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5-2

 帰路は慎重を期すものとなった。


 トワの部屋から伸びる通路は、かつて博士の部屋へ向かうときに通った薄暗く湿った道をさらに狭く険しくしたようなものだった。いたるところに極端な段差があり、トワから借りたネーリア変装セットの動きづらさも相まって何度も滑り落ちそうになりながら、暗がりへ向けて覚悟して飛び降りる必要があった。来た道を振り返ると、もはやその先に通路がつながっているようには見えない。トワからは端末に地図情報も入力されていたが、道順が分かったところですでに自力で戻るのは難しいとヒロミは思った。空中を移動できるヴォイミには効果はないのかもしれないが、人の視点からは十分に目隠しになっている。だがどのみち他のネーリアやヴォイミが通りそうな気配はない。廃れ具合からして、おそらく使われなくなった古い通路か、もしくはヴォイミや廃棄物などを通す道だったのではないかとヒロミは推測した。


 ようやく明るさが増し騒々しい物音が聞こえてきたところで、ヒロミは目的地に着いたことを悟った。着地した先は、乱雑にコンテナ類が積み上げられた貨物の集積所と思しき場所だ。輸送用であろう幾隻かの大型ヴォイアクーが視界の先にシルエットとして見える。足下はどこが床かも判別がつかないほど、ものが散在していた。光の射す方へ向かい歩き出すと、鈍い羽音をたてながら古めかしく黒い虫型の小型ヴォイアクーが上空から現れた。「トワ様からの使いだ、ヒロミは、お前か」訛りがあるのか、かすれた聞き取りにくい声が響き、ヒロミが頷くと、機体から運転手が顔を出し、乗るようにと案内した。その者は体のいたるところをヴォイミと融合し機械化したようなネーリアだ。声も、見た目も、女性なのか老いているのか判断できない、特殊なものだった。手や首元の関節部分からは不規則にスケイルヴェールが吹き出している。ジャンク品のパーツで身体を補っているという印象だ。下層に行くにつれ、こうしたタイプのネーリアが増えるのだろうか、とヒロミは推察した。


 黒いヴォイアクーは不安定な機体を揺らしながらも速度を上げ、横付けされていた多数の大型ヴォイアクーの間をすり抜けるように飛び立っていった。外は既に夕方になっていた。機体は、ヒロミの感覚が正しければ、あえて遠回りをするようなルートで城の中心から離れるように飛んだ。もしかすると尾行を警戒してのことかもしれない。運転手は何も言わなかったが、ヒロミの視線に気付くと、手振りでフードを深くかぶるように、という仕草をした。ヒロミは指示に従い、自ら視界を狭めるようにうつむいた。同じ小型のヴォイアクーに乗って空を飛ぶという経験でも、今回は何の感慨もない。ヒロミはそう思い、ただ到着を待った。


 ヒロミの居室周辺は、既にヒロミの目にもはっきり認識できるレベルで、何十体もの警備用ヴォイミが配備されていることが分かった。浮遊し旋回しているものや、ベランダをうろついているもの、中には射撃武器のようなものを装着している機体もある。遠目に見下ろしているだけで、すぐに2人の乗るヴォイアクー周辺を数機のヴォイミが並走した。ヒロミがフードをとり本人であることを説明すると、ヴォイミらは警戒を解き、その間を縫うように、ヴォイアクーは急降下してベランダで静止した。

「急げと言っている」

運転手はそう告げ、降りることを促すと、すぐに飛び立とうとした。ヒロミは礼を言う間もなく、ヴォイミらに急かされよろめくように部屋へと戻った。


 部屋に入りヒロミが一息つこうとしたタイミングで、今度はブレスレット型端末の呼び出し音が鳴った。

「ちょっと……、出てきて……」

労働局職員のセイニだ。ヒロミは小さく返事をし、すぐに扉へと向かった。


 セイニは、ちょうど隣室との境界付近で剣のような武器を装着したヴォイミに行く手を遮られ、足止めをくらっている状態だった。ヒロミが急ぎ駆け寄ると、憮然として手に持っている小型メモリをずいと差し出した。地球からのビデオレター第2便ということだろう。

「あ、有難うございます!私の方の返事はまだ準備できてなくて、あの……」

ヒロミが言い終わる前に、セイニは既に引き返していた。これまでにないくらい不機嫌な様子だ。この状況では仕方なかろう。申し訳なく思いながらもヒロミも部屋へと戻ることにした。


