7話 恐怖盤上遊戯大会
「……くぅ。なんで……」
シトエンがこぶしを握り締めてうなだれる。俺も苦笑い。
ダイスの目は2。
「1よりぜんぜんいいわ、シトエン」
「ささ、コマを進めてみて。シトエン妃」
母上と王太子妃に言われ、シトエンはピンバッチをつまみ、「1、2」と進めて……。
動きを止める。
俺も止まった。
というのも。
そのマス目には指示があったからだ。
『好きな人に告白しちゃおう』
気づけば。
シトエンと目が合っていた。
とたんにボンッと火を噴くかと思うぐらいシトエンが顔を赤くする。
「え、シトエン⁉」
「ひゃい⁉ だ、だいだい、大丈夫ですよ⁉」
オロオロとする俺と、顔の熱を冷まそうとしているのか、プルプルと首を横に振るシトエン。そ、そんなに首を横に振ったら目眩が……。あ! ほらぁ! かくんと椅子から落ちそうになってる!
俺は腰を曲げて、椅子に座るシトエンの肩を両手で支えてやる。
「こっそりでいいわよ、シトエン」
「なんなら耳をふさいでおきましょうか」
母上は扇をぱちりと閉じてくすりと笑い、ユリアはいたずらっぽく自分の両耳をふさいでみせるもんだから。
またもやシトエンの顔の熱が上がる。ちょっともう、からかうのはやめてもらいたい。
「シトエン」
無理にやらなくていいよ、と言おうと思ったのに。
シトエンは俺に顔を近づけ、両掌で口元を覆ってこっそりと俺の耳元で囁く。
「あの……大好きですよ、サリュ王子」
小さな小さな声。
だけど澄んでよくとおる声。
彼女のつけている香水が、その声にあわせて甘くとろける。
同時に。
脳内で何度も何度も何度も何度も何度も何度もシトエンの声が再生される。
『あの……大好きですよ、サリュ王子』
大好きって……! 大好きって……! シトエンが……! 俺を!!!!
大好きって!!!!!
「ちょ、団長! 止まってますよ⁉」
「サリュ! いい加減戻ってこい!」
ラウルと長兄の声で我に返る。
どうやら俺は一時停止を通り越して完全停止していたらしい。
「大丈夫ですか? どうされました? 暑いですか?」
シトエンが心配してのぞきこんでくれるのだけど……!
やばいやばいやばい。顔がゆるむ、顔が!
「団長、いったんこっち来ましょう。あ、シトエン妃、大丈夫ですから」
「見せられん顔だ……」
ラウルと長兄に腕を引っ張られて強制的に壁際に移動させられた。その間に、女性陣はまたボードゲームを再開しはじめた。
「なんてやばい遊びだ……」
さっきまで長兄が座っていた椅子に座り、俺は額の汗を拭う。長兄といい、俺といい、配偶者をターゲットにしているとしか思えん内容だ。どこに売っているんだ、あんなボードゲーム。
「はやくゲームを終わらせねば身が持たん」
長兄は壁にもたれて苦々し気に吐き捨てる。
「王太子殿下、歌がお上手なんですね」
ラウルがそんな長兄に話しかけた。なんだ、ラウルも同じことを思ったのか。長兄は一瞥し、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「昔からユリアの歌劇ごっこに付き合わされていたからな」
そうなんだよ、このふたり、幼馴染で一緒に育ってんだよなぁ。
「仲がよろしいんですね。ちなみに王太子殿下は、王太子妃殿下の御誕生日にはいつもなにをお贈りされているんですか?」
ちらっと俺を見てラウルが言う。おお、ナイスアシスト! 参考にしよう!
「ユリアにか? 今年はバラ園だったかな」
「「バラ園⁉」」
ラウルと声がそろってしまった。スケールが違うじゃねぇか!
「去年、香水を贈ったらやけに凝り始めてな。最近は自分で蒸留だのなんだのしはじめて……。屋敷の周りじゅうハーブだのなんだのを植え始めたから。ほら、王城の東端に空き地があったろう。あそこをバラ園にしてみた」
「へ……へぇ。じゃあ、その前は?」
香水は参考になるが……。バラ園はちょっと……。
「その前と言うと、三年前か? ふぅむ、なんだったか。あ、ちょうどその年は出産だのなんだのあったから、別荘でゆっくり過ごしたんだったかな。ほら、あのお前たちがタニア王国からの帰りに立ち寄った別荘」
あの内装! やっぱり王太子妃好みだとおもったら、そういうことか!
しかし別荘といい、バラ園といい……。王太子夫妻はスケールが違う。
「きゃあ、これであがりだわ♡ シトエン妃、お先に」
「いえいえ! すごいです!」
テーブルの方で拍手があがる。どうやら恐怖のすごろくが終了したようだ。
やれやれとばかりに俺は立ち上がり、長兄と一緒にそれぞれの妻の元に移動する。
「終わった? シトエン」
「はい! とっても楽しかったです。王妃さま、王太子妃さま、ありがとうございました」
シトエンがぺこりと頭を下げると、母上とユリアが少しだけ目を見かわして微笑んだ。
「楽しんでいただけたのならよかったわ。いろいろあって……シトエンは王城からなかなか出られないでしょう? サリュの看病のこともあったし。気がめいっているのではないかと思っていたの。ねえ、ユリア」
「はい。宮廷侍医団との勉強会もお忙しそうでしたし……。少しほっこりしてもらおうと思って。それでお義母さまと計画したんですよね」
にこにことユリアが笑う。
「あ……なるほど」
ついそんな言葉が漏れた。
シトエンは現在、会う人間は制限されているし、自由に行動できる場所も限定されている。
命を狙われているからだ。
そんなシトエンを慮って、ふたりは今回のお茶会……というかボードゲーム大会を思いついたのだろう。
……すまん。母上、ユリア。混ぜるな危険、とか言って……。ちゃんとシトエンのことを気遣ってくれていたんだな……。
ってか、俺か⁉
俺のせいか!!!
シトエンのことを心配するあまり閉じ込めているの、俺だもんな!
だったら、こういうのもちゃんとしなきゃいけないんじゃなかったのか⁉
「ありがとうございます。とても楽しかったです!」
シトエンが頬を上気させて礼を言う。俺も心からふたりに頭を下げた。
「いいのよ、ふたりとも。そしてこれは序の口」
閉じていた扇子をばらりと開き、母上が不敵に笑った。
「まだまだシトエンを楽しませる計画が目白押しよ! 期待しておいて頂戴!」
「いや、母上、もう結構です!」
なにをしでかすかわからんから! ほら、長兄も卒倒しかけている!
俺ちゃんとやるし!
「何を言っているのサリュ、この母がこれぐらいで終わると思って?」
「だからこそ恐ろしい!」
「恐ろしい?」
「いやあの、お気持ちだけで!」
「そんなことを言うのなら」
ぱちっとまた扇子を閉じ、びしりと俺の鼻先につきつける。
「この母がぎゃふんと言うようなことをして、シトエンを楽しませなさい」
「いや、ぎゃふんと言わせなくてもよろしいのでは」
長兄が冷静にツッコむ。
だけど。
それはそうだと俺は痛烈に思った。
シトエンを守る。絶対に。
だけど囲っているだけというのはこれは違う。
犯人を追い詰めつつ、シトエンも楽しませる。
これこそが夫の役目じゃなかろうか。
「母上」
「なぁに、サリュ」
「目が覚めた思いです。さすが母上です」
「そうでしょう、そうでしょう。この母は常に偉大なのです」
おほほほほほほ、という母上の高笑いを聞いて、恐怖盤上遊戯大会は終了となった。




