6-2
だが――
ヒロミは、フェイミに遣わされた女性の操るヴォイアクーに乗り、6区を離れた。そして考えていた。
だがこれは一人で答えを出さなければならない問題だ。思考は続いた。ヒロミがこの星でただ一人の地球人であること、それはおそらく確かなことだ。その点は事実として認めたうえで、今後も起こり得るであろう様々な問題に対し、覚悟しておく必要がある。自分はネーリアたちとは違う、異質の存在であるということを。彼らとはものごとの考え方やその立脚点、風習や生態なども、違って当然だ。感情の問題はその先にある。このわだかまりや、心のつかえを取り払う方法は、あくまでヒロミ自身が見出さねばならないものだろう。
そして考えた。この晴れない気分の原因は何かと。ただ単にトワと話ができなかったというだけのことか。突如現れたルルアという操士が馴れ馴れしく、いや、親しそうにトワと話をしていたということが気に入らないのだろうか。――それはその通りだ。だが、勿論それだけではないだろう。障害をもつ近親者のために涙を流したトワが、容赦なく――そう見えただけかもしれないが――反乱者とその従者を突き殺したこと。昨日まで研究者の一人であったアトゥリまでもが、反乱に加わらざるを得ない状況であったこと。そしてそもそもピナは、なぜ反乱の首謀者となったのか――。なぜ、と問いたいことが数多くある。納得はできなくとも、聞いてどうにか出来ることではなくても、もう少し一つ一つの問題と、その経緯について、知っておきたかった。ヒロミはそう感じた。事態の変化に対応しきれていなかった。混乱しているわけではない。むしろ周囲で次々と事件が起こり、多くの者が命を落とす現場に居合わせたというのに、その実感に乏しいことに違和感があった。そしてそんな状況への理解の道を、ルルアのあの視線が、強く妨げているように、ヒロミには思えてならなかった。
全く理性的ではない。ヒロミ自らもそう思った。
一連の出来事の背景については、そのうち分かってくることもあるだろう。ルルアという操士とも何か語らう機会があるかもしれない。フェイミであれば、きっと問いかけたことにはそれ以上の情報を答えてくれるはずだ。だが彼女とはしばらく話せそうもない。一段落するまでは、答えの出ない思索を続けるのはやめるべきだろう。そう思った。これまで赴任先、駐留先での生存の方法や技術、知識は体得していても、こうした心理的な面での対策については、座学の域を抜け出ていなかった。意外なほどにヒロミの心は乱され、考えがまとまらなかった。こんなときまさに地球であれば、真っ先にクロードに連絡を入れているところだろう。今はまったくその方向に意識が向かない。理由については考えないでおいたほうがいいだろう。ヒロミは思考を寸断した。
ヴォイアクーを操る女性とは2~3言、会話を交わした。こうした規模の事件は決して珍しくはないが、少なくともここ4~5年の間は起こっていなかったということ。そしてこの騒乱の隙を突くように、ユーフの侵攻が激しくなっている、十分に気を付けるように、とのことだった。ヴォイアクーはヒロミの部屋のベランダへと着地し、ヒロミを降ろすと飛び去っていった。
日はまだ高く、ちょうど正午になったくらいだ。すぐに部屋へ入る気にもなれなかった。ふと気付くと、小型の飛行型ヴォイミが、ノックするようにコンコンと窓にぶつかりながら飛んでいる。ヒロミの帰宅を感知すると、細いアームを伸ばして携帯用メモリを手渡し、目を数回点滅させ去っていった。これまでセイニが直接持ってきてくれていたものと同タイプのものだ。おそらくは彼女も事件の後処理に忙しく、このヴォイミを遣わし届けてくれたということだろう。もしくはただ単に警備に道を塞がれいちいちヒロミを呼び出すのが不快だったのかもしれない。目の点滅は何かそうしたことづてを心韻で送っていたはずだ。ヒロミは部屋へと戻った。ますます気が重くなった。ビデオレターがよい知らせだった試しがない。
そして室内は、既に最初に訪れたときとは別物のように、植物が部屋中に茂っていた。蔓は壁をほぼ覆い、天井にまで伸び広がっている。温室か植物園の一角のような様相だった。このままでは机や椅子だけでなく、通信機材まで植物に飲み込まれてしまうのも時間の問題だ。心なしか快適だった空調も働かず、湿度が高く蒸しているようにも感じられる。何らかの対策をフェイミと相談しておく必要があるだろう。椅子は既に床から生えた何か、という状態だ。蔓が何重にも絡まっている。動かせないこともないが、植物を切断する必要がありそうだ。それには気が引け、ヒロミはひとまず通信機材だけを持ち上げると、再び階段を上りベッドのヘッドボードまで運んだ。寝室は中二階になっていることもあり、床面はまだ植物の影響はさほど大きくはない。
ヒロミはベッドに座り込み、メモリを挿入した。今回は1ファイルのみ、実家の弟からのものだった。
ファイルを再生すると、冒頭、弟がカメラの目の前でその位置を調節している様子が映し出された。そして自分は脇によけ、リビングに置かれたテレビが中心に映るようセットした。
「見えるか?姉ちゃん」
そう言ってテレビの映像と音声を拾っていることを確認しているふうだった。
「多分、見てないだろうから、こっちで散々流されてるニュース映像、送るよ。……まぁ、何も言わずに見てくれ」
そう言って眉間にシワを寄せ、深刻、というよりはどこか困ったという感じの表情を見せた。弟が消え、テレビの映像が再生された。
