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Please!!  作者: 友紀
29/31

act29

 少しぐらいじっくり心の整理をつける時間をくれたっていいんじゃないですか。




   act29.一日目は女同士で(前)




 文化祭は土日の二日間をかけて行われる。一日目は校内のみで、二日目は一般開放する。ちなみに各クラスの出し物は二日目に学生や教師、それから外部から来たお客さんの投票によって順位をつけられ、上位になると商品が出るらしい。それを知らされてから一年三組、四組連合の委員長たちは目指せ一位! と言って、がぜん張り切っていた。もちろん、クラスメイトも、あたしも。

 開会式は案外さらりと終わって、それからあたしたちは大急ぎで教室に戻ってお化け屋敷の準備を再開した。もちろん昨日までのうちにできる準備は済ませた。大道具や小道具の準備に、教室内の改装……よく間に合ったと思う。


 篠田先輩の前から逃げたあの放課後から、あたしは彼に一度も会っていない。たまたまだろうけど、学校内で顔を見かけることもなかった。

 図書室での一件からかれこれ一ヶ月近く、ほとんど姿を見ることもなければ話をすることもない。これですごく幸せで気が楽になるのだと思っていた。けれど何か見えないものがあたしの中でつっかえたまま、じわじわ大きさを増してきている。

 あの時、どうして先輩の前から逃げ出してしまったのか自分でもわからない。

 ただ同級生らしい女の人と一緒に歩いていただけで、あの二人が付き合ってるかどうかなんてわからないのに、それを確かめようともせず、ひたすら二人の前からいなくなりたいと思った。あたし以外の誰かと仲良さそうにしている先輩を見ていたくなかった。

「あれ?」

 どうして見たくなかったのだろう。

 あたしは先輩のことが嫌いで、顔を見たくないし声も聞きたくないし、今後一切関わり合いになりたくなくて、もし彼があたし以外の女の人に目を向けてくれるならこれ以上嬉しいことはないのに。何をそんなにショックを受けることがあったのだろう。

 小道具を運び込んでいた手が、止まった。

「葛西さん、それ早くこっちにちょうだい」

「ごめんごめん! はい、これ」

 クラスの子に声をかけられて慌てて手に持っていたものを渡す。そうだ、今はクラスの支度をしなければいけない。もうすぐ開始時間になるし、余計なことを考えている余裕なんてない。今は気持ちを切り替えておかなければ。

 そう思っていたのに、その気持ちはあっさり裏切られることになった。

「調子はどう?」

 作業のために手元ばかりを見ていたし、近くを歩き回る人の数もけっこうなものだったから、誰が近づいてきてるとか通り過ぎるとかそんなことをいちいち気に掛けていなかったのだ。だから、あたしがその声の主に気付いたのは彼がすぐ手前で立ち止まって声を掛けてきた後だった。

 たまたま見回りか何かで近くを通りかかっただけだったのか、それともわざわざ一年生の教室まで出向いてきたのかわからないけれど、あたしが顔を上げると篠田先輩はやたらニコニコして佇んでいた。なんでだ。しばらく会わなかったと思ったら(逃げ出したのはあたしだけど)なんで今このタイミングで姿を見せるんだ。せめて文化祭の今日までぐらいは、余計なことは考えず心穏やかに過ごしたいと思うのはいけないことなのか。

 だから、先輩を見上げるあたしの目つきが剣呑なものになっていても仕方ないし許して欲しい。ついでに半径一メートル以内の近さだったから思わず一歩後に下がったのも、気づかなかったことにして欲しい。

「どうって、別に。普通です」

「そう? 何か考え込んでたみたいだけど、悩み事でもあるんじゃないの? 良かったらあとで聞くよ」

 なんで考え事をしてたのを知ってるの! あとどさくさに紛れて自然に距離を詰めてくるのもやめてください。いくら周りがざわついてるからって、一メートル先の声が聞こえないほどではないのだし。圧迫感に耐えかねて、こっそり拳を握ってさりげなくまた一歩下がった。

「必要ないです」

「いやいやそんな、遠慮しないで。俺も昨日までは忙しかったけど、今日はわりと暇なんだ。係の時間いつ? 朝一番? ならそれが終わる頃にまた迎えに来るからさ、他のクラスとか見て回りながら少し話そうよ」

「ちょっ、なんでそこであたしの当番時間教えちゃうかな!?」

 タイミングよく側に歩いてきたクラスメイトはあっさりあたしの担当の時間を篠田先輩に教えていた。たぶん彼に罪はない。校内の誰でも顔を知ってるような有名人の三年生に聞かれたことに、知っていることを答えただけだ。それでも、余計なことをばらすなクラスメイト!

「何か不都合なことでも? 係が終わっても忙しいかな」

「いっ、忙しいです! 同じ時間に当番する友達と一緒に回るって約束してるし!」

 これは本当だ。悠美だけではなく、大西くんも一緒だけど。

 大西くんは当然、悠美と二人で文化祭を見て回るつもりだったようだ。でも悠美が「いきなり二人だと恥ずかしいし、緊張しちゃって何を話せばいいのかわからない」と言ってあたしに泣きついてきたのだ。実際に半泣きだった。顔を真っ赤にして涙目ですがりついてくる悠美は、同性のあたしもちょっとキュンとくるほど可愛かった。その可愛さと勢いに押されて「いいよ」と言ってしまったけれど、大西くんには申し訳ない気持ちはある。でも目の前に立ってる怖い人と一緒に歩き回るより遥かにマシだから、絶対に二人の邪魔はしないから、どうか一緒に回らせてください。

