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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
4章

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24話 川の様子

□□□□


 次の日。

 俺たちは村人が生活用水として使用している川辺にいた。


 川の側は足場が悪く、細かい砂利でいっぱいだ。シトエンは比較的ヒールの低い靴を履いていたけど、転んだら大変。俺の腕にしっかりと捕まらせて、川の側まで移動した。


「確かに……。川の水が変化したような形跡はありませんね」


 シトエンがつぶやく。

 川面からの風が、小ばかにしたように俺達の顔に吹き付けてきた。


 寒いかな、と心配したが、シトエンは長い髪を指ですくって耳にかけ、真剣な面持ちで川の様子をつぶさに見ている。


「川底の石の色や、不自然に枯れている植物もなさそうですし……。なにより、魚がいますね」

「だよなぁ。毒が流れ出せば、いままで生きていたモノがまず消えるんだが……」


 俺も同意すると、シトエンはわずかに眉根を寄せてうなずいてくれた。

 ゆっくりと視線を移動させ、ふと止める。


「あれは、洗濯場ですか?」 


 シトエンが指さす。

 川沿いは比較的下草が刈られ、どこからでも川に近づくことができるが、一部分だけ、木で足場を組み、手すりのついた部分がある。


「いえ、あれは水汲み場だそうです。村の取り決めで、川での洗濯は禁止されているそうです。十数年前に、赤痢が出たときにそう決めたそうで」


 ラウルが俺の代わりに答え、シトエンは「なるほど」とうなずいた。


 あれ、下痢で感染うつるんだよな。

 もし汚れた下着を川で洗濯して。知らずにそのあと、川で水汲んで飲んだら……。

 ……村ごとやられるよな。


「ちょっと見てもいいですか?」

「もちろん」


 俺はシトエンを連れて足場のところに移動しはじめたが、ラウルは団員に呼ばれて川沿いの道を駆けあがった。どうやら早馬が到着したようだ。


「あれで水を汲むんでしょうか」


 シトエンが指をさした。

 隣にならんで視線を追う。


 手すりだ。

 そこからぶら下がる、いくつもの木桶。


 俺たちは足場に立ち、その木桶を眺めた。


 形に特徴があったり、木桶に名前らしきものが書いてあったり。見分けがつくようになっているということは、村共有で使っているというわけではないのだろう。個人所有の桶。


「状態悪いのもあるよねー。放置されてんのかな」

 ロゼがロープを引っ張って手繰り寄せながら言う。


「放置っていうよりあれじゃない? 診療所に入院したから使えない、とか」


 モネが妹に返事をする。

 それもそうかもしれんな。


「これなんて相当だよ?」


 ロゼが一番古そうな木桶をつかみ、逆さにして振る。

 途端に、なんか舞った。


「うわ、ロゼやめろ!」

「ちょっとロゼ!」

「ごめんごめん」


 あははは、とロゼは笑い、俺とモネがにらみつける。

 そのとき、「あのぉ」と控えめな声が聞こえてきた。


 初老の男がうちの団員に両脇を固められ、おずおずと近づいてくる。


「水を……汲みにきたんですが」

「ああ、すまんな。通せ」


 俺が団員に言うと、初老の男は四方に会釈をし、木桶を持って水汲み場に近づいてきた。


 ん?と思ったのは、初老の男が木桶を持っていたから。

 持参している。


「あの」

「はい?」


 手提げにロープをつけた桶をばしゃりと川に放り込む男性に、シトエンが話しかけた。男はぎょっとしたように身体をこわばらせた。


「あの木桶は使わないんですか?」


 警戒を解くようにシトエンが笑いかけた。そして、手すりにぶら下がるいくつもの木桶を指さす。


「ああ、あの木桶ですか」

 男はホッとしたようにうなずく。


「ああやってずっと置きっぱなしにしている家もあるんですが、傷むし盗まれたりするから。うちは毎回こうやって持ってきているんです」


 男は苦笑いする。


「面倒くさいんですが、家内がそうしろって」

「そうなんですね」


 シトエンは言い、それからしばらく黙り込む。

