22話 なんでも許してくれそうなこの雰囲気。……いい
嫌われたらどうしたらいいんだ⁉
頭の中では、ラウルが『だから言ったでしょう!』としかりつけてくる。いや、だってあの場で「じゃあ、さよなら」ってわけにはいかんだろう⁉
別館が見えて来た。
警備はしっかりしている。
近衛の制服を着た団員たちが配置についていて、俺を見て敬礼してくれるから、走りながら答礼をする。
「おかえりなさいませ」
ばんっと別館の扉を開くと、領主が派遣してくれた執事が恭しく頭を下げてくれる。
挨拶もそこそこに、「シトエンは?」と尋ねると、二階の寝室だと教えてくれた。
俺は急いで階段を駆け上がる。
よく考えたら、モネロゼがいないってことは警備が薄くなったじゃないか! せめてイートンぐらいはいるよな⁉
寝室と思しき扉をばんっと開けるが、無人。
そうやって間違えてふたつ扉を開き、みっつめでようやくシトエンのいる寝室を探し当てた。
「サリュ王子でしたか……」
一番に目に入ってきたのは、両手を広げて立ちふさがるイートンの姿だ。
なんだ、どうしたと思っていたら、イートンがへなへなと床に座り込む。
「二階の部屋が一室ずつ、ばんっと開くので……。賊が……。賊が襲ってきたのかと」
あ。
なるほど。
俺はどこにシトエンがいるかわからなかったから、順番に勢いよく開けて行ったんだが、部屋にいた身としては理由もわからずガンガン扉が開けられていくんだから……。
ちょっとした恐怖だったかもしれん。すまん、イートン。
「大丈夫ですか、イートン」
「す、すみません。王子がいらっしゃったのなら、少しお水を飲みに行ってもいいですか?」
よろよろと立ち上がるイートンに、「もちろんです」とシトエンがうなずく。
「あとは俺が」
「お願いします」
イートンが退室するのをシトエンが心配げに見送る。
パタン、と。
扉が閉まった。
そして。
部屋に沈黙が訪れる。
……なんと、切り出せばいいのだろう……。
いや、そもそもシトエンが俺とアンナが庭で話しているのを見たと決まったわけではないし⁉
「おかえりが遅いので心配していました」
「そ、そうなんだ! いや、明日シトエンが行くところの警備チェックとか、川の状態をな⁉」
「サリュ王子の身になにかあったのかと……」
「だ、大丈夫!」
「そしたら庭で」
確定! 見てること確定した!
「違うんだ、シトエン! 何もやましいことはない! なんかアンナ夫人が悩んでいるようだったから声をかけただけで!」
前のめりになって訴える。
「モネとロゼが心配するようなことは断じてない! 俺にはシトエンしか見えてないんだから!」
力を込めて断言する。
シトエンは俺をしばらく見上げていたけど、にこりと笑った。ようやくなんだかほっと息ができる。ひょっとしたら呼吸も心臓も止まっていたのかもしれん。
「サリュ王子のことを信じていますよ? ……ひゃあ、サリュ王子!」
そう言ってくれたから、安心しすぎて膝の力が抜けかけた。
がっくり落ちかけたところを、シトエンが支えてくれる。
いや、支えることなんて当然できず。
やべぇと思った時には、バタン、とふたりで床に転がった。
「シトエン、大丈夫⁉」
「うう、大丈夫です……。わたしが非力なばかりに……」
俺は彼女を押し倒したような形で、シトエンの顔を覗き込む。
だけど彼女は両手で顔を覆ってしまっている。
「いや、俺が悪いんだし! 本当に大丈夫? 頭とか打ってない?」
「打ってません……」
それでも顔を手で覆ったまま。なんか嫌な予感がして俺の心臓はバクバクしたままだ。
「ひょっとして額とか、顔とかぶつけた⁉ ちょ、シトエン。手、どけて」
「いや……です」
いやって言われた!!!!!!!!!!
冬の辺境どころじゃない冷感に襲われる!!!! シトエンの声が、まるでブリザードのように俺を凍りつかせる!!
「シ……シトエン? ちょっとだけでいいから手をどけて。じゃないと安心できないから」
いや、そんなことよりもシトエンが怪我をしていないかの確認が先だ……! 落ち込んでいる場合ではない!
拒否られようが、妻の安全確保は夫の役目!!!
