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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
4章

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40話 シトエンは俺の妻だ

□□□□


 馬車の屋根が半分壊れたときには、ひやりとしたし、射ち手を問い詰めてやろうかと思ったが、あの一撃が功を奏した。


 客車自体にゆがみが生じたのだろう、馬に負担がかかって明らかに速度が落ちた。

 そこに車輪への攻撃が成功し、馬車は横倒し寸前だ。


 これなら追いつける。


 俺は愛馬の腹に拍車を二度押し当てる。鞭など使わずとも、愛馬は俺の意を汲んで加速した。ふっふっと短く早い呼吸。しんどいだろうけど、シトエンのためにがんばってくれ。俺のそんな思いが伝わったのか、愛馬はちょっとだけ俺を見て、ぐん、と鼻先を突き出した。


 さらに加速。

 馬車にもうすぐ追いつく。


 その時、扉が開いた。


 てっきり、客車が振動に負けて勝手に開いたのかと思ったが違う。

 シトエンが開けたのだ。

 そのままイートンと共に転がり出てきた。


 体重移動や、客車からシトエンたちが飛び降りた反動もあったのだろう。

 客車は長方形からひし形に形を変え、ぎいぎいと軋み音を立てながらゆっくりと遠ざかる。


「シトエン!」


 ふたりは互いが互いをしっかりと抱きしめたまま、横転しながら街道の脇へと転がっていく。


 愛馬の手綱を締め、速度を落とさせてから鞍から飛び降りた。


 着地に失敗。前受け身で回転してから、起き上がると同時にダッシュする。


 ふたりは街道脇の草むらのなかにいた。

 イートンは仰向けに寝転んだまま。シトエンがスカートの裾を自分で破いてイートンの頭部に押し付けている。負傷したのかもしれん。速度は落ちていたものの、移動する馬車から飛び降りたんだからな……。


 シトエンは大丈夫か⁉ 見た感じ、イートンがしっかり守っていたようだが……。


 必死に足を前に振りだす。

 シトエンがなにかイートンに話しかけていた。


 だがいきなり立ち上がる。

 俺に向かって小さなこぶしを握り締めて、精一杯の臨戦態勢をとる。


 気づけば。

 俺はそんな彼女を抱きしめていた。


「え……?」


 腕で囲い、しっかりと抱きしめたシトエンが小さくつぶやく。

 服越しなのに、心臓の拍動が感じられる気がした。いやこれは俺の心臓の音だろうか。


「よかった……シトエン。ごめんな、遅くなった」


 もっとカッコよく言いたいのに。

 走り続けたからか、荒い息のままで、声はかすれていた。


 やっぱりこのうるさいばかりの心音は俺のものなんだろうな。邪魔だ。シトエンの心音を聞きたい。


 そう思って、ちょっとだけ。ほんのもうちょっとだけ彼女を抱きしめる腕に力を込める。


 そしたら。 

 シトエンが俺の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。


「サリュ王子……」


 俺の腹に顔をおしつけているからか、シトエンの声はくぐもっている。だがそれ以上に、涙が混じっていた。


「怖かったよな。誘拐されかけたんだもんな。ごめんな」


 彼女の背中を撫で、必死に詫びる。どれだけ不安だったろう。どれだけ怖かったろう。早く安全なところに連れて行き、思い切り甘やかしてあげたい。


 腕の中のシトエンは、だけどぷるぷると首を横に振った。

 それから顔を上げ、俺を見てふわりと笑う。


「サリュ王子が来てくれるって信じていましたから」


 早く連れて帰ろう……!!!!!

 もうこんなことを言われたら、早く連れて帰ってシトエンを癒さねば!!!!


 絶対的信頼感で俺のことを思ってくれているのだ!!!!!! その期待に応えねば!!!!!!


 感動に打ち震えていたが、ふと気配を感じてシトエンを腕に抱いたまま顔を向ける。


「いやあ、君さ。来るの早すぎでしょ」


 すぐそばにいたのはあの男。

 頭領だ。


 馬車は大破したのだろうか。髪は埃で汚れ、肩口には木片が散っている。だが本人は至って飄々としたものだ。俺を見上げるように腕を組み、あきれたように笑った。


「でも面白いものをみれたよ。熊が馬を操ってたね」

「お前、本当にモネの父親なんだな。血のつながりを感じるよ」


 この嫌味。あいつのルーツはここだ。


「そう? でさ。せっかく奥さんと対面したところで悪いんだけど」

 はは、と頭領は笑った。


「返してくれる? それ、ぼくのものだから」

「ふざけんなよ、てめぇ」


 なにがぼくのもの、だ。くそったれめ。

 俺はシトエンをそっと自分の背後に隠す。


「王子。お嬢様は私が……」


 声が聞こえて視線だけ向けると、イートンがよろよろと立ち上がろうとしているのが見えた。


「イートン、動いてはダメです!」


 シトエンが悲鳴を上げるが、イートンの目にはしっかりとした光が戻ってきている。


「うし。イートン、シトエンは任せた」

「ご安心ください」


 イートンの方へシトエンを押しやり、頭領と向き合う。


「シトエンは俺の妻だ。なぁにが、『ぼくのもの』だ。殺すぞ」

「じゃあ、王子が死ねばいいんだ。そしたら未亡人だもんね」


「言葉が通じねぇのか?」

「クマ語はさすがに」


 肩をすくめる仕草が絶妙に腹立つ!!!!! 


