41話 ヴァンデル、やって来る
「なんだよもう。君、格技もできるの?」
頭領はだらりとした右腕をさげたまま、俺との間合いをしっかりと確認。そのあと、自分で関節をはめなおした。……痛いだろうに。
「ねぇ、冬熊くん」
「なんだよ、おっさん」
俺と頭領は向かい合い、じりじりと距離と場所を確保する。……よし、俺はここでばっちり。それを顔に出しちゃいかん。顔に出すな、俺。
「さっき、傷ついた右手首さぁ」
「おう」
「そろそろしびれてこない?」
「……ふざけんなよ、お前。なに塗ってんだよ、ナイフに!」
勘弁してくれと絶望しかけたとき、「あははは」と笑いながら一歩踏み込んできた。
うわ、やべ! 油断した!
しゅ、と鼻先をナイフがかすめる。
「うっそだよーん」
「殺すぞ、ゴラァ!」
凄んだというのに、あいつはまた「あははは」と笑ってやがる。
だが、さっきほどの余裕はなさそうだ。さっきの冗談だって、隙を作りたかったからに違いない。
ナイフは左。一本しかない上に、やはり右腕の影響があるのか、それとも俺に投げ飛ばされるのを警戒しているのか。先ほどまでの鋭さはない。
俺は慎重に一歩下がる。距離感大事。ここを誘え。
思った通り。
ナイフでの間合いが詰まった。これでは二打目が打てない。
頭領の足が動く。よし。足払い来た!
俺はよけずにそれを受け、尻餅をつく。
シトエンが悲鳴を上げた。
いいぞシトエン、と心の中で応援した。
彼女の声が頭領の嗜虐性を刺激している。
地面に頽れたように見える俺に向かい、前のめりになる。
牙を剥くようにナイフを突き立ててくる。
ここだ。
視界の隅っこに見えるのは、シトエンからもらった下げ緒。
素早く下げ緒をつかんで引いた。
蹴り飛ばされた長剣が滑り込んでくる。柄を握り、切っ先を立てた。
前のめりになってしまった頭領はもう動きが制御できない。
「ぐ……」
見事に自ら剣先にぶっ刺さった。
「フェイント成功」
にやりと笑って見せる。
一度武器を手放してみせると、敵は「自分が有利」と勘違いする。そこからじっくりと誘導し、再度武器をつかんで反撃する。
……昔は、「あ。落としちゃったあ、てへ」的にやっていたから、誰もひっかかってくれなかったが……。見たか、ラウル。俺は成長したぞ。
「今度は鎖骨をやったろうから、もう腕は上がんねぇだろう」
地面にへたりこむ頭領から剣を引き抜く。
俺の切っ先はまっすぐ頭領の左鎖骨を貫いていた。右腕はさっき、自分ではめたとはいえ、自由が利かないはず。これでもうこいつは丸腰同然だ。
でもまあ……。念のため、縄でしばっておくか。
そう思って視線を外したのまずかった。
衝撃が右足首に入る。
わずかによろめいたが、こらえる。
俺の眼前ギリギリを、頭領のつま先が通過した。
頭領の蹴り……!
「足だけでやる気かよ」
俺が苦笑すると、頭領は陽気に笑った。
「ハンデだよ、冬熊くん」
「随分としつこいやつだな。さっさと縄にかかれよ」
「さっきも言ったけどさ。仲間がそろそろ来るんだよなぁ。それまで持ちこたえていればいいかな、と」
なるほど、援軍待ちか。
とすると、こっちは短期決戦の構えだな。
頭領は数度跳躍を繰り返すと、勢いよく前蹴りを繰り出してくる。
剣の峰で払うと、硬質な音がした。靴に金属を仕込んでいるらしい。
頭領は蹴りだした足を着地させるや否や、身体を回転させての回し蹴り。
右腕で受け、手首を返した。長剣が閃く。
剣を逆刃にしてやつの首に叩きつけようとしたのに、間一髪で避けられる。
こいつ、ちょこまかと!
頭領が俺の剣をめがけて蹴りを叩きつけてきた。
取り落とさせようとしているが。
そんなもん、負けるか!
