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5-8

 ヒロミが急に立ち止まり、それに気付いたキュイオが遅れて歩みを止めた。そして前方を見て思わず小さく声を上げそうになり、慌てて自らの口をふさいだ。


 研究室入り口に繋がる廊下の先に、ヒロミが自室の外で見かけたものと同タイプの飛行型警備用ヴォイミが浮遊しているのが見えた。先行して歩き出したサポート用ヴォイミだけが、その存在をを認識しているのかいないのか、判然としないまま、1本の脚を引きずりながら、2本脚だけで不便そうに体を傾けつつ、相変わらずガチャン、ガチャン、と同じリズムで前へと進んでいる。警備用ヴォイミは、ヒロミたちのいた第3研究室のある区画の先、廊下が交差しているその前方に浮遊していたが、ヒロミたちの存在を熱か音か、何らかの要素で感知したと見え、旋回して頭部をこちら側へ向け、じっと対峙するかたちで静止していた。本体下部のアームに取り付けられた武装は、地球で言えば機銃のように連射が可能な射撃武器に見える。主にヴォイアクーやヴォイミの装甲を撃ち抜くためのものだろう。生身の人間に当たったらひとたまりもないであろうことは容易に想像がついた。


 煙と熱気は前方左側の通路から吹きつけている。右手側、研究室側は谷に張り出しているため、左側は球状の建物の中心方面にあたる。中心部の火災の影響が大きいということだ。ヒロミは腕の端末にフェイミから送られた避難ルートを表示させたままだった。地図をよく確認すれば現状で最適なルートを進むことはできるだろう。だが、今は注視している余裕はない。キュイオは少しずつ後ずさりし、やがてヒロミと接触した。


 選択肢は――、取れる最前の選択肢は何だろうか。ヒロミは必死で考えた。


 火災の影響を逃れるならば、交差点まで一気に走り抜け右手側に進めばいいのではないか。しかし右側は、研究室の幅を考えるとすぐに窓か行き止まりになっていると想像できる。もしくは、階段があっただろうか?記憶にない。階段であれば火災の際には封鎖されているはずだ。直進は――、この2体のヴォイミがどういう行動を取るか予想がつかないため回避すべきだろう。では、後退か。ヒロミはヴォイミたちの様子を警戒しつつ、ちらりと背後へ視線を向けた。


 後方には真っ暗な通路が続いていた。照明設備が切れているのだ。時折火花のようなものが飛び散っているのが見えるが、火災の影響は少なそうだ。だが、ただでさえ道を把握していないヒロミ(とおそらくキュイオ)が、煙が充満しつつあるこの暗闇を正しく進める気はしない。


 そして、道案内をしてくれるはずのこのサポートヴォイミは、なぜ直進を続けているのか。対面する警備ヴォイミの頭部には赤く点滅する目らしき物体も見える。ヒロミの経験からすればこれは警告だ。間違いなく仲間同士ではないだろう。その対象はのんびり近寄ってくるサポートヴォイミに向けられているようにしか見えない。心韻が使えれば、彼らと意思疎通できるのだろうか?何らかの策か、対抗しうる攻撃手段などがあってのことなのか。案内してくれるんじゃないの?それ敵じゃないの?キュイオにそう確認してもらえないだろうか。もしくは既にしているだろうか。


 「ヒ、ヒロミさん……」

キュイオが前を向いたまま、ヒロミの袖をそっと引っ張ってささやいた。

「合図したら、研究室に、飛び込んで、ください……」

「!?」

ヒロミは視線だけを下に向け、小柄なキュイオの頭部を視界に入れた。キュイオは小さく頷いているように見えた。ヴォイミと示し合わせた作戦だろうか、ヒロミはその手を握り返して応じた。


