表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/123

6-3

 「――で、では、ここで専門家の方をお呼びしております」

女性キャスターはそう言って、スタジオでの解説に入った 。弟が説明を挟んだ。


 「続きがあるんだ」

そう言うとリモコンを操作し、次のチャプターへと飛ばした。


「えー、続報が入ったようです。」

キャスターは困惑気味に伝えた。

「なお、プライバシーに配慮し画像には編集を加えております――、とのことです。


 ご覧ください……。地球宛てに緊急声明を発表したダニエル・オースティン博士ですが、映像の収録直後から体調が急変。その後、全身から体液のようなものを噴き出して、死亡していたことが確認された、ということです」

映し出された画像は全面にモザイクがかかっていた。人体のアウトラインをかろうじて残してはいるが、末端にいたるまで紫色の液体が皮膚を破り、溢れ出たであろうことがうかがえた。ビデオの中で口から吐き出していたものとおそらく同じ物質だろう。そして、キュイオが足を負傷した際に流れ出たネーリアの血液の色にも酷似していた。


 「この映像は連絡船の添乗員が撮影したものですが、博士の死因が病気によるものか、何らかの事件、事故によるものかは、検証の結果を待つ必要があるとのことです。当面の間、当該船舶とその乗員、乗客らは星間渡航管理局の厳重な管理下に置かれるため、現時点では博士の亡骸がいつ母国へ戻るのかは未定となっています。なお、今回のネーリでの学術交流を主催した国際宇宙開発局ですが、これまでのところ『詳細が分かるまでコメントは差し控える』と述べるにとどまっています。


 ――ということなのですが……、ソエダ先生、いかがでしょう。大変な事態になっているようですが」

「えぇ、そうですね。我々に与えられた情報は極めて少ないですが、一つ言えますのは――」

ヒロミの聞いたことのない専門家の先生の話が続けられた。何の専門だろうか。今、ネーリについて最も詳しく知っている地球人は、間違いなくヒロミとオースティン博士だろう。そしてそのうちの一方は亡くなってしまったようだ。弟が再びカメラの前に顔を出した。


 「……まぁ、言いたいことはあるだろうけど、ずっとこんな感じなんだ。とにかく情報がなくってさ。


 ……うん、博士のことは残念だし、気の毒だと思う。けど姉ちゃんは無事だって信じてるよ。俺、笑っちゃったよ、不謹慎かもしれないけど……、あんなおっかない宇宙人の前に飛び出してくなんて、ホント姉ちゃんらしいなって思って。きっと姉ちゃんの度胸があれば、どこでもやっていけるって思ってる。テレビでは色々言われてるけどさ、多分こんなところばかりじゃないだろうし。父さんなんか気が動転しちゃって、もうすぐにでも計画中止にして呼び戻すんだって、会社の弁護士連れて開発局まで殴り込みに行くって言って、……もうずっと帰ってきてないんだ。


 ……取材とかもすごくてさ。母さんは滅入っちゃって。だから……姉ちゃんも大変だと思うけど、出来れば連絡くれよな。じゃあ、また」


 送られてきた映像はそこで終わっていた。


 迷惑をかけてしまっている。――直接、というわけではないが。事情は更に複雑になっていた。


 弟も本当はもっときつく言いたいところだろう。何をしているのか、と。だがここで慌ててヒロミの方から何か返事を送っても、事態が好転するようにも思えなかった。もとより、規模の大きな計画のわりには、事前に大きく報道されることもなく、ヒロミも実家へ戻ることもなく、滞在していた国際宇宙ステーションから出発するという、傍目には長めの転勤のような感覚の渡航として始まったものだった。勿論ヒロミの中では大きな出来事なのは間違いない。熱意をもって望んだことでもある。それが、こんなかたちで注目を浴びることになろうとは――。


