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「……え、何?」
あからさまに興を削がれたという様子でルルアが返した。ヒロミは通り過ぎる広報用モニターを目で追い、後ろを振り返った。このヴォイアクーに乗せられた目的、そしてそもそもその以前よりヒロミが気にかけていたことを、すっかり忘れるところだった。映像には、先程までとは異なるニュースが追加されていたように見受けられた。ユーフの侵攻のものだ。一瞥した限りでは、警戒レベルが更に引き上げられたという内容のようだった。
「あーー!!もう!やっぱり……!」
映像を気にかけているヒロミの背後から、不満げなルルアの嘆きが聞こえた。どうやら心韻をキャッチしているようだ。
「結構飛ばしてるからギリ振り切れると思ったのにさ……!」
そして半ば諦めたように座席に深く座り直した。
「出動だってさーー!!」
むくれた顔をしている。髪からこぼれるスケイルヴェールもすっかり青白く冷めた色味へと変わっていた。そしてヒロミの方を向き直した。
「けどさー!せっかくだから届いてないふりしてもうちょっとドライブしちゃわない?」
「あの……!」
一向にスタンスを崩さないルルアにとうとうヒロミが割って入った。
「そもそも、最初の目的は……」
「え?あぁ……、処刑のこと?気になる?」
ルルアは速度も落とさず直進を続けていた。
「い、いえ、引き返しましょう、任務を優先してください。映像のことについてはお話を聞ければ結構ですから」
このままだと更に厄介なことになりかねないと懸念し、ヒロミは提言した。
機体は鈍い音を立て減速を始めた。だがコースは変わらなかった。
「ユーフが国境内に入り込んだらさ、レベル3なんだよね。国境は封鎖されて、一応動ける機体は配置につかなきゃいけないわけ」
ルルアは手振りで下から3つ目の警戒レベルだということを示しながら言った。
「そうですか……」
「はーーーー……!さっきまで出撃してたのに、なんでまた乗んなきゃいけないの?こんなの国境の連中が追っ払えば終わりなんだけどなーー!」
とはいえ、事件の後、再生の必要もなくすぐに動かせる機体となると限られてくるのだろう。そのことは彼女自身も重々承知しているはずだ。
「久しぶりに王城に来れたのに……」
不満の尽きないルルアが、ようやく操縦桿に手をかけた。機体は羽を広げ、降りしきる雨を弾き飛ばしつつ大回りなUターンをしてみせた。周囲には行く手を妨げる障害物はなく、既に繊細な操縦は必要ないほどの郊外に達していた。天候のせいか、時間よりも大分暗くなった空の先に、戻るべき王城中心部の明かりがぼんやりと浮かび上がっていた。
「もうちょっと進むと城壁があってさ、その先に刑場に使われてる場所もあるんだよね。――天気が良ければ、そこに向かって虫たちが集まるのも見れたりするんだけど、今日は無理かなー。ごめんね~、見せられなくって」
「いえ、――あの、もしかしてその虫って、空中で帯のように群れてふわふわと漂っているものですか?」
ヒロミはふと思い出して尋ねた。
「そうそう、見たことあるんだ」
「同じようなものなら――、以前、遺跡になっている王城跡で見ました」
「城外に出たの?」
ルルアが急に顔をヒロミの方へ向け、言った。
「あ、はい」
「誰かと一緒に?」
その口調にはやや鋭さが感じられた。城外に出るというのは一般的なことではないのか。トワのような操士と一緒でなければ難しいことなのかもしれない。
「あの、色々とお世話をしてくださってる、フェイミさんという方と」
ヒロミは極力平静を装ってそう答えた。
「ふぅーん……」
含むところがある感じではあったが、ルルアはそう言って再び視線を前方へ向けた。
「じゃ、刑場も見てるんだ」
短い沈黙のあと、ルルアが続けた。
「いえ、それは知らなかったです。かつての聖蛹の跡だとしか……。そこに虫たちが集まって、光を放っているさまが、その、すごく幻想的に見えました」
実際トワから聞いたのもそこまでの話だ。
「それは、ちょっと説明が足りないかな……。
ただ聖蛹があった、てだけじゃなぜかあの虫たちは集まらないんだよね。場所にもよるんだけど、わざわざ荒れた状態の王城跡を選んで連れてくわけ、受刑者と、執行人と、野次馬とか泣き屋みたいの合わせて、あのショーを成り立たせる人たちまとめてね。焼き殺すってのも簡単じゃないから、ホントは見せたい映像を撮ったら色々処理してんだ。で、しばらくするとあの虫たちがどこからともなく集まってくるの。焦げたニオイとかが原因なんだろうけど。死骸はほとんど完全に虫たちが処理してくれちゃうんだ。光の色も最初は血を吸い上げたような赤紫色なんだけど、そのうち白く穏やかな色に変わってってね。それとともに植物も増えて、また集まる虫たちも増えて……、土地が豊かになってくっていう循環があって。結果的に次の王城の候補地として適したかたちになってくんだよね」
「そうだったんですか……」
「まぁ、わざわざ他所の星からのお客様に話すようなことでもないけどね、興味ありそうだったから見せるのもいいかな~とか思ったの。そもそも、ここでの生活じゃ蛹室の数がネーリアの数に比べて圧倒的に足りてないからね。そこでどうするか――」
ルルアの言葉のトーンは、わずかに重みを増したように感じられた。
