5-7
「待って」
研究室入り口の扉へと向かおうとしていたキュイオとサポート用ヴォイミを、今度はヒロミが呼び止めた。ヒロミは、天井のはるか先を見上げ言った。
「ヴォイアースの羽音が近付いています……」
「?」
キュイオは聞こえない、というふうに同じように見上げた。
「アーサナディです……、これは……!!」
以前見た模擬戦では2体のアーサナディの羽音を聞いた。これはそのうち、リュクリ機のものではない。ヒロミは、ここでようやく事の次第が把握できたように思えた。
「これは、ピナさんです」
そして、その音を先頭に数多くのヴォイアース、ヴォイアクーが飛来する音が続いた。
そのとき、ヒロミの腕のブレスレット型端末から声が響いた。
「――ヒロミ様!!」
「フェイミさん!?」
「はい、ご無事ですか?」
「えぇ!!フェイミさんは?」
フェイミからの心韻を音声化したものだった。ヒロミは思わず声を上げた。
「私も無事です。地図を送ります。安全に外に出られるルートのはずです。黄色いエリアは爆発の影響で封鎖されている部分です」
「あ、ありがとうございます!」
「仲間を向かわせようと思ったのですが、そちらが狙われているということを把握しておらず、十分な人員を確保できていません。申し訳ありません」
フェイミも息が荒く、穏やかな状況にいないことは想像ができた。
「いえ、本当に助かります。今、こっちには――」
「――!?主犯が、声明を発表するようです、モニターに映るはずです。ですが、ヒロミ様はすぐにお逃げください、私もすぐに向かいます!どうかお気を付けて!」
「はい!フェイミさんも!」
そこで通信は途切れた。
ヒロミはキュイオに尋ねた。
「モニターは……ありますか?」
「えぇ、えぇ、既に、心韻が、来てますね、ね」
そう言ってキュイオは部屋を見回したが、荒れた室内で目的のものに辿り着くよりも早い手段に気付いた。キュイオはヴォイミに指示を出し、半透明の小さな簡易モニターを表示させた。2人はそれを覗き込んだ。
「――スマーリの民よ、我らの声明を述べる、全てのヴォイミらはこの声を届けよ。繰り返す。全てのヴォイミらは全てのスマーリの民にこの声を届けよ。スマーリの民は我らが声明に耳を傾けよ。声明を発表する――」
それは、研究棟入り口前の広大な発着場に着地したアーサナディを操る、ピナから発せられたものだった。周囲にはやや小柄で武装したヴォイアース、ルクワイディが5~6体取り囲み、更にその周りを地球で言えば武装ヘリや戦闘車両のような扱いであろう飛行型、地上型のヴォイアクーが固めていた。いずれの機体においてもスマーリ国の紋章は外すか雑に塗りつぶされており、新たなエンブレムが取り付けられている。辺りを飛び交う複数の中継用ヴォイミは、それらの様子と、さらに操縦席内のピナの表情を映し出していた。
今回の反乱の主犯はピナだったのだ。その兆候を模擬戦のときから、フェイミや、おそらくはトワをはじめ多くの者が感じ取っていたということだろう。トワに関して言えば、更にそれ以前から何らかの思惑があって心韻を投げかけたのかもしれない。それに対し、ピナが過剰に反応したことで、より多くのネーリアに気取られてしまったのだろう。操縦席内のピナは相変わらず鮮やかな髪色に大きく鋭い瞳をもつ、小柄で美しい少女の面影があった。だがあのときのように乱れた心の内をスケイルヴェールに顕わにすることはなく、既に覚悟を決めたような、落ち着きを持ち合わせているように見受けられた。
「私は解放組織”赤い砂”代表のピナだ、我らはここに、スマーリ国よりの離脱を宣言する!同胞たちよ、声を上げよ!」
「――おぉぉぉぉ!!」
ヴォイミを介し、多くの者の声が流された。集まったヴォイアースらはその声と共に、一斉に羽からスケイルヴェールを放ち、手に持った武器を突き上げた。その震動は実際にヒロミたちのいる室内にも伝わってくるように感じた。
「同胞たちよ!我らの奪われたものの全てを取り戻すときが来た。聞け、スマーリの民よ!」
「スマーリの民よ!!」
ピナの呼びかけに唱和が重なるかたちで声明が響いた。
「長きにわたり、このスマーリという国の行ってきた横暴を我らは決して許さない。彼らは奪った、我らの地より生み出された恵みを、我らの地を、そして同胞の血と、同胞らの還るべき土地を!我らは断じて許さない!」
