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7-9

 「……は、はい!ヒロミ・クロカワといいます」


 ヒロミは自分を持ち上げて引き込んだ小柄なネーリアに対し、軽く頷きながらそう答えた。彼女はゴーグル越しで視線は見えないが、しばらく座り込んだままのヒロミの方を黙って見ていた。


 「不用心だなぁ……」

そうして頭をかくような仕草をしながらつぶやいた。

「普通言う?私が悪人だったらどーすんの……」

それはヒロミに対してというよりはどこかぼやきのような言い方に見えた。


 「これとか、何……?武器のつもり?」

彼女が手に持って軽く振って見せたのはスプレー容器だ。ヒロミは慌てて自分のローブの中を探った。携行したはずの容器はなかった。

「か、……返してください!それ、トワのものなんです!」

目の前のネーリアの動きはまた止まった。そして大きくため息をついた。

「……そういうとこだよ……」

がくっと肩を落とすような素振りをし、続けた。

「……まぁ、分かったよ、あんたが目的の人物に違いないってことは。……けど少しは警戒しなよ。他人との関係性が分かるようなこと、ここじゃ迂闊に言うべきじゃない」

ヒロミは硬い表情で彼女を見つめ続けていた。

「……いやいや、返すって」

そう言ってネーリアは容器をぽんと放り投げた。ヒロミは受け取った。

「別に欲しくて取ったわけじゃないし……、あんたへの忠告も含めてだよ」


 「こんなんでよくここまで生き残れたもんだ……」

彼女はそんなことをつぶやきながら室内に続くであろう通路の奥へと進んだ。ヒロミが放り込まれたのはまさにほら穴と呼ぶにふさわしい場所だった。道中と同じく岩肌がむき出しのままだ。ヒロミの背では屈まなければ進めそうもない。ヒロミは注意して立ち上がり埃を払うと、ネーリアの後へ続いた。


 進んだ先には明かりが灯された小さな空間が広がっていた。大きさで言えば博士の案内された部屋よりもやや広いくらいだろうか。所狭しと機材が置かれているため広さを把握しづらい。縦横に配線が張り巡らされ、注意深く跨ぎ、くぐり抜けなければ移動もままならない状態だった。先導するネーリアは慣れた足取りで奥へと進み、複数のモニターが設置された機材の前で止まった。


 「まぁこんなとこ絶対に他人は入れないんだけどね……」

"絶対に"の部分はやや力が入っていた。気乗りしない様子なのは明らかだった。

「あの子の頼みだからしょうがない……、一応キエリって名乗っとくよ」

ヒロミの方には顔を向けず彼女はそう言った。

「よ、宜しくお願いします、キエリさん……」

身のこなしからしても、先程自分よりも大きく重いであろう地球人を引き上げられたことからも、平均的なネーリアと比べて運動能力が優れているであろうことは推測できる。部屋に積み上げられた機材は何らかの情報を受け取り反応を示す通信機器のように見られることからも、情報屋か、それに類するような仕事を請け負っている者に思えた。風貌もどことなくヒロミをトワの部屋から運んだ下層のネーリアに近く感じる。部分的に体を機械化し強化しているのかもしれない。


 「他所で絶対にその名前は口にしないように」

「はい……」

そうなると周囲の機材もきっと機密性の高い情報を扱っているのだろう。ヒロミは視線を泳がせながら返事をした。そしてキエリの見つめる機材の上下左右に、取り囲むように幾種類もの記録用メディアが乱雑に置かれているのが目に止まった。中にはセイニから手渡された地球用のメモリもあるように見える。宇宙港宛に送られた通信の変換作業をここで行っているということだろうか。


 「……ん、来たみたいね。まぁ詳しい説明はあの子に任せるよ。誰かと一緒に行動する時間はなるべく減らしたい」

心韻のやり取りをする様子で、キエリは部屋のさらに奥を見上げた。この空間もまた巣のように細い通路と比較的広い空洞部分とで成り立っており、反対側の壁にも細めの通路が伸びているように見える。その先はどうやらすぐに外部との連絡口、窓として機能している部分に繋がっているようだ。キエリはいくつかの機材を足場にして軽々と上り、ヒロミの入った場所と同様の蓋状の扉を内側に開けた。ヒロミも壁際まで近づき見上げた。開口部は入り口よりもやや広いが、そこから見える外の様子はヒロミが下ってきた谷間に面する街並みよりもさらに暗く見えた。そこへふわっとスケイルヴェールが舞い落ち、90度ターンを描くように小型のヴォイアクー――と呼べるのか分からないほど小さく、細身のトンボのようなボディに立ったまま乗るキックボードのような乗り物――と、ネーリアの足が降り立った。覗き込んだネーリアはセイニだ。


