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「出発の前に、もう一度確認させてください」
操縦席に着くと、フェイミは隣の座席に座るヒロミに声をかけた。
「はい」
「責任を回避したいわけではありませんが、ヒロミ様は本日研究棟に向かわれることに同意された、そういうことで宜しいですね?」
「勿論です。何かあっても決してフェイミさんのせいになんかしませんから」
「何かあっては、私も困ります……。私も、その親族や同胞も含め、安易に危険を冒したいわけではありません。私や、ヒロミ様にとって、より目的に適ったより安全な方法を選択した、ということです。私自身の、確認でもあります……」
珍しくフェイミもどこか緊張しているふうだった。フェイミはヴォイアクーのモーターを稼働させた。
「途中で情報が届いた場合には緊急の対応をとる場合があります。もしかしたら目的地を変えるか、引き返す場合もあるということを、ご了承ください」
「はい」
ヴォイアクーはフェイミの自家用機であろうか、それとも親族や仕事などで共用のものだろうか。来たときはヒロミを起こさないように静かにゆっくりと降下したのかと思ったが、上昇もひどくゆっくりで慎重だった。もしかするとフェイミは操縦に慣れていないか、あまり得意ではないのかもしれない。その姿もどこか肩に力が入っているように見えた。ややふらつきながらも、ヴォイアクーはスケイルヴェールを散らし早朝のネーリの空へと飛び立っていった。
雲の向こうにちらりと見えた壁沿いの大型スクリーンでは、やはり先程の火刑に関するニュースが流されていた。ヒロミは気になっていたことを尋ねた。
「内乱というのは、実際にどういったことが行われるのでしょう……。例えばですけど、地球でしたら主張を通すためにはまずデモでアピールしたり、ということはありますが」
「そういった示威運動についての知見はあります。ですがこの国やこの星の多くの場合では、そうした行為は即処刑に結び付いてしまいます。勢い、現国家の転覆を目指しての大規模な武装蜂起となったり、拠点を築いて国家からの離脱を宣言したり、力が及ばない場合は傷跡だけでも残そうと、聖蛹や中心施設の破壊工作をゲリラ的に行ったり、となります。民主的な解決法が採られることはありません。すべて命がけですので、声を上げるだけでは意味がない、ということかと思います」
「そうなんですか……」
「血を流さずに要求を通すのならば、何はなくとも”序列”の力が重要でしょう。そして序列がいかに上位であっても、すべてが思い通りにできるわけではないと思います。誰もが思うところはあっても、重要な還るべき”蛹”は国に握られています。簡単にそれを失うわけにはいきません。皆密やかに、思いを表に出すことなく、心韻を通じて意見を共有し合ったりしている、というのが現実だと思います。意見を口にするときには、それなりの下準備が必要になります。
今回は独立を意図している、という情報は今のところありません。北方の地域や国々の出身者らが受けている不当な扱いを改善したいと、そういうところから起こった動きだと思われます。国が大きければ大きいほど、吸収や併合の際にそれまでの地位や自由を奪われた者も多いはずです。どこからか、そうした彼らの積年の不満が漏れ、大きくなっていったのでしょう。
要求としてはまずは投獄者の解放のはずです。しかし聞き入れられることはありえないと思いますので、集団がどの程度組織されているかにもよりますが、追い詰められた結果、王城内のどこかを襲撃し損害を与える、という手段に出るでしょう。ある程度ポイントは絞れていますので、私たちはそこを避けて通ることにします」
「分かりました」
トワとの昨日の話からも、この国に対して誰もが何らかの不安や不満を抱えているということは分かる。まして下位、下層の者、虐げられてきた者であれば尚更だろう。しかし、こうしたやり方では多くの禍根を残すだけで、争いは絶えないのではないか。思いはするが、ヒロミは決して口にすることは出来なかった。
ヴォイアクーは昨日の定期便のルートを大きく迂回するように建造物の少ない山間部の上空を飛行していた。低木が点在する山肌が続き、右手はるか先の谷間には、昨日見上げた工業エリアのタンクの並びが見える。その周辺では徐々に、大小様々なヴォイアクーが移動するさまが見え始めた。そろそろ通勤時間帯という感じだろうか。日が昇り、雲も晴れたこの穏やかな王城内で、これから争いが起こるとはとても思えなかった。フェイミはまだどこかぎこちない操縦が続いていたが、2人の乗るヴォイアクーもゆるやかに飛行を続けていた。
ヒロミは昨日から気になっていたことも聞いてみることにした。
「リュクリさんは……、やはり何か手柄を求めて立ち寄られた、というでしょうか」
「分かりません、何とおっしゃってましたか?」
「キュイオさんと親族だということで、たまに6区には来られているということでした」
「そうですか」
フェイミは視線は動かさず続けた。
「これは完全に私個人の感想ですが……、半々、というところではないかと思います。キュイオ様のこともあり学術的興味があるのも当然だと思いますが、目ぼしいものがあれば何らかの動きに出るのでは、と」
ヒロミはほぅ、という表情でフェイミを見た。
「あ、じゃ、もう一つ。フェイミさんから見ても、あのお二人って似て見えるんでしょうか……?」
「研究員の方はフードをかぶっていないことが多いですからね、やはり特徴がはっきり出やすいかと思います」
(似てるんだ!!)
