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4-10

 「”キュイオ”なんて、変わった名だろう?オスの名前だよ」


 低く抑えられた声のトーン、そしてその声がヒロミよりもやや高い位置から発せられたということに、ヒロミは新鮮さを覚えた。背後の声の主は、これまで目にしてきたネーリアたちよりも頭二つ分ほど抜き出たスラリと背の高い女性だ。全身をボディスーツで包み、ジャケット状の服を羽織っている。肩幅は広く、鍛えていることが伝わる締まった体つきだ。だが決して屈強という感じではない。しなやかで上品な立ち居振る舞い、そして短い外ハネの髪と、その周囲を軽やかに跳ねるスケイルヴェールが、彼女の印象を殊更に快活で爽やかなものにしていた。


 「リュ、リュクリさん……?」

「おや!驚きだね。国外だけでなく、はるか遠くの星にまで名が知れ渡るほど、私は有名だったのかい?」

リュクリはそう言ってハハハ!と声を上げて笑った。


 「いやいや、ご挨拶が遅れて申し訳ない。改めまして、私はここスマーリ第一操士団に所属する操士、リュクリと申します。はるばるネーリへ、ようこそおいでくださいました」

彼女はそう言ってすっと頭を下げた。その後ろでは研究員のケーメイとアトゥリも、うやうやしく頭を下げたまま髪をスケイルヴェールで紅潮させ、わずかに震えながら顔を上げずにいるのが見える。おそらくはリュクリとの急な遭遇に興奮しているのだろう。ヒロミも慌ててお辞儀をした。

「地球から来ました、植物学を研究しているヒロミ・クロカワです!宜しくお願いいたします」


 「よろしく、ヒロミさん!さぁ、じゃ堅苦しい挨拶はここまでにしよう。私のことは……、このあいだの模擬戦かな?」

「え、えぇ、ヴォイミのモニター越しでしたが、見させていただきました」


 ケーメイとアトゥリの両名もようやく頭を上げ、互いに顔を見合わせ喜び合っている。リュクリが何か話すたびに、身悶えせんばかりのリアクションだ。先日の連絡通路に集まっていた多くの観衆にも通じるものがある。

「そうか……それは、ちょっと格好悪いところをお見せしてしまったね」

リュクリは苦笑しつつ視線を逸らした。彼女たちほどの反応はできないが、やはり間近で見るネーリアには、そしてこの人気者の操士には、トワともまた違った独特の引き込まれるような空気感がある、ヒロミはそう感じた。


 やや芝居がかったようにも見える男装の麗人ぶりだが、この容姿や立場を受け継いで生まれてきたとあれば、自ずと周囲の望む人物像に近づかざるを得ないという側面もあるかもしれない。彼女の所作は明らかにこれまで接してきたネーリアとは違う。さりげない身振りでも無駄がなく機敏だ。オスを極端に忌避するネーリアが、彼女に求め、投影しているイメージがどういったものか、他の星からやって来たヒロミが正確に理解するのは困難であろう。だが、単純にオスや男性的な面のみを彼女が模しているわけでもないように思われた。無論、ヒロミが実際に目にしたネーリアのオスが聖蛹における個体のみであること、そしておそらくは一般的なネーリアの女性にとっても事情は同様であろうことは間違いない。男性的、いや中性的、という言葉すらも、迂闊には口にできない背景があり、またここでは正しい説明とも言えまい。褐色の肌をもつ長身の存在は、少なくともこの城内においてそれだけでも十分に目をひく。特に何かを演じるわけでも要求されたというわけでもなく、その特徴的な身体性、社会性により形成されたある種の役割のようなものを自然と果たしている、というだけなのかもしれない。ヒロミはいつしかリュクリの纏う不思議な魅力について、その適した形容を思案していた。


