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ヒロミは完全にルルアのペースに飲まれていた。
だが――、まあ、それもいいだろう。飲まれたふうを装って、本心を聞き出すことが出来れば、それでも意味はある。生意気な年少者(に見える)とまともに張り合うのは得策ではない。勢いをいなしつつ、年長者らしく冷静に対応すべきだ。かつ、それと悟られないよう自然に振る舞えばよい。ヒロミはそう自分に言い聞かせた。もとより彼女のようなタイプは得意ではなかった。これまでの人生でもあまり深く接したことがない。ただこうして考えを巡らし身構えている時点で、すでに十分に張り合っていると言えるかもしれない。
ヒロミは唐突な質問に戸惑いつつも、あくまで落ち着いた態度で尋ねた。
「あの、操縦は……大丈夫なんですか?」
ヴォイアクーの操縦席はヴォイアースの縦並びの狭いそれとは異なり、地球の乗用車のように2つの座席が横に並べられた構造になっている。身体サイズの関係で若干地球のものより小さく作られてはいるが、車と同じ感覚で腰を降ろすことができた。操士であるルルアは右側の席に座り、操縦桿から両手を離した状態で、その左側、助手席に座るヒロミのシートへ身を乗り出し話しかけていた。ヒロミの問いには、顔だけを正面に向けて応じた。
「別に心韻でも動くし、この辺ならこの子の自律駆動でも余裕で行けるし」
機体はまだ多くの支柱や建築物が入り組んだ、他のヴォイアクーやヴォイミも多数往来する市街地の上空におり、それらを避けるための上下動や左右のロールを激しく行っているようにヒロミには感じられた。だが乗り心地はこれまでネーリに来てから乗せられたどの乗り物よりも快適だ。かなりの速度で飛んでいるにもかかわらず移動や加速は軽やかで振動も少なく、かつ機内は静かだった。静音性と性能を両立している時点で、高級な機体に違いないとヒロミは感じた。進路上の障害物を素早く避けつつ運行するこの自律機構も、おそらく安価なものではないのだろう。周りの機体よりも明らかに速いスピードで、2人を乗せたヴォイアクーは雨が降り始めた王城内を突き進んでいった。
「で、どうやるの?地球人同士って。経験あるんだよね」
「なんで……、そんなこと」
無礼だろう、と咎めたい気持ちを完全には抑えきれず、ヒロミはやや不機嫌そうに答えた。
「ふつーに興味あるし。けどまぁホントは調べたからある程度は知ってるんだ。さっきお相手みたいな写真も見ちゃったしね」
「へ!?部屋に入ったんですか!?」
無礼どころではなかった。思わず不快感を顕わにして、ヒロミはそう返した。
「ロックされてなかったじゃん。心韻で何度も呼んだし」
ルルアは何食わぬ顔で応じた。
「ロック……?」
「あ、あ~、もしかして、知らなかったんだ。心韻でロックするんだよね、ハハ、あぁそっか~、ネーリアじゃないんだから無理だよね~、ハハ、呼んでも気付かなかったわけだ」
ルルアの笑い方は殊更にいたずらっぽく響いた。
「代わりの方法教わっとけば?きっと何かあるでしょ」
そう言えば、トワの私室に案内されたときも、隠し扉のような入り口を開ける際に、背筋を伸ばしどこかに心韻を送っているかのような仕草をしていたことを思い出した。誰かに中から開けてもらったわけではなく、直接鍵へ心韻を送って解錠していた、ということなのか。ならばこれまでのヒロミの部屋の施錠は……、もしかしてフェイミがしてくれていたということだろうか?トワが最初に部屋に入っていたときは、植物が窓を突き破ったから、ということで説明はついた。やはりネーリにおいても、他人の部屋に無断で立ち入るということは少なくとも一般的な行為ではないはずだ。
「その前に、警備のヴォイミだってたくさんいたはずですが」
「まぁ、第二操士団ともなれば一応ね、その辺はある程度なんとかできちゃうんだよね」
悪びれる様子もないルルアに対し、ヒロミはぼやくように続けた。
