8話 アリオス王太子からの手紙
その日の夕方。
俺は団の事務室でアリオス王太子からの手紙を読んでいた。
真っ白な便箋に綴られている文字は、とてもきれいで几帳面だ。会った当時は自分のことしか考えられないボンクラ王太子だと思っていたが、いまでは王太子として着実に成長していることがその文字からもわかる。
内容だってそうだ。
まずは、俺への詫びと体調を案じる言葉。それからシトエンへのいたわりの言葉が続く。
そして本文。
シトエン暗殺にまつわることが書かれていた。
「暗殺集団の清掃人って知っているか?」
便箋に視線を走らせながらも、俺は机を挟んで立つラウルに尋ねる。
「さあ、聞いたことはありませんが。……まあ、どこの王家も暗殺集団は持っているんでしょうけどね」
「ティドロスにもいるのかなぁ」
「冬熊なら目の前にいますが」
「うるせぇよ」
ラウルの軽口をいなしながら、俺は手紙を読む。
そこには、シトエンの命を狙っていたのは、清掃人という暗殺集団だということが書かれていた。
以前、タニア王国で開かれた謝罪式で、アリオス王太子はシトエン暗殺を警告してくれていた。
『シトエンが暗殺集団に命を狙われている』『わたしもできる限りのことをするが、まだ力が足りぬ。今はこれしか言えない。やつらの腕は確かだ、十分に気をつけろ』
この時から、アリオス王太子は宰相のことには気づいていたのだろう。だが、パワーバランスのことやシトエンとの婚約破棄のことでひけめもあり、動くに動けなかったのかもしれない
それに、宰相が暗殺集団を抱え込んでいるのだ。
例えば真向から歯向かい、逆に自分が脅される場合もある。
なにしろ新たに王太子妃として据えたメイルは一癖も二癖もある娘だ。
まだ自分が心底味方だと思える人物が少ないのであれば、動きが最小になっても仕方ないことだろう。
そんななか、忠告してくれただけでもありがたい。
「その清掃人とやらは宰相死亡と同時に瓦解でもしましたか?」
「いや、姿を見せなくなった、と。お前が言うようにもともと王家が使っていた暗殺集団だったらしいが、王家からの呼びかけにも反応しなくなったらしい」
「本当ですか? 『ということでルミナス王家とは関係ないんです。もしも今後清掃人がなんか動きを見せても、そいつらはルミナス王家と関係ありません』っていう前振りなんじゃないですか?」
「その考えはなかった」
俺が驚くと、ラウルはあきれた。
「そういう手紙を馬鹿正直に受け取るのもどうかと思いますよ」
「いやでも、そんな裏があるようには感じんぞ。知っていることを丁寧に説明してくれている気がする。実際、清掃人のことなんて黙ってればいいんだからさ。『宰相が独自に使っていた暗殺集団でした』って言えばいいんだから」
「嘘にいくつか真実をまぎれこませたら、すべて真実っぽく見えるんですよ」
「うーん……。まあ……。どちらにしろ、清掃人の行方については今後も追ってくれるそうだ。むこうだって野放しにしてて、勝手にシトエンを狙い続けられれば困るだろう。それこそ外交問題だ」
「まあねぇ」
ラウルがため息を吐いて腕を組んだ時、扉の向こうから「モネが来ました」と警備兵が声を上げる。
「ああ、通してくれ」
俺が答えると、扉が開いてモネが入って来る。
「すまんな、この時間しかとれなかったんだ。忙しかったか?」
「別に。時間をとってくれてありがとう」
礼を口にしているくせに、目をすがめてこっちをにらんでくるんだからもう、ほんとどっちが上なのかわかりゃしない。
「話したいことがあると言っていただろう? あ、その前に椅子に、座るか?」
俺が目くばせをすると、ラウルが顔をしかめた。立たせておけばいいじゃないですか、と言わんばかりだ。
「いらない。簡潔にすませるから」
はき捨てるように言い、ラウルと距離をおきつつ並ぶ。
「私たちが元いた組織の……清掃人のことなんだけど」
