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5-9

 ヒロミはようやく背後の室内を振り返った。廊下を進んできた警備用ヴォイミは第3研究室のすぐ外へと迫り、囮となったサポートヴォイミを仕留めた後、崩壊した壁の向こうからまさにヒロミたちに向け狙いを定めているところだった。


 「受け止めて!!」

ヒロミは駆けつけたトワに向けそう叫び、負傷したキュイオを抱えたまま思い切り床を蹴って窓の外へと飛び降りた。そう叫んだつもりだったが、もはやただの絶叫のようにしかなっていなかったかもしれない。トワには通じるはずだ。ヒロミはそう信じた。キュイオも傷の痛みからか、落下することや追われる恐怖からか、何やら言葉にならない奇怪な鳴き声のような悲鳴を発した。直後、警備ヴォイミの光弾が、唸り声のような発射音を立てながら窓を突き破り、連続して破壊していった。頭上には大量の破片が飛び散った。だが、外で待ち構えるのはシーロトワミだ。その攻撃も、巨大な羽の前では、表面を覆い尽くす大量のスケイルヴェールによって蒸発するようにかき消されるだけだった。大きく広げられた影が、落下する2人を覆った。ヒロミは、ようやく助かったと実感した。


 この国で最も速く、最も美しく、そして最も強いヴォイアースが眼前にある。包み込まれるようにヒロミとキュイオはその掌に降りた。

「悪いが今回は操縦席には乗せられない、正面入口右手側に屋外デッキがある、そこに救護班が展開している」

トワは険しい表情のままそう言うと、再びキャノピーを閉め操縦席へと戻った。助けに来てくれた、ヒロミにはそのことが何より嬉しく感じられた。ヒロミたちをすくい上げたシーロトワミは、谷の上昇気流に乗るようにふわりと高度を上げた。


 「あががぐが……」

キュイオが今度は怯えて声が漏れているというふうだった。眼下には数百メートル下にまで谷が広がっている。シーロトワミの速度は決して速くはなかったが、吹き付ける風は強烈だった。ヒロミは改めて大丈夫、という笑顔をキュイオに見せた。振り返ると、研究棟の姿が視界に入った。ドーム状の外観が大きく崩れているわけではなかったが、いたるところで窓が割れ、壁が崩れ落ち、黒煙が上がっている。爆発と、おそらくはヒロミたちと同様何らかの戦闘行為が行われたであろうことが伺えた。やがて機体は研究棟を見下ろすように旋回すると、入り口のある発着場方面へと向かった。そこでは、おおかた今回の騒動が決着しているように見えた。


 発着場の周辺では、既に王国正規軍の包囲が完全に終了していた。山の斜面や研究棟で足場となる部分にも、びっしりと部隊が配備されている。発着場に集結し、正面に位置するピナを護衛する役割だったであろう反乱勢力の機体は、ことごとく破壊し尽くされ周囲に残骸の山を築いていた。まさにヒロミらの目の前で、唯一残った機体がその守備位置から引き剥がされた。おそらく第二操士団のものと思われる白いヴォイアース数機がそれをめった打ちにし、操縦席のある頭部をもぎ取ったあげく光剣で貫き、とどめを刺す光景が繰り広げられていた。ピナが加勢しようとしても王国の機体や射撃部隊がそれを牽制する。ピナの乗るアーサナディ1体のみを、その場に足止めしているかのようだった。


 声明の際は途中で攻撃を仕掛けられていたが、最終決着にあたっては何らかのルール的なものがあるのだろう。ピナもそのときをじっと待つことしかできないという様子に見えた。


 シーロトワミは発着場右手に広がる屋上を利用したデッキ部分へ、ヒロミらを下ろすべく降下していった。そこは救護隊が待機し、慌ただしくけが人が運び込まれ、ヴォイアクーに乗せ運び出されていく騒然とした場となっていた。機体は頭部がちょうど屋上の高さになるくらいにまで下降すると、目の前にそっと2人を下ろした。操縦室内のトワはヒロミを一瞥した。ヒロミは不安そうに見上げ、トワは決意の表情を見せた。そして機体を翻すと、皆が見守る発着場へと、スケイルヴェールを散らして向かっていった。


 キュイオはすぐに救護のため運ばれた。ヒロミは、デッキを囲む手すり越しに発着場の様子を見下ろした。王国第一操士団首席操士と反逆者の首領との決戦がここで行われるのだ。周囲の機体は銃を下ろし、光剣を収めた。そして、ゆっくりとシーロトワミが、アーサナディと対峙するようにその舞台へと到着した。


 「……遅かったな、やましいことがないのであれば、貴様もヴォイミに心韻を繋げ」

ヒロミの近くに設置されているモニターから、引き続きピナの心韻が聞こえた。副操士席には変わらず、港でも見かけたローブ姿の従者の姿があった。そして無言のまま表情を変えないトワの様子も早速映し出された。シーロトワミはゆっくりと、光剣の柄を右手で捧げた。