 だいたい、あたしの気持ちは篠田先輩に対して全然整理がついていない状態なのだ。

 人のことを許可も何もなく抱きしめて好きだとか言っておいて、何食わぬ顔をして別の女の子と親しげに話しながら歩いているし、それを見たあたしがその場から走り去ったら追いかけてきたみたいだけど結局逃げ切っちゃったから、あたしはあの一件についての真相を知らないままモヤモヤしている。先輩のことなんか好きでもなんでもないし、顔を見れば気持ちがざわついて不愉快になるし、こうして話をすれば一つも思い通りになったことがなくて嫌になる。

 もっと一人で心の中身を消化する時間が欲しい。考えるだけ考えて、何もかもが腑に落ちてからこの人と対峙したい。あたしのペースを無視して散々引っかき回さないで。

「ならずっと一緒に回ろうとは言わない。でも話したいこともあるし、ほんの五分や十分でも時間もらえない? それもだめ?」

 遠まわしに誘いを断ろうとしたのに全部表情に出てしまっていたようで、あたしを見下ろす先輩は少し眉尻を下げた。笑顔は変わらず、けれどそこに「こいつ素直だな」と言いたげな色が加わったように見える。思い切った嘘はつけない正直者で悪かったな。

「だめです」

「そうか、じゃあ仕方ない。また別の時にするよ。準備で忙しいところごめんね」

 あんまり必死だったあたしに何か感じるものがあったのか、先輩は肩をすくめてやれやれのポーズを見せるとあっさり背中を向けて去っていった。文化祭開始時間直前ということであっちにこっちに動き回る生徒に紛れて、背筋の伸びた後ろ姿が見えなくなるのはあっという間だった。

 た、助かった。

「依ちゃん、篠田先輩に誘われたなら一緒に行くって言えばよかったのに」

「わっ! 悠美ちゃんいたの!?」

 ほっと脱力しかかってふと顔を逸らすと、すぐ横に悠美が小首を傾げて不思議そうにあたしを見ていた。

「でも悠美ちゃん、あたしがいなくなると大西くんと二人きりになるよ。昨日あんなに『二人きりだと緊張しちゃう!』って言ってたのは誰なの」

「そ、それは、頑張るから! あたしの都合で依ちゃんにお願いしたことで依ちゃんが自由にできなくなるのは嫌だし、そんなに優先度高くないから!」

 周囲に聞こえないように顔を近づけてヒソヒソ話す。友達のプライバシーは守らなければ。

 悠美はあたしが篠田先輩と行動すると自分が大西くんと二人になってしまうことが頭からすっかり抜け落ちてしまっていたようだった。一瞬で白い頬を赤く染めて、ファイティングポーズで意気込むが、全然迫力がなかった。この子は何をしても女の子らしくて可愛い。

「頑張るって言ってるところ悪いけど、あたしも悠美ちゃんたちと一緒に回らせてもらうからね。せっかく最近あの顔を見なくなったと思ってたのに、わざわざ好きでもない、仲良くもない人と一緒に歩き回りたくない」

「……依ちゃんがいいなら、あたしは助かるけど。でも本当に先輩と一緒じゃなくていいんだね?」

「いいに決まってるじゃん! 悠美ちゃんたちといたほうが何百倍も楽しいもん」

 文化祭スタートのチャイムが鳴るまであとわずか。

 あたしたちは一旦話を切り上げて、教室内外の総仕上げに再び加わった。


 文化祭一日目の今日は一般開放せず、校内のみで行う。二日目の一般開放に向けて、実地の予行練習のようなものだ。明日に比べれば参加人数も少ないし、内輪だけで小規模に楽しむだけのはずなのに、パンフレットを片手に廊下を歩き回る人の数はけっこう多いな、と思った。

 あたしの今日の仕事は、受付だ。お化け屋敷に入る人へのチケット販売と人数の集計、というのが主な作業で、二人一組でやっている。けれどこれが意外というか、忙しかった。二クラス合同での参加はそれなりに珍しいらしく、実際にお化け屋敷に入らなくてもちらちら様子を見に来る人がたくさんいた。もちろん興味をひかれて入っていく人もその倍ぐらいいて、中からは定期的に悲鳴やら驚きの声やらが聞こえてきて内心ガッツポーズものだった。でも、何よりも、入り口付近で客引きとしてウロウロしている二人の委員長たちの姿が一番目を引いている。

 話し合いによって、あたしたちのお化け屋敷は和風ではなく洋風のものにした。もちろん教室の窓には目張りをして暗くしてあるけれど、出てくるお化けたちはおどろおどろしく怖いというより突然バッと出てきて驚かすようなもので、彼らの格好も馬の被り物をしていたり、魔女のような人がいたりと、なんだかハロウィンの仮装みたいだ。

 そんなコンセプトのお化け屋敷を企画した両委員長たちは、今、まさに吸血鬼と包帯男というど真ん中のコスプレをしているもので、なのに陽気な声と動きで「お化け屋敷入っていきませんかー」なんて明るく呼びかけているものだから……ミスマッチだ。けれど二人ともなかなか似合っているので、思っている以上の違和感もなく。

 ちなみに悠美の想い人である大西くんは包帯男だ。ほとんど顔が見えない格好にも関わらず、人の途切れたときなんかに時折こっそりアイコンタクトしては幸せそうに頬を染めているのだからもう、恋は盲目としか言いようがない。隣で見ているあたしとしては、微笑ましい光景にほんのり癒されたりもしている。

 そうやって過ごしていると、当番の二時間はあっという間だった。

 あと数分で役目は終わり、次の時間の当番の子達も受付前に到着したところで、その人はやってきた。

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