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Please!!  作者: 友紀
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19/31

act19

 どうしてわざわざ動きにくい浴衣を着て、好きでもなんでもない人間と二人、人ごみの中を歩かなきゃいけないのさ。




   act19.夏の終わりは




 舞と仲直りできて、それからはきつい練習も夏合宿もルンルンこなしてこられた。一年生には女子はあたしと舞の二人しかいなかったから、本当なら気安く話をしたり遊んだりできるはずの彼女とずっと険悪になっていたのは本当に辛かったんだと改めて実感した。

 友達は舞だけではないし、部内で同じ一年生というなら男子が何人かいるし、彼らとだって同期として友達として仲良くやってきていたけれど、やっぱり同性の友達と仲良くできるならばそのほうがずっと気楽だし、話題にも困らない。恋愛には関心が薄いあたしでも、誰にでも何でも話せるわけではないし、女同士だから話したい話題だって当然あるわけで。

 あれから、舞には篠田先輩に関する愚痴をめいっぱい聞いてもらった。

 内容によっては「惚気てるの?」と呆れ混じりに言われることもあったけれど、とんでもない。あれが惚気だというなら、好きな人と付き合っていたとしてもあれだけ嫌な気持ちになるものなら、あたしは一生恋愛とは無縁でもいい。どんなにかっこいい人気者が相手でも、何をして、どこへ行くにしても、肝心のあたしの気持ちが伴っていなければ嬉しくも楽しくもない。ただ苦痛なだけだ。


 そう。苦痛だ。

 あたしは今、篠田先輩に連れられて、花火大会に来ている。


「何か嫌な事でもあった?」

「今、先輩と一緒に歩いているのが一番嫌ですが」


 仏頂面なんて今更隠すものでもない。反対に、先輩がニコニコしているのもいつものことだ。はたから見たらさぞ異様な二人組に映るだろうけど、別に誰からどう思われたっていい。あたしは機嫌が悪いんだ。

 そもそも、一週間前、部活が終わった後で突然今日の話をされたのだ。

 花火大会があることは知っていたし、元々、部内の一年生で見に行こうという話をしていた。男子たちはあたしと舞が仲直りしたのを喜んでくれていたし、あたしも嬉しかったし、せっかく部活も休みになるから皆で出かけようと言っていたのだ。毎日学校で会う分(それこそクラスメイトなんかよりずっと長く学校で会っている)外で、そして私服で、一緒に遊ぶ機会なんて意外とないから、楽しみにしていたのだ。

 先輩に「花火大会デートしよう」と、誰にでも聞こえる場所で言われるまでは。

 即座に断ったけど、この人がこれまでにあたしの言い分を聞いてくれたことはあんまりない。最終的には「どうしても来ないなら葛西さんの家を調べて出てくるまで待ってる」「こいつらと出かけても先輩権限をもって引き剥がす」と、それなんてストーカー?なんてパワハラ?な発言までされては……一緒にいた一年生一同は黙ってあたしを差し出すしかなかったようだ。ちなみに舞からは後日「完全に目が覚めた、篠田先輩があんな人だったなんて」「依子の苦労を垣間見た」と心からの同情をもらった。

 しぶしぶ了承すると、ぱっと笑顔になってあれこれ注文をつけてくるのだ。やれ浴衣を着て来いだの、家まで迎えに行くから住所を教えろだの(これは全力で断って駅前で待ち合わせることになった)いちいちうるさい。


「やっぱり女の子は浴衣を着ると雰囲気も変わるね。まとめ髪も色っぽいし。似合ってる」

「これは花火大会に行くって言ったら母親に無理やり着付けられただけで。先輩の言う事を聞いたんじゃないので誤解のないように。こんな動きにくい服、着たくないですよ」

 これは本当だ。最初は先輩の言うことなんて無視して、動きやすい洋服で来るつもりだったのだ。それを聞いた母親から「花火大会の日ぐらい女の子らしい格好をしなさい」と有無を言わさず浴衣に着替えさせられた。べったべたな朝顔柄に、からし色の帯。いつの間に用意していたのだか、下駄と巾着まで揃っていた。いやね、これでもあたしだって女なので、夏らしい綺麗な柄の浴衣を見たら普通に綺麗だなと思うし、それらを涼しげに着こなしている女の人を見たらかっこいいと思う。しかし自分が着るとなったら別だ。こんなにぐるぐる巻きつけられたら動きにくいし、下駄も下駄で歩きにくいし、鼻緒が指の間で主張して痛いし。おしゃれはやせ我慢なんて誰が最初に言い出したんだ本当に迷惑、やめていただきたい。

 人ごみの中を離れないように、という名目で手を繋がれていることはできる限り意識しないで、さっき買ったばかりのりんご飴をがり、と齧る。口いっぱいにぱりぱりした食感と甘さが広がる。

「理由がなんであれ、俺は葛西さんの浴衣姿が見られたから満足。これで受験勉強頑張れるな」

 え、何これ本気で言ってるの?

