CASE 028: 最後の咳を聞いたのは誰か
記録者
GIA東部医療監査局
サミュエル・デクスター
基本情報
事件名: 最後の咳を聞いたのは誰か
発生日時: アイオス暦1515年1月9日 午前6時55分
通報者: 看護補助員 ルーシェ・ノヴァ
事件場所: クルヴァン州立隔離病院 第4病棟 末期患者専用個室12号室
事件状況: 解決
被害者:
名前:ナイア・エデルレイン
年齢:35歳
職業:元舞台俳優(病気療養中)
住所:クルヴァン州内 末期患者登録施設滞在中
死亡時刻:午前6時30分頃
死因:人工呼吸器内への毒性ガス注入(呼吸不全による窒息死)
事件概要
致死性肺疾患により隔離療養を受けていたナイア・エデルレインが、定時診察前に死亡しているのを看護補助員によって発見された。
末期状態にあったことから自然死が疑われたが、呼吸器系統に異常な腐食痕が見つかり、
検査の結果、呼吸器内に**有機ガス化毒物「リヴェクトA」が注入されていたことが判明。
ナイアは生前、病室で音声日誌を残しており、その記録には“誰かが夜中に部屋へ入った”という発言が含まれていた。
調査の結果、かつて彼女の舞台演出を担当し、現在は医療監査員として施設に再配置されていたロマン・ヴィセル(48歳)**が犯人であることが判明。
現場到着と検証
06:55 通報受理、隔離病棟への立ち入り許可取得
07:40 GIA医療監査局 サミュエル・デクスター現地到着
08:10 呼吸器フィルター部から毒性残留反応を検出
08:35 病室天井の排気経路に異常加工痕を発見、ガス注入口を特定
09:00 被害者の音声日誌デバイスから“来訪記録”を再生
09:25 医療監査記録にロマン・ヴィセルの深夜巡回履歴を確認
10:00 宿舎から毒物容器・記録改竄ツールを押収、任意同行にて供述開始
現場検証の結果
呼吸器には外部から注入可能な隠しバルブが増設されていた
被害者の病状は末期ながら安定しており、死の直前まで意識は明瞭だった
毒物「リヴェクトA」は極少量でも肺胞に直接作用し、声を発せずに死に至る
被害者は日誌で「あなたの演出はもういらない」と発言していた
犯人の特定と供述
ロマン・ヴィセルは静かに語り、手帳を一冊差し出した。そこには“演出ノート”と書かれていた。以下、供述の再構成である。
犯人の供述
あの舞台は、彼女の最後の舞台だった。
病に蝕まれながらも、彼女はまだ“声”を持っていた。
でも、彼女は言ったんだ。
「もう誰にも見せたくない」と。
「もう、自分の物語を演じたくない」と。
彼女は、声を捨てようとしていた。
俺には、それが許せなかった。
演出家として、彼女の物語を“完結”させなければいけなかった。
だから、最後の咳――その最終音を、俺が演出した。
それは、沈黙ではない。
静寂という名の幕引きだったんだ。
裁判結果
アイオス暦1515年8月14日、GIA東部監察管轄裁判所にて以下の主文が下された。
主文
被告人ロマン・ヴィセルを、殺人および医療記録の不正改竄、毒物使用の罪により有罪とする。
芸術と生命の線引きを意図的に無視し、患者の尊厳を侵害した罪を重く見て、無期懲役刑を言い渡す。
所感
死を見つめる者にとって、沈黙は最も誠実な答えだ。
だが、そこに他者の意志が介在する余地はない。
演出と操作は、同じではない。
彼女の最後の咳が誰にも届かなかったとしても――その存在を、ここに記録する。
アイオス暦1515年8月20日 GIA本部にて事件記録受理。




