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Please!!  作者: 友紀
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18/31

act18

 休み時間にはいつも誰かがいて、それなりに賑わっている中庭だけど、今はあたしたちだけ。

 手にしている缶ジュースはすぐに汗をかいて、あたしの手を伝って雫が一つ、落ちた。




   act18.友達は大切に




 部活が終わってへとへとになって、汗でべとつく練習着から制服に袖を通した。部室やその近くには自由に使えるシャワーがないから、早く家に帰って体中の汗を流したい。

 それにしても今日は篠田先輩がいなかったから、いつもより練習にも身が入った。ふと顔を上げるとかならず目が合う。休憩時間には毎回毎回毎回、つきまとう。あからさまに無視してるのにお構いなしの様子で、次から次へとあれこれどうでもいい話を持ちかけてきて、返事をしないと「どう思う?」「葛西さんはこういう話好きだと思ったんだけど」としつこくリアクションを求める。鬱陶しいなんてものじゃないのだ。

 着替えをまとめていると、鞄の中で携帯のランプが点滅しているのが見えた。

 自慢じゃないけどあたしはあんまり携帯を使わない。必要な用事がないと電話もメールもしないし、ストラップも一つもついていない。同じクラスの悠美はこの携帯を見るたびに「味気ないなぁ」と溜息をついている。

 そんな携帯を開いてみると、新着メールが一通。差出人は、舞だった。

 これ以上ないぐらいシンプルな文面で「練習が終わったら中庭で待ってる」とあった。


 舞とはもう何ヶ月も会話らしい会話をしていない。

 篠田先輩を好きになった舞を応援すると言っておいて、結果として裏切った形になるのだから仕方ないとは思う。ただ、あたしは篠田先輩の好きじゃない。あの人の勝手な理屈で勝手に彼女の振りをさせられているだけだ。だから付き合っているなんて一度も言っていないし、ずっと否定し続けてきた。何度も説明してわかってもらおうとしたが、聞く耳を持ってくれなかった。

 辺りを見回してみると、舞はもう部室の中にはいなかった。待っているという言葉通り、きっと急いで着替えてもう中庭にいるのかもしれない。

 中庭にはベンチがいくつか並んでいて、授業のある時期には休み時間ごとに人があつまってわいわい賑やかにやっている。けど、今は夏休み。運動部も軒並み練習を終えて下校してる時間だから、当たり前だけど、人の気配はほとんどない。

 端っこのベンチに腰掛けている舞の姿が、空間の広さもあいまって、ひどく寂しく見えた。

 今になって、何の話だろう。最後に話をしたときの、憎悪に満ちた表情と声がまだ忘れられない。

「……来てくれたんだ」

 一歩、一歩、近づくと、舞は俯いていた顔を上げた。

 その声は思っていたよりずっと穏やかな声をしていた。日に焼けた頬が、西日を受けて赤く染まる。

「メールくれたから。それで、何の話? ……って聞きたいけど、その前に、何か飲み物買ってこない? 喉渇いちゃって」

「そうだね」

 中庭の端の方に自動販売機があるので、それぞれスポーツドリンクを買った。真夏の日差しを浴びてほてっている体はすぐに吸収できる水分を求めている。水筒も持ってきているけれど、中身はもうほとんど空になっている。何より、なんでもいいから冷たいものを飲みたかった。

 元いたベンチに並んで座って、まずは缶の中身を一気に半分ほど飲んだ。喉から胃へと冷たいものが広がる感覚にひとまず満足して、舞に向き直った。

 あたしと同じようにプルタブのあいた缶を両手で包むようにして、舞はその手元をじっと見ていた。

「あのさ……」

「うん」

 ただ缶を見つめるにしては強い視線だった。

 震える声で何かを言おうとして、言葉が続かない。わざわざ練習後にこんな場所まで呼び出すぐらいだから、きっと周りに人がいては話しにくい話題なのだろう。たとえば、篠田先輩とあたしの仲だとか。彼への想いが募るあまりの恨み言だとか。

 見当がつかないわけじゃないけど、いまいち絞りきれないので、舞が続きを話してくれるまで待つしかない。

 泣きそうになるのをなんとかこらえている、彼女の横顔をただ黙って見つめる。そんな顔をしなくても、あたしと篠田先輩は本当に付き合っているわけじゃないのに。あたしは、あの人のことなんて爪の先ほども好きじゃないのに。何と言えば信じてもらえるんだろう。


 恋愛って本当にくだらないと思う。

 どうしてたった一人の人間をそれほど強い気持ちで想うことができて、どうしてたった一人の人間のことで自分のこと以上に一喜一憂できて、それだけで泣いたり笑ったり怒ったりできるんだろう。胸がぎゅっと締め付けられるような切ない気持ち、なんて言うけど、それがどんな気持ちなのか、あたしにはわからない。

 けれど、こうして目の前で苦しんでいる人がいて、その原因があたしだというなら、少しでもその苦しみを取り除くことができればいいのにと思う。

「この間の週末、K駅の近くにある雑貨屋さんにいたよね」

「雑貨屋さん?」

「篠田先輩と一緒に」

 舞の手に持っていた缶が、めき、と音を立てた。強く握りしめすぎてアルミの一部分が凹んでいる。

「あぁ……いたね」

 ほんの数日前のことなのにすっかり忘れていた。

 篠田先輩に映画を見に連れて行かれたんだっけ。映画そのものは面白かったし満足したけれど、一緒にいたのがあの人でなければもっとよかったのに、と今更になって悔やんでしまう。そして、映画だけで解散するのかと思ったらなぜだか別の女の人に渡すプレゼントを選ぶために雑貨屋さんにつき合わされた。見るからにあんなお店に出入りしなそうなあたしを連れて行ったところで参考になんかならないだろうに、彼の考えが本当にわからない。