 なんで満面の笑みを浮かべやがりますか?

 冗談でしょう。だってあたしとあなたは本当のカップルなんかじゃない。あたしは、あなたの都合で女避けとして側に置かれてるだけで、対等とは程遠い関係の偽者の恋人でしかないはずだ。どうせまた「夏休み中にデートしてた」という事実を作りたいだけで、あたしと一緒に歩いてるだけのくせに、どうしてこの人は心にもないことをぽんぽん言えるんだろう。こういうところが嫌いなのだと言っても、きっと理解してもらえないんだろうけど。

「思ってもいないことは無理して言わなくていいですよ」

「なんで? 本当に可愛いと思ったし、俺は、葛西さんの浴衣姿を見られて嬉しいよ」

 完璧な笑顔と完璧な甘い声に、ぞわぁ、と鳥肌が立った。浴衣の袖が手首まであってよかった。この気持ち悪い腕のぶつぶつをさらけ出さずにすむから。歯の浮くような台詞を重ねられるたび、嫌悪感が増してゆく気がする。

「そういうことは、本当に好きな女の子に言ってあげてください。先輩に言われたら喜ぶ人はいっぱいいるでしょう?」

「"彼氏"が"彼女"に可愛いって言って何がおかしい? ごく自然な会話だと思うけど」

「あたしたちが本当の彼氏彼女だったら、自然かもしれないですけど! 所詮付き合ってる"ふり"をしてるだけの人にそんなこと言われても嬉しくないんですよ」

「……そう」

 ああ、なんであたし、こんな人と手を繋いで歩いてるんだろう。

 人ごみの中ではぐれるといけないから、なんて、手を繋ぎたいけど言い出せない恋人たちの口実でしかないのに。あたしたちは違うのに。恋人のように振舞えといわれて、振舞っているけれど、本当はお互いに好きでもなんでもないのに、どうして手を繋がなきゃいけない?

 人ごみの中にいる同じ高校の人たちに、篠田と葛西カップルも花火を見に来ていた、二人は夏休みでも変わらず仲良さそうに手を繋いで歩いていた、と思わせるため? そんな風に振舞って、見せ付けて、どんな得があるというのか、あたしにはわからない。むしろ自由な時間が減って更に見たくもない顔を見なければいけない分、損しかしていない。りんご飴一つでは到底、足りるわけがない。

 屋台の明かりと、人ごみのざわめき、笑い声。楽しそうに互いを見て笑顔になる人々。

 不機嫌さをむき出しにしているあたしは、ここには酷く場違いに思えてくる。かといって、一緒にいて楽しくも嬉しくもない相手に意味もなく笑顔を向けられるほど、あたしの心は広くない。もっと大人になったら、腹立ちを押し隠して割り切れるようになるのかな。


 あたしはどうしてこんな人と一緒にこんな場所を歩いているんだろう。

 良いことが何もないのはわかってたのに、嫌な気持ちになるだけなのは、わかってたのに。


「もうすぐ花火始まるし、そろそろ土手に行っておこうか。飲み物も買って」

 黙りこんで俯いているあたしをどう思ったのか、さっきまでと変わらず上機嫌な様子で篠田先輩はあたしの手を引く。屋台が並んでいる場所から、花火を見るのに適した川の土手はすぐ側で、すでに場所を取って腰を下ろしている人がたくさんいた。

 この人だってあたしのことを大して気に入っていないくせに、ほとんど力ずくで付き合っている振りをさせているだけの後輩なんかと一緒にいるだけなのに、どうして笑顔を絶やさずにいられるんだろう。何がそんなに楽しいのか全然わからない。

 開いている場所に、先輩が鞄の中から出したレジャーシートを手早く敷く。そんなものを用意していたから、わざわざ鞄を持ち歩いていたのか。感心半分、呆れ半分の眼差しを向けると「せっかくの浴衣を汚しちゃうのは勿体ないからね」と、これまた爽やかな笑顔を見せられた。

「助かりました。下駄のせいで足が痛かったので」

 少しの時間でも下駄を脱いで休めるのはありがたい。これまで男子も女子もあまり区別なく過ごしていたので、こうしてあからさまに女の子扱いをされるのは新鮮で、でもどんな態度を取るのが正解なのかわからなくてまごつく。あたしが腰を下ろすのを待って隣に座った先輩の横顔はうっすら笑っていたようだから、きっと機嫌を損ねてはいないようだけれど。

 ……これから、機嫌を損ねる話をするつもりなんだけど。

「聞いてもいいですか?」

「何を?」

 薄闇の中、花火の打ち上げをまだかまだかと待つ人々のざわめきには、これからする話は不似合いだ。でもどうしても今、あたしの思うところをもう一度この人に伝えておきたくなった。

