24話 川の様子
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次の日。
俺たちは村人が生活用水として使用している川辺にいた。
川の側は足場が悪く、細かい砂利でいっぱいだ。シトエンは比較的ヒールの低い靴を履いていたけど、転んだら大変。俺の腕にしっかりと捕まらせて、川の側まで移動した。
「確かに……。川の水が変化したような形跡はありませんね」
シトエンがつぶやく。
川面からの風が、小ばかにしたように俺達の顔に吹き付けてきた。
寒いかな、と心配したが、シトエンは長い髪を指ですくって耳にかけ、真剣な面持ちで川の様子をつぶさに見ている。
「川底の石の色や、不自然に枯れている植物もなさそうですし……。なにより、魚がいますね」
「だよなぁ。毒が流れ出せば、いままで生きていたモノがまず消えるんだが……」
俺も同意すると、シトエンはわずかに眉根を寄せてうなずいてくれた。
ゆっくりと視線を移動させ、ふと止める。
「あれは、洗濯場ですか?」
シトエンが指さす。
川沿いは比較的下草が刈られ、どこからでも川に近づくことができるが、一部分だけ、木で足場を組み、手すりのついた部分がある。
「いえ、あれは水汲み場だそうです。村の取り決めで、川での洗濯は禁止されているそうです。十数年前に、赤痢が出たときにそう決めたそうで」
ラウルが俺の代わりに答え、シトエンは「なるほど」とうなずいた。
あれ、下痢で感染るんだよな。
もし汚れた下着を川で洗濯して。知らずにそのあと、川で水汲んで飲んだら……。
……村ごとやられるよな。
「ちょっと見てもいいですか?」
「もちろん」
俺はシトエンを連れて足場のところに移動しはじめたが、ラウルは団員に呼ばれて川沿いの道を駆けあがった。どうやら早馬が到着したようだ。
「あれで水を汲むんでしょうか」
シトエンが指をさした。
隣にならんで視線を追う。
手すりだ。
そこからぶら下がる、いくつもの木桶。
俺たちは足場に立ち、その木桶を眺めた。
形に特徴があったり、木桶に名前らしきものが書いてあったり。見分けがつくようになっているということは、村共有で使っているというわけではないのだろう。個人所有の桶。
「状態悪いのもあるよねー。放置されてんのかな」
ロゼがロープを引っ張って手繰り寄せながら言う。
「放置っていうよりあれじゃない? 診療所に入院したから使えない、とか」
モネが妹に返事をする。
それもそうかもしれんな。
「これなんて相当だよ?」
ロゼが一番古そうな木桶をつかみ、逆さにして振る。
途端に、なんか舞った。
「うわ、ロゼやめろ!」
「ちょっとロゼ!」
「ごめんごめん」
あははは、とロゼは笑い、俺とモネがにらみつける。
そのとき、「あのぉ」と控えめな声が聞こえてきた。
初老の男がうちの団員に両脇を固められ、おずおずと近づいてくる。
「水を……汲みにきたんですが」
「ああ、すまんな。通せ」
俺が団員に言うと、初老の男は四方に会釈をし、木桶を持って水汲み場に近づいてきた。
ん?と思ったのは、初老の男が木桶を持っていたから。
持参している。
「あの」
「はい?」
手提げにロープをつけた桶をばしゃりと川に放り込む男性に、シトエンが話しかけた。男はぎょっとしたように身体をこわばらせた。
「あの木桶は使わないんですか?」
警戒を解くようにシトエンが笑いかけた。そして、手すりにぶら下がるいくつもの木桶を指さす。
「ああ、あの木桶ですか」
男はホッとしたようにうなずく。
「ああやってずっと置きっぱなしにしている家もあるんですが、傷むし盗まれたりするから。うちは毎回こうやって持ってきているんです」
男は苦笑いする。
「面倒くさいんですが、家内がそうしろって」
「そうなんですね」
シトエンは言い、それからしばらく黙り込む。
なんだ、どうしたと思っていたら、ラウルが戻ってきた。
