5-3
翌日、ヒロミは普段より早く目を覚ました。
昨夜は酒に手を付けることはなかった。だが、クロードからのメッセージは、今回もヒロミをどこかざわつかせ晴れない気分にさせる内容だった。どう返事をしたらよいものか、答えは出せずにいた。ヒロミが時系列に沿って事実を把握できていないことも一因だ。逐一その経緯と、それによって自分がどういう返答ができるのかを説明するのも馬鹿げているように思えた。加えて、せわしなく窓の外を動き回るヴォイミたちがどうしても視界に入った。
そうでなくとも、変装が必要なほどに動きが取りづらくなったこともあり、今日は早く部屋を出て人目を避けつつ6区へ向かおうと考えていたのだ。眠りは極めて浅かったが、ヒロミはこのまま起きることにした。外はまだ薄暗く、一面に霧のような雲がかかっている。警備用ヴォイミは変わらず、その中を行き交っていた。
ふいに、聞き覚えのない小型ヴォイアクーのものと思われる小さい羽音が聞こえ、数体のヴォイミらがその方向に向け浮上していった。やがて上空からゆっくりと、警備に囲まれたヴォイアクーが降下してきた。操っていたのはフェイミだ。
ヒロミは慌てて起き上がり、窓を開け迎えた。
「おはようございます、こんな時間に申し訳ありません……」
フェイミの表情は深刻なものだった。
「い、いえ、私もちょうど起きていたのでかまいません」
「早く、直接お伝えするべきかと思い、来てしまいました」
中二階の寝室から階下へと向かいながら、フェイミはそう伝えた。ヒロミは彼女をテーブルへと案内し、自らも対面座席へ着いた。フェイミは深く息をし、真剣な様子で切り出した。
「状況が変わりました」
「はい」
「放送はご覧になりましたか?」
ヒロミがよく分からないという顔をすると、フェイミは袖から小さい端末を取り出し、透明のパネルを展開させ、昨日も目にしたような国営の放送を映し出した。そこでは昨日、新たに2名が火刑に処されたということ、そして本日も、収監中の10名以上の軍人、役人の処刑が執行される予定であることを伝えた。その内容だけをひたすらに繰り返している。異様さはヒロミも感じ取れた。
「当局は反乱の首謀者について目星がついているのです。これはあぶり出しです」
フェイミは放送を消した。
「徐々に高位の者、重要な役職の者を処刑の対象にしつつあります。ヒロミ様にはおそらく影響はないかと思いますが、今回は規模の大きな内乱が予想されており、その範囲が推定できていません。我らが身内の、しかもこんなやり方は非道な蛮行だと思います。お見せするのは心苦しいのですが、我々の価値観ではどのみち暴徒はその近親者含め皆殺しになるのが当然、という考えが根強くあります。ユーフの襲来タイミングが狭まっていることもあり、いち早く反対勢力を一掃しようと、首謀者に縁のある者らを、特に罪がなくても次々と投獄しているのだと思います。
思ったよりも早く事態が進行してしまい、私も油断していました。今すぐに何かが起こってもおかしくはない状況です」
ヒロミはてっきり昨日の、トワがシーロトワミを持ち出した件への対応のことだと思っていただけに、その意外な展開に驚いた。確かに物々しい空気は演出されてはいたが、そんな状況になっているとは思ってもいなかった。おおよそヒロミの考えていたことといえば、昨日トワの部屋で見聞きしたこと、一人では抱えきれそうもない問題を、どの程度までフェイミに相談すべきか、そんなことだ。ヒロミは何も言えずにいた。
フェイミは振り返り、窓の外の様子を眺めた。
「ヒロミ様は、どうなさいますか……」
どう、というのは、……なんとなく察しはつくが答えるのも難しかった。フェイミは向き直って続けた。
「例えば、研究に関しても、ここでの生活にしましても、随分と厄介で窮屈なものになってきているのではと思います。ひとたび反乱や戦争が起こりますと、警戒レベルは上がり、国境は封鎖され宇宙港との行き来も禁止されてしまいます」
フェイミも言いにくそうにしていた。
「私はヒロミ様のお世話をするのが仕事です。滞在中は不自由のないように、安全には最大限気を配るようにいたします。ですが……、もし、ヒロミ様がお望みであれば……」
「私は研究、続けるつもりですよ、続けさせてください」
ヒロミは穏やかに答えた。
「今ならばまだ間に合います、宇宙港行きのヴォイアクーを手配することは出来ます」
フェイミも、おそらくはヒロミの返答を分かったうえで言っているだろうことは想像ができた。
「いいえ、今この星を離れるなんて、私にはできません」
「分かりました」
フェイミは立ち上がった。
「では次です」
その声のトーンからはやや重苦しさが消えたように感じられた。
「はい」
ヒロミも口元を緩め応じた。
「今日は、どうなさいますか?」
「申し訳ありませんが、絶対に安全、と言える場所はすでに王城内にはないかと思います。確率で言えばこのお部屋に留まるのは比較的危険が少ないと言えます。ただ……、ここヘもしキュイオ様のような研究員の方や、リュクリ様が、ヒロミ様をお迎えに来られて、研究棟までお連れすることを提案されたら……、どうなさいますか?」
「行きますね」
「私がここにいてください、とお願いしても行かれますよね」
「はい」
ヒロミは笑い出しそうだった。この過程は確認のためでしかない。
「分かりました」
フェイミは再びそう言って、ベランダに向かおうとした。
「では参りましょう」
「心韻を飛ばすときは相手の位置を正確に知らねばなりません。そのブレスレット型端末は機械的に高頻度で心韻を飛ばし合って登録者の居場所を常に把握するようにしているのですが、対象者があまりに予測できない場所へ移動した場合連絡がとれなくなってしまいます。安全のためにはなるべく行動を共にしたほうがよいという判断です。そして定期運行便は安全性と、ヒロミ様が車内で目立ってしまい騒ぎになりかねない、という問題があります。昨日のことでヒロミ様はかなり有名になってしまいましたので」
「はい……、それで、このヴォイアクーで6区まで乗せていってもらえる、ということですね?」
「えぇ、考えられる限りの安全なルートでお連れいたします」
初めからそのつもりだったようだ。
「ありがとうございます」
「その分少し時間はかかってしまうかと思いますが」
「はい、かまいません」
もとより混雑時を避けるという目的があっただけで早く着こうと思っていたわけではない。そして、何かあったときにはやはりフェイミの存在はこの上なく心強い。ヒロミは身支度を整えるためフェイミには少し待ってもらった。そして、トワから渡されたネーリアの服装とかつらを着け戻った。
「これ、昨日トワさんが持たせてくれたんです。このかつらも、振ると本当にスケイルヴェールが出るんですよ、ほら!」
そう言ってヒロミは首を振ってみせた。フェイミはじっとその様子と、舞い散るスケイルヴェールを見て言った。
「そのかつらはいざというときまでは外されていたほうがいいでしょう」
「え、そうなんですか……?」
「頭がかゆくなったりするはずです。スケイルヴェールは本物ですから。つまり何が発生させているのか、と言いますと……」
「あ!あ、え、分かりました……え、え」
ヒロミはつまむようにして慌ててかつらを外した。よく見るとその表面に、塵のような小さな何かが大量にうごめいているのが見える。
「ひっ……!!」
ヒロミは思わず声を上げた。
「では行きましょうか」
「は、はい!!」
ヒロミはフェイミの後に続いてベランダのヴォイアクーへと乗り込んだ。




