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「きゃぁっ……!!」
地響きはすぐに何かを引き裂くような強烈な破裂音として響いた。衝撃で2人の体は宙に投げ出され、ヒロミは机に、キュイオは肥大化した植物に体をぶつけるかたちとなった。数秒の間をおいて、今度はやや遠くから、同様の音と振動があった。研究室内にはものが散乱した。だがすぐに危険につながりそうな異常は見られない。ヒロミは頭を抱えていた手を解き、注意深く立ち上がった。キュイオも無事のようだった。
これは紛れもなく、反乱勢力が研究棟内に仕掛けた爆弾による爆破事件、であろう。その後もう一度同様の音が聞こえた。最低でも3箇所、ほぼ同時に爆発が起こったようだ。
キュイオはあたふたしながらも遠くを見るような仕草で
「どこ、どこですか、どこにいるんですか……」
とつぶやいていた。心韻を送ってきたアトゥリの居場所を、キュイオも心韻で探っているのだろう。しかしおそらくは……、先程の話からすれば最も確実性の高い手段として、実行者が複数のヴォイミを引き連れ研究棟内部に侵入し、タイミングを合わせ爆破をした、という顛末のはずだ。実行者の安全性を犠牲にした手段であることは想像がつく。生き延びていたとしても、反乱に携わった者は皆焼き殺される運命を免れ得ない。キュイオに送ったのは最後のメッセージ、ということであろう。
「なんて、なんてことを……、なんで……、こんな」
キュイオは半分嗚咽するように言い続けていた。
建物がすぐに倒壊しそうな様子はなかった。研究棟は山の斜面に作られたドーム状、――山の内部も含めれば球状の、広大な施設だ。この規模の爆発ですぐに建物全体が崩れることはない、とヒロミは推測した。おそらくは部分的な機能の無効化や、経路の分断、そして警告などの意思表示が主目的ではないのか。とはいえ火災などの影響は確実に被るはずだ。どこを狙われたのかにもよるが、どんな化学変化が起こっても不思議ではない。より大規模な被害を出すのが目的という可能性もある。そしてヒロミも無論、昨日穏やかな笑顔を見せていた研究員のアトゥリが事件に関わっているとは信じたくはない。行方が気がかりなのも間違いなかった。だが、今は一刻も早くこの建物を出て避難するのが先決だ。
我を忘れているように見えるキュイオには声がかけづらかった。キュイオが言ったようにここに皆が揃う光景、というのはもう見られないであろう。だが伝えねばならないことはある。ヒロミはキュイオに近寄った。
「ヒロミさん」
意外にもキュイオが先に声をかけた。
「は、はい……」
「今日、ここに来たのは、失敗でしたね、ね、ハハハ」
キュイオは力なく笑顔を見せた。ヒロミは唇を噛み締め言った。
「ここを脱出しましょう」
ヒロミは改めて周囲の様子を確認した。爆発の衝撃で棚や研究用機材、書類は倒れ、散らばっている。窓は割れてはいなかった。警報は相変わらず室外のサイレン音が小さく聞こえるのみだ。施設内の警報装置はあらかじめ切られているのだろう。この第3研究室と廊下を繋ぐ扉は1箇所のみで、そこからはまだ煙や焦げた匂い、熱などといった火災の兆候を示すものは入り込んでいなかった。人々の悲鳴などは聞こえないことから、パニックには陥っていないのであろう。建物入り口のホールや吹き抜け部分一帯は火災の際には封鎖されるはずだ。煙を避けつつ、安全な非常用の通路を使用して、発着場まで出られればひとまずは安全だろう。ヒロミは端末に立体地図を表示させた。ネーリの建築物は複雑な立体構造が用いられることが多い。空間と道順の把握に自信が持てないヒロミは、必死にその地図を凝視した。
「この、モノクル、ね、とうとう、使うときが来たようですね、ね」
キュイオが不意にカシャカシャと右目にはめた機械仕掛けの片眼鏡のリングを動作させながら言った。
「様々なね、モードが、ね、モードを切り替えて、使えるんです、ですよ」
キュイオはそう言うとヒロミの横に並び廊下の方を見つめた。
「……な、何が見えるんですか?」
「えぇ、例えば、ね、熱ですね、今、外がどうなっているか、と」
カシャ、カシャとひとしきりいじった後、キュイオは下を向いたり横を向いたりして首を傾げた。
「あとは、透視図ですね、ね、インプットされてますから、ね」
熱は感知できなかったようだ。モノクルは、キュイオが室内をぐるりと見回すのに合わせ、焦点を定めるようにリングを回転させその厚みを変化させた。やがてキュイオは再び首を傾けた。
「……今は、自分の知覚にしか、リンクされていないようですね、ね」
「?」
「本来は、様々なヴォイミとかね、外部の、色々とね、リンクして、表示を、するんです、するはずなんです」
