5話 振り回される冒険者(人間視点)
深遠の森に設置していた魔力測定器から、異常な数値を観測したと報告があった。
「あの休憩所に置かれた魔力測定器からこんな数値が出るのは初めてだな」
ギルドの一室で報告を受けるギルド長は、持ち込まれた報告書に次々と目を通していく。
「この異常な数値を見た現場の魔導士は、岩山の中でマナが異常発生したものだろうと結論付けたそうです」
ギルド長に報告をするのは、1人の女性魔導士サラ。
豪奢なローブに身を包み、長い赤髪をひとつにまとめた彼女は、目の前のギルド長に丁寧に報告をしていく。
「で、属性は何だ。何色の反応が出たんだ」
「今まで観測したことのない灰色が出たとのことです」
「灰色?」
魔導士サラの報告にギルド長は眉を顰める。
「闇と光か?」
「いえ、闇と光なら白と黒が交互に点滅します。灰色が出るのは初です」
「測定器の不調、というわけでもなさそうだな……」
「新たな大精霊が発生したと予測する者もいます。しかし、この時期に発生するのはあり得ないかと……」
「それはあくまで推測だ」
ギルド長は白髪混じりの黒髪を後方に撫でつけながらぴしゃりと言い放つ。
「何はどうあれ、妙な反応が出たのなら最大限警戒するに越したことはない。事態を軽く見るのはお前の悪い癖だ」
「申し訳ございません」
ギルド長に咎められ、サラは素直に謝罪をする。
「……とりあえず、冒険者の報告を待つしかない」
ギルド長は深い溜息をつくと、改めて口を開く。
「測定器の数値が下がったとしても、しばらくは警戒は解除しないように」
「分かりました」
慌ただしくなるギルドに対し、深遠の森は静寂に包まれていた。
初級冒険者は全て避難し、今は中級冒険者と上級冒険者が森の中を巡回をしている。
「まさか、魔獣どころか魔物も軒並み姿を消すとは……」
中級になったばかりである冒険者パーティーのリーダーのルークは、剣を携え歩きながら辺りを見回し、呆然とする。
「こんな喋りながら移動できるなんて滅多にないよな」
剣と大きな盾を持つ大男のドイルは、辺りを警戒せず呑気に森の中を歩く。
「なあ、サンドイッチ食べながら歩いていいか? ほら、みんなも」
「食べるわけないでしょ」
ドイルの提案に、隣にいた小柄な魔術師の男性冒険者ミラはすぐさま拒否する。
「中級に上がってこなれてきたからって、流石に緩みすぎだよ。というかドイル、ちゃんと周り見てよ。僕らの仕事、忘れたの?」
「分かってるよ。何かおかしなことがあったらすぐ報告する、だろ?」
「漠然としてるなぁ……まあ、概ね合ってるけど……」
ドイルの木の緩み具合に、ミラは諦めたように首を振る。
刹那。冒険者一同は遠くで凄まじい魔力を観測。
緩めていた気を一気に引き締め、一斉に武器を構えた。
サンドイッチを出そうとしていたドイルでさえ途端に険しい表情に変わり、即座に両手に武器を構えた。
「岩山の方角からだ……」
3名は岩山のある方角を向き、ルークが静かに呟く。
「……岩山から何か出てくるよ」
特に魔力の操作に長けているミラは何かを感知したらしく、目の前に立つ2人に警告をする。
3名が山付近を見つめる中、ついに遠くから何かが姿を現した。
灰色の丸い物体が複数、山からゆっくり浮上した。
「何あれ……」
人間の頭部サイズの謎の球体は山から姿を現すと、ゆらゆらとその場を漂いだした。
やがて謎の球体達は輝きを放ち始め、一定の方角に向かって飛び去っていった。
「……不気味だな。何だアレは」
「灰色の……たまご?」
「ドイル、気持ち悪いこと言わないでよ」
ドイルの反応にミラは呆然としながらも返事をする。
「……周囲にある魔力の反応が消えたな」
「ねえルーク、魔力測定器が反応したのってアレなのかな……」
「よく分からないが……まあとりあえず、このことも後で報告するとしよう。とりあえず魔導士のいる休憩所に……」
ルークは仲間2人に顔を向けた。
ドイルの顔の側に謎の球体が浮かんでいた。
「危ないっ!」
たまごサイズの謎の灰色球体に即座に気付いたルークは、慌ててドイルを地面に張り倒した。
「いてっ!」
ドイルは勢いよく倒れ、鞄からサンドイッチの箱が転がり落ちた。箱は崩れ、中からサンドイッチがひとつ転がり落ちる。
