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変化に乏しい砂漠の風景に慣らされたヒロミの目には、機体の外に広がる景色は一際鮮烈に映った。
そこには広大なテーブルマウンテン状の高地が広がり、垂直に切り立った崖が見事に下界との風景を隔絶させていた。上部の卓状地にはネーリでは目にしたことのないほどの青々とした植物が旺盛に茂っている。それらは王城周辺に点在する草木よりもはるかに大型で、複数の種類で樹林を形成していた。周囲には無数の極彩色の生物――おそらくは虫であろう――も飛び回っているようだ。それらが陽を受けてギラギラと輝き、まるで地球の熱帯雨林のような景観を構成している。下方には雨雲も見られ、実際この地域には多雨で高温多湿の環境が広がっているようだ。
卓状地の上空をさらに進むと、木々の向こうにはピンクや緑、黄色など、様々な色に彩られた池、もしくは湖のような水たまりが広がっているのが見えた。境界があまりにはっきりしていることから、人工的なもののようにも見える。
「――こ、これは、何か実験用の池、ということですか?」
ヒロミは興奮気味に兵士に尋ねた。
「分かりません」
女性の返答は相変わらず淡白なものだ。池では水面や水中を泳ぐ生物やそれらを捕食するより大型の生物の姿なども見え、周辺にも大小様々な生物が生息しているように見える。このエリア独自の生態系が形成されているようだ。
「あの色は天然のものなのでしょうか。だとするとプランクトンとか?鉱物の影響かもしれないですね、あとは植物とか――」
女性の返答はなかったが、かまわずヒロミは話し続けた。目に入る物がすべて興味深く感じられた。少なくとも王城エリアに比べれば地球の環境と似たところも多く、動植物のバリエーションも豊富そうだ。自然科学の研究の場としてはより適しているように思えた。卓状部分は平坦な地形が多いが、中には垂直に伸びた縦穴のような窪地もいくつかあり、比較的大きく開いたカルデラ状の地形にめり込むように、研究棟で見られたのと同様のドーム状の建築物が作られていた。6区のそれは近未来的な銀白色で、山地の景観にそぐわない建物に見えたが、こちらは形状こそ近いが色味は抑えられており、ところどころ植物なども配され、周囲との調和が図られているように見える。ここが、ヒロミが活動することになるクスンの研究施設ということだろう。
ヒロミらの乗るヴォイアクーはその一画に設けられた平坦な発着場に着陸した。
その広さは6区の正面入口のものとは比べ物にならないほど小規模だ。ヴォイミらは何体か動き回っているが、発着するヴォイアクーはヒロミたちの乗ってきた機体以外に見られない。出迎えにやって来たのもどうやら歩行型のヴォイミ一体のみのようだ。確かに活動するネーリアの数が少ないという話は移動中も聞いていた。ここまではネーリアの姿は一度も見ていない。
「到着しました。我々は荷物の積み降ろしがありますので、ヒロミ様は先にお部屋に向かっていてください」
「……あ、はい」
同乗したネーリアがそう告げ、ヒロミは機体を降りた。機体後部のハッチが開き、待機していたヴォイミはそこへ向かっていった。どうやら出迎えではなく荷降ろしを手伝うために来ていただけのようだ。ヒロミは一人取り残されたかたちとなった。
周囲では操士のネーリアも操縦席を降り、キャビンへ向かい荷物の整理を始めていた。ヒロミは戸惑った。
「あの――」
しばらくその様子を見守りながら、ヒロミはその操士に声をかけた。
「私は、どこへ行けば……?」
話しかけられたネーリアはしばし無言でヒロミの顔を見ると、同乗していたネーリアに向かって声をかけた。キャビンの奥から先程の兵士のネーリアが顔を出した。どうも困ったような表情に見える。
「……私たちは何も聞いていません。そちらのヴォイミに確認してもらえますでしょうか」
彼女は応じ、再び作業に戻ろうとした。
「あ、いえ!私、心韻使えないので……」