「いい加減疲れてきませんか? 付き合ってるって嘘ついて、言葉だけじゃ足りないから実際にあたしと過ごす時間を増やして。先輩があたしを『恋人役』にしたのは、あたしが強そうだったからっていうだけでしょう? 好意を持ってない相手とずっと一緒にいて、嫌になってくることはないんですか?」

「いや全然。葛西さんと一緒にいるのは楽しいよ」

 即答されたことに驚いて、もっとたくさん用意していたはずの言葉が飛んでゆく。

 どうして楽しいの? あたしはこの人と一緒にいて、ほとんど笑顔なんて浮かべたことがないのに。むすっとした、たいして可愛いともいえない顔を眺めていて何が楽しいというのか。会話だって、まともに続けることは少ないのに。あたしならそんな奴と一緒にいるのはお断りだ。

「楽しいわけないでしょう。それに、あたし、最低限の義務は果たしましたよね。今日ここに二人で来たのは、花火大会を二人で見に来たって証拠を作りたかったからでしょう? 貴重な夏休み、わざわざ勉強の時間を削ってまで……」

 どぉん、という音と同時に色とりどりの光が辺りを包む。花火の打ち上げが始まった。

 横を向いていたから音を聞くまで気付かず、思っていた以上の音の大きさに驚いた。

「……何か言いたいことがいくつもあるみたいだけど、とりあえず今は花火を見ない?」

 ふ、と力の抜けたように目元を緩ませて、篠田先輩はあたしの頭をぽんぽんと撫でた。きっちり結い上げてある髪型を崩さないように気を遣っているのが、指先の感触から伝わってきた。手元が小さく揺れて、飲み物の入った紙コップから雫が一つ、膝にぽたりと落ちた。

 でも駄目だ。ここでこの人の言葉に流されたらいつもと同じになってしまう。

「花火に罪はないですけど、少しも好意を持ってない人と一緒に見ても全然楽しめません。あたしたち、露店のあったさっきの通りをかなりゆっくり歩いてたはずだから、二人で一緒にここに来てたっていう事実なら十分、作れたと思ってます」

「うん」

 こちらを見ず、次々と打ち上げられる花火をじっと見上げたまま、先輩は相槌を打った。赤に青に緑にと色とりどりの光を浴びている彼の表情には動きがなくて、あたしの話をどこまで聞いてくれているのかいないのか。

「……はっきり言うと、あたし、先輩のこと嫌いなんだと思います。あたしの都合なんて構わず、散々振り回されて、女の人たちからは間接的に嫌な思いもさせられました。泣き寝入りしないから傷ついてないなんてこと、ありません。数を重ねられたって、慣れることもありません」

「ごめんね。嫌な思いをさせてるんのは知ってたけど……これまで葛西さんが何も言わないから、甘えてた自覚はあるよ」

 ようやくあたしのほうを見た篠田先輩の顔は、今度は逆光になって表情がわからない。

 手の中のジュースを一気に飲み干すと、あたしも先輩に再び向き直った。

「もう、そろそろ限界です。すみませんけど今日はこれで帰ります」

 喉の奥がきゅっと締まって、うまく声を出せなくて苦しい。今あたしはどんな顔をしているのかな。

 言うだけ言って手早く立ち上がり、シートの脇に揃えて置いておいた下駄に足をつっかける。本当に限界だった。この場所から一分一秒でも早く離れたい。

「待って!」

 さっさと行ってしまうつもりだったのに、右手を掴まれてしまった。

 シートの上で膝をついて必死の形相でいる先輩を、見下ろす。

 こうやって追いすがられたら案外悪い気はしないんじゃないかと思っていたけれど、考えを改めた方が良さそうだ。もやもや、もやもや、心の中に息苦しい不透明なものが広がってゆく。

「……先輩。これ以上あたしに、あなたのことを嫌いにならせないでください」

 歯を食いしばってようやくそれだけ搾り出す。

「そうだよな……ごめん」

 痛いぐらいに握られていた手が、静かに解かれた。


 まっすぐに家に帰る道すがら、それから家に着いて汗を流して布団に入るまで、どこを歩いて誰とどんな言葉を交わしたのかもよく覚えていない。晩ご飯を食べたのかどうかもわからない。

 ただ覚えているのは、別れる前に握りしめられた先輩の手の感触と、ごめん、と言った時の先輩の痛みをこらえるような顔と、何か冷たくて重たいものがお腹の辺りからせり上がってくるような感覚と。

 ずっと思っていたこと、伝えたかったことを伝えて、さぞ気持ちが晴れるだろうと思っていたのに、現実はまったくの逆で、これ以上どうすればいいのかわからない。

 散々振り回されて好きなようにされるのが嫌で嫌で仕方なかったのに、あんな風に傷ついた顔をされると、あたしばかりが悪者にされているようで、後味が悪い。先に我慢を強いたのは向こうだから、あたしは罪悪感なんて感じなくていいはずなのに。

「きつ……」

 熱帯夜で汗ばむ体をタオルケットの下でぎゅっと丸めて目を閉じていても、眠気は一向に襲ってこない。

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