23話 これ、よかったら使ってくださいませんか?
「サリュ王子?」
「いえ! なんでもありませんっ! 俺もがんばります!」
散れ、妄念!!!
脳内で、年上シトエンが俺を誘惑しているが、強制終了!
「あ……。その、サリュ王子」
シトエンはするりと俺から離れて立ち上がった。
なんだろう。
俺も彼女に続いて立ち上がる。よく考えたら、椅子やソファ、ベッドもあるのにふたりして床に座って何やってんだか。
「これ、よかったら使ってくださいませんか?」
テーブルの上からシトエンが何かを取り上げた。
俺も近づき、彼女の手を見る。
そこにあるのは、細長い帯状の紐。随分長い。
絹だろうか。高価そうな素材だ。色は藍色と白、それから淡い紫が使用されていて、グラデーションがきれいだ。両端は見たことない編み方になっていて、玉が結びこまれている。……貴石か? 青いけどまさか青石じゃないよな。先端は編まれずに長く紐が束になっていた。
「ティドロスでは使用されないようなのですが……、これ、下げ緒というもので」
「下げ緒?」
確かに聞き覚えがない。
「刀の鞘に括りつけるものなんです。タニア王国では、腰ひもと刀を括りつけて敵から抜かれないようにしたりとか、刀を抜くときに鞘ごと動いてしまわないように、とか。いろんな理由はありますが、最近では装飾のために使用されることも多くなりました。あと、その……」
へえ、と聞いていたら、シトエンの顔がぱっと赤くなる。
「そ……その、恋人や妻が夫の無事を祈るために贈ったりするんです」
…………。
恋人や!
妻が!!!
夫の無事を祈るために!!!!
贈る、だと!!!!!!??????
それをシトエンは!!!!!!!!
俺のために用意してくれた!!!!!
なぜなら!!!!!!
シトエンの夫は俺だからああああああああ!!!!!
「モネさんから材料を買って、イートンに教えてもらいながら作っていたんですが……。この吉祥結びがどうにも不格好になって……」
「シトエンの手作り⁉ これ!!!」
「手作りといいながら、本当にイートンやモネさんに手伝ってもらうばかりで……。本当は調査に出る前にお渡ししたかったんですが、間に合わずにさっきようやくできあがりました」
シトエンは耳まで真っ赤にし、下げ緒の先につけられた貴石を見せてくれた。
「この青石はわたしがタニア王国から持ってきたものなんです。お守りにもなりますから」
そう言って、下げ緒を差し出してくれた。
「よかったら身に着けてくださいますか?」
「もちろん!!!!!!!」
言いながら、シトエンを抱きしめた。
シトエンは腕の中で「きゃっ」と可愛い声を上げたものの、すぐにくすくすと笑った。
「下げ緒を受け取ってほしかったのに」
「シトエンごと受け取ったんだよ」
屁理屈を言うと、シトエンがまた笑う。
腕を緩めると、シトエンが笑みを漂わせたまま俺を見上げていた。
「ありがとう、シトエン」
「とんでもない。喜んでいただけてなによりです」
「あの……さ」
「はい?」
「仲直りの、キス……しないか?」
わだかまりは消えたわけだし、と提案してみる。
シトエンはきょとんとした顔で俺を見上げていたけど、紫水晶みたいな瞳を緩め、口の端の笑みを深めた。
「そうですね」
そう言って顎を上げ、目を閉じる。
………。
キスを待つ、シトエン。
………。
があああああああああああああああああ!!!!!!!!
可愛すぎるだろううううううううううう!!!!!!!!
シトエンのキス待ち顔!!!!!!!!!
尊すぎるだろ!!!!!!!!!!!
まぶたを縁どる長いまつ毛とか!!!!
月光石みたいに白く潤んだ肌とか!!!!
顔も小さい!! 首から肩にかけての華奢さ!!!!
首!!! 特に首から鎖骨にかけて!!!! 優美さってこういうことを言うんだよ!!!! 見とけ、芸術家!!!! いや、見るな!!!!!! これは俺だけが見ればいい!!!!! 芸術家なら妄想しろ!!!!!
肌自体が淡く発光してんじゃないかってぐらいきめは細かいし、さわったらとろけるんじゃないかっていう甘さがある!!!!
さわったら……?
さ わ っ た ら !?!?!?
待て待て待て待て待て待て!!!!!
なんで俺、仲直りのキスって言ったんだ⁉
仲直りの……違うことでもよかったじゃないか!!!
もっとこう……あっただろう、俺!!!!!
そっちの方が絆も深められたんじゃないのか!?!?
バカ野郎! 俺のバカ野郎!!!
い、いや。
ここからの流れでいくらでも挽回できる! それは方向修正できることだ!
俺はごくんと息を呑み、それからそっとシトエンに口づける。
柔らかく温かい彼女の唇。
重なった瞬間、彼女がぴくりと身体を震わせる。だけど、すぐに手を伸ばしてぎゅっと俺の軍服を握る。ふわ、と彼女の香水が濃くなった気がした。
「あ、あのシトエン」
そっと唇を離し、彼女を抱きしめる。耳元で囁くと「なに?」と甘やかな声で応じてくれた。
「このあと……」
一緒に過ごさないか、と伝えるより先に。
コンコンコン、と。
ドアが三回鳴った。
「…………」
「あ、あのサリュ王子……?」
俺が返事をしないからなのか、シトエンが腕の中で戸惑った声で問う。
わかっている。
『なんだ』と返さないといけないのはわかっている。
わかっているけど……!!!!!
「団長。いるのはわかっています」
ラウルだよ!!!
やっぱりラウルだよ!!!!
「書類にサイン漏れがあります。至急出てきてください」
「それ、いまじゃないとだめなのか⁉ 明日とか明後日とか!」
「ほかにも変更事項があります」
「明日の朝でもよくね⁉」
「うだうだ言っている暇があったら、早く出てくる!」
ラウルに叱られた。
シトエンがくすくす笑いながら俺から離れる。
……ちっ。仕方ねぇな。仕事に戻るか……。




