6-1
ヒロミは部屋へ戻っていた。反乱は終わった。どのように心を落ち着かせればよいか、もやもやとした気分で過ごしたのは帰宅後の数時間だった。今は別の感情が生まれ、湧き上がる苛立ちを何にぶつければよいか、思案している状態だった。日は暮れかけていた。窓の外を飛び回っていた警備用ヴォイミたちは、反乱の後処理にかり出されたのか、随分と数がまばらになっていた。そして、室内には新たにテニスボールほどの小型ヴォイミが、かすかな羽音をたてながら飛んでいた。ヒロミはベッドに座り込み、ぼんやりと外の様子を眺めながらこれまでのことを振り返った。
――ピナを討ち倒したトワと、王国軍勝利への歓声のなか、ヒロミはフェイミのぬくもりを通し、改めて生き延びたことを実感していた。
「よかった!!無事で」
ヒロミの声にフェイミも素直に笑顔で応じた。そしてすぐに真剣な表情に戻ると、力を込めて言った。
「ヒロミ様。今回は我々の予想よりも反乱勢力の広がりが大きく、ヒロミ様を危険な目にあわせてしまいましたこと、本当に申し訳ありません。6区が拠点になることが分かっていたら、決してヒロミ様をお一人にするようなことなどありませんでした。ヒロミ様の身に何かありましたら、私もただでは済まされなかったはずです。言い訳がましくて心苦しいのですが……、私も朝の時点では被害を最小限に食い止めるべく行動せざるを得ませんでした」
ヒロミは何度も大きく首を振りながら言った。
「いいえ、そんな、フェイミさんが謝ることなんて――」
フェイミの衣服にもいたるところに汚れや傷があり、ただならぬ事態をくぐり抜けてきたことは察せられた。
「――え、けど、もしかして何か罰を受けることに……?」
「……それは、反乱の阻止がどの程度可能だったかによるかと思います。私も今回向かった場所ではできる限りの方法でいくつかの事件を未然に防ぎ、多くの命を救ったという自負はあります。生き残った者を無下に処分するほどこの国も非情ではないでしょう。ご心配をおかけしましたが、私は大丈夫です。むしろ――」
そう言ってフェイミはヒロミの姿を見回した。キュイオの返り血が大量についたその服装はかなり目立つものだった。
「その様子ですと、ヒロミ様の血ではないとは思いますが――」
「……えぇ、キュイオさんと行動していたんです。警備用ヴォイミに攻撃されて、直接ではないのですがその時キュイオさんが負傷してしまって。ケーメイさんはおそらく工業エリアの事故に巻き込まれ、アトゥリさんは実行犯の一人でした……。研究室には私とキュイオさんしかいなくて、私はキュイオさんを抱きかかえて必死で逃げたんです。この血はそのときのものです。ギリギリのところをトワさんに助けられました」
「そうでしたか、それは本当に、大変でしたね……」
フェイミは心配そうな表情でそう言いながらも、ときおり姿勢を整えピクリと動く仕草を見せた。おそらくは頻繁に心韻が届いているのだろう。そしてヒロミは、その肩越しに見えるモニターに、シーロトワミの操縦席付近が映し出されるのを視界に入れていた。沸き立つ観衆も少し落ち着き、ようやくトワが機体を降りる態勢に入ったようだ。シーロトワミは頭部を下げ、後肢を折りたたみ、4本脚で立つ待機状態へと変形していた。
「私は、城内北門エリアで情報収集などを行っていました。同胞が多数生活していまして――、と、どうやらまだやらねばならないことがあるようです。申し訳ありません、ヴォイアクーを手配してありますので、それに乗ってお帰りください」
そう言うとフェイミは自らのローブを脱ぎ、ヒロミに着せた。ヒロミ自身、出発時に羽織っていたローブのことはすっかり忘れていた。おそらくは研究室に入った際にどこかに置き、そのままにしてしまったのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
「その姿ではすこし驚かれてしまうでしょうからね、汚れていて申し訳ありませんが」
そう言ってわずかに笑みを浮かべたフェイミは、再び銀色の長い髪をなびかせ、引き締まったボディスーツに、今日は任務のためかところどころ強化された外骨格とも言うべき防具を装着した姿を顕わにさせた。その容姿はヒロミにとっては相変わらず息を呑むほど美しく、トワにそっくりにしか見えなかった。
「お気を付けて」と挨拶を残しフェイミは人影の先へと消えた。その過程でも特に誰も彼女のことを奇異な目で見たりはしない。やはりネーリアにとっての「似ている」という感覚は地球人の、少なくともヒロミの感覚とは違うようだ。そしてモニター越しにはトワを称賛する声が響いていた。本物のトワが操縦席から姿を表したのだ。
