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トワとピナ、両者の機体は再び発着場の中央で激しくぶつかり合った。大量のスケイルヴェールが撒き散らされ、衝撃はヒロミのいる研究棟入り口近くの屋上デッキにも伝わった。
衝突の後両者はすぐに離れ、立ち位置を入れ替えるようなかたちで間合いをとった。ヒロミの目では何が起こったか追いきれないスピードだった。慌ててデッキ上に設置されているモニターの方を向くと、ステータス表示が、シーロトワミは左後翅が、アーサナディは左前肢が、それぞれダメージを受け赤い点滅に変わっている。前肢は主に軽い武装のマウントに使われており、それ自身が大きな影響力を持つわけではないはずだ。対して後翅は、4枚ある羽のうちの1枚だ。制御するための負担は増し、移動能力にも影響を及ぼすのは間違いない。今回は背後を突きやすいチューブラーソードではなく、両者が装備するのは地球でも馴染みのある直線的な形状の剣だ。すれ違いざまのスキを突き、体をひねりながら剣を振り下ろして巨大な羽に攻撃を加えたのだろう。
ピナは挑むような鋭い視線で前方を睨んだ。優位に立った自覚があることが伺えた。模擬戦ならばここで煽り文句の一つでも入れるところなのだろう。しかし今はそこまでの余裕はなさそうだ。改めてアーサナディは背筋を伸ばし右手足を前方に出す整った構えをとった。シーロトワミは防御はガラ空きのまま腕を垂らし、半身を浮遊させた状態で、どの方向へも急速移動ができる体勢をとっているように見えた。やがてぐらりと体を傾けながら低い姿勢になると、トワ機は一気に踏み込んで攻撃を仕掛けた。
しかしピナはその動きを読んでいた。下段から膝蹴りのように後肢を突き上げる動きを見せたシーロトワミを、アーサナディは柔軟に体を反らせ目前でかわした。さらに上空から斬りつけようとするトワの動きを封じるようにあえて体を寄せる。その踏み込みによって、シーロトワミの後肢がアーサナディの前翅に引っかかるかたちになり、空中で大きくバランスを崩した。すかさずアーサナディは腕を伸ばし、顕になった巨大な羽めがけ光剣を振り抜いた。1枚の羽が根本に近い部分から切り落とされ、砕け散った。シーロトワミは全速で離脱しつつも、何度か地面に激突を繰り返し、胴体をこすりながらようやく体勢を立て直し振り返った。ステータス表示上では右前翅がグレーアウトし、完全にスケイルヴェールの供給が絶たれている。この両者の戦いにおいて、移動能力の約半分を失うのは明らかに不利と言わざるを得ない。そしてその右手には光剣の柄が見られなかった。両者から遠く離れた場所へ1本の光剣が弾き飛ばされていた。
「はは!」
ピナはたまらず高笑いをした。そして右手で剣を突きつけるように構えた。
「どうした、油断したか?これまでの戦績も本当に貴様の実力だったのかねぇ、ただのまぐれだったんじゃないのかい?」
光剣の予備自体は腰部の装甲にまだ数本備えられているはずだ。しかしトワはそれを取ろうとはしなかった。そして全ての羽からスケイルヴェールの放出が消えた。
「ははっ……、ははは!!
