いえ、結構です。有難うございます」
ヒロミは穏やかに答えた。
「そうか」
セイニは返事をし、ふと何かに気付いた様子だった。
「帰ってきたな。通信に使ってたヴォイミだ」
彼女は壁を上り、窓を開けそれを迎え入れた。