「許さない!」
「抑圧された我らの力を今こそ示すときだ!全てを、我らの手に取り戻すときだ!聞け、スマーリの民よ!」
「スマーリの民よ!!」
「この6区は既に我ら”赤い砂”が掌握した、さらに王城工業エリア、北門、西方採掘エリアからも同胞らが多数蜂起している。一刻も早く我らの要求を聞き入れない場合は、直ちにこれらの地より同胞らが戦いを開始するだろう。主要な国の機関はことごとくその機能を奪われることになる。
我らは要求する。一つ、囚われた我らが同胞を解放せよ。全員を速やかに解放しない場合、この研究棟に残った研究員全員を焼き殺す。
二つ、我らが故郷、北方、西方の赤き砂の地より、直ちに軍隊を撤退させ、聖蛹を再建せよ。
そして三つ、西方の採掘――くっ!!」
そのとき、ピナ機の脇を固めるルクワイディの周囲で爆発が起こった。狙撃により、僚機に張られていたスケイルヴェールのシールドが破られ、肩の辺りに被弾したようだ。
「貴様ら、――話を聞く理性すら、――持ち合わせぬかっ!!」
ピナのアーサナディが身構えるのとほぼ同時に、6区を取り囲む山かげより一斉に砲撃が始まった。ピナ機を中心にとられていた陣形はにわかに乱れた。
「うろたえるな!!狙撃手を狙え!!」
目標を探して慌てる一体のルクワイディに次々と光弾が撃ち込まれ、崩れ落ち、やがて羽や装甲がばらばらに破壊された。その様子が更に周囲の者の冷静さを失わせた。ピナは必死に指揮をしたが、練度の差は明確に見えた。四方にやたらと射撃を始める機体、逃げ回り味方に衝突しさらに被害を広げる機体。発着場に集った反乱勢力は大いに混乱した。ピナ機は空中へと離脱し、すぐに動ける2体のルクワイディと陣形を立て直し、応戦するよりほかなかった。中継用ヴォイミらは都度追尾し、引き続きその一部始終を各所へと伝えた。
「……愚かな、ことを、愚かです、ね、こんな、こんなこと」
モニターを見つめていたキュイオがようやく口を開いた。その表情は悲しげに見えた。
「こ、ここは、制圧されているのですか……?」
ヒロミは尋ねた。キュイオはしばし黙った後、明らかに不愉快という様子で顔を歪ませた。
「ろくに、……戦闘の教育を、受けていないような、ね、アトゥリみたいな者まで、駆り出して、いるのですから……、こんな、大きな施設、制圧できるわけは、ないですよ!」
何か怒りをぶつけるようにキュイオはそう言い捨てた。
ヒロミも苦い表情を浮かべつつも、ここは速やかに避難をすべきと判断をした。改めて端末から立体地図を表示させ、そのルートを確認した。
「……では、我々は特に人質というわけでもないですね。焼き殺される前に逃げましょう!この黄色いブロックが爆発があった場所で、脱出ルートはこの赤い線の部分だと思います」
3箇所ある爆破地点はその位置こそ一直線上に並ぶように示されており何らかの意図があったことは伺えるが、それぞれが離れており何か効果を及ぼしているとも言い難く思えた。警備システムが切られていることから、ある程度の熟練者が行動していることは間違いないだろう。だが先程の外の様子からも、この反乱が周到に準備されたものではなく、何らかの事情でこうせざるを得なかった、付け焼き刃なものであることは明白に思えた。
「えぇ、えぇ、……そうですね、このままだと、火事でいずれ燃えますしね、ね」
キュイオはそう言って扉へ向かい歩き出そうとしたが、すぐに振り返り、荒れた部屋の様子をじっと眺めた。
「悔しい、ですね……、なんだか……、ね、昨日まで、毎日、皆と、研究をしていたのに……」
ヒロミは肩を震わせるキュイオを黙って見守った。不意に姿勢を正すと、キュイオは告げた。
「どうやら、第二操士団の面々が、こちらに向かっている、とのことです、ね、リュクリも、採掘場の制圧が、終わった、と」
「それはよかったです、確かに聞き慣れないヴォイアースの羽音が近付いてますね」
「えぇ、では、行きましょう」
そう言って2人と1体のヴォイミは扉を出た。
廊下からは既にかなりの熱気と煙が入り込んだ。消火システムも正しくは動作していないようだ。ヴォイミが先導するかたちで先へと進み、煙を払いのけるように2人が続いた。悪くなった視界の先に、銃火器をぶら下げた浮遊型のヴォイミの姿が浮かび上がった。