 ある意味ヒロミも迷惑を被っている、と言いたい気持ちもある。しかしここまでにかかっている費用を考えても、そして何ら定められた報告を行っていないということからも、ヒロミの方から何かを訴えられる状況でもないように思えた。映像を見た限り、地球ではこの計画に反対を唱える論調が強そうだ。当初見込んでいた地球側にとってのメリットとしての研究成果なども、このままでは得られない可能性が高いだろう。実際ヒロミの研究の行方もこのままでは不透明だ。そして日常に目を向ければ、女性同士の愛情表現や、同族を焼き殺す光景などは、特に探さなくても目に入る。博士の情報を全面的に否定し、地球にいる者に何ら不安を抱かせる要素などない、などとは、ヒロミにとっても言える自信はなかった。


 最初に弟から博士が重大発表をする予定だ、という話を聞いたときに連想していたものとは、若干毛色が違っていた。故人を悪く言うのも忍びないが、ヒロミが思っていたのは、博士がネーリについてのあることないことを吹聴し、都合よく映像や記録を編集し、とにもかくにも話題に上げることを念頭に置いたものになるだろう、ということだった。氏には帰国後に出版契約が決まっているという話は何度も聞かされていた。その計画が流れる、もしくは変更になるのはこのままならば間違いない。別の方法でその埋め合わせをする必要があるだろう。この短い滞在時間で話題性を高める情報を与えるならば、よりセンセーショナルな内容の方がいい。事実であるかどうか、そしてそれが好影響であるかどうかなどは、関知する必要もない。きっと面白おかしく、ネーリのことを言い広めるに違いない。そこまでのことを、ごく自然にヒロミは予想していた。そして起こってもいないことに腹を立て、勝手に頭を悩ませていた。そのことは謝罪せねばなるまい。


 実際には違った。ところどころ嘘を織り交ぜて発言するのは相変わらず学者のとる行動としては疑問を呈したくなりはするが、少なくとも氏の受けた待遇については映像の通り事実だ。何かあれば容赦なく殺したであろうことも間違いない。事実、ヒロミも殺されそうになったところだ。安全な星ではない。得てして、一度広まってしまった間違った情報や噂を否定するのは難しい。扇動家であればそれすらも情報操作の証だと騒ぎ立てるところだ。だが、少なくとも目的は扇動だけではなかった。情報も大筋で間違ってはいない。博士はヒロミに比べれば、世の中に与える影響がはるかに大きい人物だ。そんな彼が、最後に命をかけて自分のことを救うためのメッセージを送ってくれた。その事実には感謝するよりほかなかった。博士の霊が安らかであることを、ヒロミは静かに祈った。


 ただ、その死因については、ヒロミも何も分からない。このままネーリに残っていても氏の周りではいずれ厄介なことが起こるだろう、などと思っていたことも確かだ。しかし亡くなることにまでなるとは予想していなかった。これがもし殺意をもって行われたことだとしたら、ネーリアがそんなことまでするだろうか、という印象がある。見てきたとおり、相応の理由があるのならば、彼らはもっと直接的な手段で殺害するだろう。ネーリを離れてから時限式で発動するような仕掛けを施す意味もない。体液がネーリアの血液の色そのものというのは、この星と何らかの関係があることを確実に示しているはずだ。もしかすると、ネーリではよく知られる危険な病気などに、滞在中知らない間にかかっていたということもあるかもしれない。それでも渡航の際には厳重なチェックがあるはずだ。浮かんだのは「ユスの呪い」というワードだった。まさに、人為なのか自然災害的なものなのか、それすらも分からない、不可解なものを示すのに都合のよい言葉に思えた。この件に関してはフェイミやキュイオなどにも尋ねてみる必要があるだろう。ヒロミがネーリを離れる際にも、同様の現象が起こらないとも言い切れない。


 ――ヒロミが、ネーリを離れる……?ヒロミ自身、ここに至ってもまだ、そんなことは想像すらしていなかった。


 そしてここまでの情報を、博士の死に関する映像を見たかどうかは定かではないが、少なくとも死亡したという情報までは、クロードは知ったうえで、前回の映像を送ってきたであろうことに思い至った。――そうか……。外部から見たら、こんな危険な星に地球人が一人取り残されたとなったら、助けようとするのは当然のことだろう。その点では、頼んでもいないのに、と不理解を咎めたことを申し訳なくも感じた。自分が同じ立場でも間違いなく心配はするはずだ。


