42話 シトエンの誕生日
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それから一か月後。
待ちに待ったシトエンの誕生日……!
公務自体は午前中で終了。公務といっても、うちの両親に誕生日のあいさつに行ったり、王太子夫妻がうちに来たり。宮廷侍医団やうちの団員が花束持ってやってきたのに対応したりという感じだ。
昼食からは、屋敷中をあげての祝賀会だ。
特に客を招待するわけではなく、使用人たちが『我々もシトエン様をお祝いしたい!』ということで計画されている。執事長がはりきり、家令が俺のところに予算を提示してきたが、増額をしておいた。おかげで納得のいく仕上がりになった。
祝賀会は日が落ちてようやく終わり、現在は使用人たちが片づけをしてくれている。
シトエンが『わたしもなにかお手伝いを……』というので、『今日の主役はなにもしなくて大丈夫』と言って、俺がさっき連れ出したばかり。
というのも。
俺からのプレゼントがまだ手渡せていない……!
寝室に用意してあるから、と言って目隠しをしてもらい、俺は彼女の手を引いて2階の廊下を歩く。
「大丈夫? 怖くない?」
シトエンの両手を引きながら、声をかける。
「は、はい。えっと……。このまままっすぐ?」
目隠しをしているせいで、当然おずおずと歩いている。
いまのシトエンはリラックスした服装で、髪だって結わずにおろしたまま。
そうそう。例の一件で頭部と肩を負傷したイートンは最近ようやく業務復帰した。
今日の祝賀会の主役であるシトエンを美しく飾り立てたかったようだが、シトエンが『まだ無理はしないで』とやんわり断っていた。
わかる、イートン。わかるぞ。こんなに美しいシトエンは化粧のしがいもあるし、髪の毛だって凝ったスタイルにしたかったに違いない。
だが大丈夫だ。
シトエンはそのままでも輝いている。見ろ、ノーメイクなのにまばゆいばかりの光を発しているではないか。手引きしている俺の目がくらみそうだ……!
「サリュ王子からも誕生日プレゼントをいただけるなんて……。とても楽しみです」
くっ、とまぶしいシトエンから目をそらしかけたら、シトエンがそんなことを言って笑ってくれる。
うぐっ、と妙な声が漏れた。
「サリュ王子?」
「あ……いや。あの。よ、喜んでくれるといいんだが……その。俺、センスないし……」
ついぼやき口調になってしまう。
なにしろ……みんな、凝っていた……。プレゼントが。
うちの両親が用意していたのは「靴とバッグ」。21歳という新しい門出に、という意味を込めてのプレゼントだった。
王太子夫妻からは、ペアの食器。割れても増えるから、という意味らしく……。その、子孫繁栄的な……。なんかふたりでそのあと顔を赤くした。
ほかにもタニア王からは見事な青石のネックレスが届いた。……透明度からいってとんでもない値段のはず。シトエンは早速お礼の手紙を用意すると言っていた。これ、父上あたりにもお願いして、ティドロス側からも正式にお礼を言わんといかんな……。
あと、どうでもいいが、ヴァンデルのところから謎に大きな骨格標本が届いた。二足歩行の鳥。怪鳥と表現すべきぐらいでかい。あいつはうちを博物館にでもするつもりなんだろうか。
シトエンへのバースデーカードとは別に、俺宛にも『サリュへ♡』というカードがついていたが、まだ見ていない。見なくてもいいと思っている。
「わたし、こうやって目隠しして歩くのも初めてで……。ドキドキわくわくしています」
続々届くシトエンへの贈り物にどんどん焦りだしたんだが……。
確かに目の前のシトエンは、アトラクションを前にしたような感じで喜んでくれているからホッとする。
……待て。このあと、すっごくがっかりされたらどうしよう……。
緊張で汗をダラダラたらしながら、よいしょと足で寝室の扉を開けた。
「あ……! なんかいい匂いがします!」
入室した途端、シトエンがぴょこんと跳ね上がった。
……しまった、目隠ししても意味ないじゃん……。
「目隠し、とってもいいですか?」
「あ、うん。はい、どうぞ」
匂いまでは気が回らなかったな、と苦笑いしながら俺はシトエンの目隠しを外した。
「わあ! こんなにたくさん……!」
シトエンが目をキラキラさせながら室内を見回す。
彼女の瞳に映っているのは、たくさんのケーキや焼き菓子。それから一面の花だ。
テーブルを何台も追加させ、そこに乗るだけ乗せた。数的にはケーキだけで200近く。クッキーや焼き菓子などを含めれば……。もうわからん。きれいなキャンディーなど、瓶に詰めれるだけ詰めた。
それだけではなく、床にもブーケや花かごを用意して並べさせた。おかげでちょっと歩くのが困難で、それは業者も言っていたが『かまわん、やれ』と命じた。
結局。
シトエンの好きなものといえば、菓子と花しかやっぱり思いつかず……。
結果。
物量で押すことにした。
「シトエンの好きなものでいっぱいにしようと思ったんだ。そしたらこんなことに……」
「どうしましょう! どれから食べたらいいのか……!」
シトエンがくすぐられたように笑ったあと、慌てて口を手でふさぐ。ん? なんだ、どうしたシトエン!
