act17
なんでこんなことにつき合わされてるんだろう、あたし。
act17.本日は晴天なり(後)
篠田先輩から、お友達についての情報を聞きだした結果。
その人は生徒会時代に一緒だった人で(先輩の同級生だ)わりとクールに見える性格の人らしい。他の女子に比べて大人っぽくて、冷静で、あまり可愛らしいものをゴテゴテ持ち歩くイメージはないと言っていた。地味ではないけれど、どちらかといえばシンプルなものが好きで、篠田先輩とは分野がちがうけれど読書が趣味らしい。
なら栞とか、あとは別に持ち歩くものじゃなくてもいいんじゃないかと言った。
そんなわけで今は栞コーナーに来ているのだが。
「確かにどれも可愛いし、こっちのブックマーカーにするなら予算もちょうどいい感じなんだけど……あいつが使うには可愛すぎるな」
あんまりキラキラしたのを使ってるの見たことなかったし、と呟いてうーんと腕を組んで首をかしげる。
あまり広いとはいえないスペースだが、はっきりした色合いのデザインから優しい雰囲気のものまでいくつもの栞が置いてある。
金属製の薄くて細長い棒のようなものにワンポイントで飾りがついているものもあった。こちらは厳密には栞ではなくブックマーカーと呼ぶらしい。紙やプラスチックの栞よりも丈夫そうだ。上部や下部に動物や花などの小さなモチーフがついているものもあって、かなり大人っぽい雰囲気になるのだが、どうも彼の中にあるイメージとは違うらしい。
「そうですか」
「あ、あれ何だ?」
一列向こうの棚に並べてあるのは小さな置物だろうか。スノードームのようにガラスで覆われていて、上のほうは丸い形になっているけれど、中に入っているのは定番の冬らしい人形や風景ではないようだ。
中に入っているのは地上や海中の風景ではなく、深く落ち着いた色合いの背景に、大小の球体だった。淡い色の球体たちは無地だったり、ストライプやドットなどの柄が入っていたり、よく見てみると意外にカラフルだ。手に取ってひっくり返してみると、雪のかわりにキラキラとラメが降り注ぐ。手のひらサイズの宇宙空間にあたしの目はたちまち釘付けになった。
「綺麗」
「そうだな」
忘れてた。そういえばこの人と一緒に来ていたんだっけ。
ちょっと貸して、と指差されて、あたしは持っていたままだった小さな宇宙を先輩に手渡した。先輩は改めて目の高さでひっくり返したり戻したりしてキラキラが動くのを確認して、小さく和んだように笑みを浮かべた。
「これプレゼントされたら葛西さんならどう思う?」
くるっとあたしに向き直ったときには笑顔は消えてしまっていたけれど。
いつも見る意地悪そうな顔や、明らかに作り笑いとわかる顔ではない柔らかな笑顔を見ることなんて滅多になくて、内心の焦りを表に出さないようにするだけで必死になってしまう。あたしだって鬼じゃない。一緒にいる人がいい表情をしていて悪い気はしない。
「ちょっと嬉しいかも。よくあるスノードームと違ってこういうのあんまり見ないし」
「ならこれに決めた」
「えっ、他の物は見なくていいんですか?」
「うん、いい。そこまで深刻にあれこれ悩むような相手じゃないし。これなら予算的にもちょうどいいし」
でも誕生日を覚えていてプレゼントをあげるような相手なんですね。
なんて言葉を嫌味で投げかけてやろうかと思ったけれど、冗談でも嫉妬しているような台詞を口にする自分があまりにも気持ち悪かったから、やめた。
黙ってしまっている間に、先輩は会計してくる、と言ってレジへ行ってしまった。
手持ち無沙汰になったあたしは店内をぶらぶら見て歩くことにした。ここにある小物たちは本当に可愛くて、自分で使うには気後れしてしまうものばかりだ。カラフルなペン、女の子らしいポップな花柄のポーチ、人気キャラクターのマスコット。嫌いではないけれど、いざ自分で使うのは似合わない気がして、なかなか手を出せない。