おいっっっ!!!!人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!そんなくだらない戦法が何度も通用するわけがないだろう!!」
嘲るような笑いから、ピナは逆上したように燃え盛る炎のような色のスケイルヴェールをその髪から散らした。そして深く呼吸をすると、怒りをぶつけるような眼差しのままアーサナディの光剣を両手で構え直した。
「もう一度言うぞ。これは模擬戦じゃない」
トワ機からは何の反応もなかった。模擬戦で見せたような急起動をまたするつもりなのだろうか。胸部のモーターはまだスケイルヴェールを発し、全ての機能が静止しているわけではない。だが、あのときは落下の勢いと両者が空中にいたこともあって成り立った戦法だろう。ダメージのほぼないアーサナディの踏み込みに対し、速度で劣るシーロトワミが奇襲をかけたところで、確実に対応されてしまうはずだ。
「なめられたもんだね。貴様との決着がこんなかたちになるなんて、私は少し悲しいよ……」
そう言うと、いよいよとどめを刺すべくアーサナディは全力の踏み込み見せた。その瞬間、シーロトワミの機体はピクリと反応した。
「馬鹿め、早いよ!その距離じゃ――」
ピナがそこまで言ったとき、シーロトワミは突如背中を向けた。そしてその動きにやや遅れるように、水平にした巨大なシーロトワミの3枚の羽がアーサナディの機体に迫った。
「――!?」
次の瞬間、アーサナディの機体は、頭部と胴体を真っ二つに切り離された。前肢、中肢、後肢と、そして4枚の羽を備えるヴォイアースの胴部分は、その制御を失い、前のめりに崩れ落ちた。操縦席を含む頭部はスピードに乗ったまま支えを失ったことにより、駒のようにくるくると回転しながら落下し、発着場に散在する機体の残骸にぶつかりながら、次々とそのコースを変え弾き飛ばされた。
シーロトワミの羽が、アーサナディの頭部と胸部との結合部を切り裂いたのだ。
ヴォイアースの機体においては、腕にあたる中肢よりも、それに光剣のリーチを加えたよりも、はるかに羽の届く範囲が大きい。それを飛行のためでなく、しかし強度においては優れていないその羽を、武器として使用するなど極めて異例なことのはずだ。模擬戦の記憶の残っていたピナには、急加速による体当たりを超える攻撃手段にまで反応が及ばなかったのだろう。アーサナディの首部分からは、鮮血のような、オイルのような液体が吹き出し、辺りを黒く染めていった。地面を転がっていた頭部はようやくその動きを止めた。そこへ、光剣を手にしたシーロトワミが、見下ろすようにゆっくりと近付いた。
中継用ヴォイミが操縦席を映し出した。そこには衝撃で頭部を負傷したと思われるピナと副操士の姿があった。シーロトワミの持つ光剣の切っ先が、彼女たちの目の前に突きつけられた。
「ピナ様!!」
副操士は嘆くように叫び、後部座席からピナの手を握ろうと必死に手を伸ばした。
「――言っただろう、貴様の相手をするのに武器など必要ないと」
冷静に言うトワに対し、ピナは唇を噛みしめ無言で応じた。
「羽を切りつけたとき、なぜ追い打ちをかけなかった。そこが貴様の甘いところだ」
ピナの眼差しは怒りに満ちていたが、やがて観念したようにうつむき、肩を落とした。
「ピナ様!ピナ様!!愛しています!!ピナ様!!」
副操士はそう声を上げ続けた。ピナは狭い操縦席内でゆっくりと体の向きを変え、手を伸ばそうとした。
「有難う、ユナ、私も――」
そのとき、シーロトワミの光剣が操縦席を貫いた。
一瞬観衆から悲鳴が上がり、直後ヴォイミは映像を切った。
「せめてもっと強くなれ」
トワはそう言い放ち、光剣を収めた。
やや遅れて、万歳!という意味の歓声が沸き上がった。集まった王国軍の機体らは、その武器を突き上げ、スケイルヴェールを散らし、勝利を祝った。兵士らは発着場に下り、シーロトワミの周りに駆け寄り、各々が勝ちどきの声を上げた。
ヒロミは呆然とその様子を見守っていた。どう反応したらよいか分からなかった。
「ヒロミ様!」
そのとき、騒然とするデッキの端から、聞き覚えのある声が聞こえた。フェイミだ。負傷者や救護隊をかきわけ、フェイミは駆け寄った。一瞬、キュイオの血を全身に浴びたままのヒロミの姿を見てぎょっとしたが、すぐに
「ご無事でしたか……!?」
と声をかけた。
「はいっ!!」
ヒロミは泣き崩れるようにフェイミに抱きついた。




