act15
あたしは、しつこいのは嫌いです。
act15.誘いは断れない
期末試験の結果は、もちろん中間よりもずっとよかった。
篠田先輩に報告した(させらられた)時に「先生がよかったからだな」とさも得意げに言われて、あれが人目のある場所でなかったら一発ぐらい殴ってやっていたかもしれない。お昼ごはんを食べるのに使っている生徒会室はガラス張りだから廊下を歩く人からは話の内容が聞こえなくても丸見えなのだ。確かに先輩が苦手なところを教えてくれたからこそ取れた点数だし、順位だけど、もう少しぐらい慎みとか謙遜があってもいいと思う。一言「よく頑張った」と言ってもらえればこんなに苛立つこともなかったのに。
いや、でもこの人に褒められてもあんまり嬉しくない気もするけれど、そこはそれ。
「そうだ葛西さん、夏休みの部活ない日だといつが暇?」
「は?」
「デートしよう」
「嫌です!」
しれっと話題を変えてきたと思ったらこれだよ! 無駄にいい笑顔をされても誤魔化されないんだから! あたしたちは学校の中で「付き合っているふり」をしているだけであって、本当に付き合っているのではない。ファンの人たちや、それ以外にも公に向けて「特定の彼女がいるから必要以上に寄って来るな」アピールをするためだけの道具なのだ。あたしは。だからもちろん二人の間に本当の恋愛感情なんていうものは存在しない。
そもそも彼女がいますアピールは学校の中だけでしていればいい話であって、途中まで一緒に帰ることがあったとしても、休日にまでこの人の顔を見なければいけない道理などない。一ミリもない。
「そんなこと言わずに一日ぐらい付き合えよ。試験勉強に付き合ってやったのは誰だと思ってる? 良い成績が取れたのは誰のおかげだ?」
「それは篠田先輩です、けどっ! でも! 報酬ならその都度先輩は受け取ってましたよね」
そう、あまりにも勉強が出来ないあたしの試験勉強に付き合う代わりに毎回報酬だと言って問答無用でキスをされていたのはまだ記憶に新しい話だ。
あんまり夢見がちではないつもりだけど、それでもあたしだってさすがにファーストキスに対しては少しぐらい夢を見ていたのだ。本当に大好きな人と、ちょっといい雰囲気の場所で気持ちが最高潮に盛り上がった時にそっと唇が降ってきて……なんて。それがたかが試験勉強の報酬として、しかも好きでも何でもないむしろ嫌いに近い人に無理やり奪われたときたら、少しぐらい恨んでも罰は当たらないはずだ。
「なるほど。じゃぁそうだな、夏休みの課題に付き合ってやろう。その報酬の前払いっていうのは?」
「いや課題ぐらい自分でやりますし、友達と一緒にやったりもしますし。あ、ほら昼休み終わるのであたしそろそろ教室に戻りますから」
天の助けとばかりに鳴り響いた予鈴に、あたしは広げていたお弁当箱をささっとまとめて生徒会室を後にした。
できるならこうして毎日のようにあの人と二人きりになる時間なんて取りたくないのだ。お弁当だって教室の中でクラスの友達と一緒に食べたいし、喋りたいことだってたくさんあるのに、どんなに嫌だと言っても喚いても逃げても先輩はしつこく追い回してくる。
篠田先輩とあたしが付き合っていることになってから一ヶ月以上が経って、もう逃げるのも抵抗するのも諦めた。一日のうちのほんの数十分、我慢すればいいだけの話だ。とはわかっていてもやっぱりどこか辛いものがあったりなかったり。
「まぁねぇ、学校一の有名人を間近に見られて、運がよければ一言二言お話もできちゃって、それにあれだけかっこよければ目の保養にもなるし」
「ちょっと悠美、あたしとあの人とどっちの味方なの!?」
ほのぼの笑顔を見せる悠美に脱力した。この子だけはあたしの側についてくれると思ってたのに。顔が良くて勉強もできる元生徒会長兼、元陸上部部長様はそんなに偉いのか。
「一応、よりちゃんの味方だよ。毎日のように愚痴を聞かされてれば情も移るし」
「情って……!」
「それは冗談だけど、でも逆にすごいと思うんだよね。あれだけ毎日一緒にいて、帰りも一緒なんだよね? あたしから見て篠田先輩ってそんなに嫌な人に思えないし、むしろかっこよくて優しくていい人に見えるんだけど、それなのに本当に少しも好きになれる要素はないの?」
「うーん、まぁ、悪くない面だってもちろんあるよ。期末前に勉強教えてくれたりとか。けどやっぱり悠美の見てる篠田先輩は作り物の篠田先輩なんだよ。あたしと二人になったとたん優しい笑顔の仮面はどっかにとんでっちゃうし、言うことやること全部偉そうだし、俺様だし。あたしの気持ちも都合も全然考えてくれないで好き勝手やるしさ」
よくこれまでの二年間、あの俺様キャラを人前で隠して優等生を演じてきたものだと、ここまでくると感心するよりも呆れる。頭のいいひとの考えることはわからない。
「そうなの? でもよりちゃん、いつも文句言いながらなんだかんだちゃんと付き合ってあげてるじゃない」
「付き合わされてるだけ。文句言っても怒鳴っても逃げても何してもあの人追いかけてくるんだもん。無駄な気力体力使うのがアホらしいから、最近は大人しくしてるだけだよ」
「ふうん」
相槌を打つ悠美はなぜだかニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