ヒロミは手すりから見を乗り出した。大きな声で叫べば届きそうな距離ではある。だが周りを多数のヴォイアースや軍人らが囲んでいるため、上空を飛び回る中継用ヴォイミの映像を通してでないと、肉眼ではその姿を視認できない状態だった。トワは操縦席外側の内蔵式の足場と、シーロトワミの上腕にあたる腿節部分の足場をつたい、地面へと降り立った。やはり序列というものがあるためか、観衆も皆主席操士へは無闇に近付いたりはしない。トワは一言、ねぎらいの言葉を発した。
「皆よく戦った。我々の勝利だ!」
スマーリ万歳、トワ様万歳、の歓声が一際大きく上がった。
いち早く、トワへと駆け寄る者の姿があった。他のネーリアのように全身を覆い隠すローブではなく、首元で留めるマントのようなかたちの外套をはためかせている。機体と同じ白色であることから推測するに、おそらくは第二操士団の操士なのだろう。他にも数名同様の着衣の者が見え、表情や髪色を隠す目的ではなく、所属を示すトレードマーク的な服装のように思われた。そしてマントの内側から時折のぞかせるボディスーツの部分には、ちょうど地球で言うところのビキニのような配置で強化装甲が施されている。その姿はヒロミには場違いに煽情的に見え、ぎょっとした。真っ先に近付いた操士は、明るい髪色と大きな瞳をもつ、自信に満ちた所作の小柄な少女だった。どことなくピナを連想させた。
「トワ様!お疲れ様です~」
「ルルアか、お疲れ、随分と活躍したようだな」
「大変だったんですよ~、遠征から戻ってきてすぐ出撃だったんですから」
上目遣いで甘えたように喋るそのルルアと呼ばれる操士は、仕草もピナのそれに近く思われた。
「それに私反乱勢力じゃないかって疑われてたんです、ひどくないですか~?何もしないまま殺されるんて最悪ですから、私頑張ったんです」
「はは、お前は北方の出だったからな」
ヒロミにはルルアの口調や態度はどことなく嫌悪感を覚えさせるものだった。そしてやはり出身には共通点があるようだ。トワの方は、特に抵抗などあるふうでもなく親しく接しているように見える。
「第一操士団には空席が出来たからな、功が認められれば可能性はあるだろう」
「わぁ、嬉しい!トワ様がそう言ってくださるなんて、心強いです~!でも~……」
ルルアはそう言って近寄ってきた同僚と思しき2名の操士をちらりと見た。
「ライバルも多いですからねぇ」
「トワ様、お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
白マントの2人がそれぞれ挨拶をした。
「バーリにリザイか、お疲れ、はは、そうだな、君らも優秀だ、活躍は聞いてるぞ」
「も~ぉ」
ルルアが拗ねたようにそう返事をした後、ちらりとヒロミの方を見上げたように見えた。その視線は鋭く、どこか勝ち誇ったような余裕の表情で、ヒロミを射抜いているように感じられた。談笑は続いていた。中継用ヴォイミは徐々に距離をとり、やがて発着場の会話は聞き取れなくなった。
屋上デッキまでは100メートル以上は距離があるだろう。ヒロミの思い違いかもしれない。だがヒロミの心は妙にざわついた。ヒロミも一刻も早く伝えたかった。助けてくれたことへのお礼と、研究棟で何があったのかを。そして、トワの私室でアーネイが言ってくれた占いのことを。「大きな危険」は確かにあった。では「希望」は――?そんな話をしたいと思っていた。
そして、トワの言った「空席」とは――?ついさっき、自らの手で命を絶ったピナのことを言っているのか。それは間違いないだろう。
そのことを、笑って話せるのだろうか……。
いや、価値観が違うのは当然だ。彼女たちの中ではそうした会話は普通のことなのかもしれない。だが――
ヒロミは否応なく急に孤独であることを意識した。この場では、当然のように異星人はヒロミ一人だ。背後では相変わらず、負傷者の治療や搬送が慌ただしく行われている。そこに、血まみれの服装で、助けてくれた主席操士の姿を呆然と見つめてたたずんでいる。背格好が微妙に異なり、ただでさえ目立つ存在なのは間違いない。だが、わずかにでも……、少しずつでもネーリアのことを理解出来始めていたと、そう思っていただけに、今また、色々なことが分からず、もやっとした、なんとも釈然としない心情が去来するのを自覚せざるを得なかった。自分はこの星の生命体ではない。異質な世界に放り込まれたような、ただ一人時の流れが違うような、そんな居心地の悪さをヒロミが感じているとき、
「ヒロミ様」
と、迎えの者の呼びかけが聞こえた。