逆に下段に構え、下から上に斬り上げた。
頭領が上半身をそらしてよける。
刹那。
なにかが光った。
流星が矢のように頭領の胸に刺さる。
目の前で、血が散った。
頭領の目がぱんぱんに見開かれる。
ここが勝機だ。
俺は剣を一閃させた。
頭領の首に刃が吸い込まれる。斜めに袈裟懸け。
さっきとは比べ物にならないほどの血が噴き出し、頭領は仰向けに倒れた。
「これ……ロゼか」
頭領が笑う。ごぼり、と口から血の塊があふれ出た。やつが見ているのは、胸に刺さったナイフ。
持ち手のない特徴的なデザイン。
ロゼの得物だ。
「なぁんだ。あいつも生きていたのか」
そう言って、動かなくなる。爛々とした虎目石のような瞳から生気が失われた。
絶命したのだろう。
がさり、と。
どこかの木がこすれた。たぶん、樹上にロゼはいるのだろう。
俺が長剣を振って血のりを飛ばし、鞘におさめたとき。
地響きのような蹄鉄の音がいくつも聞こえた。
ようやく援軍到着か、と思ったのだが。
方向が違う。
領主屋敷の方からじゃない。
反対側。
頭領たちが逃げようとした方向からの蹄鉄だ。
……そういえば。
こいつさっき言ってなかったか? 「仲間が来ないっていうかぁ」って。
まさか……仲間が到着したのか?
背中にひやりと冷たいものを感じながら、俺は夕闇の先に目を凝らす。
そして見た。
いやなものを。
「待たせたな、親友――――――――! 僕が来たからにはもう大丈夫だ!!!!!」
それすなわちヴァンデルを………。
「ヴァンデル様……?」
「ええ、お嬢様。あの旗印はシーン伯爵領の旗印でございますね」
ぐったりと地面に寝そべる俺の耳に、シトエンとイートンの話声が聞こえた。
うん、だよな。あれ……ヴァンデルだよな。
なんだよ。なんであいついるんだよ。一個小隊ぐらい連れてきてるじゃねぇか。しかも馬から飛び降りて……なんか駆け寄って……。
「どうした親友!!!!! やられたのか!!!!! 気をしっかり!!!!」
「違ぇよ!!!! お前が来たから……! やめろ! 抱きかかえるな!」
「なんと!!!! 僕が来たから気が抜けたのか! こいつぅ♡」
「さわるな! 離れろ!」
どん、とヴァンデルを突き放し、俺は立ち上がった。
「なんでお前が⁉」
「王太子殿下から連絡をいただいてな? シトエン妃の身が危ないということで、一個小隊を連れて来た。その途中、妙な奴らがいたから一斉捕縛しておいたぞ」
言われて「あ」と声を漏らす。
そうだ……。
頭領は仲間が合流しないことを不思議がっていたが……。そういうことか。
ヴァンデルが捕縛したのか。
「宰相を殺したのはこの男か?」
ヴァンデルが俺に尋ねる。やつが見ているのは、もう動かなくなった頭領の姿だ。
「そうだろうな。捕縛してから尋問する予定だったが……」
「もう無理だな、死んでる」
ヴァンデルが肩をすくめた。
「でもまぁ、よかったな、サリュ」
「ん?」
「これでようやく奥方の危機は去った。そうだろ?」
いわれて、ようやく気づいた。
顔をシトエンに向ける。
彼女はイートンと一緒にこちらに歩み寄って来ているところだ。
「そうだよ、シトエン!」
「きゃあ、サリュ王子⁉」
つい抱きしめたら、シトエンが悲鳴を上げるが……。
彼女の体温にふれてようやく実感がわく!
これでもう、シトエンは誰からも狙われることはない!
「親友の幸せな姿を間近でこうやってみられるなんてな!」
「だからなんでお前まで俺に抱き着いてくるんだよ!!!」
「ははははは! 照れ屋だな、サリュ!」
俺はシトエンを抱えたまま、ヴァンデルに蹴りを放った。