「――驚きのニュースが届きました。現在惑星ネーリに滞在しているはずの文化人類学者、ダニエル・オースティン博士からのものです」
テレビの中で女性キャスターがそう話し、ビデオ映像に切り替わった。テロップには「刺激の強い映像が含まれます。ご注意ください」という旨の文言が表示された。
「地球の皆さんに、いや、宇宙全体の知的生命体の皆さんに、これから重要な情報を伝えたい」
声は確かにオースティン博士のものだった。だが、そこに映っているのは、額に大量に汗をかき、顔色は青黒く不自然に膨れ、ひどく具合が悪そうな人物だった。
「結論から言おう。惑星ネーリのスマーリ国は凶悪な敵対国家だ。今すぐ国交を断絶し、来たるべき戦闘に備えておくべきだ!」
博士はそう言い、拳に力を込めた。得意な大げさなパフォーマンスに見えるが、体調が悪そうなのは演技には見えない。必死に訴えようとしていることは画面を通して伝わった。
「多数の映像証拠もある。皆さんも聞いたことがあるだろう、ネーリアの掟とも言われるフレーズ『野生のオスは焼き殺せ』というものだ。あれはまったく誇張ではない。むしろ野生でなくとも、オスでなくとも、掟に従わない者はことごとく殺される。私は命からがら逃げ出すことに成功した。
だが、同行したこの彼女、ヒロミ・クロカワという研究員の女性は救い出すことができなかった。彼女がネーリに到着後、まず受けた仕打ちがこれだ」
そう言って映像は、視界に迫るトワの目の前に割って入ったヒロミと、そこでトワに頬を打たれ殴り飛ばされた動画に変わった。驚いた。これは博士の視界にリンクしているものだ。ヒロミに、トワに、視線を泳がせている。その場にいる博士がうろたえ、後ずさりしながら震えていることが映像からも伝わってきた。氏は最初から、記録を残すつもりで視覚情報を保存していたのだ。
「これで分かっていただけただろう。彼女はただ私を殺すために近付いたネーリアを止めようとしただけだ。ここまで我々は何もしていない。私は男というだけで命を狙われ、彼女はそれに介入しただけなのだ。この場は私がうまく収めたのでそれ以上何も起こらなかったが、この後彼女にはとうとう会うことができなかった。決して無事ではないだろう。そう思う証拠がこれだ」
そうして映し出されたのは、暗い通路と、そこですれ違うネーリアたちだ。博士は両脇をヴォイミに抱えられ、連行されるように歩かされているという感じだった。用意された自室まで向かっているところだろう。足元を見ると、素足になっていた。
「おい!やめろ!」
時折博士がそう叫んでいる。しかしヴォイミが先に進むため、止まることができない。どうやら下層のネーリアたちが、移動中の博士から衣服を剥ぎ取っているようだ。
「いい加減にしろ!」
幾人かの黒い影がすれ違い、博士の衣服はぼろぼろになっていった。
「ここで見てもらおう。この下賤な連中が衣服を盗み取っていったのは、まあ信じられないが仕方ないと言おう。服や靴など欲しければくれてやる。だがよく見ると分かるかもしれないが、ここにいる現地人たちは体の半分以上が機械だ。聞いたことのある方もいるだろう。この星の連中は蛹に入れば何度でも生き返ることができる。だが、それは全員ではない。ヒエラルキーの頂点か、それに類する者しか、そのサイクルには組み込まれないのだ。それ以外の者は、わずか数年という短い命を少しでも伸ばすため、こうやって他人から物を奪いながら、自らを機械化して生きながらえているわけだ。
人の命など何とも思ってない連中だ。こんな奴らに囲まれて、一緒に逃げ出すことの叶わなかった彼女が今頃どうなっているか、分かったものではない。」
ところどころ首を傾げたくなる部分はあるが、博士が受けていた待遇が思った以上に酷いものだったことは初めて知ったことだった。氏は続けた。
「これが案内された部屋だ。暗くて湿っている。荷物で埋められていて寝る場所もない。夜の間中ドアや窓を引っかくような音が聞こえて私は一睡もできなかった。部屋中に虫のような何かがゴソゴソとうごめいているのも感じた。私は決心した。こんな暗い地下のような部屋では何もできない。出来る限りの支援はするから、この下層の環境をもう少し改善できないか、為政者に掛け合うことにした。そしてとうとう『王』と呼ばれる存在と面会することになったのだ。それがこれだ」
そして予想通り、蛹室と女王の生殖器の映像が流れた。映像の視点が急に動き、博士がガクリと腰を落としたように思われた。
「サイクルに組み込まれたとして、行き着く先はこれだ。ほんの一握りの連中のために、意にそぐわない者はこうして生産マシンの一部になるわけだ。私は慌てて逃げ出した。こんな奴らに捕まっては大変だ、と。研究どころではない。それまでの経歴や身分も関係ない。ましてや人としての尊厳など、こいつらの前では何の意味も持たない。私は恨んだ。なぜこんな野蛮な星を訪れる計画が進められたのか。これは間違いだ!そして出来れば、同行した彼女を救出したい!そして……!げぇぇっ!!」
博士は急に画面の外に何かを吐き出した。ずっと何かを我慢して喋っているという様子だった。再び映った氏の口からは、紫色の液体が垂れていた。人間の体液には見えなかった。
「すまない、そ、そして、奴らは何かを私に仕込んだ。星を離れ、日を追うごとに、私は、体が壊れていくように感じている。奴らの仕業だ……。一刻も早く、私は自分の記録を、世に出さなければいけないと、そう思った……!どうか、一人でも多くの人に、この事実を伝えてほしい……!!」
博士は絞り出すようにそう告げ、映像は終わった。