「なんとかして延命するか、戦いを起こして地位を覆すか、みたいなところしかないわけ……。この仕組みでは行き着くところ、こういう争いが起きるのは仕方ないんだ。だから、あの虫の光はね、そういう先人への弔いの意味もあるんじゃないかって思うの。……ハハ!なんてね、ちょっとガラでもないこと言っちゃった。
けど、覚えといて。あんな映像、誰も楽しくて見てるわけじゃない。だけど、あの死の上に、私たちの生活は成り立ってる、ってこと」
「分かりました……」
一転して話は重いものとなった。トワも決して火刑のことを意図して話さなかったわけでもないだろう。しかしあの壁画を浮かび上がらせる虫や植物たちの光は、確かに何らかの意図をもって後世に伝えるために灯されていると言われても十分に説得力がある、そんなふうにヒロミは感じた。もしかしたら群衆の声に掻き消されていた受刑者たちの叫びも、そうした内容だったのかもしれない。「生き続ける、伝え続ける」何かそういった趣旨のものをヒロミは想像した。
そのときルルアがおもむろにダッシュボード上のスイッチを押し、半透明のモニターを展開させた。優先的に国家の広報用映像が流れるものだ。引き続き、処刑についてと、ユーフ侵攻の報が繰り返されている。音量は小さく、主要な部分も聞き取れない。
「――あとね、あんま言いたくないんだけど」
映像を視界に入れながら、ルルアがゆっくりと切り出した。
「『ユスの呪い』って分かる?」
「あ、はい、聞いてはいます」
答えるヒロミの方を、ルルアが見つめ言った。
「あんたのことだ、って言われてる」
「え!?」
ルルアはため息を一つつき、若干言い淀みながらも続けた。
「……まぁ、来てすぐなわりに色々やってるみたいだし、……やたら有名だからね。下手したら王城で知らない者はいないってくらいに。私なんか遠征先にいたのに知ってたしさ。だから、まぁ、王城に行ったらどんなヤツか確かめてやろうって思ってたわけ。そしたら6区がターゲットにされてるしさ、ハハ、私笑っちゃった!あんた強運すぎでしょ。すっごい目立つトコにいるんだよね」
「そ、そうなんでしょうか……」
機体は再び市街地へ入りつつあった。ヒロミは困惑し、やや肩をすぼめるようにして応じた。ルルアもフードをかぶり直した。
「一応事実だけを追うと、って話だけど。ピナの反乱があったのも、ユーフの侵攻が本格的に始まったのも、あんたが来てからなんだよね。――それに、地球の植物が何やらすごいらしい、ってのと、……トワ様があんたと仲良くしてるらしい、てことも」
「それは――!」
「ハハ、まぁ、実際には何か企んでるようなタマでもなさそうだけどね、ハハ!」
ピナはそう嘲ったが、少なくとも目の前の人物には怪しまれていなさそうな点だけはヒロミには救いに思えた。
「この星とか国のこと、少しは分かってきてると思うけど、……何かと噂が左右したりするからね」
「はい……」
「私なんか普段の素行が悪いから、たまに真面目なことするとすっごい評価されるわけ!ハハ、いいでしょ?」
「え、えぇ……」
「ハハ!うそばっかり!」
ルルアはそう笑い飛ばした後、呼吸を整え、続けた。
「だから――、この先ここで研究とかするのは、色々大変かもね、ってこと」
「はい……、覚悟してます」
「国境閉鎖されたら宇宙港にも行けなくなるよ?出てくなら今がチャンスだと思うけど」
「出ては行きません」
ヒロミは落ち着いて答えた。
「ふ~ん、そ。
まぁ、私こういう性格だから、気になったら何でも直接確かめたくなっちゃうの。あんたと話せてよかったよ」
ヴォイアクーは既に王城中心部へと戻りつつあった。ヒロミにとってルルアは相変わらず得意なタイプとは思えなかったが、それでも彼女はある程度本心を語っており、ネーリやネーリアへの理解を遮っているかのようにすら感じられた壁は低くなりつつあるように思った。
「私も、お会いできてよかったです」
ヒロミは笑顔で応じた。
「もっと確かめ合う方法あるけどね!私は鍛えてるよ、産卵管。色んなことできるから、ハハ、きっと地球人のオスよりずっと気持ちいいよ?」
「結構です……!」
やがて2人を乗せたヴォイアクーは高速を維持したまま、ヒロミの居室前のベランダへ降下していった。そして激突しそうな勢いで脚部を着地させると、パタパタと地を這わせ、うまくスピードを殺し、壁に止まるかたちでピタリと静止した。思ったほどの衝撃もなかった。
「あ~ぁ、じゃ今日はここまでで。次はもっと色々しようね!」
「あ、は、はい……」
キャノピーが開き、雨が降り込んだ。ヒロミは慌てて身を乗り出した。
「で、結局トワ様とはセックスしたの?」
「してないです!!」
ヒロミは即答した。機体から飛び降りながら、ルルアの笑い声が響くのを聞いた。ルルアは降りたヒロミを一瞥すると、あっという間に飛び立ち、銀色のスケイルヴェールを撒き散らして空の彼方へと消えていった。ヒロミのわだかまりはある程度は消えたが、結局聞きたいことは何一つ聞けていなかった。病気のことも尋ねるくらいはできたかもしれない。そして、トワとの関係は――……。だがまだ、何事も気軽に相談できる相手のようにも到底思えなかった。昼間に到着したときと同じように、寝室の窓にコツコツとぶつかる飛行タイプの小型ヴォイミの姿があった。
雨脚は強まり、向かいの建造物群には変わらず広報用モニターのニュース映像が輝いていた。




