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研究棟内ではまだ出所している者は少なく、ときおり背筋を伸ばし心韻で連絡を取り合っているであろう仕草が各所で見られた。広報用モニターは相変わらず昨日の処刑の様子と本日以降の予定を伝えるだけで、事件の様子については触れていない。皆どことなく不安で、落ち着きがないように見えた。ヒロミは一応変装用のローブを羽織ってはいたが、もはやここでヒロミの存在に注視する余裕のある者もいないだろう。そうでなくてもこの研究棟ではむしろローブ姿の者は少ない。ヒロミは足早に歩きつつも、上着を脱ぎ第3研究室へと向かうことにした。
キュイオや他の研究員たちの安否はやはり気になる。そう考えながらも、そもそも先程見た工業エリアの爆発が事件であるということ自体、まだ知られていないのかもしれない、と思い至った。フェイミのように常に情報を仕入れている者や、軍や、警備、もしくは特定勢力の関係者でもなければ、何らかの事故だと思っている可能性もあるだろう。キュイオならば――、親族である操士のリュクリは既に対応にあたっているはずだ、キュイオに対してもおそらくは指示を与えているに違いない。彼女と合流すれば適切な行動がとれるのではないか、とヒロミは期待した。そうでなくても、避難経路どころか既に研究室への道順もヒロミは分からなくなっていた。端末に地図が入力されていてもあまり意味はない。途中飛行型のヴォイミを数体見かけたが、道を尋ねられるような他の研究員にはついに出会わなかった。ヒロミは、自分では認めたがらないが道を覚えるのが苦手だ。その点でもキュイオやここで働く者と行動を共にできれば心強い。何度も現在位置を確認しながら、なんとか目的地へと到達した。
研究室内には、一人、肥大化した植物にセミのようにつかまり、「う~ん、う~ん」と唸っているキュイオがいた。
「お、おはようございます……」
「あ、あー!あー!ヒロミさん!ヒロミさん!早いですね、ね!」
そう言ってキュイオはさっと飛び降り、振り返った。
「な、何をしていたんですか……?」
元は腰の高さまでもないくらいの低木だったであろうその植物は、昨日よりもさらに生長し、ほぼ窓に向け真横に伸びているような状態だった。茎は巨木の幹のように太くなり、大蛇のような、という形容も物足りない、ぱんぱんに膨れ上がったお化けソーセージ、というような感じであろうか、天井にもぶつかる勢いで光を求め室内を暴れ回り圧迫していた。もはや囲っていた仕切り類は意味がない状態だ。
「これをね、植物、ね、貴重な、サンプル、サンプルですから!なんとかできないかなと、ね、ね!」
手をバタつかせ植物全体を包むような動きをしてキュイオは言った。幹の直径は既に彼女の身長以上はありそうだ。向きを変えるだけでも物理的に不可能だろう。
「ここは……、危険ということですか……?」
誰もいない室内を見回し、ヒロミは尋ねた。
「まぁ、まぁ、今はね!危険ではないです、危険ではないですね!」
「他の方は……、ケーメイさんやアトゥリさんとは、連絡はとれるんでしょうか?」
「えーと、えーと、えぇ、呼びかけてますが、反応はないです、ね、ね」
キュイオはやや歯切れ悪く答えた。
「ケーメイは、いつもね、この時間の定期運行便を使って、来ます、来てますね」
ヒロミは返答に窮した。爆発に巻き込まれたという可能性もあるだろうか。
「アトゥリはね、工業エリアで活動するメンバーと、同郷だ、と、ね、リュクリが言ってましたね、リュクリが」
「え……、じゃぁ、事件に関わってるかもしれない、ということですか……」
「ま、まぁ!分かりません!分かりませんよ!しばらくしたら皆元気にね、やって来るかもしれないですから、やって来るかもしれないでしょう!ね!」
キュイオはここに、ということを示すように両手で床を指して何度も上下させた。
「そ、そうですね……」
ごく身近に、影響を受け、関係している者がいるかもしれないということにヒロミは困惑した。
「キュイオさんは、リュクリさんとは連絡を取り合っているのですか?」
「えぇ、まぁ、向こうからはね、一方的に来ますね、向こうはね、ふらふらしてるから、こう、ふらふらしてますから、どこにいるのか分からないと、心韻送っても、ほとんど届かないですよ、ね、しょうがないです、ハハハ」
指を立ててぐるぐると円を描く仕草は、操士として飛び回っているということを示すものであろう。やはり心韻は誰とでも常に意思疎通できるものでもないようだ。キュイオは話のテンポこそ昨日と変わらないが、無理に笑顔を作っているようにも見えた。
「では、今何が起こっているのかは、把握されてるのですね」