「ってか王子ひとりで来たの? 後続いないじゃん」


 頭領が顎で街道の先を示して見せる。


「うるせぇよ。お前だってひとりだろうがよ」


 単に後続がついてこれなかっただけ。すぐに来るだろう。

 こいつの場合はどうなんだ。シトエンを誘拐したときに数名倒したのは確かだが……。これだけの少人数でずっといるつもりはあるまい。どこかで合流するのか、それとも異変を感じて駆け付けるのか……。


「なんかさー、うちも変なんだよねぇ。仲間が来ないっていうかぁ。王子、なんかした?」

「してねぇよ」

「正直者かよ」


 大笑いされた。


「ま、どっちでもいいや。ここで王子は死んで、ぼくは竜紋のお姫様をいただく、と。それは変わんないし」


 頭領の手が腰ベルトにかかる。俺も佩刀の柄に手をかけた。


「来いや。冬熊の威名は伊達じゃねぇことを思い知れ」


 言い終わらないうちに頭領が間合いに飛び込んできた。


 こいつ、早いんだって!

 スウェイバックでかわしたものの、切っ先が頬をかすめた。


 反射的に腰をさらに引く。案の定、頭領の左手が空を切った。こいつら、二刀なんだよな。


 距離を開けないとまずい。


 あっちは短剣だから間合いが近い。

 こっちは長剣だ。


 一撃必殺には、ある程度の距離が必要。

 足さばきで振り切ってやろうと思うのに、軽快な足取りでどんどん間合いをつぶしてくれる。しかも、一歩の距離が広い。俺より背が低い癖に、なんだよ、この歩幅!


「クマってさぁ」


 右斜め上からの攻撃。首を右に振ってかわす。頭領は「あははは」と笑いながら続ける。


「前足が短いから、前に進むのは得意だけど、後ろに下がるのが苦手ってほんと?」


 くっそ腹立つ!!!!!

 さっきから俺、後退しかしてねぇ!


 なんとかもっと広く間合いを、と思うのに距離が……! 時間稼ぎしてたら疲れてくるんじゃねぇかと思うのに、速度が落ちん! 


 カマキリのように両腕を上げ、クロスさせて狙ってきた!


 今度は左右同時に来る!

 とっさに佩刀を鞘ごと抜いて首の前に立てて防ぐ。


 がん、と鈍い音。なんとか攻撃が防げたと思ったら、やつの左手がひらめく。やべ、と身体を引くと、ブツッと断たれた音がした。なんだと目だけ動かすと、下緒だ。シトエンからもらったやつ!!!!!!


「あちゃー。手首切ろうとおもったのにぃ」

「思ったのにぃ、じゃねえ!」


 怒鳴りつけた瞬間、やつの左手が今度はひらめく。やばい! まだこいつ手首狙っている!


 というか。

 こいつ、俺に剣を抜かせたくない。


 ということは。

 剣技では確実に負けると思っている。


 そりゃそうだ。俺とは身長差がある。長剣かまえて上から一撃くらえば逃げようがない。


 ということは……この長剣、いろんな意味で使える。


 使えるが……。俺、はっきり言ってフェイントとか苦手なんだよなぁ……。ラウルにも昔から「バレバレですよ」と言われるんだけど……。


 足を使って攻撃をよけながらやつを見る。

 多少だが、呼吸があがってきている。それに満足な一撃を俺に加えられていない不満が虎目石のような瞳ににじんでいた。


 いける。

 というか、いく。


 頭領の右からの攻撃を寸前でかわし、左からの攻撃に備える。思った通り、下から上に突き上げるようなナイフさばき。


 ぐ、とこらえる。ここだ。

 ナイフの切っ先が右の手首あたりに噛みついてきた。ぱっと血が散る。シトエンが「サリュ王子!」と呼ぶのが聞こえた。


 俺は舌打ちし……てみせた。

 剣を離して傷口を左手で抑える。どん、と頭領が踏み込んできた。同じだけの距離を俺は後ろに引く。頭領が地面に落ちた長剣を蹴り飛ばす。


 長剣が俺から離れる。


 次の一歩。

 頭領が間合いに踏み込む半歩前を狙って、俺は肩から頭領にタックルをかました。


 身長差だけじゃない。体重差だってこっちが上だ。


 想像通り、やつは軽々と吹っ飛ぶ。が、尻餅もつかない。揺れた上半身を立て直すのを見計らい、ふところに飛び込んだ。


 やつの右腕をとらえ、ねじる。そのまま身体を反転させてやつを背中に乗せた。


「うっりゃあああああ!」


 気合とともに背負い投げ。重低音を立ててやつは背中から地面に叩きつけられた。なんか飛んだと思ったら、やつが左手に握っていたナイフだ。よっし。一本回収。


 だがまぁ、さすがというか受け身、うまいじゃないか。

 脳震盪を起こすかとおもったのに、やつはすぐに逃れ出ようとする。


「させるか!」


 つかんだ右腕をしめ、逆関節にきめる。

 それなのに。


 ごきっと鈍い音がして俺はあっけにとられた。こいつ、関節外しやがった……。

 そのすきに頭領はするりと俺から逃げ出す。




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