警報が作動していないということは、配備されていた警備用ヴォイミと共に、普段活動しているサポート用のヴォイミらも、破壊されたか、既に乗っ取られるなどして制御できない状態にある可能性もある。本人も言っていたとおり、このモノクルは身体機能の拡張にはまるで役立っているとは言えなかった。
「と、とりあえず外に出てみましょう」
自分がしっかりするしかない、ヒロミはそんな気持ちになった。リュクリが何度もこの施設を訪れたくなる気持ちもなんとなく分かる気がした。状況が状況だからということもあるだろう、だがおそらくこのキュイオという女性は、研究以外の日常的な行動はとことん不向きなタイプに思われた。
「直接ね、目で見れば、熱センサーもね、作動しますから、ね、きっと」
「私だって直接見れば熱そうか冷たそうかくらいは分かりますよ」
「あ、あー!さすがですね、ね、ハハハ……」
キュイオは若干しょんぼりした様子で応えた。
「ま、待ってください」
キュイオは小声でそう言い、ヒロミの袖を掴んだ。
「ヴォイミが、近づいてます」
「え……」
「廊下に、います」
ヒロミとキュイオは立ち止まって机の影にしゃがみ込むと、頭だけを机の陰から出し、入り口の様子を窺える格好をとった。
「モノクルで、見えるんですか……?」
「いえ、音です」
ヒロミはヴォイアースの飛行音はすぐに聞き分けられるほど敏感に知覚できたが、ヴォイミに関してはまったく当てはまらなかった。断続的に爆発音や何かが崩れるような音は聞こえてきたが、ヴォイミの動作音は聞き取れずにいた。2人はささやくように会話をした。
「ヒロミさん、途中で見たっていう、飛行型の、ヴォイミ、ね、どんなだったか分かりますか?」
「えぇ……、私が横目で見て警備用だって分かったくらいなので、多分今私の部屋の外にたくさん飛んでいる……、円盤のような、シャンデリアっていうか、下にアームが伸びていて、こう……」
ヒロミは小さく指で平たいクラゲのような形状を描いた。
「と、なると、ね、対ヴォイアクー用の、火器は、持ってる可能性が、ありますね」
ヒロミは急に恐怖を感じた。
「人を、攻撃することもあるんですか?」
「今、どういう命令で、動いているか、にもよりますね、ね」
「扉は開けられるんでしょうか」
「入館証があったりとか、許可されてるヴォイミなら、できますね」
ヒロミは硬い表情のまま言った。
「では、反乱勢力の支配下にあるものなら、簡単には入ってこれない、と……」
そのとき、スーッと軽やかな音を立て、扉が開いた。ヒロミは息を飲んだ。
「キュ……、キュイオ……さん……」
若干機械的な、弱々しい音声が聞こえた。2人は慌てて身を乗り出した。そこにはほぼ半身を破壊された地上移動型のヴォイミがいた。
「アトゥリ……、アトゥリですか!?」
「は、はい……、今、地下の……、ゴホッ、ゴホッ!」
扉が閉まるのに合わせ、片方の足を引きずるようなぎこちない動作でヴォイミが室内に入ってきた。4脚タイプのようだが既にまともに動作しているのは2本の脚しかない。アトゥリの命令で遣わされた、彼女の心韻を伝えるためのヴォイミのようだった。
「言わなくて、無理して、言わなくていいですから、ね、ね!要件だけを」
キュイオはヴォイミに駆け寄ると、悲鳴に近い声で伝えた。
「よかった……、本当に、ゴホッ、ご無事で……」
こちらの声もおそらくヴォイミを介して伝わっているのだろう。
「この……ヴォイミが、出口まで、案内してくれるはずです……、ゴホッ!キュイオさん、一人では、逃げられないでしょうから……ね、フフ」
「なんて……!アトゥリ!なんて、馬鹿なことを!!私のことなんか、いいんです!いいんですよ!!あなたは、どこにいるんです!?」
キュイオは泣き叫んだ。
「ただ、まだ飛行型のヴォイミが……、ゴホッ、残って……いるはずです、それには……ご注意を……」
「アトゥリ!?」
「こんな……かたちで……、ごめんなさい……」
「アトゥリ!アトゥリ!もう、喋らなくて、いいですから!!」
キュイオはヴォイミに掴みかかるようにして言った。
「楽しかったです……ありがとう……ございました……」
キュイオは座り込みながらも背筋を伸ばし、肩を震わせ必死で心韻を送っているように見えた。しかしその言葉を最後に、ヴォイミからの音声は届かなかった。キュイオは力なくうずくまった。
ヒロミはかける言葉もなく、ただその様子を見つめていた。やがてヴォイミがガシャガシャと向きを変えると、キュイオは小さく
「分かりました、行きましょう」
とつぶやいた。ヴォイミからの心韻であろう、外までの避難経路をナビゲートする、ということのようだ。キュイオは涙を拭って立ち上がり、ヒロミは「はい」と力強く答えた。