 サポートヴォイミはとうとう交差点内まで進み停止すると、数メートル先に浮遊する警備用ヴォイミをゆっくりと見上げるように体の向きを変えた。対する警備用ヴォイミは、銃口をじりじりとサポートヴォイミの方へ向け、今まさに発射せんばかりに見えた。そのとき、サポートヴォイミが一瞬身を沈めたかと思うと、全身を包むほどのスケイルヴェールを一気に放出した。次の瞬間、驚くべき跳躍力で側壁まで跳び上がり、そのまま警備ヴォイミの頭上の天井へ、そしてまた反対側の側壁へと、連続して高速移動をしてみせた。それはまさにハエトリグモなど小型種のクモが見せるそれだ。一瞬遅れ、警備用ヴォイミの射撃が始まった。サポートヴォイミの動きは上下左右と素早く、警備ヴォイミの姿勢、武器制御能力にわずかに勝っているように見えた。激しく光の銃弾が飛び散り、周囲の壁面が破壊されていった。


 (なんだ、動けるんじゃない……!!)

ヒロミがそう思ったとき、

 「い、今です!」

との合図がキュイオから発せられた。一瞬の出来事だが、ヒロミは完全にその光景に呆気にとられていた。慌てて研究室へ戻ろうとしたが、既に一回の跳躍では飛び込めないほどにはヒロミたちは歩を進めていた。ヴォイミらに背を向け、数歩走り寄り、扉が開くと、先にヒロミが、やや遅れてキュイオが室内へと転がり込んだ。


 「ぐがぁっ!!」

扉が閉まり、キュイオの呻き声が響いた。ヴォイミの装甲が攻撃を受けて弾け飛んだのか、何らかの鋭利な破片がキュイオの右足首付近を貫いていた。紫に近い色の体液がそこから吹き出した。色が違うだけで、それがネーリアの血であることは間違いなかった。

「ん、ぎ、……!ぐ、ぅ……」

キュイオは倒れ込み、痛みにもだえていた。

「し、止血を!!」

ヒロミはすぐに起き上がり何か縛れるものを探した。


 そのさなかにも、銃弾の発射音は鳴り響き、着弾音と震動は研究室のすぐ外の廊下まで駆け巡り室内にも伝わってきた。

「きゃあぁっっ!!」

ヒロミはたまらず悲鳴を上げた。


 建材が銃弾を弾き返す音、そして壁面が削られ崩れ落ちる音が聞こえる。サポートヴォイミが撹乱し時間を稼いでいる間に逃げよ、ということなのであろう。だがそのヴォイミも手負いだ。2本の脚で先程の運動能力が維持できるとは思えない。そしてこの建物内では、警備用ヴォイミの武装は明らかに過剰だろう。2人に的が絞られれば、廊下と室内を隔てる壁などないに等しい。ヒロミは上着を脱ぎ、引き裂いてキュイオの止血に使おうとした。


 「ヒロミさん!!」

キュイオは叫んだ。着弾音は徐々に奥へと移動し、サポートヴォイミが追い詰められているようにも思えた。既に数箇所で壁が貫かれ、室内にも破片が散らばり煙が入り込んでいる。ヒロミは手元が定まらず、身をかがめながらキュイオを抱き上げ、足の位置を高く持ち上げた。

「ヒロミさん!やめて、やめてください!」


 とにかく壁からは離れなければ、とヒロミはキュイオを抱き上げたまま、窓側へ向かい歩き出した。キュイオはもともと小柄ではあるが、その見た目から想像する以上にネーリアの体重は軽かった。抱えて移動するのには特に支障はない。