「シトエン……」
「いま、顔を見られたくないんです」
「なんで」
「だって」
シトエンの語尾がちょっと震える。涙声で潤んでいるからだと気づいて凍るどころか石像になりかけた。
「きっとひどい顔をしています……」
「ひどい顔なんてしてない!」
「サリュ王子、見てないじゃないですか……」
「見てないけど! み、見てないけどわかる! シトエンはいつも可愛いよ⁉」
「そんなことないんです」
「なんで⁉」
俺は必死になってシトエンに言う。
「ごめん! 俺、なんかした⁉ 言葉が足りなかった⁉ シトエンが嫌だと思うことを言った⁉ 床にころんでどっか痛い⁉ それとも体調がそもそも悪かった⁉」
思いつく限りに言葉を並べてみたのに、シトエンは顔を手で覆ったまま。いやいやするみたいに首を横に振る。
ど、どうすりゃいいんだ……これ。
戸惑ったものの、えい、と思いきることにした。
身体を起こし、床に座る。顔を覆ったままのシトエンの両腰あたりをつかみ、強引に持ち上げた。
「きゃあ!」
悲鳴をあげたシトエンを強引に抱きしめる。怖がらせているのかなと不安になるものの、シトエンは俺の胸に顔を押し付けたままじっとしている。
だから俺もシトエンの背中に両腕を回したまま、彼女に伝える。
「俺、その……。がさつだし、このとおりの容姿だし。長兄や次兄みたいになんもスマートにできないんだけど……。でも、その……シトエンのことだけは大事にしたい。傷つけたくない。だから、もし、俺がなにか悪いところがあるのなら……」
「違うんです、わたしが悪いんです」
シトエンの両腕が俺の背中に回り、そっと抱きしめてくれた。
相変わらず声は涙交じり。俺の軍服を握る指だってちょっとだけ震えている。
「わたし、サリュ王子が大好きなんです」
「俺だってシトエンが大好きだ!!!!!」
「ひゃあ!」
「ごめん!」
もうそりゃ誰にも負けないぐらい!!!!と心をこめたら、声が大きすぎたらしい。シトエンが悲鳴を上げるから即座に謝る。愛の大きさと声を比例させてはいけないと学んだ。
「サリュ王子もわたしのことを好きだって……。大事にしてくださっている、ってわかっているのに……。それなのに」
シトエンは、さらにぎゅっと俺の胸に顔を押し付ける。隠すように。
「昔のサリュ王子のことを知っている人とふたりっきりでいるのを見たら……」
「アンナ夫人のこと⁉ いやだからあれは……!」
「わかっているんです、わかっています。だけど、わたしは」
シトエンは涙ごと空気を飲み込んだように、大きくひとつ呼吸をした。
「ひどいやきもち焼きなんだと思います。こんな顔、きっと醜いに違いありません……」
やきもち!!!!?????
シトエンが、俺にやきもち………やきもち!!!!?????
やきもちもなにも、だってアンナと俺はなんも……!!!!!
いや、待て。
よく考えてみろ。
……俺だってそうじゃかったか?
初めてアリオス王太子と会ったとき。
シトエンと婚約を結んでいたってだけで、俺……。
イートンのことだってそうだよ! 俺の知らないシトエンを知っているってだけで……!
「俺もやきもち焼きました!!!!!」
気づけば大声で宣言していた。
びっくりしすぎたのか。
それとも腹筋使って発声したから、腹圧の関係でシトエンが離れたのか。
シトエンは俺を見上げていた。
「アリオス王太子に初めて会ったときとか、婚約破棄しているのにあいつがわざわざシトエンのことを『シトエン』って呼んだりしたときとか!!!!」
「で、ですがアリオス王太子とは婚約中、なにもなかったのです」
オロオロとするシトエンに、俺はさらに宣言した。
「イートンにも嫉妬しました!!!!」
「イートンに、ですか⁉」
「だって、俺が出会う前のシトエンを知っているし!!! あ! 舅殿にも『ちくしょう、シトエンと仲いいなあ!』って思ったこともここに正直に申告します!」
「父にも!」
「だけど……シトエン、全然、俺のことを『醜い』とか『嫉妬深い』とか『やきもち焼き』とか言わないじゃないか」
「それはもちろんです!」
「それとおんなじで、俺もシトエンのことをそんな風に思えない。というか……その、本当にごめん。不安にさせる俺の行動が悪かったんだ……」
そうだよ……。
そりゃ暗闇の中、ひとり庭でガブガブ酒呑んでる女がいたら心配になるってもんだが……。シトエンへの配慮は絶対、必要だったよな。
あのとき、とりあえずメイドか執事を呼びに行って……。別日にでもシトエンと一緒に声をかけるとか。
……いや、よく考えたらそこまでの配慮、いるか? 俺、昔ひどいフラれ方したんだよな。絶縁とかでよくね?
「サリュ王子は悪くないです……っ!」
急にシトエンが言い出して、俺は我に返った。
「え、な、なに?」
「サリュ王子が『配慮がなかった』と謝るのであれば、わたしだってそうです! サリュ王子への配慮や気配りがたりませんでした!」
なんか超絶真面目な顔でシトエンが言う。こんな顔も可愛いな、なんて俺が思っていると知ったらシトエンは怒るだろうけど。
「サリュ王子を不安にさせないよう、いっぱいいっぱいお話したり、説明したりしますね」
幼年学校の先生みたいな雰囲気でシトエンが言う。
うわー……こういうのも……いい。
めちゃくちゃ、いい。
シトエンのほうが5つも年下なんだけどさ。ちょっと年上っぽくふるまうこの感じ。
なんでも許してくれそうなこの雰囲気。……いい。