ずばりと切り出してきたあと、モネはじっと俺をみつめた。
反応をうかがっているようだ。
ラウルは最大限の警戒を解かず、佩刀にまで手をかけているから、苦笑いでモネに話しかけた。
「清掃人?」
アリオス王太子からの手紙でその存在はわかっているわけだが……。まあ、あえてモネの続きを促した。
「私たちは頭から命じられ、組織を抜けるかわりにシトエン妃を暗殺するように命じられた話はしたわよね」
「ああ」
「その組織は清掃人といって、ルミナス王家や宰相が私的に利用している暗殺集団なの。まあ、暗殺だけではなく要人警護もしているのだけど。それでね?」
モネは俺を見下ろす。
この雰囲気よ、と口の端が下がる。睥睨されている気になるんだよなぁ。なんかこう、ユキヒョウが、のしぃ、と岩に右手をかけてカッと威嚇している感じ。
「私たちみたいな末端は、基本的に命じられたことをするだけ。ただ、今回の件に宰相が絡んでいることはなんとなくわかってた。頭が護衛を連れて何度か会いに行ってたしね。だからシトエン妃暗殺にまつわることは、宰相主導なのかしら、とは思っていた」
「ほう、そうなのか」
「今回、宰相は死んだわけだけど。それで幕引きができたとは……私には思えない」
妙にきっぱりとしたモネの口調に、無言ではあったけど、ラウルの表情がぴくりと動く。
「どうしてそう思う?」
俺が尋ねると、モネは相変わらずの仏頂面のまま続けた。
「頭が、サリュ王子を殺そうとしたからよ」
「俺?」
なんか意外だ。目を丸くすると、モネはさらに不機嫌そうな顔を作る。
「たぶんだけど、宰相を始末したのは頭。そんな気がする」
「どうして」
「宝を独り占めしたかった。そしてその宝を奪うためにはサリュ王子が邪魔だから、わざわざ手を下しに来た」
「宝?」
「シトエン妃よ」
モネはわずかに首を横に振る。
「なぜそこまで執着を示すのかはしらない。そもそも、頭は自分以外、どうだっていいのよ。だからあっさりと仲間は見捨てるし、相応のカネを積まれれば何十人でも殺す。それなのに」
「シトエンは別、ってことか?」
モネはゆっくりとうなずいた。
「頭がもうひとり、執着を示した人間がいる」
「誰だ?」
めっちゃ気になると前のめりになった。
「私たちの母親よ」
「……ちょっと確認したいんだが、頭とお前たちは親子という関係性でいいんだよな?」
「生物学的にはね。でも親だと思ったことはないわ、一度も」
声が凍てる。そりゃそうだよな……。モネもロゼもはっきり言わないが……。こいつら、暗殺だけじゃなくて閨房術関係も仕込まれてそうだし……。普通の親なら……なあ? そんなことさせようとも思わん。
「失敗してもトカゲのしっぽ切り、だしな」
ラウルが独り言ちる。
実際そうだ。
モネとロゼを捕縛した直後、誰も助けには来なかった。拷問死した、という噂を流した時もあっさりそれを信じている。
使い捨てなのだ。
それはこの姉妹だけじゃない。シトエン暗殺に関わる人間は、捕縛された途端に自死する。
秘密保持のためなのだろうが、なんだか空恐ろしい。
「頭は、母に妙な執着を見せていた。死ぬまでね。ということは、シトエン妃にも同様の執着を見せるはず。いえ、みせている。シトエン妃を手に入れるのに一番邪魔なのはサリュ王子だもの。だから、わざわざ注文にない冬熊狩りまでやろうとしていたんだから」
「冬熊狩り?」
「サリュ王子に致命傷を負わせたのも、たぶん頭」
だよなぁ。
あんまり、顔は覚えていないが、ナイフさばきはずば抜けていた。
「それで? 君はそのことを忠告しに来てくれたのか?」
ラウルが冷淡に言い放つ。
「ええ、そう。ティドロスはのんきそうだから心配で」
モネも同じぐらい冷たい視線をラウルに向けた。このふたりの間でだけ、ブリザードが吹きわたっている……。
まあでも、こいつなりに俺たちを心配してくれているということなんだろう。