「スマーリ第一操士団操士、トワだ」

「ふ、返事をするのも馬鹿馬鹿しいか」

ピナは吐き捨てるようにそうつぶやくと、武装をことごとく外し地面へ投げ捨てた。

「知ってるよ。そして私はもう名乗りは終わってる。今日は模擬戦じゃない。これだけであんたを倒せるってこと、証明してみせるよ」

そう言って、ようやくトワと同じポーズをとった。トワもそれを見て、光剣以外の武装を解除すると、改めて柄を持ち直し、右手に掲げた。


 瞬間空気が張り詰め、両者が一斉にそれを振り下ろし、光剣を発した。これが正式な決闘の作法のようなものなのだろう。間合いは即座に詰まり、ピナが踏み込むと、乱れのない太刀筋で右、左、右、左と連続して打ち込んだ。トワは圧倒的な速度で過剰なまでのスケイルヴェールを撒き散らしながら、それを受け止め、かわした。


 ピナ機はその後も、脚部を払うような下段攻撃や、背後まで届くような深い突きを続けざまに繰り出した。足場の荒れた中でも的確に踏み込んで力を乗せ、防御の薄くなったところを素早く狙う、無駄のないスマートな攻撃に見えた。対するトワは、ほぼ瞬発力だけで反応しているかのようだった。遠目には当たっているようにも見える距離感で攻撃をかわし続けているが、その体勢や行き先は一定ではなく、その場その場で次の行動を決めているかのような印象だ。アーサナディの攻撃を防いでいるうちに、ついに発着場の谷側の端にまでシーロトワミは追い詰められていた。


 もっとも飛行が可能な機体で、足場が失われることには大した意味はないのかもしれない。だがこの決闘の雰囲気は、どこか由緒正しい儀式のような、格調めいたものを感じさせる。決着は地上戦でつけ、安易に空中戦には持ち込みたくないという意向があるように見えた。発着場の縁に足がかかりそうなシーロトワミをめがけて、その胴体を捉え切り払うような一振りをアーサナディが見せた。瞬間、シーロトワミは上空への大ジャンプをし、すぐに急転回すると踏み込んだ姿勢のままのアーサナディへ向け体当たりを仕掛けた。ギリギリのところでかわしたアーサナディに対し、今度は足払い、そして剣での攻撃と見せかけた左拳での打撃、体勢を崩しながらの突きなど、フェイントを挟みながら不規則な連続攻撃を放った。ピナ機は大きく後ろへ飛び退き、両者は再び対峙した。


 一連の目まぐるしい展開と、七色のスケイルヴェールが飛び散って彩られた光景に、負傷者も含めた観衆からは自然と歓声とどよめきが起こった。


 足元に転がるのは同胞らの骸だ。この場は凄惨な大量殺人が行われた場であろう。だが、ヒロミの目には、そして多くのネーリアにとっても、宙を舞い命を賭して戦うヴォイアースらの姿は美しく映るのだろう。ヒロミも手すりを握る手に力を込めてその様子を見つめていた。意外なのは、挑発的な発言を繰り返すピナの剣技は姿勢や太刀筋も美しく、どこか正統な流派のもとで習い極めたものであるように見えるのに対し、トワのそれはまったく独自のもので、喧嘩戦法の如く荒々しく見えることだった。確かに模擬戦のときも型破りな方法で2機を相手に勝利していたが、こうしたやり方はいくらでも生み出せるわけではないだろう。2度と通用しない手でもある。トワの強さは圧倒的だと聞いたが、ここまでのところヒロミにはそうは見えなかった。


 この場にフェイミがいれば――、そう、こうした解説はお手の物だろう。戦いが始まる前から絶え間なく話を続けているはずだ。ヒロミも尋ねたくて仕方がない。負けた方はどうなるんですか……?と。いや、むしろ、考えたくはないが、この場合知りたいのは万が一ピナが勝利した場合のことだ。相手を殺し、その後周りの者に殺されます。――と、そんな感じだろうか。この調子ではたとえトワが不利な戦況に陥ったとしても、力を貸す者が現れるとは考えにくい。そして戦闘における勝者は、たとえ逆賊であっても容赦なく敗者の命を絶つことだろう。それがこの星、この国の流儀のように思える。今更ながらこれは命を懸けた戦いだ。だがピナに対する断罪はいずれ必ず行われる。つまり、既に反乱の失敗が明らかである以上、この戦いは死人が1人増えるか増えないかの違いでしかないのではないか。決闘への合意はトワに委ねられており、彼女の立場的に断ることなどできないだろう。ヒロミはこの理不尽な、命を懸けた戦闘に駆り出されざるを得ないような状況に、言いようのないもどかしさを感じた。トワの勝利を望むが、出来ることならばそもそも行う必要などない戦いではないのか、と。しかし同時に、この行為によって何らかの主に精神的な決着がもたらされることを、期待してしまう自分もいた。観衆を沸き立たせるものも、そうした心情に起因するように思える。この不条理で非生産的な儀式的決闘は、ヒロミを葛藤させ、高揚させ、目を離させないでいた。


 操士が集中してヴォイアースを操れるのは10分程度だとフェイミからは聞いていた。ピナたちは恐らくこの決闘に至るまでに既に何度かの戦闘行為を経ているのだろう。モニター内では副操士と共に、肩で息をするような苦しそうな仕草が見えた。一方のトワも、決して余裕のある表情には見えなかった。傍目に見ている限り、彼女の戦闘スタイルは、ピナのそれよりも消耗が激しそうだ。思ったより手強い、そんな印象を受けているのではないか。両者は間合いを計りながらじりじりと円を描くように移動し、やがて再び剣を交えるべく踏み出した。


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