 自室では、ヒロミは久々に一人の時間を得たように感じた。昨夜からは特に、慌ただしく様々なことが起こり状況が変化した印象がある。ヒロミは地球から届いたファイルを再生しようと、テーブルに設置しておいた端末の一つへと向かった。室内に伸び広がった植物は勢いこそ衰えたものの相変わらず生長を続けており、すでに床面をほぼ覆うほどになっていた。椅子を引くために、ヒロミは絡まった蔓を押しのけるようにして座った。


 窓の外を眺めると、幾多の警備用ヴォイミの行き交う姿が目に入った。外が暗くなったことで、ヴォイミらの放つ照明や、識別灯と思しき点滅する明かりが部屋の中からでも随分と目立つようになっていた。厳重に守られていることは分かるが、これでは自分も監視されているようでどうにも安心という感じはしない。このヴォイミたちはおそらくトワが手配してくれたものではなく、むしろトワや、その他の者からヒロミを引き離すべく、研究に専念できるようにという招待者側の配慮によるものであろう。ここまでの規模になった本当の理由は定かではないが、おそらくは権益の獲得のためいきなり軍用機を持ち出した者がいる、と、それに向けての判断が働いた、そんな理由があってもおかしくはないだろう、とヒロミは考えずにはいられなかった。今回は首席操士とはいえトワの行動はやはり軽率だったであろう、制裁を受けることになるのか……、もしくは何か逃れる術を見出しうまく立ち回っているか……、そんなことをヒロミがぼんやりと思い巡らしていると、卓上の端末が既にメモリの読み込みを終え、モニターにその内容物を示していた。


 今回は、クロードからの動画ファイル1本だけのようだ。


 冒頭、彼はおいおいと泣きじゃくっていた。場所は前回とは違い、おそらく長期滞在者のためのステーション内の私室だろう。彼の泣く姿自体は珍しくはないが、あまりに大げさなため演技なのかと疑いたくなるほどだった。


 「す、すまない、君が……、もう、半月も、返事をくれないから……!心配になって……」

「……?」

動画を見たのは昨日のことだ。随分とタイムラグが、いや、前回のものは到着前から既に届いてはいたが見る手段がなく時が過ぎてしまっただけということか。今回はすぐに変換して渡してもらえたためこういった状況になっているのかもしれない。しかしどのみち、ネーリの通信事情では受信後すぐに返事をしたとして、実際に1~2週間はかかってもおかしくはないだろう。


 彼は嗚咽をおさえるように続けた。

「は、博士が、あんなことに……なってしまって、本当に、気の毒に思う。そして、君が……、ヒロミ、君のことが心配でならない……!無事なのか……、それだけでも、……いや、声が聞きたい!会いたいよ!いますぐに!!


 ……ちょ、ちょっと取り乱してしまった。君の、安全確保のためには……僕にも、できることはないか、探しているところなんだ……。なんとかしたい。出来れば、すぐにでも戻ってくるべきだと、僕は思っている。僕も、チームの皆も、本当に、君を救いたいと思ってる。ヒロミ、十分に気を付けて。無事を祈ってるよ。じゃ、また……、愛してる」

クロードは最後に画面に向けてキスをし、動画は終わった。


 博士が、どうしたというのだ?弟が言っていた件だろうか、重大発表?とか何か。その内容は、私が知っていて当然というレベルの話なのか。こちらで調べようにも周りのネーリアは知っているわけはない、弟からのメッセージを待つしかないだろうか。そして、なぜそんなに心配される?何を吹き込まれてしまったのか、博士に。救う?私を?……


 ヒロミは自分のあずかり知らないところで何かが起こっていることに、軽く苛立ちと不安を覚えた。もとより救ってくれと頼んだ記憶などない。そして何もしないままこの星を後にする気など毛頭なかった。彼、彼らのよく分からないヒューマニズムを刺激したのがもし博士の発表だとしたら、それもまた心外だ。ここでの短い滞在期間から、何か結びつくことがあっただろうか。関わることがないと思っていた氏の言動がいまだに自分に影響を与えているというだけでも、個人的には気に入らなかった。確かに返事をしていなかったのは悪かったかもしれない。だが……。ヒロミは自分の感情を勝手に推し量られることを非常に嫌う、そのことはクロードも十分に承知していたはずだ。ただの私信であれば真っ先にクロードにはそのことをぶつけてしまいそうだ。研究に関することも、状況が大きく変化していることでどこまで触れるべきか判断し難い。


 返信について思案しているうちに夜は更けていった。

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