「えぇ、えぇ、まぁ、よく分からないことですが、なんとなく、ね、えぇ、まぁ」
ヒロミは改めて聞いてみることにした。
「この後どう行動したらいいか、何かリュクリさんからは連絡がありましたか?ここには避難用のシェルターもあるようですが」
「それは、駄目ですね、ね」
「?」
ヒロミは首を傾げた。
「シェルターは、ユーフの侵攻から、逃げるときのね、ものですから、ね」
キュイオは逐一、上を指差し、それが雨のように降り、頭を覆う仕草をして見せた。
「今回はここの構造を知ってる人がね、いるかも、しれないですから、ね、ね、そこは安全じゃないと、安全ではないでしょうね、ね」
ヒロミは不安げな表情を浮かべた。
「で、では、どうしましょう……」
「ハハハ、どうしましょうね!ハハ、どうしましょう!」
キュイオは笑い飛ばすように言った。
「あとね、私ね、シェルターの場所、分かりませんから!入り口からね、ここへの、道しか、知らないんです!ハハハ!普段使うこと、ないですから、ですよね、えぇ、ハハハ!」
まったく頼りにならなかった。
「……内乱を起こすとして、ここでの狙いは何なんでしょう。無差別にネーリアを傷つけることですか?それとも研究施設や研究物とか……」
室内では外のサイレン音がかすかに聞こえる程度で、すぐに何かが起こりそうな兆候は見られない。具体的な危機は察知できていない状況に思われた。
「えーと、そうですね、分かりませんね、えーと、そう、何か狙いがあってその注意を逸らす目的で、関係のない場所をただ攻撃する、とか、そういうこともあるかもですね、と、リュクリが言ってましたね、ね」
「なるほど……」
「もしくはですね、えーと」
キュイオは何かを思い出そうとするようにこめかみ辺りをポンポンと叩きながら続けた。
「そう、勢力の大きさを示すために、同時多発的に、ね、ぼかんと、事件を起こすとか、そういうこともあるかもですね、えぇ、これもリュクリが言ってきたことですね、えぇ。どちらにしても、この6区、ということには特に意味はないかもですね、はい」
「……工業エリア以外にも、他にどこかで事件が起きているんでしょうか」
「それが、ないみたいなんですよね、ね」
ヒロミは端末を確認したがフェイミからも特に連絡はなかった。足並みが揃っていないだけなのか、何らかの目的があってのことなのかは分からなかった。
「ここも……、何か起きるとして工業エリアのような爆発ですか?誰かが爆弾を仕掛けるのか、ヴォイミに仕掛けさせたり、とか、そういう感じでしょうか」
このままではどうにも動きようがない。キュイオは頼りにならないが一通り疑問をぶつけることにした。
「ヴォイミでは、やはり出来ることが限られますね、はい。そして乗っ取って指示を上書きしたりとか、ね、そういうことも結構簡単だったりしますしね、えぇ。破壊工作なら何十体あっても、優秀な兵隊さん一人に負けますね、えぇ、きっと負けます、はい」
ヒロミは頷きつつ聞いていた。
「あ!私は無理ですよ!えぇ、私じゃないです!無理です!」
キュイオは急に両手を顔の前でぶんぶんと振った。
「あ、はい」
ヒロミも特に期待はしていなかった。
「まぁ、で、大規模な仕掛け、となるとですね、戦闘用のヴォイアクーとか、ヴォイアースが使えないと、なかなか太刀打ちはできないのではないか、と、ね、思いますね、はい。小規模なものでしたら、ネーリアとヴォイミ何体かのセットで行動、とかでしたらね、基本かもしれないですね、えぇ。あとは数ですかね、はい。警備の目をごまかして、目的地に入り込んで、となると、やはり、内通者、みたいな存在がね、必要なのかな、と」
「そうですか……」
「ま、全部リュクリが言ってたことですけどね、ハハハ」
「さっきここへ来るまでに迷っていたときに、誰とも会わなかったんですが、飛行型のヴォイミは見かけました。ああいったものが施設内にも警備用として配備されてるということですね?」
「ん、ん」
キュイオは珍しく言葉につまったように見えた。
「それは、変ですね、はい。警備用ヴォイミは、この中には歩行型のしかいないはずです、はい」
「え……」
「どちらへ、向かってましたかね」
「わ、分かりません……」
ヒロミは端末に地図を表示させたが、どの地点かは覚えていなかった。
「あぁ、迷ったって言ってましたね。えぇ、迷ったって言ってましたね、ハハハ!」
「ちょっと!キュイオさんだって道知らないって言ったじゃないですか!」
ヒロミが膨れた顔で応じたとき、キュイオが不意にピンと背筋を伸ばし、動きを止めた。
「――アトゥリからです、『今まで有難うございました』と、はい」
「え!?」
そこで地響きのような轟音と、大きな揺れが二人を襲った。