 しかし、申し訳ないが、ヒロミには帰るつもりはなかった。その意志は揺るがなかった。では、どうすべきなのか。あえて博士のその後については何も知らない体で、しれっと報告を送るべきか。ネーリアに脅されてやらされている、というような芝居も必要だろうか?いや、安全か危険か、ということには一切触れないほうがいいだろう。極端なことを言えば今ヒロミが生きているのも”まだ”生きている、というだけなのかもしれない。それは実際ヒロミにも分からないことだ。そして研究については、既にあり過ぎるほどの成果が出ており、その調査が追い付いていないというのが現状だ。なぜ報告できなかったかについては、単純に通信手段の不備というだけで十分だろう。研究棟が破壊されている状況ではどのみちすぐにレポートを作成するのは難しい。その場合は自室を使っている、ということにすればいいだろう。月次報告、のようなかたちで、一ヶ月、あるいは半月経つまでの間に状況を整理しておこう、そして報告を送ろう。ヒロミはそのように、考えをまとめつつあった。


 そうでなければ――。ヒロミは部屋を見回した。


 そうでなければ、このままでは、確実にこの計画は打ち切られる方向で動いてしまう。何もできないまま、何も分からないままに。それは避けねばならない。ヒロミはごく自然に、自分はまだここにいなければならない、と感じるようになっていた。


 不意に、ぽとりと小さな物体が天井から落ちてくるのに気付いた。ひゃっ、と一瞬身を引いてかわしたが、”それ”はベッドの上でもがくように動き続けていた。どうやら天井まで覆いつつある植物から、イモムシ状の何らかの生物の幼虫、あるいは幼体が落下してきたようだ。「昆虫の惑星」と呼ばれるネーリのことだ。ある程度の覚悟はしていたし、こうして直接間近で見るのはむしろ新鮮で、ようやく訪れたか、という感すらあった。今まで見かけたのは、初めて植物が急生長をし、トワの歌につられて虫が舞い込んできたときくらいだろうか――あのときはすぐに皆息絶えてしまったが――。この植物の広がり方からすれば、既にどこからか虫が入り込み、ここで生活環が築かれていてもおかしくないとすら感じられる。ヒロミは決して虫が得意というわけではない。だが過剰に嫌悪感を示すほどでもない。ただベッドに落下されては落ち着かないのも確かだ。育ちすぎた植物をどうするか、という問題もある。


 ヒロミは一旦、幼虫をシーツでくるむように床に下ろし、ブレスレット型端末を使ってフェイミに連絡をとった。

「ヒロミ様?」

はきはきとした心韻が返ってきた。

「忙しいときにごめんなさい!部屋の植物が生長を続けていて、今、とうとう天井から何か虫の幼虫のようなものが落ちてきたんです。何とかできないかな、って――」

「そうですか……、彼らも競争を勝ち残らないと生きてはいけない身です。落ちてきたというのは不運でもあり、何らかの能力の欠如の現れかもしれません。気の毒に思われるかもしれませんが、ここは彼らのためも思って潔く処分していただいてかまいません」

「あ……、ううん、えっと、そうじゃなくて……!何か虫を防ぐ手段とか、せめてベッドの周りだけでも、防虫剤とか、網のようなものを張るとか……、すぐにでなくてもいいので、何かあったらなぁ、て思って。あとは育ちすぎちゃった植物も何とかできれば――」

「あ、そういうことでしたか、失礼しました。虫に関してでしたら、ちょうど彼らを食用にするヴォイミであればすぐに手配できるかと思います。植物のほうも何かできるかもしれませんね……。えぇ、では、ひとまず1体ヴォイミがそちらに向かうと思いますので、それを入れて、様子を見ていただけますでしょうか」

「はい!有難うございます」

「では詳しくはまた後ほど」

そこで通信は途切れた。相変わらず頼もしい存在に思えた。ヒロミはやって来るというヴォイミを迎え入れるため、ベランダへ出ようと窓を開けた。するとすぐに、どかっと重くのしかかるような、暑苦しい空気が入り込んだ。


 なんとなく蒸し暑いと感じていたのは、決して空調の不具合などではなかったのだ。眼下には既に厚く黒い雲が垂れ込め、上空も薄暗い雲が覆い始めていた。天気が悪くなる予兆だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