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4-8

 「成果って……」

ヒロミは隣に座るフェイミを、やや覗き込むようにして言った。2人を乗せたヴォイアクーはカーブに差し掛かるたびに大げさに傾き、ヒロミは必死で安定を保とうとした。平然としているフェイミはじめネーリアにとっては、この傾きや車体の揺れも日常的なことなのであろう。平衡感覚に違いがあるのかもしれない。ヒロミも乗り物は弱い方ではなかったが、昨夜の酒がもう少し残っていたら気分を悪くしたであろうレベルだ。

「私は……何もしていませんよ?それに地球の植物にどんな利点があるのかだってまだ……」


 「ヒロミ様は既にここに来られています。この状況をもたらしたというだけで、その功を主張する者が出てくる可能性はあります。博士は既に帰られ、残られたのはヒロミ様だけになっていますし」

トワも同様のことを言っていた。この論理はネーリア共通のものということは間違いなさそうだ。初めて耳にしたらどういう意味なのかを聞き返していただろう。

「たとえばどんな立場の方でしょう」

前提は理解したうえで、ヒロミは尋ねた。

「それは、詳しくは分かりませんが……、憶測で言えば文化技術省の高官、などでしょうか。これはあくまで例の一つです。地球の方にとりましても、今回の渡航を決定した人物、となると特定は難しいのではないでしょうか」

「えぇ……、形式的には開発局の局長、ですが、計画は大学と進めてきたものですし。つまりそういった曖昧、というか、間接的なところから、手柄を主張することもある、と」

「はい。我々の間では頻繁に起こり得ることです」


 フェイミは淡々と答えた。

「あらゆる事柄が、我々の間の”序列”の決定に関わることになりますので、変化の乏しい生活ではどうしても敏感になりがちなのです。序列は、細かいものですと日々、女王の”代弁者”と呼ばれる者によって言い渡されています。大きい変化となりますと年に一度ですが……、と、この話は長くなりますね。ですので、まずはそういった周囲の目があるということをご理解いただいて、研究とその成果物の扱いに関しては慎重に行っていただきたいのです」

「分かりました。……けど」

ヒロミはそう言って首から下げた2通のカードを手にした。

「功績といったら間違いなく一番はフェイミさんですよ。許可証が発行されなかったら6区に行くことだって出来なかったわけですから」

「ありがたく思いますが……、申し訳ありません。私はあくまでお手伝いをさせていただいてるだけですので、それ以上のことには無関係ということにさせてください。お部屋の様子も、トワ様とのことも、私は知らない、見ていない、ということで」

フェイミのトーンは冷静なものだった。

「――わ、分かりました」

ヒロミはそう答えるしかなかった。フェイミの置かれた立場については詮索すべきではないのであろう。


 「ということで、一旦研究棟に着きましたら、私は事務方の者と手続きの話し合いなどさせていただこうと思います。事前にどういった取り決めだったのかなど、ご存知でしょうか?」

「書面でもデータでも色々あったと思いますが、もう現場の判断が優先になるでしょうね……。この状況では逐一地球側からの指示を仰ぐこともできませんし、私もこのまま何も出来ないのは嫌です」

ヒロミは諦めたように微笑んで答えた。

「ですね、分かりました。ヒロミ様の研究活動が滞りなく続けられるように、私も協力いたします」

「さすが、頼もしいです!」

「ただヒロミ様もなるべく地球の方と連絡はとるようにしてください。今日はひとまず急を要する事態ということで訪問しますが、正式な活動は準備が整ってから、ということにした方が安全でしょう」

「えぇ!」

ヒロミは改めて、フェイミの存在に感謝した。実際のところ、彼女の手助けなしには何一つ行動できていなかっただろう。これだけ信頼に足る人物で、なおかつ件の”序列”とやらには頓着していないようだ。