「団長、ちょっと」
「あ? ああ」
俺はモネに視線を走らせる。「わかった」とばかりにあいつはシトエンの警備配置につく。こういうとき、ほんと役に立つよな、この姉妹。
「どうした?」
「修道士の件、確認がとれました」
ラウルが筒缶から丸められた紙を取り出し、俺に差し出した。
さっきの早馬だ。
診療所で働く修道士の件らしい。隣領とはいえ、夜通し駆けてくれたに違いない。
「連絡係に金一封」
「承知しました。で、修道士ですが、実在していますね。ただ……セゾン派なんですよ」
「セゾン派?」
俺も顔をしかめた。
修道士にもいろんな宗派がある。
セゾン派は、放浪の聖者だ。
托鉢で生活を行い、清貧をモットーにした修道士たち。
移動が原則なので、領地を通過するときのために登録はされているんだが……。
「……本人かどうか確認できんな。名前だけだろ? 容姿まではわからん」
「そうなんですよ……。ただ、まあ……実在する人物たちではあるようですね」
ラウルが書類を筒缶に戻し、ベルトにさしこむ。俺がため息をついたとき、川の方から会釈をしながら男が立ち去るのが見えた。
入れ替わるように俺がシトエンに近づくと、急に顔を上げた。
「それぞれ、家族が使う桶が違うんです」
「そうみたいだな」
話し声が聞こえていたのだろう。
ロゼが適当にひとつ桶を持ち上げ、「ダレンって書いてある」と名前を読み上げる。
「ロゼちゃん、それをもっとよく見せてくれますか?」
「いいけど……。古いからシトエンさま、気を付けてね?」
さっき埃も出たしな。表面もけばだっているし……。シトエンにとげでも刺さったら大変だ。
「シトエン……」
気になるなら俺がやるけど。
そういう前に、シトエンはロゼから木桶を受け取り、中を覗き込む。
俺には古びた木桶に見えるが……。なにか違うんだろうか。
十分観察したシトエンは、木桶の底に指を這わせる。なにか指についたのか、それをじっと見ていた。
「あの、これに少しだけ水を汲んでもらえませんか?」
本当は自分で水を入れたいのだろうけど、自分じゃちょっと難しそうだと判断したようだ。
「もっちろん!」
ロゼが受け取り、「とやっ!」と変な掛け声をかけて木桶を川に放った。「静かにできないのか」とラウルに注意されている。
そのあと、俺が見たら「これ、多いだろ」と思う分量の水を汲む。
モネも同じ意見だったらしい。眉根を寄せて妹を見たが、シトエンは別に気にするわけでもなく、ロゼが置いた木桶の側にしゃがみこんだ。
なにするんだろう。
みんなが見守る中、胸に飾っているブローチをひとつはずした。
銀細工の花のブローチ。
シトエンはそれを木桶の中に沈めた。
しばらく様子を見、そのあと、指でつまんで水の中でしばらく振ると……。
「「あ!」」
俺だけじゃない。
ロゼも声を上げる。声こそ上げなかったが、モネは目を見開いていた。
銀細工のブローチが、すすけたように曇ったのだ。
「これまさか。ヒ素か?」
あっけにとられて、シトエンを見た。
シトエンはハンカチを取り出し、銀細工のブローチを慎重に置く。
「だと……思います。ヒ素のなかには硫黄が含まれているんですが、銀はこれに反応します」
ヒ素は昔から暗殺に多用される。王族のほとんどはこの毒物を恐れるが、無味無臭で厄介だ。
だが、ひとつだけ、ヒ素混入を知る方法がある。
それが銀細工だ。
なぜだか、銀が曇るのだ。
だからヒ素を警戒する王族は、食器に銀細工を使用する。
その理屈をいま知った。
「鉱毒にはヒ素も含まれます。わたしは鉱山からの流出かとおもっていましたが……」
「人為的に仕込まれてたってことですか、木桶に」
ラウルの声も硬くなる。
「そのように推測されます。ここにある木桶の名前と患者さんとの関連性を調べてみましょう」
俺たちは頷き、木桶に書かれた名前を片っ端から記して診療所へと向かった。