 セイニはそのまま通路を下り、キエリと軽く抱き合った。

「急にごめん、有難う」

「ううん」

キエリはそう答え、窓へと上っていった。

「じゃ私はここで、ホッパー借りるよ」

「うん」

セイニはそう言うと、戸を閉めようとした。キエリは振り返り、

「じゃね、地球人さん、まぁ、機会があったらどこかで」

とヒロミに声をかけた。

「はい、有難うございます」

ヒロミは応じた。セイニは入り口を閉じると、相変わらず不機嫌そうな顔つきでそそくさと部屋まで下りてきた。


 「ったく、仕事抜けてくるの大変なんだよ……!」

そうして機材の前まで行き、ヒロミの方を一瞬きっと睨みつけた。


 「……あ、あの、……お手数おかけします」

「……しょうがない。トワ様からも何度も連絡が来てほとんど仕事にならなかったからな」

やはり心韻を受け取っていたようだ。時間も午後にさしかかっている頃であろうがまだ勤務時間中だったことは間違いない。気軽に何でも対応できる身分でもないだろう。セイニは何やら通信機材をいじっていたが、不意に手を止めた。

「どこまで聞いた」

「え、いえ……、ほとんど何も聞いてません」

「……じゃ説明するか」

彼女はそう言って少しヒロミの方へ体を向けた。


 「誰かにつけられてなかったか?」

「それは……大丈夫だと思います」

セイニは少し間をおいて続けた。

「……この王城では、自宅とは別の場所に複数人で部屋を借りながら暮らしてる者が多い。で、大抵それはこういう下層エリアだ。下層は無法地帯に近いが何をやっても許されるわけじゃない。意外と細部で上層の要人や要職に繋がってる。彼らのネットワークもばかにならない。時には互いに助け合うことも必要になる」

「はい……」

「直接仕事や私生活に関係なくてもな……。出身や地域、ただの相性の場合もあるが、何らかの利害が一致すればこうした場は作られる。規模の大小も色々だ。反乱組織や犯罪グループの温床になることも勿論ある。空いている区画を勝手に掘り進めて根城にしてしまうことも多い」

セイニは軽く室内を見回した。

「ここは、見て分かるかもしれないが通信を傍受するための部屋だ」

「はい」

「心韻は通常私信だ。書面なら信書にあたる。模擬戦の中継なんかの場合はあらかじめ中継用ヴォイミにも心韻を飛ばすことに合意してるから共有できてるに過ぎない。本人が許可しないところでの開封、保存、記録は宇宙通信協定にも明確に違反する。ただこの星の場合は事情が特殊で、心韻を介さなければそもそも他の星とのやり取りができない。公的にその変換を行っている機関も勿論あるが、ここはそれを私的に秘密裏にやっている。


 つまり――、ここの存在がバレるのはものすごくマズい、ということ。本当はこんなこと口にして喋るのも嫌なんだよ。あとはお前宛のデータも極力見ないようにしてはいるが変換の過程での秘密は保障されてない、ということだ」

「あ、はい。分かります」

「――で」

セイニは話を続けながらも時折心韻を受信するような仕草をしていた。

「――色々あって面倒だな、まずお前の事情は何だって?逃げてきたとかなんとか」

「はい、トワさんと連絡がとりたくて。あなたしか居場所が分かって繋がりのある人を知らないんです」

ヒロミはようやく話の本題に触れられた気がした。

「あぁ分かった。口頭でよければ繋いでやれるだろう」

「有難うございます!できればあの、フェイミさんから預かってたブレスレット型の端末のようなものがあれば――」

「あれは心韻使えない人用だろ、健常者は普通そんなもの持ってねーんだよ」

「そう、ですか……」

セイニは目つきは悪いが瞳は大きく顔立ちも整っており外見はネーリアでもかなり美しい部類だろう。だが言葉の当たりがいちいち強く大変にガラが悪い。普段の仕事のストレスのせいもあるのだろうか。そしてやはり端末はフェイミがわざわざ手配してくれた貴重なものだったのだ。


 「その前にだ。見たところ今あんたを取り巻く状況がどうなってるか、聞いてないんだろう」

「――え……?あ、あの、ユーフのこととか、ですか?」

「いやそうじゃない」

そう言いながらセイニは機材をいじり始めた。

「まだ変換が終わってない地球からの通信がある。一つはお前宛じゃない、スマーリの文化技術省長官宛だ。……あーもうこの際だ、見てくか」

「はい、では、ぜひ」

セイニは再生を始めた。


 映像に映ったのは、ヒロミの見知った顔、国際宇宙開発局の局長だった。


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