 なんだ、どうしたと思っていたら、ラウルが戻ってきた。


「団長、ちょっと」

「あ? ああ」


 俺はモネに視線を走らせる。「わかった」とばかりにあいつはシトエンの警備配置につく。こういうとき、ほんと役に立つよな、この姉妹。


「どうした?」

「修道士の件、確認がとれました」


 ラウルが筒缶から丸められた紙を取り出し、俺に差し出した。


 さっきの早馬だ。

 診療所で働く修道士の件らしい。隣領とはいえ、夜通し駆けてくれたに違いない。


「連絡係に金一封」

「承知しました。で、修道士ですが、実在していますね。ただ……セゾン派なんですよ」

「セゾン派?」


 俺も顔をしかめた。


 修道士にもいろんな宗派がある。

 セゾン派は、放浪の聖者だ。

 托鉢で生活を行い、清貧をモットーにした修道士たち。

 移動が原則なので、領地を通過するときのために登録はされているんだが……。


「……本人かどうか確認できんな。名前だけだろ? 容姿まではわからん」

「そうなんですよ……。ただ、まあ……実在する人物たちではあるようですね」


 ラウルが書類を筒缶に戻し、ベルトにさしこむ。俺がため息をついたとき、川の方から会釈をしながら男が立ち去るのが見えた。

 入れ替わるように俺がシトエンに近づくと、急に顔を上げた。


「それぞれ、家族が使う桶が違うんです」

「そうみたいだな」


 話し声が聞こえていたのだろう。

 ロゼが適当にひとつ桶を持ち上げ、「ダレンって書いてある」と名前を読み上げる。


「ロゼちゃん、それをもっとよく見せてくれますか?」

「いいけど……。古いからシトエンさま、気を付けてね?」


 さっき埃も出たしな。表面もけばだっているし……。シトエンにとげでも刺さったら大変だ。


「シトエン……」


 気になるなら俺がやるけど。

 そういう前に、シトエンはロゼから木桶を受け取り、中を覗き込む。


 俺には古びた木桶に見えるが……。なにか違うんだろうか。


 十分観察したシトエンは、木桶の底に指を這わせる。なにか指についたのか、それをじっと見ていた。


「あの、これに少しだけ水を汲んでもらえませんか?」


 本当は自分で水を入れたいのだろうけど、自分じゃちょっと難しそうだと判断したようだ。


「もっちろん!」


 ロゼが受け取り、「とやっ!」と変な掛け声をかけて木桶を川に放った。「静かにできないのか」とラウルに注意されている。


 そのあと、俺が見たら「これ、多いだろ」と思う分量の水を汲む。


 モネも同じ意見だったらしい。眉根を寄せて妹を見たが、シトエンは別に気にするわけでもなく、ロゼが置いた木桶の側にしゃがみこんだ。


 なにするんだろう。

 みんなが見守る中、胸に飾っているブローチをひとつはずした。


 銀細工の花のブローチ。


 シトエンはそれを木桶の中に沈めた。

 しばらく様子を見、そのあと、指でつまんで水の中でしばらく振ると……。


「「あ!」」


 俺だけじゃない。

 ロゼも声を上げる。声こそ上げなかったが、モネは目を見開いていた。


 銀細工のブローチが、すすけたように曇ったのだ。


「これまさか。ヒ素か?」


 あっけにとられて、シトエンを見た。

 シトエンはハンカチを取り出し、銀細工のブローチを慎重に置く。


「だと……思います。ヒ素のなかには硫黄が含まれているんですが、銀はこれに反応します」


 ヒ素は昔から暗殺に多用される。王族のほとんどはこの毒物を恐れるが、無味無臭で厄介だ。


 だが、ひとつだけ、ヒ素混入を知る方法がある。


 それが銀細工だ。

 なぜだか、銀が曇るのだ。


 だからヒ素を警戒する王族は、食器に銀細工を使用する。

 その理屈をいま知った。


「鉱毒にはヒ素も含まれます。わたしは鉱山からの流出かとおもっていましたが……」

「人為的に仕込まれてたってことですか、木桶に」


 ラウルの声も硬くなる。


「そのように推測されます。ここにある木桶の名前と患者さんとの関連性を調べてみましょう」


 俺たちは頷き、木桶に書かれた名前を片っ端から記して診療所へと向かった。


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