同級生たちがこういうのに興味を持ち始めたのは小学校の高学年頃だったか。
クラスの子が一人、可愛らしい色柄の小物を持ち始めると、周りの子達もこぞって真似する。本当に可愛いと思って使う子もいれば、仲間はずれにならないよう必死になる子もいた。当時のあたしはスカートなんて滅多にはかない、運動が好きで得意でいつも外で走り回っていて、女の子らしさとはほとんど無縁だった。
そんなあたしがキラキラカラフルな可愛い小物を持っていても、使っていても、絶対に似合わないと思っていたから、あえて自分からこういう物に近づこうとはしなかった。似合わないと指差されて笑われるのが嫌だったから。
今でも身に着けるものやよく使うものはどちらかといえばシンプルなものが多い。
もちろんこんなお店があるのを知ってはいても、入ったことなんてなかったから、目に入るもの全部が新鮮で変な感じだ。世の女の子たちはこういうお店で可愛いものを手に入れていたのか。もう自分がこんな華やかな場所にいること自体に違和感だ。
先輩はまだ会計が終わらないのだろうか。
プレゼント用に包装してもらうから時間がかかっているのはわかる。でも用事もないのに一人で店内を歩き回るのが辛くなってきた。見ているのは楽しいけれど、そもそもここに居ること自体が似つかわしくないものに思えてきて、いたたまれない。だってあたしに似合うわけがない。
篠田先輩が何を思ってあたしをこの店に連れてきたのかわからない。
きっと女の子なら誰でもこういう物を好きで、当たり前に詳しいと思っているのだろう。
ほとんどの女の子はそうだろうけど、こういうのが決して得意ではない人もいるんだ。
絶対言ってやらないけれど。女の子らしいものにコンプレックスを持ってるなんて知られたくないから、絶対に先輩には教えてやらないけれど。どんなことでもあの人に弱みなんて見せちゃいけない。
早く帰りたい。
「ここにいたのか。あんまりフラフラ動くなよ」
肩を叩かれて飛び上がりそうになった。あぁ、そうか。いつの間にか元いた場所からかなり離れてしまっていたから、もしかして探させてしまっただろうか。呆れた顔であたしを見下ろしているうちは謝ってやらない。
好意のかけらも持ってない相手に見せる愛想なんて持ち合わせてない。
「終わったならもう帰ってもいいですか?」
「いいけど、葛西さんは何も買わないんだ?」
「別に。特に欲しいものなかったですから」
これは本当だ。
元々ここに用事があったのはあたしじゃないし、確かにここのお店に置いてあるものは可愛いけれど、可愛いから、あたしが身につけたり持ち歩いたりするのは似合わないものばかりだ。今更になって女の子らしいキラキラしたものに囲まれたいとは思わない。
外に出ると相変わらず蒸し暑くて、生ぬるい空気がねっとりと体を包む。
運動着を着てグラウンドにいるときにはそれほど気にならない熱気なのに、こうして街中を歩いているとただただ不快なものになるから不思議だ。じんわり出てくる汗もべたついていて気持ち悪い。思いっきり走って汗を流すのは好きなのに。
「そういえば葛西さん、何色が好き?」
「え? またどうしていきなり」
「聞いたことなかったから。部活のときに使ってるタオルなんかは緑とか水色系が多いみたいだけど」
細かいところまでよく見てるな、この人。
あたしのことなんて本当に単なる彼女「役」としてしか考えてないと思ってたから、わざわざ持ち物の色とかまで覚えられているのは意外だった。
「確かに青とか緑とか好きですけど」
「イメージどおりだ。葛西さんはそういうすっきりした色が似合うね」
「そうですか」
もうすぐ駅だ。
もうすぐ、この人と別れられる。
「今日は楽しかった。観たかった映画も観られて、葛西さんと話ができて、プレゼントも買えて」