 「せっかちなところがありますからね、リュクリは、ね、ね」

この場において、唯一その空気の外にいたかのようなキュイオの声が急に聞こえた。

「ハハ!確かに!」

リュクリは応じた。

「そうだ、私がなぜここにいるか、まだ説明していなかったね」


 そう言ってリュクリはキュイオの隣へと並ぶと、彼女の肩に手を置き続けた。

「私たち、親族なんだ。どうだい?そっくりだろう?」


 「……」

驚いた。まったく似ていない。


 「随分と前の世代で姉妹であったことが分かっている、蛹室も隣なんだ」

「ですね、ですね、ハハハ!」

「ハハ!」

そう言って彼女らはお互い笑いあった。研究員の2人もにこやかな微笑みを浮かべ見守っている。ヒロミはどうコメントしたらいいものか、ここではこの2人は似ているという見解が一般的なのか、それとも突っ込みを入れるべきところなのか、判断がつかずにいた。少なくとも彼女らにとっては珍しい光景ではないのだろう。あえて外見で似たところを探すとすれば、内巻き外ハネという違いこそあれ髪は両者とも短い。そしてその屈託のない笑い方は似ていると言えば似ているのかもしれない。だが感情をあまり表に出さないネーリアにおいて、類似性を見出せるほどの笑った表情をヒロミはまだ見たことがない。リュクリのそれは大らかな笑いであるのに対し、キュイオのはまるで幼い子どもがはしゃいでいるようにしか見えなかった。そもそも小柄なキュイオとの身長差はかなりのものだ。以前見たフェイミが顔を顕わにした姿とトワとの間には驚くほどの共通点があると感じたものだが、何か他にネーリア同士にしか分からないような特別似た部分というものがあるのだろうか、それともそっくり、という言葉の示す範疇に認識の差異があるということか……。


 「そ、そうだったんですか、知りませんでした!」

ヒロミは愛想笑いを作りながら、明確な返事をするのを避けた。

「ハハ、まぁそんなわけでね、私はたまにこの6区には寄らせてもらってるんだ。ちゃんとヴォイアースの研究施設なんかもあるんだよ、こんなよく分からない研究室ばかりじゃなくてね」

「よく分からないとは、失礼ですね、ですね!」

「ハハハ!でもこの子ひどいんだ、すぐに他人の体で実験しようとするんだよ」

「えぇ、それは、まぁ、えぇ」

ヒロミはくすりと笑った。

「ヒロミさんも無理強いされたりしてないかい?」

「え、えぇ!大丈夫です」

「まだしてないですよ!ですよ!」

「まだ、って!」

リュクリとヒロミは顔を見合わせ笑った。


 「言葉分かるんだね?勉強されたのかな、聡明でらっしゃる」

「いえいえ、多少ですが」

そう、彼女が冒頭に言った”オスの名前”というのは、この星で支配的なスマーリでの言語を学べばおそらくは最初に覚えねばならない部分だろう。地球の言語でも多くあるように、ネーリの言語にも名詞には性・数・格がある。男性名詞で基本的な変化型は大部分が”o”の音で終わる。女性名詞で最も多い形は”i”の音だ。ネーリ、スマーリやシーロトワミ、アーサナディなどがそれにあたり、人名ではフェイミ、リュクリ、ケーメイにアトゥリ、とこの場でも大勢を占めている。”ヒロミ”という名が偶然にもこのパターンに収まっていたのは、女性として認知されるにあたっておそらく抵抗もなく幸運だったと言えよう。続いて多いのが”a”の音だ。トワやピナなどに見られる。ネーリにも当然ながら複数の言語があるが、多くは地球では屈折語のように呼ばれる単語同士の連結や格変化などの多様な形態をとるタイプのもので、名詞以外にも動詞の変化、そして文法や構造レベルでも複雑で、習得は容易ではない。心韻によるコミュニケーションが盛んなネーリア間では、一語に含まれる意味要素の多いこうした構造の言語が好まれやすい土壌にあったのではないか、とヒロミは推測していた。リュクリの言は、よって”キュイオ”という男性名詞のような名が女性の名前として用いられるのは珍しい、ということを指したものだ。


