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2-5

 たった数年、というネーリアの寿命を改めてヒロミは意識した。


 種の維持、存続のため、個体としての死をあえて恐れさせないような価値観教育の成果なのか。それとも自らにそう言い聞かせることで、集団催眠や自己暗示に近い精神状態を保っているのか。勿論言葉通り、心の底から自らの死を名誉だと思っている者をもいるのかもしれない。が、だが……、いくら名誉あることだとしても、一年もたたずに死を迎え、また次の代にかわっていく……、自分ならば、地球人ならば、どんな大義のため、どんな見返りがあれば、そんな短い人生を受け容れられるだろうか……。


 「世代交代で引き継げる能力というのは確実なものなんですか……?」

ヒロミは何かを確かめるように尋ねた。

「ほぼ確実と言われています。それゆえにどうしても序列というものが生まれてしまうのです」


 ふとヒロミは遠くからもう一機別のヴォイアースの羽音が近づいてくるのを聞いた。

「?さっきフェイミさん、トップ3の操士の戦いと言っていたけれど……」

はるか頭上をアーサナディが一機通過していった。

「はい、序列2位のピナ様、3位のリュクリ様と、トワ様との模擬戦です」

「それって同時に、ってこと……?片方には2人乗ってるんだから、これじゃ1対2じゃないって言おうと思ったのに……1対4になるの……?」


 「それくらい主席操士の力というのは圧倒的なのです。常に自分の座を狙われているというプレッシャーとも戦わなければなりません。覆しがたい序列だからこそ、それを覆したいという周囲の思いも強くなっているのだと思います」

ただでさえ短い寿命を、模擬戦とはいえ不利な状況での戦いを強いられることでさらに削ることにはならないのだろうか……、単なる興味から足を運んだヒロミだったが、いつしか眉をしかめ、食い入るようにモニターを見つめていた。


 「お前たちの意地の張り合いに巻き込むのはやめてほしいよ……」

突如流れたその低めの声色の心韻に、通路上に集まっていた観衆からは「キャー!」と甲高い歓声が上がった。モニターに映し出された声の主は、序列3位と言われた操士リュクリだ。肌はやや褐色で端正な顔立ちに、髪は外ハネのショートボブという、実に快活な印象の女性だ。彼女も後部座席にやはり補佐役の副操士を一人乗せている。


 「意地だなんて笑わせる。私はいつも通り戦うだけ。お前たちこそ仲良く頑張りなさい」

トワの軽いいなしにリュクリが応じた。

「ピナと仲良くするつもりなんて毛頭ないさ」

「ちょ……!」

「ただアンタのことがもっと憎たらしいってだけさ、トワ」


 3名のやり取りの中でもリュクリの声が届くたびに、悲鳴にも似た観客たちのはしゃぐ声が聞こえる。ここでは一番人気のようだ。ヒロミには共感する余地はなかったが、ここへ来てネーリアの怒り以外のはっきりした感情表現を見ていなかっただけに、新鮮で、親近感を覚える光景にも思えた。


 「高位の者たちの会話にしては稚拙なやり取りに思われるかもしれませんが……」

フェイミは言いにくそうに口を開いた。

「我々が隠すべきとされている髪や体のラインを、彼女らは人目に晒しています。それは彼女らに与えられた自由であると同時に、卑近な感情や気分に流されず、自らを律することができる存在だということの証明でもあるのです。そういった者同士が、互いにいかに動揺を誘うか、どこまで心を乱すことができるか、剣を交える前の肩慣らしのような意味合いもあるのだと思います」

盛り上げるための筋書きなのかとも思ったが、少なくともヒロミの目には、彼女たちが普段から仲の良い間柄のようにはまるで見えなかった。同時に、言葉の荒さとは裏腹に彼女らの表情には確かに大きな変化はなく、その髪色、スケイルヴェールの輝きにも寸分の乱れすらなかった。


 3機のヴォイアースが空中で静止しつつ対峙するなか、モニターは観覧席内で立ち上がり不思議な節のついた詞を読む者を映し出した。フェイミの言った演習開始の合図のようだ。詞の内容は多少言語を学んだヒロミでもまったく意味のとれないものだった。

「古い慣用表現ですね。韻を踏むために現在では使われない格変化で揃えています。ラハエミーの裾をはらい、剣を抜け、というような意味のことを言っています。前半部は”剣”にかかる枕詞のようなもので――」


 丁寧にフェイミが説明している間に、開戦の詞は長い語尾が続くフレーズにさしかかった。一瞬空気が震え、周囲の者全員に向けて心韻が放たれたような感覚をヒロミは覚えた。同時に観覧席の周囲からはスケイルヴェールの塊と思しき物体が数発打ち上げられ、それらが花火のように勢いよく弾け散った。真昼の空間がさらに眩しく照らされる。操士たちは各々、「出撃!」、「参る!」という意味の鬨の声をあげ、ヴォイアースは一層高らかなモーター音を響かせた。いよいよ演習開始のようだ。ヒロミの周囲からは沸き立つように拍手や歓声が起こり、ヒロミもつられて軽く手を叩いた。


 フェイミは引き続き、装備やルールの説明を続けていた。詳しい内容は頭に入ってこなかったが、ヒロミの想像していた以上にヴォイアース同士の戦闘スピードは速く、フェイミの解説がなければ何が起こっているかすらも把握するのは難しかっただろう。ただ、空中に虹色の粒子で軌跡を描きながら戦う光景は、ヒロミの目には大変に魅力的で美しいものに映った。


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