金髪の牧場娘とリア充ライフ
数年後
久世慎吾は、牧場の納屋で工具箱を開いていた。
納屋の前には、古いピックアップが二台。
小型トラクターが一台。
荷台には、修理を待つ発電機と給水ポンプが並んでいる。
今日の仕事は、すでに一日では終わりそうになかった。
母屋の扉が開く。
「それじゃあ、シン」
サリアが、大きな帽子をかぶって出てきた。
金髪は後ろで一つにまとめている。
片手には牧羊犬のリード。
もう片方の手には、水筒。
膨らんだ腹部をかばうように、ゆっくりと玄関の段差を下りた。
「羊を見てくるわね」
慎吾は手を止める。
「一人で行くんですか?」
「犬も一緒よ」
「そういう意味じゃありません」
慎吾はサリアの腹部を見る。
「無理しないでくださいよ」
「してないわよ」
「転ばないように」
「子どもじゃないんだから」
「お腹の子にも気をつけてください」
サリアは腰へ手を当てた。
「はいはい」
「その返事、信用できないんだよなぁ」
「心配性ね」
サリアは笑った。
玄関の前では、マーサが小さな女の子の手を握っている。
女の子は、つい最近、一人で立てるようになったばかりだった。
母親を追いかけようと、小さな足を一歩前へ出す。
「ママ」
サリアが振り返る。
「いい子にしててね」
女の子はマーサの手を離し、よろめきながら二歩進んだ。
慎吾は慌てて工具を置く。
だが、転ぶ前にマーサが後ろから抱き止めた。
「ママはお仕事よ。おばあちゃんと待っていましょうね」
マーサが笑う。
サリアは娘へ手を振った。
女の子も、小さな手を懸命に振り返す。
「ママ、ばいばい」
「すぐ戻るわよ」
牧羊犬が先に走り出す。
サリアは赤い大地を、羊のいる放牧地へ歩いていった。
マーサと孫が、その背中を見送っている。
慎吾も、しばらくサリアを目で追った。
初めて会った日と同じ。
底抜けに明るく、こちらの都合などお構いなしに歩いていく。
違うのは、その背中を待つ家族がいることだった。
納屋の前から声が飛んでくる。
「シン!」
ピックアップの持ち主が、ボンネットを叩いた。
「今日中に直るか?」
慎吾は車を見る。
その後ろには、次の車。
さらにその後ろには、農業機械。
母屋からは、娘が慎吾を呼ぶ声が聞こえる。
少し離れたところで、サリアが大きく手を振っていた。
慎吾は作業着の袖をまくる。
正直、日本にいたころより、今のほうがずっと忙しい。
慎吾は工具を手に取った。
「さて」
目の前のピックアップのボンネットを開ける。
「今日も仕事だ」
『無能扱いされたおっさん整備士、南の大陸で金髪の牧場娘とリア充ライフ』 完