「お店の中で二人を見てたんだけど……依子、あんまり楽しそうじゃなかった気がして」 

「そりゃ、無理やり連れて行かれたら楽しくはないよ」

「依子にとっては無理やりかもしれないけど、それでも先輩に声をかけられて一緒に出かけてるわけでしょ? ずるいよ、依子。あたしが先輩のこと好きなの知ってて、いつの間にか急接近して、二人だけで出かけるほど仲良くなってさ」

 そう言われてしまうと何とも返事がしにくい。

 鋭い視線で睨みつけてくる舞の顔も見慣れてしまった。誰だって友達のこんな顔を見慣れたいと思わない。さらにこの子はすっきり整った顔立ちをしているから、凄みがある。


「…………」

「……って、前なら言ったと思うんだけどね」

 たっぷり十秒おいた後、舞はふっと表情を解いた。力が抜けたように困った顔を見せる。

 えぇと、どういうこと?

「お店で、ちょっとだけ依子の声が聞こえたんだ。いい加減、手離してくださいって。恥ずかしがってるんじゃなくて、すごく、心底嫌そうな声で」

 そんなことを言った気も、する。

 舞は缶の中身を一口飲んで、続けた。

「その声のほうを振り向いたら、二人がいたんだけど。やっぱり、むかっとしたよ。あれだけ付き合ってないって言ってたくせに、やっぱり付き合ってるんだ、嘘つきって。けどしばらく見てたら、特に二人で使うものを選んでる感じじゃなさそうだし、デート……してるわりには、依子、ずっと真顔だし。あーこれはもしかしたら、依子はずっと嘘なんてついてなかったんじゃないかなって」

 困った顔からだんだん苦笑いに変わってゆく。

 それに対して、あたしの顔は今、たぶん、すごく泣きそうになっている。あたしよりも舞のほうが泣きたいはずなんっだから、お願い、涙は出てこないで。

「言ってたよね、依子。お互いに特別な気持ちはない、付き合ってるふりをさせられてるだけだって。あと、三年生の女の先輩たちがなんとかって」

「うん。篠田先輩のファンの中に、ちょっと過激なグループがいて。その人たちを自力で跳ね返せるような人を『彼女』って言っておけば、少しは大人しくなるかもって。たまたま、あたしがファンの人たちに食って掛かるところ、見てたみたいで。本当に偶然というか、間が悪かったというか」


 今思っても、あれが運命の分かれ目だったのだ。

 見た目だけでもしおらしく大人しく、言うことを聞いているふりをしていれば、篠田先輩に目を付けられてしかも「彼女の振りをしろ」なんて無理難題を突きつけられることもなかったはずだ。こんなときばかりは自分にあと少しでも女らしさが備わっていれば、それか、世渡りがもっと上手ければと思う。

「過激グループって、いつもフェンスの向こうに張りついて陸上部を見てる人たちだよね。最初の頃に一回、絡まれたけど、あのとき依子が助けてくれてからは全然来なくなったな」

「あたしのところには、隙あらばって感じで、一人でいると何かしら絡まれたよ。教室移動のときにすれ違いざまにとか、日常茶飯事だし。そもそも篠田先輩が『彼女できた』って言いふらしてから、どこに行っても誰かに見られてる状態だったけど」

 夏休み前までの時点で、見世物状態にはもう慣れた、というより、周りも落ち着いたのだろう。わざわざ教室まであたしの顔を見に来るような人たちはもういないし、用事が会って違う学年やクラスの教室前を通っても指さされてひそひそ話をされることもなくなった。一体篠田先輩はどれだけ偉いのだと、ひたすらげんなりする毎日だった。

「……あの噂、すごい勢いで広まっていったもんね。篠田先輩本人が言ってたから、すっかり信じちゃった」

「そうみたいだね。舞みたいに、あの人たちに絡まれて酷いこと言われて、泣いた女の子もけっこうな数いるんだって。だから、その矛先があたし一人に向けば、あたしはそんなものに屈しないだろうし、泣かされる女の子はいなくなるっていうのが先輩の言い分」

 結局あの人は、彼女を作ったと言ったことで何人かの女の子を泣かせたかもしれないけれど、少なくともあの過激派グループからの嫌がらせからは彼女たちを守ったことになる。どっちのほうが心の傷が小さく済むのか、わからないけれど。そして、思惑通り、奴らの矛先はほとんど全部あたしに向いている。

「あたし、ずっと依子が羨ましかった。何の努力もしないであの篠田先輩の隣にいられるなんてって。けど違うんだね。隣にいることで、嫌な思いもいっぱいしたんだね」

「うーん、まあ。運が悪かったんだって諦めた」

「ごめんね。ずっと、ちゃんと話を聞こうとしないで感情的になって、酷いこといっぱいした」

 あー、と声を上げ、舞は両手で顔を覆った。

「都合いいなって自分でも思うけど、あたし、依子とは友達でいたい」

 指で隠された目元から一筋、流れてくるものがあった。

「うん、あたしも、舞と前みたいに仲良くしたい」

 本当は握手とかするところで、手を差し出すのはあたしの役目だったのかもしれないけど、それをする勇気は出なかった。握手するということは、舞の涙を見るということで、単純にそれを見たくなかったのかもしれない。


 落ち着いてから二人、並んで駅まで一緒に歩いた。

 とっくに日は沈んで薄暗くなっているのに、アスファルトからはじんわりと熱が上がってくるようで、密度の濃い空気が体にまとわりつく。それほど長くない時間の中で、ぽつりぽつりと交わした言葉の一つ一つは何気ないものばかりだったけれど、舞とこうして話ができることだけで嬉しくて嬉しくて、別れ際にはなぜだか泣きそうになってしまった。

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