『!』
宙に浮かぶ小さな丸い何かはサンドイッチに反応。地面に落ちたサンドイッチに近付くと、何の警戒もせずマリマリと食べ始めた。
「サンドイッチ食べてる……」
「物を食べるってことは、少なくとも何かのたまごじゃなさそうだな」
ルークとミラは球体を不気味がり、距離を取る。ドイルだけは球体を興味深そうに見つめながら、サンドイッチの箱を手に取る。
「はい」
球体がサンドイッチを食べ終えたところで、ドイルは新たなサンドイッチを球体に差し出した。
球体はピカピカ光ると、ドイルの手元にあるサンドイッチもモリモリと食べ始めた。
「へぇ〜可愛いなぁ」
「何餌付けしてんの!?」
ミラは叫ぶが、謎の物体に危害を加える様子はない。もし仮に謎の物体が精霊だとしたら、後で面倒な事になるからだ。
「おいおい、そんな叫んだら「たまご」が可哀想だろ〜」
「もう名前つけたの!?」
「おう」
ミラは不安そうな表情でドイルを見つめる。
「……ドイル、まさかそれ飼うつもりじゃないよね?」
「飼うわけじゃない。たまごの気が済むまで一緒にいるだけだ」
「じゃあ飼うってことじゃん!」
「ミラ、声がデカいぞ」
ドイルの反応にミラは思わず大声で叫んだ。
そんなミラの大声に呼応するかのように、遠くで何かが駆け抜ける音がした。
「!」
冒険者3名は一誠に武器を構えた、その瞬間。
真横から大柄な魔獣が突然現れ、ルークに飛びかかって来た。
「はっ!」
ルークは飛び掛かってきた魔獣を剣で受け流し、すぐに体勢を立て直した。
魔獣は着地を誤り、わずかな隙を見せるも直ぐに体勢を立て直して冒険者に向かい合う。
「大地の異変が収まって魔物が戻って来たんだ……!」
「無駄話は後だ! 来るぞ!」
冒険者達は各々の武器を構え、魔獣と向かい合う。魔獣は冒険者達を相手に再び飛び掛かる。
『!』
小さな球体はドイルから離れ、飛び掛かってきた魔獣の前に飛び出した。
「たまご!?」
魔獣は突然目の前に飛び出した球体に気付かない。このままでは激突する。
しかし、そうはならなかった。
たまごの真正面にいた魔獣は突如として空中に持ち上がり、一瞬にしてギュッとひとまとめになってしまった。
「…………」
3人は地面に転がる「魔獣だった物体」を見つめる。
「これは……たまごがやったのか?」
「たまご、すごい奴だったんだな……」
「というか……どう考えてもコレ、精霊の類いでしょ……どんな魔法使ったのか分からないけど」
冒険者達は呆然としながらも球体を見つめる。一方、魔獣を一瞬で倒した球体にある変化が。
灰色の球体はぐにゃぐにゃ曲がり、ピカピカと不規則に輝きだす。
「あれ? たまごの様子がおかしいぞ?」
「もしかして……進化しようとしてる?」
「進化?」
ミラの言葉にドイルが反応する。
「精霊も魔物みたいに変化するのか?」
「らしいよ。魔物を倒して力をつけた精霊は、突然変異することがあるってさ……」
冒険者達が見つめる中、球体の動きは次第に激しくなっていく。
やがて一筋の強い光を発したかと思うと、球体はなんとも可愛らしいマスコットに変化していた。
「何これ……」
どの動物にも当てはまらないような、妙な生き物の見た目をしたふわふわの生物だ。
「おっ! たまご、可愛いなぁ〜!」
『あのね、ドイル』
「喋った!?」
マスコットに変化したたまごは喋れるようになったらしく、ドイルに何か伝えようと小さな口を動かす。
『サンドイッチ、すっごくおいしかったよ』
「それは良かった! たまご、お前が無事で本当に良かった!」
『えへへ、心配してくれてありがとう』
「「…………」」
ドイルに撫でられ、たまごは嬉しそうにフサフサの尻尾を振る。その様子を、ルークとミラは無言で眺める。
『……あっ、そうだ!』
たまごはドイルから離れ、浮遊しながらミラに近付く。
『あのね、ミラから強い魔法の気配を感じたの』
「僕に?」
『うん』
たまごはこくりと頷きながら本題を話し始めた。
『ミラ、魔法少女の素質があるよ。魔法少女、やってみない?』
「は?」
『可愛い衣装を着て魔法で戦うの。ミラは素質あるから、きっと力を使いこなせるよ』