そして放課後。
帰りのHRが終わるまで、あたしは今日が火曜日だということをすっかり忘れていた。
こういう日にこそ溜まりに溜まった鬱憤を晴らすために思いっきり走りたいのに、今日は図書室でカウンター当番の日じゃないか。期末試験の終わった、夏休みまでのほんの短い期間、どうせ誰も本なんか借りにこないんだからいっそ閉鎖しちゃえばいいのに。
ほら、今日も来るのは篠田先輩ぐらいなものなのだ。
「部活には顔を出さなくていいんですか?」
「俺はもう引退した身だから。いつ行っても行かなくても自由でいいの」
「よくもまぁ飽きもせずに毎週毎週来ますね。別の曜日にずらしてくれても全然いいんですよ。むしろその方があたしは助かります」
これ返却、と言ってカウンターの上に置かれた本を受け取りながら、こっそりため息をついた。本当にどうして火曜日にばっかり来るんだろう。必要以上にこの人の顔を見たくないのに。
「葛西さんも毎回つれないな。そんなに彼氏の顔を見たくない?」
「見たくないに決まってます。だいたいあたしと先輩、本当に付き合ってるわけじゃないし、誰も見てない場所でまでこうして一緒にいなくてもいいはずですよね」
篠田先輩はこれに返事をせず、書架のほうへすたすた歩いていってしまった。いくら学内推薦を狙っているとはいえ受験生が図書室で勉強するわけでもなく、受験とは関係ない本ばっかり読んでいて良いものなのだろうか。少しぐらい忙しくなって図書室に来る暇がないぐらいになってくれたほうが嬉しいんだけど。
さっき返却された本に貸し出しカードを戻して、傍らの返却本を入れておく箱を見ると、かなり中身が溜まっていた。この数十冊の本の山は他の曜日の当番が書架に戻しに行くのを面倒がった結果だろう。
元々機嫌が良くないのに、更にイライラしてきた。仕方ない、戻しに行ってやろう。
とりあえず持てる分だけ腕に抱えると、あたしはカウンターを出た。
「珍しい。葛西さんが仕事してる」
「……いつもちゃんとやってます」
ただし、いつもは篠田先輩が図書室から出て行った後に。
「手伝ってやろうか? 高いところに戻すの大変だろう」
たまにこうして優しい言葉をかけてくるときは何か魂胆があってのことか、単純にあたしをからかいたいときなのはもう知っている。ほら、今だって何か企んでいるような意地悪そうな笑顔をしている。
「大丈夫です、脚立もあるし。時間もありますし」
「あ、そう。そういえば昼休みに話してたデートの件だけど」
「行きませんよ」
「俺、観たい映画があるんだよなー。来週から公開のアクションもの」
どんなに話を聞いていない振りをしても、どんなに書架の中を歩き回っても、この人はあたしの後をぴたりとついてきて離れない。静かな空間だから、話し声は嫌でも耳に入ってきてしまう。そうして出された映画のタイトルはあたしも前から気になっていたものではあったけれど。
でも、わざわざ篠田先輩と一緒に観に行かなくても、もっと気兼ねなく話のできる友達と行きたいよなぁ。久しぶりに中学時代の同級生とも会いたいし。
「周りの友達が外部受験する奴らばっかりで、この時期に映画とか誰も付き合ってくれないし」
「そんなに観たいなら一人で行ってくればいいじゃないですか」
どうしてあたしと行くことにこだわるのだ。
「映画は嫌だった? なら遊園地にするか」
これまた近場にある人気の遊園地の名前を挙げられたけれど、あたしもその遊園地は大好きだけど、やっぱりわざわざ篠田先輩と行きたいとは思えない。どんな顔で一日を過ごせばいいのだ。絶対に楽しくない。ハードルが高すぎる。
「我侭な奴だな、じゃぁどれがいいわけ? 動物園? 博物館や美術館? 買い物? スポーツ観戦?」
「どれも嫌です。先輩と二人で出かけることそのものが嫌です」
どうしてそこをわかってくれないのか、あと、どうしていつの間にか本当に付き合っているかのように接してくるのか、不思議だ。
腕に抱えた本を一冊一冊所定の場所に戻しながら、こんな状態の先輩の相手をしなければならないのははっきり言って苦痛だ。本気でうざったいのでかなり冷たく当たっているのに、彼はくじけることなく明るくデートプランを次々と提案してくる。デートなんてそれこそあたしみたいなのじゃなくて先輩に好意を持ってる人と一緒に行ったほうが楽しいはずなのに、どうしてここまであたしにこだわるんだろう。
「嫌だって言っても最低一日は付き合ってもらうからな」
「どうしてです? あたし、最初から嫌だって言ってるじゃないですか! そんなにあたしにこだわらなくても、篠田先輩ならデートしてくれる相手に困ることないでしょう?」
「そうだけど」
自分で言っておいてなんだけど、あっさり肯定されるとそれはそれで腹が立つ。
「でも俺は公式には葛西さんと付き合ってることになってるんだ。他の女子と二人で出かけたりしたら、それを他の誰かに見られでもしたら、それは浮気になるだろ」
「大歓迎ですが」
「いつまで経ってもつれないな、葛西さんは」
そう思うならなおさら一層あたしに構わないで欲しいんだけど。
結局篠田先輩に押されて、あたしは七月最後の日にデートの約束を取り付けられた。
一日、いや数時間、我慢すればこのしつこさから解放されるのならばもういい。