どこが!?と聞き返そうとしたとき、ドォォンと地響きのような音が聞こえた。
振り返ると、工業エリアの方から黒い煙が立ち上っているのが見えた。ヴォイアクーは急停止し、空中で静止した。フェイミは立ち上がって身を乗り出すと、背筋を伸ばしその方向を見つめた。
「どういうこと……」
目を見開き、すぐに誰かと心韻を交わしているようだ。
そして慌てて操縦席に座り直した。
「急ぎましょう!そしてヒロミ様を研究棟までお連れしたら、私は別のところへ向かわせていただきます。もう戻るのは危険です」
「は、はい!」
ヴォイアクーは若干速度を上げた。
「王城内で北門と呼ばれるエリアがあります。反乱分子の狙いはおそらくそこだという認識でした。通商の要衝となるエリアを撹乱し、別働隊が仕掛けを起こす、と。ですが北門ではまだ何も起こっていないようです。そして工業エリアはまったくの別勢力の中心地です……。あのエリアにも力が及んでいるとなると、被害は想像以上に広がるはずです。おそらくタンクは破壊され、すでに谷間を通る便は使えないでしょう。どうか、ヒロミ様も……」
そこまで話してフェイミはヒロミを険しい表情で見つめた。
「ヒロミ様、もう一つ確認です。昨日の警報の音は覚えていますね?」
「はい」
「ヴォイアースの羽音も、ヒロミ様は聞き分けられますね」
「えぇ、ヴォイアクーもある程度は分かります」
「昨日の警報はユーフ以外の敵対勢力の侵入に対して発せられる警報です。あの音と、シーロトワミ以外の羽音が近づいたら、すぐに逃げてください。シーロトワミならばおそらく防衛のために出動したケースです。それ以外は聞いたことのある羽音であっても、敵対勢力が接近しているものとお考えください。研究棟も安全でない可能性が出てきました」
「わ、分かりました」
そう答える間にも、戦闘機タイプと思われるヴォイアクーが数機、頭上を工業エリアへ向けて猛スピードで通り過ぎていった。爆発音が断続的に背後から響いている。
「6区の避難経路については、もう端末に入力してありますね?」
「はい」
「では、どうか、ご自分の命を最優先にしてください」
そう話しているうちにようやく山の合間に研究棟のドーム状の外観と広い発着場が姿を現した。
「ヒロミ様、私はヒロミ様のお世話をさせていただけて、大変光栄に思っています。私やネーリについて、興味を持っていただき、気遣っていただけたことも嬉しく思います」
「は、はい、……何!?」
「少しでも研究活動やネーリでの生活のお役に立てたのなら幸いです」
「待って!何?待って!なんでそんな言い方するんですか!?」
機体は研究棟の入り口近くまで進みゆっくりと降下した。
「今日お側にいられないこと、本当に申し訳なく思います。私にも、どうしても行かねばならないところがあります。どうか無茶をせず、落ち着いて行動なさってください。事態が落ち着き次第すぐに戻ります」
「は、はい、……絶対ですよ!?絶対に戻ってきてくださいね!」
「端末に連絡をください、私からも送ります。どうか、ご無事で!」
機体を降りたヒロミに、上昇するヴォイアクーの操縦席からフェイミが叫ぶように言った。
「フェイミさんも!気を付けて!!」
ヒロミは大きく手を振った。やがて速度を上げ、フェイミの機体は山の先へと消え去った。
研究棟の周辺でも、すでに低いサイレンのような音が鳴っていた。非常事態を警告するものだろう。人影はまばらだ。もしくはここまで辿り着けない者が多いのかもしれない。状況には気付いているようだがまだ特に混乱は見られない。ヒロミはしばし立ち尽くしていたが、改めてフードをかぶり直すと、建物内へと向かった。