 「私は誇りを持ってますからね、この名前!誇りを、ね」

「ハハ、勿論分かってるさ、名前も、君の存在も、一族の誇りだよ」

リュクリはヒロミの方を向いて続けた。

「南の方にここよりもっと大きな研究都市があってね、親族も何人か働いてるんだ、我々の中では操士をやってる自分の方がどちらかというと変わっているかな」

彼女たちの会話に耳を傾けていると、ヒロミはふと視線を感じた。強烈な視線だ。


 研究室入り口付近で話し合いを続けていたフェイミが、書類を見せながら話し込んでいる研究員の隣で、背筋をピンと伸ばし、顔だけをこちらに向けている。その表情はフードの下からでもはっきりと分かるほどに、険しく、鋭い、必死の形相だった。明らかにヒロミに対し何かを訴えている、心韻を送る際のものだ。


 (?……このこと……!?)

ヒロミはようやく気付いた。そして視線を、談笑するリュクリとキュイオ、そしてフェイミの間で確認するように往復させた。このことだ。往路にてフェイミが忠告した、「手柄を主張する存在」が、まさに今、早くも現れたということだろう。しかし、彼女が?リュクリがそうした算段でヒロミに近づいてきたのだろうか。キュイオは特に計算などしていないだろう。ここまでの言動からも、彼女にもし何らかの含みがあるのであればたちまちその兆候はスケイルヴェールに出ていてもおかしくはない。そしてリュクリについても、親族に珍しい客人が訪れた、というタイミングで立ち寄る行動に不自然さは感じられなかった。てっきり文官的立場の人間に警戒するように、という意味だと思っていたが、彼女は武官にあたる身分であろう。ただむしろその方が操士という立場を利用し、このように比較的身軽に行動できるのかもしれない。そしてまだ、そうと決まったわけでもないのにあからさまに疑ってかかるのもよくはないだろう。

「――どうだろう、よかったらこの研究棟を案内しようか。ちょうど私はこの間の模擬戦のせいでアーサナディが再生中だからね、もうすぐ上がるからその様子を見に行くのもいい」

話は進行していた。フェイミの送る心韻に気付くのは遅れたが、むやみに警戒を解いてはいけないという注意喚起には十分なった。リュクリにも首席操士の座を狙っているという野心があるのは間違いない。ここは念のため距離をとっておくべきだろう。


 「有難うございます!ただ私も随分と出遅れてしまったので、しばらくはここで研究の遅れを取り戻したいです」

「そうだね、まだ滞在されるんでしょう?またそのうち遊びに来させてもらうから、時間あるときにでもゆっくりと。母国の話もぜひお聞きしたい」

「はい!」

自然な流れで話せたろうか。フェイミを見ると、再び事務手続きの話へと戻っていた。ちらりとヒロミを一瞥したように見えたが、表情はすでにいつもの落ち着きを取り戻したようだ。

「ここは遊び場じゃないですからね、ね!ほんとに、ほんとに」

「ハハハ!はいはい……」

会話は続いていた。出来れば彼女たちがヒロミとの繋がりを自らの功だと主張し、その材料として使うような、そんな類のネーリアでなければいいとヒロミは思った。


 「――?」

そのときヒロミはある音に気付いた。ほぼ同時にリュクリも知覚したようだ。

「?……ヴォイアースだね」

「シーロトワミです」

眉をひそめ窓の外を見たリュクリだったが、ヒロミの返事に驚いたように振り返った。

「よく分かるね」

「はい……、ヴォイアースの羽音はなぜか気付いてしまって」

遅れて警報装置の作動する音が、施設外に鳴り響き始めた。

「何事でしょう」

フェイミもヒロミたちのところへ歩み寄ってきた。

「これは誤報だろうね」

リュクリの答えにヒロミが続けた。

「シーロトワミが近づいてきている音がします」

「トワ様が?」


 羽音とモーターの駆動音はいよいよ大きくなった。振動が伝わり、この施設のかなり近くを飛んでいることが分かる。一同は窓へ駆け寄った。そのまさに目の前に、シーロトワミが降下してきた。


 「ヒロミ!来てくれ!!」

操縦席のキャノピーを開け、トワが叫んだ。

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