「わたしったら……。えっと、あの、サリュ王子……これ、どれがわたしへのプレゼントでしょうか……」
おずおずと尋ねるから前のめりになる。
「全部! 全部そうだから! 全部シトエンが食べていいやつ!」
「ほ、本当に? どうしましょう……。うれしい! こんなにたくさん」
シトエンははにかむように笑い、俺を見上げて小首をかしげた。
「見てもいいですか?」
「もちろん! あ、でも花に足をとられたらあれだから……」
「ひゃあ!」
俺はシトエンを横抱きにする。
ひとりぶんしか歩くスペースがないんだよ。だから、シトエンは俺がこうやって抱きかかえて歩く。
「どっから見る?」
「じゃあ、あっちの端っこから。あの……重くないですか?」
「ぜんぜん」
俺は笑い、シトエンにひとつずつ菓子を見せるようにして歩いた。
シトエンはため息をついたり、見惚れたり。歓声をあげたりして喜んでくれる。紫色の瞳はキラキラしていて、まるで宝石箱をのぞく子どもみたいだ。
よ……よかったあああああああああ…………。
タニア王の青石みたときには、俺、終わったって思ったが……。喜んでくれてなによりだ……。
「どれから食べる?」
「じゃあ、あの……。あれから」
シトエンが指さしたのは、ぶどうのタルトだった。
俺は早速シトエンを椅子に座らせ、タルトをサーブする。ついでにお茶も注ごうとしたらシトエンが慌てて立ち上がるから、「今日の主役はじっとしてて」と押しとどめた。
「サリュ王子は? どのケーキをいただきますか?」
「俺もいいの?」
「もちろんです!」
「じゃあ」
といって、とりあえず手近な皿をひとさら持ち上げた。ひょっとしたらシトエンが楽しみにしているやつかもしれんから、反応を見るが、シトエンはにこにこしている。……大丈夫みたいだな。
「じゃあ、いただきます」
俺が着席すると、シトエンは笑みを深めてフォークを手に取った。
どこから食べようかとちょっとだけ迷うこの顔が好き……。
で、つつ、とフォークを刺すんだよなぁ。
ぱくっと一口いれてからの、んー♡って顔もすげぇ好き……。
「おいしいです……っ!」
「よかった。ほとんどはあの王都の菓子店のものなんだ」
シトエンの誕生日なんだと言ったら、あの店主も張り切っていろいろ作ってくれた。
「あとでお屋敷のみなさんとも一緒に食べませんか?」
シトエンが言う。まあ、日持ちしないものもあるからなぁ。
「シトエンがいいならどうぞ」
「モネさんやロゼちゃん、イートンも誘いましょう」
シトエンはうれしそうに言い、またタルトを口に運ぶ。
「そういえばモネも完全復帰らしいな」
カップに注いだ茶を飲みながら言うと、シトエンは目元を緩めた。
「ええ。サリュ王子もそうですが……。モネさんも普段から鍛えておられるから、回復が早いですね」
シトエンが誘拐された際、腰に大けが負って途中で戦線離脱したモネ。
ちょうどマーロウ医師が到着したこともあり、初期対応が早く大事にはいたらなかった。ただ、出血量が相当あったらしく、シトエンいわく、「あと少し治療が遅ければ危なかった」とのことだ。
「ロゼちゃんもこのところ頑張ってくれていましたから。このケーキ、ご褒美になりますね」
シトエンが顔をほころばせた。
モネとイートンがともに臥せってしまったわけだが、そのぶんあの末っ子感満載のロゼが頑張ったのには驚きだ。
当初、なにはともあれ父親を手にかけたわけだから……その、心の傷というかなんというか。そういうのがあるんじゃないか、と、うちの団員も腫れものにさわるように接していたのだが、本人はあっけらかんとしている、というか。
姉妹そろって、なんだか憑き物が落ちたような感じだ。とくにモネなど、このところ笑顔が増えた気さえしている。
あの清掃人たちのことについては、いまも調査中ではあるが。
頭領はいない。
もう脅威はないだろう。
現在、俺とラウルで報告書を作成している。その際、ちょいちょいモネに事情聴取を行っている。まあ、それもあと数日で終了し、王太子に書類が提出できるだろう。
そうなると……。
「あのふたり、ここから出て行くかもしれんなぁ」
ついそんなつぶやきが漏れた。
「それもいいかもしれません。もともと、あのふたりは自由なんですから」
シトエンも同意してくれる。
そうだな。あのふたり、ようやくこれで本当に解放されたのかもしれん。