 会話はそこで一旦途切れた。建物の間を縫うようにカーブを繰り返してきたこの定期便も、いつしか中心部を抜け、穏やかな直線が続くルートへと入った。視界も開け、この王城が自然の地形を利用して築かれたことが伝わるような、山肌を顕わにした構造体も目立つようになった。


 ヒロミは窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。まさかネーリア同士の出世争いに巻き込まれることになるとは、考えてもいなかった。ネーリアの価値観について理解が深まったのは悪いことではなかろう、だが出来ればそうした競い合いとはなるべく無縁で研究に打ち込みたいものだ、そう思った。そもそも研究者とはそういう類いの生き物ではないか……そこまで考え、すぐに反例に思い至った。オースティン博士だ。……いやいや、そう考えればむしろそうした術に長けた者でなければ生き残れない世界かもしれない。彼ならばこの星で遺憾なく能力を発揮できただろう。ヒロミは軽く冷笑を浮かべた。


 「どうかなさいましたか?」

ヒロミの様子に気付いたフェイミが尋ねた。

「あ、いえ。随分と景色が変わって……、まだかかるんでしょうか」

「6区は王城外縁部に近いですから、ほとんど山の中というような場所にあります。あと3分の1ほどでしょうか。この工業エリアを抜けた先です」


 ヴォイアクーはいつしか切り立った崖の裂け目のような峡谷の中腹を進んでいた。見上げると断崖にめり込むように高さ40~50メートルはあろう巨大なタンクが並んでいる。中には谷に向けて倒れ込んでいるような傾いたタンクもあり、それらタンクの外周を支えるように幾多のパイプが縦横に這っていた。はるか眼下の谷底には工業用水の流れ込む川が見える。削り出した岩場に設けられた停留所ではわずかに降車する客もいるが、周囲に人の気配はなかった。


 「随分と……寂しい感じのところまで来ましたね」

「こう見えても壁面の内部には工業施設が広がっていまして、日夜稼働しているんですよ」

振り返って辺りを見回すヒロミに、フェイミが答えた。


 「あの……、私の人との接し方も、やはり注意したほうがいいんでしょうか。その……、フェイミさんのお話がまだあるようでしたらかまいません」

「いえ、お伝えしなければならないことはお話できました。接し方といいますと……?」

ヒロミは座り直し、続けた。

「トワさんと接触することで、手柄とは逆の、何かデメリットをもたらしたりだとか、そのきっかけを作ってしまったりだとか、周囲の人から反感を買ったり、とか……、何かそういったことに繋がるんでしたら気を付けなきゃ、って思ったんです」

「……予測はできませんが、ある程度のことは仕方ないでしょう。気にしていたら何もできません。トワ様もご自身の行動の影響について、当然無知ではないでしょうし。結果には責任をとられる方だと思います」

「はい……」

ヒロミは曖昧な返事を返した。


 「お部屋のことについても、破れた窓の手配はされたのですよね。おそらくですが、新しく張られたものは周囲から目立たないような加工もされていると思います。トワ様が真っ先に植物の異常に気付かれたのは確かにある意味危険な面もあるかもしれません。ですが、ヒロミ様は安心なさってください」

「分かりました……」

手柄の奪い合いという側面は、同時に足の引っ張り合いにも繋がるであろうことはヒロミにも想像できた。フェイミの話を聞き、想像以上に昨日のトワが大胆な行動をとってくれたのだということに、ヒロミは気付かされた。苗を渡してしまったことはやはり軽率だったのでは……、そんな思いを巡らせているうちに、ヴォイアクーはようやく目的地である、終点の6区研究棟へ到着した。


 山中に突然ドーム状の建築物が露出しており、その正面には大型のヴォイアクーが何隻も停泊できるような広大な発着場が設けられている。ヒロミらの乗る定期運行便はその一画に降下した。2人は小一時間の移動を終え最後の客として機体を下りると、研究棟へと入っていった。


 「あー!あー!ようこそ、ようこそ!ですね!ね!私、キュイオです、キュイオです!」

出迎えたのは早口でそう喋る片眼鏡をはめた女性だった。


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