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「地球!ヒロミ様、地球の方ですよね?ね?私、初めてです、お会いするの!初めてです!あぁ素敵です!大興奮です!素敵、大興奮です!
国外の方にもなかなかお会いできませんから!ホントに、貴重なんです!こういう経験!ね!貴重経験!研究者の血が騒ぎます!ね!血が!こう!」
研究棟は外見こそ自然物の中にそびえる未来的な建造物、という様相だったが、室内は石造りの歴史ある建築物を思わせる落ち着いた空気に包まれていた。入館者を迎えるのは吹き抜けの空間で、中央には4~5階まで上る長い階段が伸びる。王城と同じく自然の地形も取り込みつつ、その内部に広大な空間を築き上げているようだ。上空からは自然の光と思しき日差しが差し込み、このエントランスホールを穏やかに照らしていた。行き交う人々はこれまで見てきたような全身を包むローブ着衣の者は少なく、地球でも見慣れたような白衣を纏い、顔を覆わないままのネーリアが多い。研究棟の気風のようなものだろうか、とヒロミは直感した。靴音がわずかにこだまし、この場が静かな空間であることを演出した。
ただ、それをかき消しているのは、先程からヒロミが自己紹介をする間もなく喋り続けているキュイオという女性であった。身長はこれまで見てきた平均的なネーリアと比べても小柄だ。白衣をバタバタさせながら、大きな身振りを交えて話す素振りはかなり幼く見える。彼女も同様にフードで顔を覆っておらず、顔を動かすたび、あまり整えているふうには見えない内巻きボブの髪が揺れた。目を見開き時折こちらをクルクルと振り向きながら懸命に話を続けている。右目のモノクルは機械仕掛けのようで、都度、焦点を合わせるかのようにその縁のリングを回転させた。
向かっている先はおそらくは彼女らの研究が行われている部屋であろう。キュイオのキャラクターが研究者に共通のものでないであろうことは、ここへ来て見かける人たちと比べても察することができる。ほぼ間違いなく彼女独自の強烈な個性に由来するものだろう。ヒロミも最初は相槌を打ちつつ話を聞いていたが、一向に止まることのないその話を次第に聞き流すようになり、やがてはフェイミと共にただ黙って後をついていくことしかできなかった。独特のテンポ、口調にヒロミは当惑したが、フェイミは無関心を貫いているふうだ。3人は階段を幾度か上り、似たような構造が続く長い通路を進んでいった。
「私は第3研究室の研究室長なんです!なんです!あ、この数字には大して意味はなくてですね、ね。植物を主に研究してるんですけど、要は、自由に!自由に!興味を持ったことをとことん研究しちゃいましょうと!」
そこまで言ってキュイオは覗き込むようにヒロミの方を見た。
「興味を持ったことはとことん研究しちゃいましょう!と!そういうことなんです!ね!どうです?ね!」
「あ、はぁ……、いいんじゃないでしょうか」
「ですよね!!はい!!ね!そんな方針!大事です!ね!そんな方針なんです!
あ~~そこで!気付いちゃいました?この目なんですけど!目!ね!あ!あぁぁ!着いちゃいました!」
彼女が右目のモノクルを指差して話を始めようとしたタイミングで、どうやら目的の第3研究室へと到着したようだ。ドアが開くと、そこには教室を2つ3つ繋げたほどの、中規模の会議室程度の広さの、やや雑然とした空間が広がっていた。机は整然と並んでいるが、その上に書庫や棚が置かれていたり、高い天井付近まで何らかの保管庫のようなものが並んでいたりと、それらが自然と仕切りのようになり、いくつかの空間を形成しているように見受けられた。窓から外の景色が見えることから、この場所が山から張り出した外周部分に位置していることが分かる。
「お連れしました!しました!」
キュイオがそう言うと、入口付近に出迎えるために待っていたと思われる2人、そして机に向かっていた数名の者が手を止め、一様に笑顔を浮かべつつ挨拶の言葉を投げかけた。ここでも全員がその顔や表情、そして髪を衣服で隠してはいない。体面や感情の機微などを、ここでは気にする必要はないということだろう。ヒロミは一種の安堵感を抱いた。勿論キュイオの人柄についても、当惑こそすれ嫌悪感を持ったわけではない。研究一辺倒に打ち込んでいるであろうこうした人物や、それを受け容れる空気は、ヒロミにとって決して未知のものではなかった。むしろ馴染み深い、心地よくすら感じられるものだ。
「こちら、ケーメイとアトゥリの2人、そして私とで、研究活動は進めていくことになります!なります!ね!」