ヒロミは急ぎそう伝えた。ネーリアらは顔を見合わせ何やら相談していたが、やがてヴォイミにその旨を心韻で送り、返答を得たようだ。
「居室がどこになるのかは分からないようです。ひとまず第一研究室へ向かってください。この後この荷物も全てそちらの実験室に運ぶことになっています。館内の地図は入り口にあるかと思います」
「……わ、分かりました」
ヒロミはややためらいながらもそう答えた。
どうも、思っていたのとは様子が違う。――いや、むしろこれが当たり前だろうか。この星へ来て以降、危険に遭遇したこともあったが、基本的には日々の寝食は保証されており、フェイミにも親切に世話され、「客」としての対応を当然のように期待してしまっていたのかもしれない。ヒロミのこれまでのフィールドワークなど、地道で不自由の多い経験を思い返す必要があるだろう。活動に適した環境を現地で構築していくことも研究においては重要だ。だが、大きく、そして容易に乗り越えられない不自由な点として、ヒロミには心韻が使えないということがある。以前借りたブレスレット型端末のようなものを、こちらでも使用することはできないだろうか。今もここで話しかけられる相手がいたからよかったが、もし彼女たちがそのまま飛び立ってしまっていたらヒロミは途方に暮れるよりほかなかっただろう。本来ならばそうした準備や覚悟をしておくべきだった。すっかり感覚が鈍っていたことをヒロミは悔いた。
ただ、さすがに施設内にはネーリアはいるのだろう。ヒロミにはまだそうした想像ができる程度の余裕はあった。何かあれば協力し気軽にコミュニケーションがとれる体制を作っておく必要もある。しかし中はがらんとしていた。建物の雰囲気は6区のものと似ている。白く清潔な印象の通路が、整然と、やや無機質にも見える感じで続いている。そして人の気配はまったくなかった。ヒロミは館内の案内図に目をやった。全体の構造も研究棟のものと近い。立体的で複雑ではあるが、中央に吹き抜け部分があり放射状に各部屋が広がるなど、ある程度規則的でヒロミの不安は軽減された。第一研究室までの道のりも理解を妨げるものではなかった。
ヒロミは目的地へ向かい歩き始めた。吹き抜け部分から見下ろすと、はるか地下深くまで階層が続いていることが分かる。高地の内部へも通じるものだろうか。建物の高さとしては6区以上なのかもしれない。そこを上下に飛行するヴォイミの姿は見られるが、やはり行き交うネーリアの姿はなかった。ヒロミは徐々に不安が増した。目的とする研究室にネーリアが一人もいない、などという状況があるのだろうか。活動するネーリアの数が最小限、とはそういうことなのか……?そこまではヒロミも想定していなかった。
道中でもすれ違うのは飛行型、歩行型のヴォイミのみだ。ようやくヒロミは目的の研究室の扉まで到着した。そしてここへ来て気付いた。以前渡された入館証のようなものをヒロミは何一つ携帯していないのだ。心韻を利用するこの星の扉が開けられない可能性について、ここまでは想像すらしていなかった。そもそも一人で行動するという状況を予想していなかったため当然とも言える。ヒロミが扉の前で立ち尽くしていると、先程発着場にいたヴォイミが、荷物をいくつか積み重ねて持ち上げ、慎重に運びながら近づいて来るのが見えた。ヒロミは道を開けた。そうだ、このヴォイミも実験室へ荷物を運び込むと言っていた。一緒のタイミングで入るしかなかろう。この移動速度であれば通過するにも時間がかかる。幸いにしてこの機体は警備用のものなどとは異なりヒロミに警戒心を抱いている様子はない。カシャカシャとあまり脚を上げず規則的に歩くその機体を目の前でやりすごし、ヒロミはぴたりと後ろについた。
ドアがスライドして開き、ヴォイミは前進を始めた。仮にヒロミだけを通さないような機構が働いてもいい。声を発して中の人に気付いてもらえばいいのだ。ヒロミは眼前を遮る荷物の山から顔を突き出し、叫んだ。
「あの!!すみません……!」
「お?お?んふ、んふふ?」
「……え?キュイオさん!?」
室内の椅子に座ったまま振り返った女性に対し、ヒロミはそう言った。




