5話 王太子の心配事
「シトエンの安全確保が第一。そうだろう?」
「それは……そうです」
俺はしぶしぶ頷いた。
「公爵領のことが心配なら、別途なんらかの公布を出すなど対応策を考えればいい」
「そうですね……。また相談に乗ってもらえますか?」
「もちろんだ」
「本当は冬までにシトエンを狙う一味を一網打尽にできればいいんですがね」
ため息交じりに言うと、ふと長兄が俺を見た。……真正面から見たら本当に美青年だよなぁ……。おんなじ両親から生まれたとは思えん。
「それができれば一番だが、焦って取り逃がしては元も子もない。ここはじっくりといこうじゃないか」
「そうですね。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、「うむ」と力強い返事がきた。
なんかこの返事が嬉しい。
子どものころ、俺はずっと寄宿舎生活。たまに帰省しても長兄は王太子教育のために忙しそうで、あんまり一緒に過ごすことはなかった。
甘えたこともケンカしたこともないけれど、俺はずっと長兄のことも次兄のことも尊敬していた。そりゃそうだよ。俺なんて絶対無理なことをしているんだから。俺なんて自分の騎士団と領地に目を配るのだけで必死なのに、あっちは国を動かして他国と対峙してるんだからな。
大人になってから仕事を通じてこうやって会話や接点が増えたのだけど、よそよそしさなんてまるでない。長兄はずっと俺にとって尊敬すべき王太子であり、次期国王。
シトエンに危険が迫っていてピリついてはいるけど、長兄がこうやって俺に寄り添ってくれていることはとても心強い。
「わたしからはこれぐらいだが。ほかになにかあるか、サリュ。なければ急がねばならん」
「え? いや……特に」
なんとなくラウルと顔を見合わせる。
そういえばいつになく長兄はせかせかしている。いつも泰然としていて、あんまり表情も動かさないのに、心なしかいまは焦りが見えたりなんかしている。
「お忙しかったのですか?」
おそるおそる声をかけてみた。執務机も片付いているし、侍従官もいないし。外出の予定でもあったのだろうか。だったら冬の辺境警備の件で返事を急かして申し訳なかった……。
「忙しいというか、お前も知っているだろう。現在、母上が茶会を開催している」
「え? ああ。シトエンも参加しているとか」
「うちのもだ」
「女子会ですね」
ラウルの言葉に俺もうなずくが、長兄は渋い顔を崩さない。
「今朝、急に母上が言い出したのだ。『みんなで楽しいことをしましょう』と言っていたが、なにをやるのか全くもってわからん。女子会などと生ぬるい言葉で表現できる場ではない」
ぎろりとにらまれて思わず背筋が伸びる。
「あの母上の主催で『楽しいこと』だぞ? 想像してみろ、サリュ」
「……過去、うちの団員に異種格闘技戦をさせろと言ってきたことがありましたね」
「それどころか団長。新兵器のお披露目と称して火器をぶっぱなしてきたことがありましたよ」
「わたしの近衛兵を使って『夢のパレード』などというふざけた仮装をさせたこともあった」
各々言い合い、俺達は頭を抱えて黙り込む。
「それに、だ」
ぽつりと長兄が漏らす。
「今日はうちのがいる。『楽しいことといえば……』と言い出したらたまらん」
吐き捨てるような言葉に、俺はふたたびラウルと顔を見合わせた。
ラウルも同じことを考えていたらしい。
ティドロス王国の七不思議のひとつだが、この鉄面皮の長兄は妻である王太子妃のまえではかなり冗談を言う男のようなのだ。もう全然、想像つかない。いったいどんなジョークでユリアを笑わせているのか、ほんと不思議。
その。
秘められた王太子のジョークを、王太子妃が披露するのかもしれない!!!
「行きましょう、王太子!」
俺はこぶしを握り締めた。王太子妃が『王太子の珠玉のジョーク集』を披露する前に!
「まったくだ。行くぞ、サリュ」
こうして。
長兄は忌々し気に、俺はウキウキとして、ラウルは「うちの団に何か言われたらどうしよう」と不安げに、母上が開催しているお茶会会場へと向かった。