「宜しくお願いします!」
「はじめまして、よろしくおねがいします~」
そう紹介された2名は極めて普通の口調だった。ヒロミは安心した。
「ヒロミ・クロカワといいます、ヒロミと呼んでください、宜しくお願いします」
「持ち込んだ植物のせいで迷惑をかけてしまったようで……」
ヒロミは仕切られた一画の中でも明らかに、光を通さないよう、遮光カーテンと思しきもので囲っている場所を見て言った。
「まぁまぁ!まぁまぁ!そんなこと気にしないで!ね!全然気にしないでくださいね!早速見てもらっちゃいましょう!ね!ね!」
そう言うキュイオに導かれ、ヒロミと研究員の2人は続いた。
仕切りをくぐった先には、想像した通り、あるいはそれ以上の様子が広がっていた。植物は勢いよく繁り、天井付近まで荒々しく伸び広がっている。機材や薬品が散らばり、その生長速度の凄まじさが伺えた。先端部は窓のあるカーテンの方へ向かい、狭い室内を苦にして胴体をくねらせる大蛇が何匹も閉じ込められているような、そんなふうにも見えた。かろうじてこの区画に収めている、というかたちであろう。
「むしろ大歓迎、大興奮です!大興奮ですよ!ね!早く研究がしたくて!したくて!」
研究員2人も目を輝かせ大きく頷いた。
「ヒロミさん!ご覧になりましたか?か?この星の植物!この辺りのものって特に!これっぽっちのしかないですよね!ね!」
そう言ってキュイオは体の前で小さな球を抱える仕草をした。
「そんなこの星の植物に!地球の植物の!この生長力を!かけ合わせたら!かけ合わせたら!あ~も~どんなことにになちゃうのか!どんなことになっちゃうんでしょうね!!楽しみで仕方ありません!楽しみで!」
「あ、はい……、ですね」
ヒロミは圧倒され、かろうじて笑顔で返した。
「そうそう!先程のお話ですよ!私のこの目、素敵でしょう?素敵じゃないですか?これ!取り外したりできないんですよ!もう体の一部!一部なんです!」
ヒロミは話の筋が見えないという様子で軽く首を傾げた。
「手術して体の一部にしてしまったというわけです!研究機材に頼らなくてもいいように、必要なものと一体化しちゃえ!って考えで!アハハ!
ところが!!これ!なんと!すごく使いにくいんです!アハハ!アハハハハ!」
「……」
「身体の機能拡張を目指したんですけどね!機械の方がついていけなくて!身体の拡張性、柔軟性って結構偉大なんですよね~!ね~!アハハ!ハハ!」
ヒロミは返答に窮していた。
「けれど!!けれどですよ!
私はそれでも後悔なんて全然してないんです!やってみなくちゃ分からない!分からないんですよ!この体はこの代で終わり!ね!終わりですから!くっつけた部分は次の代ではキレイサッパリ!サッパリなんです!けれど研究結果は必ず残る!残ります!だから!私たち研究者は!興味あることには突き進まないと!ね!ね!」
「は、はぁ……」
「知的好奇心の向かう先へ!ためらっていてはいけない、と!そういうことです!ね?気になっちゃいますよね!ね?」
そう言いながらキュイオはその仕切りの中でもさらに厳重にカーテンで覆っている区画へと歩み寄った。
「実は、なんと~?
はい!!もう実験しちゃってるんです!しちゃってるんです!!アハハ!アハハハハ!」
キュイオが勢いよくカーテンを開けた先には、トワと遺跡へ行ったときに見かけたような低木が、その枝葉の大きさ、量、茎の太さ共に、はるかに大きな規模で伸び広がっていた。ネーリの植物に、地球の植物の何らかの要素をかけ合わせた結果、ということであろう。(何やってんの……)初対面ながらヒロミは突っ込みを入れたい気分に満たされた。背後では研究員2人が満面の笑顔で頷いている。ここではこの空気に流されるしかないのか。特に否定する理由もない。ヒロミにとって、そして地球人にとって何か悪影響があるということもないように思われた。ネーリアの主導で、そして彼らにとって有益な研究であるのならば、それに越したことはないだろう。
ヒロミは半ば諦め気味に、続けて今後の研究プランなどを説明するキュイオの話に耳を傾けつつ、横目でフェイミの様子を見やった。彼女は室内にいた他の研究員と、どうやら今後の取り決めなど、事務的な手続きをしているようだ。フェイミがいつもどおり冷静な仕事ぶりであることにヒロミはほっとした。
「やぁやぁ、こちらが地球から来たお客さんだね」
不意に背後からそんな声がした。聞き覚えのある、低めの声の主をヒロミは記憶の中で辿った。そう、模擬戦で聞いた、序列3位という操士、リュクリのものだ。