「だからって勝手に……」
「あれ、オスだよね」
その発言を平気で遮ってルルアは続けた。
「?」
「一緒に映ってたの、オスでしょ?地球人の」
部屋にあった写真であれば、クロードに間違いない。
「えぇ……、婚約者です。仕事場の同僚の」
「ふぅ~ん」
ルルアは遠くを眺めるような視線のまま、足を組んだ。ローブ状の外套がはだけ、6区でも見た、まるで素肌にビキニを着けているだけのように見えるボディスーツ姿が露出した。
「ここにいるとさ~、オスの情報ってほとんど入ってこないんだよね。王城じゃそうでもないのかもしれないけど、北方の山奥なんかじゃ、タブーもいいとこなの。だから――、正直オスってだけですごくムラムラするわけ」
ヒロミはどうしてもその足元が視界に入り気になっていたが、話の流れも意外な方向に進んでいるように感じられた。
「しかも本物だよ。で、おそらくアンタとセックスしてるんだよね」
そう言ってルルアはフードをとった。サイドポニーにした髪からは、やや赤みを帯びたスケイルヴェールが数粒舞い散った。そして再び両手をヒロミの席に置き、言った。
「私も別にいつもこんな話ばっかしてるわけじゃないから。ちょっと性欲を刺激されたっていうか、地球人のことも気になるから聞いてるわけ」
部屋に写真を置いたときは、一応フェイミに確認はした。だがそれは、男性の画像というだけで忌避の対象となることを懸念してのことだった。もしかしたらフェイミの胸中もずっと穏やかではなかったのかもしれない。そして、トワが部屋で歌を歌っていたのもてっきり地球の植物の存在によるものとばかり思っていたが、写真に映ったオスを見た、ということが何らかの影響を与えていた可能性もある。考えもしなかったが、それほどにオスの存在というのは特殊なのかもしれない。いや、にしても、このルルアというネーリアはあまりにあけすけで、欲望のコントロールが出来ていなさ過ぎなのではないだろうか。
「まぁ別に言ってくれないんだったらいいけど」
ルルアはそう言ってもぞもぞと体勢を変え、片足であぐらをかくように折り曲げてシートの上に乗せた。さらに股間部分が強調されるかたちになった。
「大体同じだから、私たちと。こういうことでしょ?」
そう言うとまた上目遣いでヒロミを見ながら、左手で女性器を、右手人差し指で男性器を形作るようにし、動かして見せた。
「ここが気持ちいいトコなんでしょ?ハハ、ネーリアにはないな~、それ」
ルルアは笑いながら左手で作った輪っかの頂点を突いたりこすったりしてみせた。
「その代わり~、私たちにはここに一つ器官がついてるの」
彼女の示したのは親指の付け根の部分だ。
「正確には穴から出てくる感じかな~、本当は産卵管なんだよね。けどどうせ使わないし。大人になると成長してきて、形は人それぞれなんだけど、本来は穴を掘ったり産み付けるための筋肉がついてるトコだから、ちょっと鍛えたりすると色んなことができたりするんだよね」
「へ、へぇ……」
ルルアが勝手に話していることだ。ヒロミも興味がないわけではない。特に研究対象というわけではなかったが、ネーリアの生態について聞けるのであれば、こんなチャンスもないだろう。
「周りに毛が生えてるのは同じだよ」
ルルアはそう言って今度は指で作った輪の周りをなぞった。
「ハハ、興奮するとここからいっぱいスケイルヴェールが溢れるように出てくるの、いやらしいでしょ?……ねぇ、興味出てきた?」
ルルアはすっかり顔を赤らめ、髪からも艶やかな色のスケイルヴェールを振りまいていた。興奮しているのは彼女の方だ。
「も、勿論、ネーリアのことは知らないことも多いし――」
冷静に、という心構えは完全に乱されていた。そして、そもそも何のためにこのヴォイアクーに乗ったのだ?機体は市街地を抜け、郊外へと差し掛かるところだった。眼下に1枚の広報用モニターの映像が視界に入った。
「け、けど、ちょっと待ってください!」
ヒロミは必死で本来の目的へ戻そうとした。