「何を、してるんです、ヒロミさんだけでも、逃げてください!」

「いやです!!」

ヒロミも叫んだ。


 「あなたは、ネーリアじゃ、ないんですから!そんな、関係ない人、助けようとする人なんて、いませんよ」

背後でさらに大きく壁が崩れる音がした。

「きゃぁぁ!!か、関係あります!それに、目の前に助けられる人が、いるんですから」

「ん、ぐ……!ネーリアは、ですね、体が、3分の2くらい残っていれば、再生は、できますから、んぐ……、できるんです!ですから」

痛みをこらえキュイオは伝えた。ヒロミもその血を浴びながら、爆発の影響で荒れた室内を、棚や機材、そして肥大化した植物を乗り越えながら進んだ。

「私は……、ハハ、絶好のチャンスですから、実験したいんです、どれくらい、体が残っていれば、再生できるかを、ね、ハハ……!この程度じゃ、足りないくらいです」

「いやです!いやです!そんなの!!」


 ヒロミは宇宙開発局で働くにあたって過酷な訓練を経験してきた自負はあった。銃や武器の扱いも一通り学んでいる。だが、実際に生死に関わるような戦闘行為には一度も関与したことはなかった。試練だ、そう感じた。冷静に、この試練を乗り越える能力が要求されている。負傷した仲間をどう扱うべきか。ヒロミの身体は無事で、十分に動くことが可能だ。避難経路は、そう、目前の――

「それに、窓ですよ、どうやって……、ここから、逃げますか」


 ヒロミは昨日の記憶を思い出した。トワに呼ばれて窓から身を乗り出したとき、窓の外側はどうなっていた?多少の張り出したスペースはあったが、人を一人抱きかかえたまま移動することはほぼ無理ではないか。窓に張り付くようにして進むのが精一杯だろう。どうすべきか――、キュイオを抱えたまま思案を続けるヒロミは、しかしキュイオには余裕のあるところを見せる必要がある。

「大丈夫です!」

ヒロミは精一杯笑顔で答えた。壁は更に数箇所で崩れ、ヴォイミの装甲に光弾がヒットしているであろう音が響いた。


 「ネーリアは、ですね、スケイルヴェール、出せますから、……ぐ、さっきの子も、見たでしょう?元々は磁場のコントロール、できるわけです、ね、ね!いざってときには、飛んだり、跳ねたり、できるんです」

「え?」

「私は、外へ飛んで、……ヒロミさんは、窓づたいに逃げる、と、ね。これしかないでしょう!現生のネーリアは、……すっかり飛ぶ力、なくしてますけど、……、気になりますよね、その力、残ってるかどうか、ね。これはもう、実験するしか、ないでしょう、したいです、私!」

背後の廊下では小さい爆発音らしき音が響き、銃撃の音が止んだ。サポートヴォイミがとうとう破壊されたようだ。ヒロミは振り返ることもなく一心に窓へと向かった。

「何を言ってるんですか、冗談やめてください!」

昨日見た、谷底は、谷はどうなっていた?岩肌に真っ逆さまに落ちるだけか。研究棟の外周はどうなっていた?どこかに違う構造、広い足場や非常階段のようなものはなかったか。ヒロミはもはや考えている余裕がなかった。背後に迫る警備用ヴォイミが次にターゲットにするのは間違いなく自分たちだ。今はとにかく窓の外へと逃げ出すしかない。


 「大丈夫、大丈夫です!!」

ヒロミは自分に言い聞かせるように進んだ。


 そのとき、聞き覚えのある音が近づくのに気付いた。ヒロミはすぐに確信した。

「……ほら!言ったじゃないですか!私……」

鋭く、高らかな爆音、それはヴォイアースの羽音だった。

「約束したんです!絶対に……」

空気が震え、駆動音が近づき、大量のスケイルヴェールが、ようやく窓際に辿り着いた2人の眼前に降り注いだ。

「絶対に、危険な目にはあわせないって!!」

ヒロミは片手で窓を開けた。


 「トワさん!!」

ヒロミが叫んだ。実戦用の武装を装着したシーロトワミが窓の外に舞い降り、操縦席からトワが顔を出した。

「遅れてすまない!!」

機体は昨日と同様、ゆっくりと腕にあたる中肢を建物へと寄せた。

「リュクリに似た女も連れてるんだな」

「もう!……似てないですってば!!」

ヒロミは目に涙をいっぱいに浮かべ、笑った。


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