「あたしも映画は楽しかったです」
「映画だけ?」
「先輩と一緒にいて愉快だったことなんてないです」
改札の前についた。
あとは一言、さよならを言えばしばらくこの顔を見なくて済む。……また気まぐれに部活に顔を出すことがあるかもしれないけど、二人きりになる時間はほとんどないからいい。
「社交辞令でもそこは楽しかったって言うところだろ、そこは。あと、これ」
眉をひそめた篠田先輩が鞄の中から何かを取り出した。
さっきまでいた雑貨屋のロゴが入った小さな袋を差し出されて、反射的に受け取ってしまう。
「何ですかこれ」
「今日付き合ってくれたお礼。気に入ったら使って。じゃ、また部活のときに」
言うだけ言うと先輩はさっさと改札をくぐって行ってしまった。手を振る笑顔は実に爽やかだ。まさか物をもらうと思わなかったから驚いているうちに先輩の姿は視界から消えてしまっていた。
何なんだろう、あの人。
好きでもないはずの相手を無理やりデートだと言って誘い出して、終始わりとご機嫌で映画を観て一緒にご飯なんて食べてみたりして、かと思えば女の人へのプレゼント選ぶのに付き合えと言って。あたしが先輩を好きじゃないのを知っているくせに、あたしの機嫌がよくないのを知っているくせに、意に介すことなく最後までニコニコ笑っていて。
そんなことして、本当に楽しかったのかな。
家に帰ると、日が落ちて涼しくなるのを待って、あたしは近所を走りに出た。
疲れていたけれど体は元気で、変に磨り減った神経はピリピリして落ち着かなくて、何でもいいからどうにかして気持ちを落ち着かせてすっきりしたかった。無心になって手足を動かしている間は何も考えなくていいから楽で、心の中に溜まった嫌なものが汗と一緒になって流れていってくれればいいと思った。
一日、篠田先輩と一緒に過ごして、あの人のことがますますわからなくなった。
理解したいなんて思わないけれど。本当に何考えてるんだろう、学校の中で仲の良いふりをしていれば十分なのに、どうして学校外でまで二人で会う必要があるかなぁ! どうして放っておいてくれないんだろう。
正直なところ、学校の中で会って話をするのも嫌だ。
けれどどんなに逃げても隠れても先輩がどこまでも追いかけてくるから、無駄な気力体力を消耗しないために大人しくしているだけなのだ。
熱烈な取り巻きの人たちにアピールするためだけの、見せ掛けの彼女役。
そんなの、あたしじゃなくてもいいのに。むしろ俺のことを好きじゃないほうが好都合だなんて言って、そんなのに付き合わされるほうの気持ちも都合もまるっきり無視して自分さえ良ければ他はどうでもいいっていうあの態度も気に入らない。
用事もないのに暇さえあればわざわざ一年の教室に顔を出して、毎週毎週火曜日には飽きもせずに図書室に通ってきて、いい加減あの顔を見るだけでも拒絶反応を起こしそうだ。演技なら人に見えるところだけで十分なのに、あれは度を越している。
本当に何を考えているのかわからない。思考回路がそもそも違うから、説明されてもきっと理解できないんだろう。
シャワーを浴びて濡れた髪をタオルでぬぐいながら、あたしはようやく先輩からもらった包みを開封した。
中から出てきたのは鮮やかなオレンジ色の髪ゴムだった。プラスチックでできたオレンジ色のぼんぼりが二つ、ついている。ご丁寧に二本。あたしがいつも髪を二つに結わえているからだろう。
緑や青が似合うと言っていたくせに、どうしてオレンジ色の小物を彼は選んだのだろう。
オレンジ色も、好きだ。
余計な模様や飾りのついていないこのオレンジ色のぼんぼりも、気に入った。
けれど「篠田先輩がくれた」というだけで、これを使おうと思えない。あの人のペースに屈するのだけはどうしても許せない。




